第二章 世界の混乱

第19話 野党化した兵士達

 魔神発見の報告以来、使う者がめっきり減った街道。

 ポルトの東の森。

 その近くを通る街道を使う者は、今となっては数少ない。

 ときおり、森の探索をする軍関係者が通るくらいか。


 そこを疾走する者の姿が1つ。

 人類最速の男と呼ばれた陸上選手の2倍以上の速度で走っている。

 何者かに追われているのだろうか。


(俺はっ、風だっ!)


 ……いや、平和なようだ。



 ----------



 アルヴェスにねずみ講の講釈をした次の日。


 俊夫は周囲に惜しまれながら街を出て行った。

 そろそろウンザリしてきたというのもあるが、別にこの世界での暮らしを満喫したいわけではない。


 俊夫はゲームを終わらせたい。

 何気ない日常へ帰りたいのだ。

 ならば、進展のない街に居座り続けるよりかは、街を出て現実に戻る方法を模索するべきだろう。


 それにちょうど良かったのだ。

 英雄だなんだともてはやされようが、期間が長くなれば周囲の者も冷めていく。

 早く出ていけという空気になってから出ていくよりも、少しは引き止められている間に出て行った方が良い。

 お互いに良い思い出のままが一番だ。


 街を出てから森の近くまでは、まばらに人が居た。

 だが、森の横を通る頃には人影が無くなっていたのだ。

 やはり魔神騒動の影響は大きいようだ。


 しかし、これは俊夫にとって良い状況である。

 近くの街までちんたら歩き続けるなんて面倒臭い。

 それならば馬にでも乗れば良いと思うかもしれないが、俊夫には乗馬経験なんてないし、そもそも今の状況で馬を売ってくれる相手がいない。

 だから、人目の無いところでは魔神として戦闘モードになり、その力を使い走っていたのだ。


(高橋の言っていた事がさっぱりわからん。本当にこれオッパイか?)


 俊夫の友人である高橋。

 彼が言っていたのは『高速道路で窓から手を出すと、風がオッパイの感触になる』というものだ。

 友人の中では比較的マトモな人物であったはずだが『オッパイをもっと感じたいから』と、学生の間にオープンカーを購入してしまうようなおかしなところもあった。

 ある意味、俊夫の友人としてはふさわしい。


(もしかしたらゲームだから感触が違うのかも? いや、もっと速度を上げてみるか)


 そう思う俊夫も、やはり同類なのかもしれない。


 いや、今までは人目を気にして加減していたのだ。

 解放感からテンションが上がるのも、多少は大目に見てやってもいいだろう。


 背中の剣がガチャガチャうるさいのが難点だった。


「ぬぉぉぉ」


 俊夫は調子に乗り過ぎた。

 速度を出し過ぎたのだ。

 カーブで減速しようとして失敗、足がもつれてド派手に転げてしまい、道を外れて木にぶつかる。

 戦闘モードで良かった。

 そうで無ければ死んでいたような衝撃を受けている。


「いってぇ。カーブのクソ野郎!」


 完全な言いがかりである。

 俊夫の怒りはカーブではなく、ぶつかった木に向けられ、木は蹴り倒された。


(ちくしょう、ダメだ。やっぱり他の国へ行くっていうので舞い上がっていたみたいだな。ここらで一服するか)


 朝から歩き通しだった。

 地図で位置の確認もしようと、蹴り倒したばかりの木に腰を掛ける。


(東の国境までは、健康な男が1日必死に歩くなら大体5日程度とか言ってたな。少し前にここの街を素通りしたから、大体国境までの1/8か。これなら人が通っているかにもよるが、2、3日くらいで国境まで着けるか)


 リンゴを齧りながら、そんな皮算用をする。

 ちなみにこのリンゴはアラン達と森に行った時のもの。

 アイテムボックスに入れておいたのだが、中に入れておけば鮮度は落ちないようだ。

 わざわざ美味しくもない保存食を、貰わなくても良かったんじゃないかと思っていた。


(いや、人がいないから今はいい。あんな速度で走っているところを誰かに見られたら怪しまれるだろう。控えめにしないと)


 ある程度は時間がかかっても仕方がないと考えた。

 わざわざ、行く街々で仕事をしないといけないわけでもない。

 金はあるのだ。


 ――観光がてらに天神を殴り殺しに行こう。

 

 そう思うくらいの心の余裕があった。


(そう、俺には余裕がある。金もある、食料もある。魔法が使えなくてもこの体がある)


 ならば、焦らなくてもいいではないか。


(天神を殺すのが先か、現実のマシン復旧が先かはわからない。けど、ゲーム内で生きるために働くだけよりも、少しくらいは楽しまないとな)


 心のゆとりは大切だ。

 俊夫は自然に耳を傾ける。


 木々のざわめき、水のせせらぎ、鳥のさえずり、甲高い悲鳴……。


(あぁ、クソッ。自然に耳を傾けるとロクな事がねぇ!) 


 きっと日頃の行いが悪いせいだろう。


 だが、トラブルは放っておけない。

 イベントは暇つぶしに最高なのだ。

 良い見世物であって欲しいという期待を胸に、悲鳴の聞こえた方へと静かに忍び寄っていった。



 ----------



 ある程度近づいたところで、剣を茂みに隠す。

 しゃがんで動いた場合、周囲の草や木に当たって音が鳴ってしまうからだ。

 歩くたびにガチャガチャと音が鳴るのも、隠密行動には不向きだった。

 代わりに、アラン達の誰かのマジックポーチに入っていたナイフを1本取り出す。

 飾り気は無く、実用性を追求した一般的なナイフだ。


 そのまま静かに進むと、馬車の幌が見えてきた。

 そして、人の話し声も。


「そっちはどうだ」

「金目の物はこっちの袋に集めました」

「食い物も大体集め終わりましたー」


(盗賊か。まぁ初期のイベントといえばそんなもんか)


 俊夫は少しがっかりする。

 こんなイカれたゲームならば、ケツに剣の柄を突っ込んだ変態に女が襲われているくらいはやっているものかと思ったのだ。


 しかし、盗賊の姿を見て考えが変わる。


(おいおい、マジかよ)


 盗賊はポート・ガ・ルー軍の鎧を着ていた。

 それも5人。


「それじゃ、鎧を捨てていくぞ」

「あぁ、こんなもん着たままじゃ話にならん」


 そう、彼らは脱走兵だった。

 ただ脱走するだけでは後が困る。

 ここで検問をしているように見せかけ、金を持っていそうな馬車が通るのを待っていたのだ。


 それを知った俊夫は義憤に燃える。


(こいつら、女や子供まで殺して奪い取ったのか! そんなプレイ、俺だってまだやってないのに!)


 訂正しよう。


 それを知った俊夫は怒りを覚える。

 それもただの八つ当たりで。


 俊夫の行動は早かった。

 まずは一番遠い兵士に向かってナイフを投げる。

 そのナイフは見事兵士に当たり、柄が胸に突き刺さり、その命を奪う。

 鎧を脱いでいなければ、助かっていた当たり方だったのが不幸なところだろう。


「誰だ!」


 他の4人はナイフが飛んできた方向に向き直る。

 剣や槍といったそれぞれ武器を構え、襲撃者に備える。


「俺だよ」


 その言葉と共に、フードを目深に被った俊夫が藪から飛び出した。

 誰か他に目撃者が居た場合に備えていたのだ。


「誰だぁ!?」


 いきなり漆黒のローブで身を包んだ男が、茂みから飛び出してきたのだ。

 驚きもする。

 しかし、その驚きが致命的だった。


 まず1人。

 俊夫に近い位置に居た者が、張り手で突き飛ばされる。

 その張り手を胸に受けた時点で、骨が折れ、内臓も破裂してしまい即死した。


「まさか……、魔神!?」


 もともとは魔神探索の任に着いていたのだ。

 このような場所で現れる怪しく強い力を持つ人物に、そう予想してもおかしくない。

 実際に魔神である俊夫を、そう見抜いたのは好判断だった。

 もちろん、判断が良かったからといって命が助かるわけではない。


 彼の胸には俊夫の腕が突き刺さっている。

 眼前に踏み込まれ、殴られたのだ。

 

”あぁ、俺はこのまま死ぬんだな”


 彼の判断は最後まで的確だった。

 惜しむらくは、その判断力を脱走という事に使わず、別の事に使えば良かったのだ。


 俊夫が腕を引くと、そのまま後ろに倒れ、死んだ。


「待てっ、待ってくれ! 降伏する。罪は贖う。殺さないでくれ」

「お前、何言ってるんだ」

「うるせぇ、こんな奴に勝てるわけないだろ。わかれよ」


 残った二人は言い合いを始める。

 そんな場合ではないのだが、俊夫がその様子を見守ってくれているお陰で言い合えるのだ。

 そして、口論が議論から罵倒へと変わり始めた時、俊夫が口を開いた。


「武器を捨てて、跪いて向こうを向け。手は後ろ手にな。今すぐにだ。そうすれば救ってやる」


 その言葉を聞き、1人は素早く武器を捨てて俊夫の言う通りにした。

 もう1人は”自分だけでは勝てない”という事を悟っていた。

 やむを得ず、大人しく俊夫の言う通りに従った。


 2人でかかれば、万が一にも勝てたかもしれない。

 そんな不満が残っていたからこそ、首をうなだれてしまう。


「おっ、ちょうど良い」


 切ってくださいと言わんばかりに、首をうなだれている二人の首をナタで切り落とす。


「ほら、救ってやったぞ。罪悪感とか生の苦しみとか、その他諸々からな」


 嘘は言っていない。

 それに、いきなり襲ってきた相手の言う事を信じる方が悪いのだ。

 殺されても仕方がない。


 俊夫は周囲を見回し、他に生存者が居ないか調べる。

 馬車に乗っていたであろう人々は胸を突き刺されたり、首を切られたりしている。

 生存者はいないようだ。


 俊夫はまず、ナイフの回収へと向かう。

 そこで1つの事に気付いた。


(げっ、刃じゃなくて柄が刺さってる……。ナイフ投げって難しいんだな。映画では綺麗に刺さっているのに)


 ナイフを真っ直ぐ投げたり、目標に当たる時に刃の部分が来るように回転させるのは難しい。

 魔神の力があったからこそ、柄の部分が肉に突き刺さるという力技で相手を殺す事が出来たのだ。

 俊夫は刃で指を切らないよう、気を付けながらナイフを抜き取る。


(さて、回収は……。手間が省けたな)


 金目の物は死人には必要無い。

 兵士も馬車に乗っていた者もだ。

 今回は兵士がロクな物を持っていなさそうなので、馬車に乗っていた者達の持ち物を物色するつもりだった。

 それを兵士達がまとめてくれていた。

 これは回収が楽で良い。


 俊夫は2つの大きな袋、その片方の中身を見る。


(こっちは現金や宝石、服とかか。それなりに持ってるな)


 そちらは後で整理するので、とりあえず胸ポケットのアイテムボックスに袋ごと放り込む。


 そしてもう片方。

 こちらは中に食料品がまとめられていた。


(首を切り落とす前に離れた場所に移動させるべきだったな。……こんなの食えねぇよ)


 食料品の袋は最後に殺した2人の足元に置かれていた。

 おかげで袋の中まで血でベッタリになっていた。

 洗浄の魔法で血を洗い落とすが、血まみれになった物を食べる気にはなれない。


(けど、食い物は食い物なんだよなぁ……。捨てていくのももったいないし、とりあえず持っていくか)


 俊夫はアイテムボックスからカバンを取り出す。

 今までは走るのに邪魔なので、中に入れていたのだ。

 そのカバンの中に食料品を袋ごと入れる。

 これで他の食料品と混ざってわからなくなることもない。

 食べる気になれないまま腐ってしまっても、道端にでも捨てておけばいい。


 そして最後にもう一度全員死んでいる事の確認をした後、兵士達の死体に一言残していく。


「カス共が、恥を知れ」

 

 俊夫は剣を回収し、カバンを背に先へと進んでいく。

 埋葬という言葉は浮かぶことすらなかった。

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