第23話 国境 1
(いやー、昨晩は楽しかったなぁ。あの無様な姿は最高だった)
俊夫は騙した相手が”騙されていた”と気付いた時の表情を見るのが好きだった。
趣味と実益を兼ね備えた良い職場だ。
やはり早く現実に復帰したいと俊夫は思う。
ゲーム内よりも現実で見る方が人生が掛かっているだけあって、その価値が高いと思っていたからだ。
歩みがさらに速くなる。
もともと、昨晩のイベントでテンションが上がり、歩く速度は速かったのだ。
そのせいで高速で歩くという、不気味な男の姿が街道で見られることになる。
その後、次の街に無事到着した。
街は無事であったが、俊夫が街に入る事を拒否した。
治安維持のため、不審者の入場を制限しているのだ。
見た目が怪しいだけではなく、挙動不審な者や男だけの集団などは断られている。
”盗賊集団の疑いがある”というだけで追い返すのだ。
乱暴ではあるが、この街が混乱せずにいられた要因だろう。
俊夫は無理に街に押し入っても、ろくなことが無いだろうと思い、大人しく国境近くの街、ブラガンサの方角に歩き、途中の道端の空き家で寝る事にした。
”隣国に入ってしまえば、この国よりはマシだ”
そう思えば、一晩の苦労など問題は無かった。
一月ほどポルトにいた事を考えれば、これくらいはストレスでもなんでもないからだ。
国境付近でのイベントへの期待を胸に、空き家での夜を過ごした。
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「そこの兄ちゃん、これ以上先に行くのは止めときなよ」
ブラガンサの街壁が見えてきた。
そんな頃に道沿いの意思に腰かけていた狼の獣人の男の子が話しかけてきた。
体格を見る限り年は15歳になるかならないかだろうか。
ただ、獣人は人間よりも体格が良いため、見た目では判断し辛い。
(薄汚ねぇ犬だな)
俊夫がそう思うのも仕方がない。
身なりはそれなりに良さそうだが、野宿でもしているせいか薄汚れていたからだ。
灰色の体毛も、なんとなく薄汚い感じがする。
獣人への正直な感想を口にしないだけでも、俊夫も少しは成長している。
「なんでこの先に行くのはダメなんだ?」
「ただでさえ魔神が現れたっていうで殺気だってる中に、そんな恰好で行くなんて馬鹿みたいだ。そこは自分で気付こうよ」
子供に正論を言われる大人。
俊夫もその事は理解しているので言い返したりはしない。
装備として、見た目以外は便利過ぎるのだ。
だが、そんな事を知らない子供はストレートな言い方をしたのだ。
「これはこれで便利だからな。やっぱり、この先の街でも暴動が起きているのか?」
「誰も暴れたりはしてないよ。がっかりはしているけどね」
僕も含めて、と目の前の子供が溜息を吐く。
「何があったんだ?」
「ヒスパンが国境の通行税を値上げしたんだ。一人1,000万エーロだってさ。ポート・ガ・ルーの避難民を受け入れたくないんみたいだ」
「ふーん」
俊夫には関係ないことだ。
その程度の金はある。
それにヒスパン側のやっていることも理解できた。
難民を受け入れての治安悪化を恐れるだけではない。
パニック状態の難民に影響を受け、自分達の国の民衆までパニック状態になり、混乱が波及することを恐れたのだろう。
高額の通行料を払えるような資産家くらいは、多少通しても良いと考えているのだろう。
そこで俊夫はもう1つ考えを巡らせる。
今、目の前に立つ子供。
この世界の住人にしてはそれなりに良い服を着て、家族はおらず1人きり。
そこから導かれる答えは1つ。
「家族に捨てられたか」
失礼極まりない。
やはり俊夫は成長していなかった。
俊夫の言葉に、子供は怒る。
「違う、僕が自分で残るって言ったんだ! 僕はもう立派な男だから!」
そこから自分の身に起きた事を、俊夫が聞きもしないのに話し始めた。
(なに、こいつめんどくせぇ)
俊夫が聞いた話は、かいつまんで話せばこうだ。
通行税を支払える現金が3人分しかなかった。
なので、両親と妹を先に行かせ、一人でも大丈夫な男である自分がこちらに残り、親が親戚の家に着いたらお金を借りて迎えに来るのを待っている、ということだ。
待っているようにと、持たされた金はスリにあって失ったらしい。
母親が死んで、父親が再婚した相手が幼馴染の母親で、義理の妹が幼馴染。
なんていうエロゲーのようなおまけ話し付きだ。
「そうか。お前も色々あって大変そうだな」
「まぁね。けど、こうやって話してみると兄ちゃん、意外と普通だね。もっと悪い人かと思ったよ」
「そりゃそうだ。本当に悪い奴は普通の恰好をして、周りに溶け込むもんさ。悪巧みを気付かれないようにな」
「それもそうだね」
そう言って、子供が笑う。
当然、怪しい恰好をして悪い行いをする者もいる。
俊夫のように。
そもそも、怪しい恰好をしているから安心などというわけがない。
普通は警戒すべき対象なのだ。
(なんだこのガキと思ったが、家族がヒスパンにいるのか。ということは、こいつを連れて行けっていうクエストとかかな? メインじゃなくて、サイドクエストみたいな)
そういう視線で今回の出会いを考えれば納得がいく。
わざわざ向こうから話しかけてきたことや、その相手がそこそこ金を持ってそうな家の子。
しかも、わざわざ身の上話までしてきたのだ。
プレイに関係があるのではないかと、俊夫は思った。
1,000万エーロも必要なので、序盤のクエストとしては難易度が高い。
その分、報酬や経験値も高いのではないか?
俊夫はそう考えた。
だが、同時に心理的抵抗もある。
別に人助けが嫌だというわけではない。
今までのゲームでも、流れでそうしなければいけない時もあったのだ。
ならば、なにが嫌なのかというと金を使う事だ。
自分のために使うのなら、全財産使おうが文句はない。
だが、クエスト達成のためとはいえ、一時的に1,000万エーロも使いたくはない。
そもそもクエストをクリアしたら、その金が戻ってくるという保障はない。
経験値であったり、アイテムを貰ったりするかもしれない。
だが、それは果たして使った金に見合うものだろうか?
そう考えた時、金を天秤にかけるほど欲しいとは思わなかった。
それならば、マシンが復旧することにかけてみたい。
そして、その間は贅沢な暮らしをしていたい。
そう思うのも無理はない。
俊夫は必死になって国境を超える方法を考えた。
できれば、クエストも達成したい。
金を使わずに。
(そうか、あれを使えばいけるかな)
とりあえず集めておいたアイテム。
その中に使えそうな物があることを思い出した。
それでダメなら自分の分だけ金を払えばいい。
いや、自分一人なら検問なんて通らずに、どこか適当な場所から向こう側に行ってしまえばいいのだ。
「ところで、少しでも早く家族に会いたいか?」
「そりゃ会いたいよ」
「良い方法がある。お前も連れて行ってやってもいいぞ」
「……国境の検問所を避けて、川越えとか違法な行為は嫌だよ」
その言葉を聞き、俊夫はニヤリと笑う。
「検問を正面から通るさ。合法的に通ってヒスパンに行くから安心しろ」
「……」
わざわざ”合法的”や”安心”という言葉を使われるとかえって怪しい。
魅力的な提案ではあるが、どこか抵抗があるという感じだ。
「騙されたと思えば、こっちに戻って家族が迎えに来るのを待てばいいだけだろう。正面から行くんだ。最悪追い返されるだけだと思わないか? それに親戚から金を貸してもらえないかもしれないだろ。行くだけ行って損はないさ」
「それはそうだけど……」
俊夫はそっと右手を差し出す。
「家族に合わせてやるよ。俺はゾルドだ。よろしくな」
獣人の子は俊夫の手をジッと見る。
俊夫の手はキレイだった。
剣を持っているにも関わらず、タコなどがない。
”見た目はこんなのだけど、暴力が苦手な人なのかな? なら、とりあえず様子を見てみてもいいかもしれない。国境を越えて家族を驚かせたりしてみたいし。それに1,000万エーロも使わずに済むなら両親も助かるかも”
そう思い、俊夫の手を取ってしまった。
彼はまだ若い。
”家族を驚かせてみたい”
”家族に会いたい”
”家族の負担を減らせるのなら減らしたい”
”どうやって国境を超えるのか?”
そういった気持ちを抑えられなかったのだ。
この出会いが、彼のその後の人生を大きく変えてしまう。
「……僕はホスエ。よろしく」
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「街に行かずに、直接国境まで向かった方が良いよ」
というホスエの進言を聞き入れ、俊夫達は国境へと向かった。
イベントキャラクターの台詞通りに動いた方が良いと思ったし、道を大きく外れたらクエストの中断や失敗という可能性を考えたのだ。
NPCを特定の場所に移送するというクエストには、決められた道筋を外れると失敗するものもあるのだ。
受ける以上は一応成功させたい。
(別にこのガキがどうなろうと知ったことじゃない。けど、天神を倒すには多少はクエストをクリアして、経験値を貯めておいた方がいいだろうしな。仕方ない)
現実からの復帰が困難なようなので、ある程度はゲームクリアも視野に入れて行動する。
それが俊夫の中での基本路線だ。
開き直ってゲームの世界で暮らすということは、考えもしなかった。
社会復帰までの時間が長くなればなるほど、結局は自分が困ることになるということを理解している。
だから、ゲーム内からでも終了させられる可能性があるのならば、それに賭けようとするのも当然であった。
「なんか……、一杯いるな」
「みんな、待ってるんだよ。国境が通れるようになるのを」
ポート・ガ・ルー側の国境付近には、難民キャンプがあった。
街道上には居なかったが、道の周囲には多くのテントや幌馬車があり、そこで生活しているようだ。
これを見た俊夫は、さすがにローブを脱いで手に持った。
俊夫の恰好を見て、魔神信奉者だと思い込んだ難民に襲い掛かられたらたまらない。
もちろん、難民程度に負ける気はない。
だが、難民相手に無双ゲーをした後、国境を通してもらえるかどうかが不安だった。
いくらなんでも、大量殺戮者を素直に通したりはしないはずだから。
無駄に争う気はない。
俊夫達は街道上を国境へと歩いていく。
「臭っ」
「ゾルド兄ちゃんはまだ人間だから良いよ……」
難民キャンプは酷い臭いだった。
穴を掘って用を足しているようだが、それでも数が数だ。
漏れ臭う悪臭が周囲に漂っていた。
ホスエは狼の獣人だけあって、人間よりも鼻が良いのだろう。
ときおり吐き出しそうで”うっぷ”と胃の内容物を反芻している。
俊夫は早足で国境へと向かう。
「国境を通りたいのですが、こちら側でも通行税がいるんですか?」
俊夫はまず、ポート・ガ・ルー側の役人らしき人物に話しかける。
「通行税は2万エーロだ。だが、ヒスパン側でも通行税を取るから、払えなかった場合はこの2万は戻ってこないぞ。……悪い事は言わないから、行くのは止めておきなさい。ヒスパンに入国するのに1,000万エーロ必要だ。2人分、4万エーロが無駄になるぞ」
「ご心配ありがとうございます。けど、それに関しては問題ないと思いますので大丈夫です。ところで冒険者割引きとかありますか?」
「そんなものはない。冒険者はその性質上、街の通行税が免除されているだけだ」
「そうですか。残念ですね」
俊夫は大人しく4万エーロを支払う。
ここでは、ちょうど川を境に国境が引かれているようだ。
ホスエを連れて、国境に架かる橋を渡っていく。
(4万エーロ……。今は大した額じゃないけど、セーロの葉採取4日分だったんだよな)
最初の頃は大変だった。
毎日、生きるのに必死で苦労の連続だった。
ギルドで受けた嫌がらせも、今となっては良い思い出だ。
(んなわけねぇだろ! ろくな思いでなんてねぇ。こんな国滅びてしまえ。……まったく、誰に言ってるんだ。俺は)
新しい国では少しは良い思い出ができますように。
そう願う俊夫であった。
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