第21話 荒れた街にて 1
「熱っ、無理だろ。こんなの」
門の内側に踏み込んだは良いが、熱風がむき出しの顔を撫でた時点で引き返す。
ローブに空調機能があるとはいえ、限度というものがある。
例えヤケドしても、すぐに治るだろう。
だが、わざわざ炎の中に突っ込みたいとは思わなかった。
(ここはダメだな)
炎の向こうに家族が取り残されていたり、札束が放置されていたりするわけではない。
無理にここを通らずとも、他の門から入ればいい。
そう思った俊夫は、街壁に沿って別の門を探す。
その時、街から離れたところにある村から火の手が上がり始めた。
街の東から徐々に広がった暴動は、街の外にまで暴徒が出て、暴れ始める段階になったのだろう。
”そちらに向かった方が旨みがあるかな?”と俊夫は思ったが、街の中に向かう事にする。
略奪中の村に向かっても、結局は先程の馬車強盗と同じような内容だろう。
それならば街の中の方が面白そうだ。
新しいイベントが見られるかもしれない。
ところどころに転がっている死体を避けながら、街壁沿いに歩いていると、1組の親子の死体に目が止まった。
暴徒に襲われたであろう、裸にされ打ち捨てられた母親と娘の死体。
俊夫はその娘の方の死体をジッと見つめている。
明らかに子供だと見えるその死体に欲情したわけではない。
(これ外国のゲームだったよな? 外国では子供の凌辱とか死体とかには厳しかったはず。他のゲームだと子供にはダメージを与えられない仕様になっていて、悪人プレイでも殺したりはできなかったりもする。そういえば、馬車の時にも子供の死体があった……、一体どうなっているんだ?)
俊夫はここで疑問を覚えた。
開発会社の国の倫理機構による審査
↓
マシン本体の開発会社の審査
↓
日本の倫理機構の審査
――という経緯を辿って、国内の流通に乗る。
今、目の前にある状況は、アダルト関係には緩い審査をしているといえど、本体の開発会社による審査の時点でハネられるはずだ。
日本の倫理機構なんて通るはずがない。
では、目の前にある死体はなんだというのか。
”このゲームだから、そんな事もある”で済ませるにも限度がある。
ここがゲームではないと気付く良い機会だった。
しかし、俊夫は――
(あぁ”登場人物は全員18歳以上です”とかそんな感じのあれか)
――魔法の言葉を知っていたせいで、スルーしてしまった。
合法的に発売した前例があったことを知っているために、気付く事が出来なかった。
そういうものだと思ってしまったのだ。
ここで気が付いていれば、それ相応に取れる行動もあっただろうに。
どの程度、歩いただろうか。
門は見つかった。
しかし、馬車の残骸に、家具などの荷物が門に山積みにされていて通れなくなっていた。
燃えてただの残骸と化しているのが気になる。
(積み方を見る限り、街の外から塞いだ感じだな。暴徒から逃げるために荷物を積んで火をかけたか)
俊夫の読みは正しかった。
だが、何が起きたかなどどうでもいい。
街に入りたいのに入れないことが問題だった。
そして、俊夫は気づいてしまった。
(飛べば良かった。壁くらい飛び越せば良かったんだ……)
俊夫は思わず頭を抱えてしまう。
ここまで歩いてきた事も、雰囲気を盛り上げるのに役立っていた。
決して無駄ではなかったのだが、なにか損をしたような気分になる。
高さ10メートルほどの壁。
ポルトで4階の部屋に飛んで戻ったことを思えば、これくらいの高さは飛び越えることができる。
今まで思いつかなかった自分にため息が出る。
しかし、いつまでも落ち込んではいられない。
時限性のクエストやイベントだってあるかもしれない。
まだ見ぬイベントへ思いを馳せ、俊夫は軽く助走をつけて、街門を飛び越えた。
壁を飛び越えても良かったのだが、飛び過ぎると中の建物にぶつかる危険がある。
だから、飛び越えた先に道しかないであろう街門を選んだのだ。
それが間違いだった。
「ちょ……、まっ……」
着地点に見えた物。
それを避けようと、空中でバタつくがそれが意味を成すことはない。
グシャリという感触、そして足元が血と肉で滑って尻餅をつく。
少し痛み始めた死体の破片が、俊夫の体に絡みついてくる。
(やっちまった……)
洗浄の魔法でキレイになるとはいえ、この汚れてしまったという感触には脱力してしまう。
通勤途中に水溜まりの上で転んだ時のような気分だ。
そう、俊夫は死体の上に着地してしまった。
これは前もって、残骸の隙間から覗いておけば避けられた出来事だ。
”とりあえず飛び越えよう”と短絡的に行動してしまった結果、後悔することになった。
俊夫は立ち上がると、洗浄の魔法で身をキレイにする。
そしてすぐに移動し始めた。
今の出来事を早めに忘れ去りたいからだ。
(ここらへんは燃えてないみたいだけど、死体が多いな。他を探すか)
この街にはイベント目的で来た俊夫だが、同時に泊まるところも探してもいる。
野宿よりかは、ボロくても屋根があるだけでも違う。
だが、見た目がキレイな建物でも、死体だらけで死臭漂う寝室でなど寝たくはない。
この街の惨状を見る限り贅沢は言わないつもりだが、希望の物件が果たして見つかるかどうか。
しかし、ほどほどに妥協できる物件を探さなければ、今晩は野宿だ。
こんな街で野宿なんてしたら、すぐに身包みを剥がされるだろう。
俊夫はなんとしても泊まれそうな建物を探そうと、街の中を散策することにした。
(それにしても酷いな。まともな家はないのか)
通り沿いの家を見る限りは、泊まれそうな家がない。
どこの家もすでに燃えて煤だらけになっているか、血が飛び散っているかだ。
これでは中に入って、無事な部屋がないか探す気にもなれない。
商店は調べるまでもない。
どこも商品は奪われ、止めようとした店主やその家族らしき者の死体が転がっているだけ。
根こそぎ持っていかれては、俊夫が手に入れようと思う物などないだろう。
俊夫はこんな状況を作った者を恨んだ。
”せめて自分がこの街に来てから、初めてくれれば良かったのに”と。
強盗、放火、暴行、殺人。
そういった祭りが終わった後には、もの寂しさしか残らない。
そんな寂しい街を一人で歩く。
どうせなら誰かと話ながら歩きたいものだ、と俊夫は思った。
こんな街で語る内容など無いだろうに。
語る話があったとしても、話が合う相手を見つけるのが大変だ。
俊夫の感性に合う相手など、そうそういないのだから。
(おっ、あの家良さそう)
俊夫が見つけたのは、富裕層の物だったであろう広い庭付きの洋館だ。
正面から見る限り、建物は無事そうだ。
もっとも、割れた窓、踏み荒らされた花壇などから察するに、中には何も残ってはいないだろう。
そして中に踏み込んだ俊夫は――
「本当に何にもねぇ!」
――思わず叫んでしまった。
玄関を開け、エントランスホールに入ると館の向こう側の風景が見えた。
そう、建物の向こう側、裏庭まで丸見えなのだ。
正面からは無事に見えても、館の中央から裏へかけて半分以上は焼け落ちていた。
左右の廊下が無事なので、そちらを後で調べれば泊まれそうなところがあるかもしれない。
そのまま進み、裏庭に出ると井戸を発見したので中を確認する。
水が使えるかどうかは重要な事だ。
(見ようと思った、俺が馬鹿だった……)
井戸の中には死体が浮いていた。
この家の者か、外部の者かはわからない。
水は手持ちの分しか使えないというのは不便だが、さすがに死体の浸かった水は使いたくない。
井戸を諦めることにした俊夫は、家の中を捜索する。
部屋の中には、物が無いだけではなく死体も無い。
燃えて煤だらけの部屋もあるが、泊まれそうな部屋もある。
そこで俊夫は2階の部屋を選んだ。
その部屋は半分ほど底が抜けているが、残りの床は無事だった。
床の穴からは風が吹き込むが、一応周囲に壁は残っており、外から様子を窺われる心配もない。
1階にしなかったのは、誰か他の侵入者が居た場合を考えてだ。
1階はすぐに踏み込まれるが、2階は階段を登ってくる音を聞いて迎撃の用意をする時間がある。
もっとも、寝ている時に侵入者の足音に気付けるような特技は持っていない。
現実でも、ゲーム内のスキルでもだ。
それでも多少は時間に余裕のある方が良い。
それが2階を選んだ理由だ。
逃げ道には困らない。
普通の人間ならば、下の階に飛び降りるにも捻挫などの心配をしなければいけない。
だから、逃げ場のない2階は追い詰められるようなものだ。
だが、俊夫ならばその辺りのことを心配しなくてもいい。
映画や漫画のように窓から飛び出してもいいのだ。
それにこの部屋は、元々書斎だったのだろう。
まともな本は残っていないが、本棚は残っている。
誰かが来た時、本棚の影に身を隠すことができるのはありがたかった。
「ふぅ」
俊夫は部屋の床に座り、壁に背中をもたれかからせる。
今日一日は色々な物を見過ぎた。
ゲームだと思っていても、リアル過ぎて引くレベルだと俊夫は思っている。
正直に言って、精神的に疲れるのだ。
日が完全に暮れる前に休める家が見つかっただけ、まだマシだと思う事にした。
俊夫は自分の周囲をキレイにした後、アイテムボックスから食料を取り出す。
そして塩漬け肉を一齧り。
「オェ」
思わずえずいてしまう。
塩漬け肉はそのまま食べる物ではない。
料理をしない俊夫は、その事を知らなかった。
つい、ジャーキーのような気分で齧りついたのだ。
(野郎、騙しやがったな!)
干し肉や燻製肉が欲しいと言えば良かったのだ。
塩漬け肉が欲しいと言ったから、その要求通りに塩漬け肉が用意されただけ。
アルヴェスや雑貨店の店員に落ち度はない。
俊夫の要求の仕方が悪かったのだ。
このままでは食べられない。
しかし、塩抜きなんてしようとも思わないし、そもそも塩抜きに使う余分な水はない。
俊夫は仕方がないので、乾パンを食べることにした。
(……硬い、硬すぎだろ)
その硬さで歯が欠けそうだ。
これでは無理だと水を口に含んで、しばらくふやかしてから食べる。
それでも外側だけで中は硬い。
非常食として家に置いてあった乾パンに比べれば、まるでレンガでも噛み砕いているような感覚に襲われる。
食べやすさを犠牲に、長期保存を目的として硬く焼いてあるのだ。
缶詰や袋で密封されている乾パンとは硬さが違う。
(負けるかよ!)
俊夫は戦闘モードに入り、乾パンをどんどん噛み砕いていく。
そして二掴みほど食べた頃、口に乾パンを運ぶのを止める。
乾パン相手に必死になっている自分の姿を想像して虚しくなったからだ。
乾パンを諦めて、アラン達と森に向かう時に、ギルドで貰ったパンと果物を取り出した。
あの時、手を付けずに放置していた食料が役に立つとは思ってもいなかった。
アイテムボックスに入れておいたお陰で新鮮なままだ。
俊夫は、もそもそとパンを食べ始める。
こちらは普通のパンなので、必死に食べる必要はない。
先程の奮闘はなんだというのか。
最初はハイキング感覚だったが、急激にテンションが下がってしまう。
そんな俊夫の視界に明かりが映った。
部屋の窓から見えた明かりは、数ブロック離れた場所。
そこに人がいるようだ。
そして、そこから離れた場所にもっと明るい場所があった。
(あっちの明るい方が街の中心部かな? 衛兵とかが重点的に守っているっていう。それじゃ、あっちの小さい明かりは生存者か。馬鹿な奴だ)
もうじき完全に日が落ち、暗くなる。
そうなると、人の物を奪う事を知った暴徒達があそこに押し寄せるだろう。
ここに馬鹿が居ますよと知らせているようなものだ。
(いや、もしかするとその逆かもな)
その逆。
あの明かりは人を集めるために、わざと点けられた可能性に考えを巡らせる。
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そう、あの灯りは誘蛾灯。
誘っているのだ。
暴徒達を。
待っているのだ。
返り討ちにしようと潜む者達が。
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