第20話 時には優しく

 俊夫が街道を歩いていると、向かい側から歩いてくる人々が俊夫を怪しむかのように見てくる。


(そうそう、これこれ。この視線が懐かしい)


 別に俊夫が何かに目覚めたわけではない。


 ただ、この1週間ほどは周囲の扱いが嫌だった。

 距離が近すぎるのも考え物。

 程よい距離感が一番だ。


”今度は適度に友好度を上げよう”と俊夫は考えていた。


(それにしても、たまにはゆっくり休みたいな。どこか地中海沿岸に家でも買うか)


 温暖な気候の地中海でゆっくりと骨休めをする。

 悪くない考えだ。

 天神を倒すにしても、ラスボス前に疲れ切ったままではロクに戦えないだろう。

 そうなると、自分好みの美女を探したい。

 心も体も癒したいのだ。


(一々口説くのも面倒臭いな。そうなると商売女か。……このゲームじゃ病気もうつされたりしそうだ。けど、魔法でなんとかなるのか? そうなると奴隷とかか? でもなぁ、いつかは飽きが来る女を所有するっていうのも面倒だ。売る時はかなり値下がりしそうだし。それにこれだけリアルなAIなんだから従順なだけっていうのもつまらん)


 妄想中の俊夫の脳裏に嫌な考えが浮かんでくる。


(あー、いきなり高級住宅とか買ったら地回りがタカってきそうだ。そうなると、地元の警察っぽいのもタカってくるよなー。しかも、いい女連れだとよけいに絡まれそうだ。背景の無い成金じゃ、過ごしにくいだろうな)


 金を持ってはいるが、縦と横の繋がりを持たない新参者。

 そんな奴は良いカモでしかない。

 俊夫だってカモにする。

 特に、この世界の衛兵に期待はできない。


(なら、ホテルか。けど、ホテル暮らしはそれはそれで便利だけど、自分の家っていうあの独特のくつろげる空間ではないんだよな。一長一短だな)


 なんだかんだで、どこか高級ホテルで良いだろうという結論を出した。

 長く住む気が無いんだから、家を買うくらいならホテルで好き放題やった方が良い。

 どうせゲームだ。

 金を多く払えば文句は言われないだろうという考えだった。


 迷惑極まりない。


(走りたいけど、この一歩一歩がバカンスへの道のりだ。このちんたらした旅路も楽しんで行こう)


 そうして歩みが軽やかな俊夫に対し、逆方向――俊夫が東へ向かっているので西へ――に歩いている人達の足取りは重い。

”人が歩いてるなー”くらいにしか思わなかった俊夫も、西へ向かう人々に違和感を覚えた。


(そういえばこいつら、なんで西へ向かっているんだ? 西は魔神が現れて混乱してるっていうのに)


 ――その元凶が東へ向かっているから。


 という答えならわかりやすい。

 しかし、周囲の者は俊夫が魔神だとは知らないのだ。

 ならばなぜ、彼らは西へ向かっているのか?


 ほとんどの者が手荷物だけだ。

 西の街に物資を運んでいるという線はないだろう。

 それに家族連れが多い。


 俊夫は気になったので、声をかけてみた。


「あのー」

「ひぃっ」


「すいません」

「よ、寄るなぁ」


「お聞きしたいんですが」

「犯されるぅー」

「鏡を見てから抜かしやがれ!」


(…………そんなにこの格好が悪いのか?)


 その通りなのだが、俊夫は思わず天を仰いでしまう。

 彼らがちゃんとした理由があって、怪しい人物を恐れているとは、まだ知る由もない。


「どうかしたか?」


 子供連れを荷車に乗せた家族、その父親らしき人物が俊夫に声をかけてきた。


”向こうから声をかけてきてくれた”


 その事に俊夫は少し嬉しくなる。

 案外ちょろいのかもしれない。


「実は皆さんが西に向かうのが不思議でして。なんで魔神が現れたという西に向かっているのかを聞きたかったんです」

「なるほど、そういう事か」


 俊夫の言う事に納得したのか、休憩がてらに事情を教えてくれた。


「俺達は東にあるビラ・レアルという街から来た。あそこはもうダメだ」

「ダメとは?」

「暴動が起きたんだ。それも街全体でな。それでも兵士や冒険者達が抑えようとしていたが、数には敵わず暴動は拡大する一方。そこで暴動に参加しなかった者は皆、街を逃げてきたんだ」

「それは大変でしたね。でもなんで西に? 他の方角でも良かったのでは?」

「暴動が最初東側で起こったからだ。そちらには行けなかった、危ないしな。それに、俺たちはここから北西の村に親戚が居るから、そこに向かってるんだ」


(暴動か……。ポルトも神教騎士団がいるという心の支えがあっても、かなり酷かったみたいだしな。結構な数の避難民が出ている事を考えると初動で失敗したか)


 暴動は火事のようなものだ。

 最初にしっかりと鎮火させてしまえば、燃え広がるようなことにはならない。

 衛兵側も混乱していたか、規模を読み違えたかまではわからない。

 だが、手に負えないほど拡大したのなら、混乱を収めるには時間がかかるだろう。

 素早く鎮圧したければ、問答無用で暴徒らしき者を手当たり次第に殺していくくらいだろうか。


「街全体に暴動は広がったんですか?」

「そうだ。西地区に住んでいたが、もうダメだと思って避難してきたんだ。子供達もいるしな。それに衛兵の奴等、街の中心部を守るようになってな。外周部の平民を見捨てやがったんだ。あんなところに住んでられねぇよ」


 男は荷台に座る子供達を見る。

 10歳くらいの兄と少し年下に見える妹。

 そんな感じのする兄妹は、子供らしい元気さも無く、歩き疲れたのかうなだれていた。

 子供達を見守る母親も、どこか元気が無い。


「子供連れも大変ですよね……」


 そこで俊夫は良い事を思いついた。


「荷物が少ないようですが、食料は十分ありますか?」


 男は力なく首を振る。


「1日分だな。だが、3日も歩けば村に着く。少々苦しいが、水を飲んで腹を誤魔化すさ」

「そうですか、もし良ければこれをどうぞ」


 俊夫はカバンから食料の入った袋を取り出す。

 4人家族でも、村までの分には余りある量だ。

 それをくれるというのだ。

 男だけでなく、男の妻や子供達も驚きを隠せなかった。


「いや、そんな。食料をそんなに貰えないよ」

「良いんですよ。声をかけて来てくれたお陰で街の様子を知ることが出来ましたから」


 俊夫は”恩には恩を、仇には仇を返すタイプだ”と自分では・・・・思っている。

 今回は助けられたので、食料を援助しようと思ったのだ。

 食料に余裕があるから出来る事でもある。


「でも……」

「育ち盛りの子供達のためにも受け取ってください。その方がこちらとしても嬉しいです」

「……わかった。ありがとう。もし、街に向かうなら気を付けろよ。目立つ奴は狙われるぞ。特に魔神信奉者なんてのはな。暴動を扇動したのが魔神信奉者だって噂もあるくらいだ」

「大丈夫ですよ。そこらへんはなんとかします」


 俊夫から食料を受け取った家族は休憩も終わり、目的地へと向かっていった。

 その時には子供達の顔も明るくなり”バイバーイ”と手を振ってくるくらいだ。

 俊夫は笑顔で子供達に手を振り返す。


(なんだ、食い物くらいでここまで態度が変わるのか。このゲームの評判システムなんて、この程度の物だったのか)


 物を渡せば簡単に評価が上がる。

 なら、必死にクエストなんてしなくてもいい。

 俊夫がそう思っても仕方がない。


(それにしてもあんなもんでも喜ぶんだな。こっちは邪魔な物が無くなってスッキリしたしwin-winの関係ってやつだ)


 一度血まみれになって食欲を失った食料。

 キレイにしたので食べられるが、心情的には食べたくない。

 だが、捨てるにはもったいない。

 そんなもので喜んでくれるというのなら、いくらでもくれてやる。

 ちょうど良いタイミングで現れてくれて、こちらが感謝しているくらいだ。


”知らぬが仏”


 俊夫は心の中で、その言葉を一家の背に贈るのだった。



 ----------



 ビラ・レアル。


 その町の街壁周辺には人の気配はない。

 もし、いるとしても人から奪う事しか頭にない人間のクズだろう。

 まともな人間はすでにこの街から去って行った。


 そして、今。

 この街の街門に新たなクズが現れた。


(なるほど、確かに荒れているようだな)


 門の内側は火事になっているようで、門から見える範囲でも燃え盛っている。

 門の外には、サキュバスらしき背中にコウモリの羽を生やした女の体が五体バラバラにされて、串刺しになり晒し者になっていた。


(このゲームじゃ、珍しく美人なのにもったいない)


 街が混乱していることと、魔神降臨で魔族に対する風当たりが強くなったことにより、暴徒と化した民衆に惨殺されたのだろう。

 この街に住んでいたのか、偶然この場に居合わせたのか。

 そこまではわからない。

 ただ、こうなってしまったのは不運だったのだろう。


 通常であれば、魔族とはいえこんな場所に死体を晒したりはしない。

 衛兵が門に居ないことからも、この街がどんな状態なのか容易に想像がつく。


 なお、周囲にサキュバスと関係を持ったからか、裸の男達の死体もバラバラにされて晒されていた。

 だが、俊夫は意識して視界に入らないようにしていた。

 男の裸なんてものは、見ても楽しいものではないからだ。


(死体のオブジェの出迎えで、燃え盛る街に突入か。良いじゃないか、これぞ冒険。これぞゲーム!)


 俊夫は、この街でのイベントに胸を躍らせ、門の内側へと足を踏み入れた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る