第24話 国境 2

 国境の橋を渡り、ヒスパン側の検問所にたどり着く。

 そこで俊夫は役人に話しかけた。


「この場の責任者の方と直接お話したいのですが、今おられますか?」

「……わかった。少し待っていろ」


 第一声で”お前じゃ話にならないから上司を読んで来い”と言われたのだ。

 少しくらいは不機嫌になっても仕方ないだろう。

 それでも素直に責任者を呼びに行ったのは、よくある事だからだ。

 貴族であったり、ヒスパンの有力者にコネがあったりする場合、ここを通せとよく言われるのだ。

 現に検問所の個室へと俊夫達は案内された。


「ゾルド兄ちゃん」

「大丈夫だ。任せておけ」


 不安そうなホスエとは対照的に、無駄に堂々としている俊夫。

 しかし、それは演技であった。

 心中は上手くいくか不安で仕方なかったが、それを表に出したら怪しまれる。

 多少の疑問も、堂々と”そうだ”と言い切られれば”そうなのかも?”と人間ならば、思ってしまうものだ。

 交渉事に赴く時は、堂々とした態度を取るのが俊夫の常であった。


「私がここの責任者であるフリオだ。それで、私に何の用かね」


 検問所の責任者。

 その執務室にはフリオ1人しか居なかった。

 大方、この部屋に来るような輩は内密の話が多いからだろう。

 あらかじめ人払いをしているようだ。


「実は通行料を払えるんですが、払いたくないんですよ」


 俊夫の言葉に、フリオは顔をしかめる。

 それもそうだ。

 払えるのに払いたくないなどというのは、ただのワガママにすぎない。

 そんなものを聞く理由などないのだ。


「それでは話しにならんな。ここを通すわけにはいかない」


 口ではそう返事をするが、本当にそう思っているわけではない。

 そんなふざけたことを伝えるために、ここに来る奴はいないからだ。


「えぇ、ですからこれを確認して頂ければと思いまして」


 俊夫はローブの内ポケットから指輪を取り出し、フリオによく見えるように机の上に置く。

 それを”なんだ、賄賂か”と思ったフリオは、指輪を返そうと手を伸ばす。

 1,000万エーロ以上の価値がある指輪などそうそうない。

 少なくとも、こんな無造作に取り出されるような物ではないのだ。

 着服するにしても、そんな指輪1つを懐にしまうより、1,000万エーロを皆で分けた方が実入りが良い。


 しかし、指輪を掴む寸前に気付いてしまった。

 ただの指輪ではないことに。


「こ、これは……。神教騎士団の指輪じゃないか!?」

「ええっ!」


 フリオの言葉に、ホスエの驚きの声が上がる。

 俊夫から詳しいことを聞いていなかったので、それも当然だ。

 そこで俊夫はローブを羽織る。

 これでどこからどう見ても不審者だ。


「魔神が見つかったということはご存じですよね?」

「はい、もちろんです」


 フリオの態度が変わる。

 それだけ神教騎士団の影響力が大きいのだろう。

 第一段階は上手くいったと、俊夫は心中でガッツポーズを取る。


「実は私がこのような恰好をしているのも、魔神捜索の一環なのです」

「そうなのですか?」

「えぇ、魔神はポルト近辺からは移動したようです。ですので魔神信奉者のフリをすることで、各地の魔神信奉者と接触して情報を集めているんです」

「なるほど」

「魔神捜索の資金は与えられてはいるのですが、限度がありますので出来るだけ使いたくないのです。ですから、通行税を免除して頂けませんか?」


 神教騎士団の権威を利用すること。

 それが俊夫の出した答えだった。

 他者の権威を利用するのに、ためらいがない俊夫だからこそ取れる行動。

 それに、ここで試して成功したことで、今後も同じ手が使えるという確信を得たことは大きな収穫だ。


 フリオは俊夫の言葉に納得する。

 

「それは構いませんが、一応確認させて頂きます」

「どうぞ」


 俊夫の言葉に、フリオは頬が緩んだ。


「うぉ、すげぇ。本物だよ」


 どうやら確認というよりも、興味本位で調べたかっただけなのかもしれない。

 新しいおもちゃを与えられた子供のように、無邪気な顔で指輪を舐めるように眺めている。

 指に嵌めて十字架を出すチェックも忘れない。


(そういえば、そのギミック試してなかったな。その内試してみよう)


 ホスエも指輪をジッと見ている。

 ときおり俊夫の方を見るのは、怪しい人物が神教騎士団団員だったということで、信じられないという思いと、詳しい話を聞いてみたいという思いからだろうか。


「そろそろよろしいでしょうか?」

「んっ、おぉ。そうでした。ところで、そちらの若者は従者には見えませんが、連れている理由を念のためお聞かせ願えますか」

「この子は助手として連れているんですよ。鼻の良さが役に立つだろうと思いましたので。ほら、犬の獣人ですし」

「犬じゃない、狼だ!」


 犬と言われた事でホスエは抗議の声を上げる。

 獣人にとって、自分の見た目の種族というのは重要だ。

 例え、神教騎士団団員であっても、これには抗議せざるを得ない。

 俊夫はアルヴェスに罵倒したように、知らぬうちに礼を失することを口にしてしまったのだ。

 しかし、俊夫も学習している。


「そうか、すまんな。見分けがつかないんだ。俺はグレースの出身だしな」


 その言葉で、ホスエの怒りが少し収まる。

 同時に、憐れみを顔に浮かべた。


「グレースの出身じゃ、しょうがないね……」

「むしろグレース出身でその対応とは。騎士団による教育の賜物ですな。流石です」


 グレース出身というだけで、ここまで効果があるとは俊夫も思わなかった。

 ここまであっさり納得するとは、俊夫も流石に驚いていた。


(グレースってどんな国で何やらかしてんだよ。大丈夫なのか、その国)


 俊夫にすら心配されるグレース共和国。

 ただ、その国の住人からすれば大きなお世話だろう。


「まぁ、そういうわけでして。助手として連れて行きたいんです。一緒に入国することを許可して頂けませんか?」


 俊夫の言葉に、フリオはただ頷くのみ。

 神教騎士団関係者となれば、その要請を断る理由などないのだから。


「もちろん結構です。それではこちらへどうぞ」


 フリオは俊夫に指輪を返すと、部屋の外へと促す。


「それと、この事は内密にお願いします。魔神信奉者を誘い出そうなんてこと、広く知られてしまっては意味がありません」

「もちろんですとも。誰にも言いません」

「ホスエもな」

「だ、誰にも言わないよ。……ゾルド兄ちゃん、凄い人だったんだね」

「だろ」


 俊夫がグッと親指を立てると、ホスエも親指を立てる。

 ついでにフリオも親指を立てる。


(……なんで?)


「それでは行きましょう」


 フリオはどこか満足げな表情をしながら、俊夫達を先導していく。

 俊夫達は、ただそれに付いていく。

 ツッコミを入れることができないままに。



 ----------



「ゾルド兄ちゃん、ありがとう」

「おう、気にするな」


(こっちもクエストのためだしな)


 今、二人はヒスパン側の国境近くの街のホテルの中庭にいる。

 日も暮れてきたので、この街に泊まることにしたのだ。

 食事を済ませ、寝る前に中庭で一服することにした。

 当然、泊まる部屋は別々だ。


 俊夫はワインとつまみ、ホスエはソーセージやジャーキーといった肉系統を頼んでいる。

 クラッカーにチーズをのせて食べるのが正式らしいが、俊夫はチーズだけを食べる。

 ワインの酸味とチーズの塩味を楽しみ、ある程度食べたところでクラッカーで口の中をさっぱりさせる。

 たまに、ソーセージなどもつまむ。

 こちらは若いホスエの食欲を見越して、大目に頼んでいるのですぐに無くなることはない。


(あそこは大変だろうな)


 この街の方が標高が国境よりも高いからか、国境の難民キャンプの明かりが見える。

 そこを見ると口元が綻んでしまう。


「ゾルド兄ちゃん、何見てるの?」


 ジャーキーを齧りながら、ホスエが俊夫に問いかける。

 その姿が”やっぱり犬だな”と俊夫に思わせた。


「難民キャンプの方を見てた」

「あっ」


 この時、難民キャンプのことを思い出したのだろう。

 あそこには食べるものもなく、神に助けを求めているような人達だっているのだ。


 ホスエは食べる手が止まる。


”こんな時でも難民の人達のことを忘れていないんだ”


 ホスエはそう俊夫のことを見直した。

”やっぱり神教騎士団の人は違うんだなぁ”と関心したのだ。


「いやぁ、あそこの奴等は大変だと思ってな」


 そういって含み笑いをする俊夫を、信じられないという顔でホスエは見ていた。

 難民キャンプのたき火の明かり、それは最低でもその数だけ、あそこで苦しんでいる人がいるという事だ。

 それを見て笑うのは”不謹慎だ”とホスエは思った。


「ゾルド兄ちゃん。助けてもらっておいて、こういう事は言いたくないんだけど……。趣味悪いよ」


 まさに正論。

 俊夫は年下の子供に注意されてしまった。


 しかし、俊夫は意に介さない。

 しょせんNPCが言うことなのだから。


「そうか? 見る分には楽しいじゃないか」

「そんなの酷いよ。ゾルド兄ちゃんは神教――もっと、真っ当で正しい人だと思ってたのに……」


 ホスエは俊夫が神教騎士ということで、実は高潔な人物だと思っていたらしい。

 偽物だとは気付かずに。


「そうか。それじゃ、お前は真っ当に正しく生きるんだな」


(苦労するだろうがな)


 真っ当に生きるなんてことは絵空事だ。

 必ずどこかで挫折し、人生に絶望する。

 その後も真っ当に生きていく奴なんて、俊夫は見たことがない。

 心が折れた奴は、大なり小なり悪事に手を染めていく。

 それも芯がしっかりとしてる奴ほど、折れた後は酷い。


 ホスエはまだ若い。

 いつまで夢を見ていられるのか。


 俊夫は食べる手の止まったホスエを尻目に、難民キャンプの灯りを肴にワインを楽しんでいた。

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