第25話 邪魔なお荷物

 昨晩の出来事から、二人の間にやや気まずい雰囲気が出来ていた。

 朝食の時も会話が少なかったくらいだ。

 しかし、それでも俊夫には聞かないといけないことがある。

 ホテルのチェックアウトを済ませた後、俊夫からホスエに声をかけた。


「ホスエ、お前の親戚の家っていうのはどこにあるんだ?」

「サラマンカっていう街で住んでるよ。でも、今から行っても行き違いになるかもしれないし、ここらへんで待っている方が良いんじゃないかな」


 国境からサラマンカまで馬車で2日ほど。

 そして、ホスエの家族が国境を越えたのが2日前。

 もしかしたら、行き違いになるかもしれないというのは当然の心配だ。

 俊夫もその可能性を考えると、無理に進もうと言う気にはなれなかった。


(そういえば馬車って乗ったこと無いんだよな。ずっと歩きだったし、サラマンカとかいう街まで乗ってみるか)


 すでに乗せてもらえること前提で考えていた。

 1,000万エーロも浮かせてやったんだし当然だろう、という考えがそこにあった。


「それじゃ、門にでも行くか? お前の親父さんの容姿を伝えておいて、この街に居るって伝えてもらうといいだろ」

「うん、そうするよ」


 ホスエも俊夫の提案を受けた。

 馬車で国境に向かうには街の中を通っていく必要がある。

 ならば、衛兵に伝えておくのも悪くはない。

 二人は連れだって、街の東門へと向かった。




 ホスエが衛兵に親の特徴を伝えている間、俊夫は門脇にに設置されている掲示板を見ていた。

 まだ真新しく、ポート・ガ・ルーにて魔神が出現したことや、付近での出来事や身元不明者の死体情報などが書いてあった。

 下手な情報で混乱しないようにとの配慮だろう。

 魔神関係に関しては毎日情報が新しく貼られているようだ。


”魔神が入国したことは確認されていない”


 との一言だけでも、やはり効果はあるのだろうか。


(確認されてないだけで、入国してるんだよな。やっぱり見た目はゲームのラスボスみたいに、おどろおどろしい姿とか思ってるのか?)


 俊夫自身、魔神と言われたらどんな姿を想像するか。

 

「ゾルド兄ちゃん、そこどいて!」


 ホスエが俊夫を押しのけ掲示板に見入る。

 抗議の声を上げようとする俊夫だが、イベントが進んでいるのだと気付いてやめた。


「嘘だ……、そんな……、嘘だぁぁぁ!」


 頭を抱えてうずくまるホスエ。

 それを見て、俊夫は取り残されたような気分になる。


(えっ、なんで一人で雰囲気出してんの? 事情がわからないとこっちもついていけないんだけど)


 そこで俊夫は、ホスエのことを気づかわしげに見ている衛兵に声をかけた。


「なにがあったんですか?」

「この子の親の特徴を聞いてね。昨日、見つかった身元不明の死体と似ているようだと言ったら……」


 衛兵は沈痛な面持ちでホスエを見つめる。。

 死体がホスエの親の特徴と酷似していたのだろう。


「国境の通行税が上がってから、この辺りに盗賊が増えたらしい。高額な通行税を払える旅人が襲われるそうだ。サラマンカの兵士も見回りを強化しているようだが……。今は人手が足りないから、どうしても漏れが出てしまうんだろう」


 この辺りの事情を説明し、衛兵は口を閉じてしまう。

 彼としても、現状をなんとかできなかったのか、という気持ちがあるのだろう。

 そんな重い空気の中、俊夫が普段通りの口調でホスエに話しかける。


「ホスエ、あくまでも似てるだけじゃないか。教会の遺体安置所にあるみたいだし、見に行こうぜ」

「そ、そうだね。人違いかもしれないし」


 ホスエは俊夫の言葉にすがる思いだった。


”間違いであって欲しい”


 しかし、その願いは叶わなかった。




(あーあ。どうすんだよ、これ。クエスト報酬どうなんの?)


 教会の遺体安置所。

 そこには5人の遺体が安置されていた。

 ホスエはその中の2体の前に立ち、呆然としていた。

 1体は熊で男の獣人。

 もう一体は虎で女の獣人だった。


 道案内にと付いてきた衛兵は兜を目深に被り直し、ホスエの姿を見ないようする。

 衛兵という職務にあっても、彼はこのような状況には慣れないのだ。


「なんで、父さん、おばさん……。そうだ、テレサは。テレサはいないの!?」

「待て待て、テレサとは誰のことだ」


 何かに気付いたかのように、ホスエは衛兵に問いかける。


「僕の1つ下で、猫の可愛い子なんだ。見かけなかったの!?」

「昨日の巡回で見つかった死体は、その2体だけだ。居ないのなら、馬車ごと連れて行かれたかもしれん」

「それじゃ見つけてよ」

「無理だ。今はほとんどの兵士が国境線に出払っていて、個別の案件に出動する余裕がないんだ。巡回している隊が見つけてくれるのを待つしかない」

「そんな……。そんなのって……」


(そういえば、このゲームってイベントシーンのスキップ機能無いんだ。開発者の”頑張って作ったんだからじっくり見てね”っていうエゴ丸出しだな)


”ユーザーフレンドリーという言葉を少しは調べてこい”


 この事を考えたのは何度目か。

 ホスエは考え事をしている俊夫にすがりつく。


「ゾルド兄ちゃん! ゾルド兄ちゃんなら、なんとかできるんじゃないの?」

「ホスエ、俺にも出来ないことくらいある」


 俊夫の言葉に、ホスエは泣き崩れた。

 ホスエもなんとなく理解していたのだ。

 もうテレサは帰って来ないだろうということを。


 だが、それを認めたくはなかった。

 ほんの2日前には家族が皆揃っていたのだ。

 もし、あの時。

 自分がワガママを言って、家族揃ってポート・ガ・ルーに居れば……。


 ホスエの後悔は尽きない。


 だが、ホスエが落ち込み続けることを許さない者がいた。

 俊夫だ。


「立て、ホスエ」

「ゾルド兄ちゃん……」


 俊夫はホスエの脇の下に手を入れて、抱きかかえるように起こす。


「いいか、ホスエ。泣く事は後でも出来る。今出来る事をやらないといけないだろう」

「……テレサを探すこと?」

「違う、ご両親を弔うことだ。妹を探すことは難しいだろう。だが、サラマンカの親戚の家まで遺体を運び、丁重に弔うことはできるだろ」

「うん」

「それにもしかすると、サラマンカの衛兵に助けられているかもしれない。今はサラマンカに向かうべきだと思う。さぁ行こう」


 か細い希望の糸であったとしても、それにすがりつきたい。

 俊夫の言葉に、ホスエは希望を見出した。

 そして一刻もサラマンカへ向かおうという気になった。


(俺は魔神を探すっていう大義名分があるから、あとは親戚にぶん投げだな)


 最低限のクエストさえ達成してしまえば、後の事は知ったことではない。

 俊夫は、家族で解決する事に口を出す必要を感じなかった。

 そもそも、ほとんどのゲームでクエスト完了した相手と関わることなどない。

 その相手から続けてクエストを受けられる時くらいだろう。


 とりあえず、俊夫はこの安いお涙頂戴のクエストを終わらせたかった。


「さぁ、行こうか!」



 ----------



 俊夫は衛兵に荷車を借り、ホスエの両親を乗せてサラマンカへ向かっていた。

 本当なら馬車を借りたかったのだが、国境沿いの兵士達へ食料や水を運ぶために民間の馬車も含めて全て出払っていから、やむなく徒歩で荷車を曳いている。

 荷車くらいなら、と教会に貸してもらったのだ。

 サラマンカの教会に返してくれればいいとのことだったので、ありがたく借りていた。


 俊夫の背後からは、いまだにホスエの涙声が聞こえていた。


「父さん、もっと話しをしたかったよ……。父さんの仕事を邪魔しないように遠慮してたけど、もっと話しをするべきだったんだ。お、お母さん。生きてる間にお母さんって呼べなくてごめんね。本当はもっと早く呼びたかったけど、恥ずかしくってさ……」


 街を出てから、ホスエは両親の亡骸に声をかけ続けていた。

 俊夫はチラリと後ろを振り返る。


(このクソガキ! そりゃあ、言ったさ。”泣きながらだと力が入らないだろうし、速くならないから押さなくてもいいよ”ってよ。でも、なんでちゃっかり荷台に座ってやがんだ!)


 そう。

 ホスエは”押さなくていい”という俊夫の言葉に甘えていた。


 俊夫が荷車の前で引っ張っていたので、後ろの様子を見ていなかった。

 街を出てから、ホスエはずっと両親のそばにいたのだ。

 傷だらけで、見るに耐えない遺体ではあったが、その手をずっと握り締めて。


(泣き言を聞かされ、その挙句この舐めた態度。もう殺っちゃっていいよな)


 荷車ごと、ハンマー投げのように振り回して遠くへ放り棄てたい。

 俊夫はその欲求と戦っていた。

 しかし、それはできない。

 せっかくここまで連れてきて、殺して終わりというのも気が引ける。

 ここまで進めたクエストを”ここで放棄するのはもったいない”という理由で、俊夫は強靭な精神力を発揮し、この状況に耐えていた。


「力がないから、今すぐには無理かもしれない。けど、絶対にテレサを助け出して見せる。僕……、いや俺、絶対強くなるよ」


(ぬぉぉぉ、早く街へ着けぇぇぇ)


 俊夫にとって、子供の泣き言を聞かされ続けるというのは辛いものだった。

 泣き言を聞くだけならば問題ない。

 普段なら笑い飛ばすだけだ。

 自分の意思に反して聞かされ続ける、ということがたまらなく嫌だったのだ。

 誰でも興味の無い話を聞かされ続ければ、いつかは嫌気が差す。


 ただ、そのお陰で荷車を曳いているにも関わらず、小走りのような速さで街道を突っ走っていられた。

 馬に鞭を使うようなものだ。

 ある意味、俊夫は上手く使われていた。


 そのお陰か、日が高いうちにサラマンカへたどり着けたので良しとしよう。

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