第8話 一週間後
「今月も売り上げトップだったね。おめでとう、佐藤君」
「ありがとうございます」
「それにしても今月のは大口だったね。驚いたよ」
「あぁ、それは”金やプラチナが安定しているから安心”とか勘違いしてる馬鹿がいたからです。貯金から余裕のある金額ではなく、定年退職の金をはたいてまで契約してましたから」
「はははっ、それは馬鹿だねぇ。安定してるっていうなら年利20%も支払う分どうやって稼ぐのかの想像もつかないなんて」
「本当に馬鹿ですよ。欲の皮が突っ張っているから、全部失う事になるんです」
二人の笑い声が室内に響き渡る。
この二人は他人が努力して得た金を騙し取る詐欺師とその親玉だ。
今月の売り上げがトップだった俊夫を慰労するため、高級中華料理店に来ている。
大学を卒業後、親の紹介で入ったペーパー商法を取り扱う証券会社は俊夫の性に合っていた。
その証拠に1年目から多くの契約を取り、多くの歩合給を稼いでいる。
2年目の今、更なる活躍を期待されている。
「ただ目ぼしい奴等からは契約を取りましたので、来月は大口の契約は無理そうです」
「いいよいいよ、どうせ来週くらいには今の会社を潰して次に移るから」
「それではそろそろ……」
「うん、警察が動いているからね。今の社長に責任を被ってもらう事になるかな」
「そうですか」
今、俊夫の目の前にいる一見人当たりの良さそうな人物。
彼は国によって広域に指定されるくらい大きな組織の幹部である。
資金集めに影のオーナーとして、多くの会社を経営していた。
回収が不可能と判断されるような多重債務者を他所の組織から引き取る事が多いが、当然親切心からではない。
資金集めの会社を設立し、代表に据えるのだ。
そしてある程度したら会社を倒産させ、社員は別の債務者を代表に据えた会社に転職させる。
言うまでもなく、資金は俊夫の目の前にいる男が全て回収している。
警察とも話が出来ており、人身御供として捧げられた代表だけを逮捕していく。
警察も逮捕の実績を上げる事ができるので、双方Win-Winの関係を築いていた。
泣くのは金の戻ってこない被害者のみだ。
「ところでどうだい、佐藤君も一回社長をやってみるかい?」
「流石にそれはお断りさせていただきます」
「残念だなぁ、佐藤君は若いがやり手だ。上手くやれると思ったんだけどなぁ」
「真っ当な会社なら考えますけどね」
「うんうん、佐藤君は立派になるだろうしね。いずれはそっちを任せてもいいかな」
(誰がそんな嘘に騙されるか)
目の前の男は人を脅したりするのではなく、おだてる事で人を動かす。
こんなロクでもない男の言葉を真に受けて、意のままに踊らされるような馬鹿にはなりたくなかった。
「それでは冷めない内に食べるとしようか。自由に食べてくれ」
「はい、頂きます」
今まで何度か食事に誘われた経験から、遠慮せずに食べる方が良いという事はわかっている。
年を取り、量を食べられなくなったからか、若い者がガッツリ食べる姿を見るのが楽しいというのだ。
なので俊夫は遠慮することなく、目前のフカヒレの姿煮を口の中に放り込む。
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「ッッッ! いってぇ」
俊夫は自分の舌を噛み、目覚める。
「……メシの夢を見て舌を噛むとか、情けねぇ。ホント情けねぇ……」
この世界に来て早くも1週間が経っていた。
機械の異常により、ゲームを終了させる事ができない状態も、何日か経てば業者により外部からゲームを終了させてくれるだろうと思い、毎日働きながら待っていた。
”ゲーム内で餓死した場合、現実にも影響があるのではないか?”
その考えが脳裏から離れない。
もしかすると、死んでしまえばゲームオーバーで終了させる事ができるかもしれない。
だがそんなリスクのある行動をするような勇気を、俊夫は持ち合わせてはいなかった。
セーロの葉での収入が大体1日10,000エーロ。
宿泊費が4,000エーロ、1日の食費で2,000エーロ。
残りは病気になったり、怪我をしたりした時の為に貯める。
先ほどのような夢を見たのは、食費を削った事が原因だ。
1食、パンと野菜のスープで500エーロもする。
夕食の時にビールとおかずを1品頼むのが、今の楽しみだ。
こんな生活はダメだと思い、1日だけ港湾労働の仕事をした事もある。
日給20,000エーロと高額ではあったが、日が昇る朝早くから夕方遅くまで。
しかも疲れもせず力もある事から、荷物を他の者よりも多く運ばされた。
疲れないとはいえ、同じ給料で他人よりも多く働かされるのは嫌だった。
挙句の果てにギルドで報酬を受け取る際に、仕事の紹介料や事務手数料という様々な名目で3割も天引きされたのだ。
他の者達も同様に天引きされているので、俊夫にだけの嫌がらせという訳ではない。
これには腹が立つというよりも、呆れるしかなかった。
それ以来、セーロの葉を採取し続けている。
こちらは仕事の紹介ではなく、必要な素材の買い取りだからか天引きはされなかったからだ。
もっとも、最低買取金額にされるという嫌がらせは受けているが……。
それでも採取を続けているのは自分のペースでやれるからだ。
港湾労働の仕事では”休憩時間以外は働き続けろ”というものだったが、採取は自由に休める。
元々、契約ノルマさえ達成していれば自由に休んでも良い。
そういう社風の会社で働いていた俊夫には、採取活動の方が性に合っていたからだ。
採取に使う時間も、朝に出かければ昼過ぎには帰って来れる。
空いた時間は町中をぶらつき、散歩がてらにログアウトの方法を探す。
当然ながら今の生活にはうんざりしている。
なのに、なぜ他の街に行ったりしなかったか。
怖かったのだ。
この街を離れる事でゲームを終了させられなくなる気がして……。
”始まりの街なのだから、どこかにゲームを終了させる事ができる場所があるかもしれない”
そう思うと、他の街へ行こうなどとは考えられなくなっていた。
その内に外部から業者が機械を修理して終了させてくれるだろう。
だが、自分で終わらせる事ができるなら、それに越したことはない。
ギルド職員の対応に不満を覚えても、この街から出ようとしないのはそのような理由があるからだ。
異世界に来ているなどとは思いもしなかったし、戻る事などできないとも知らないので当然だろう。
(はぁ二度寝する気分でもねぇし、とりあえず飯食いに行くか……)
いつもより早く起きてしまったとはいえ、早すぎるという時間ではない。
目が覚めてしまったので、朝食をとったら採取に出かけようとベッドから出る。
憂鬱な一日が今日も始まる。
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木々のざわめき。
以前はそんなものを楽しむ余裕は無かったが、今はある。
もっとも、余裕があるからといっても楽しむとは限らないが。
今、俊夫は森の奥にあるセーロの木の群生地から少し離れたところにいる。
そこは小川が流れており、休憩がてら水筒に水を補充するのに利用していた。
俊夫は川縁の岩場で補充したばかりの水の飲みながら、街で売られていたローストされたピスタチオを食べていた。
それが今の俊夫にとってのささやかな楽しみ。
数ある物の中から、栄養価が高いと以前に聞いた事のあるピスタチオを選ぶ辺りもの寂しい。
(けどまぁ悪くはない)
指で剥くのが辛いくらい固い殻のはずが、少し力を入れるだけでパキッパキッと割れていくのは、少し楽しいと感じていた。
以前、おつまみとして食べた時とは大違いだ。
食べにくい食べ物も、食べやすくなれば評価は変わる。
けれども食べ過ぎてはいけないと、俊夫は自制する。
所持金に不安があるからだ。
飲食でストレスを発散させる事すらままならない現実に、溜息を吐くことしかできない。
(そろそろ戻るか……)
充分に休んだ。
間食の袋を内ポケットのアイテムボックスにしまうと、最後に水を一口飲み、浮かび上がる。
そう、浮かび上がった。
何者かに肩を掴まれ、瞬く間に高度は上がり10メートルほどの高さになる。
「えっ、何な……」
最後まで疑問を口にする前に、不意に浮遊感が襲う。
思わず手足をバタつかせる。
だが、それが意味を成す事は無く重力に導かれ、地面に叩きつけれられる。
「ぐぇっ」
腹から落ちたために内臓が破壊され、逆流した血液を口から吐き出しのたうち回る。
仮にも魔神である。
最初に狼に襲われた時のように、戦闘中という事を意識していれば、これくらいの高さから落ちたところで怪我一つしないはずだった。
だが生まれつき魔神であれば問題は無かっただろうが、俊夫は人間として生まれ育った。
今回のように突然の出来事に遭遇し、即座に意識しろという事は非常に難しい事であった。
落下での怪我は、自然治癒能力のお陰で瞬く間に治療されていく。
とはいえ、生まれて初めて味わう激痛のために身体が上手く動かせない。
襲ってきたものを確認しようと、なんとか頭だけを動かすと――
「ハーピー!?」
人間の体に鳥の羽と足を持ったモンスターが空中にいた。
ハーピーは再度俊夫の肩を足で掴むと、羽ばたき空中に舞い上がる。
奇襲のために何か魔法でも使っているのか、羽ばたく音が聞こえなかった。
先ほど気付かなかったのも、そのせいだろう。
そして今度は、より高いところから落とされる。
「っ……っ……」
背中から落ちた先、先ほどは地面の上であったが今度は岩であった。
衝撃で肉が裂け、骨が砕ける。
地面に叩きつけた水風船のように血液が飛び散り、岩を朱に染める。
先ほどとは比べ物にならない大怪我のため、二度目の方が自然治癒の時間が心持ち長い。
痛みで気を失う事ができれば良かったのだが、精神異常耐性のお陰か意識だけはしっかりとしていた。
今度は殺しただろうと、バッサバッサと羽ばたきの音を立ててハーピーが俊夫の横に降りてくる。
「ごっはん♪ ごっはん♪」
俊夫が声のした方へ首を動かすと、ハーピーが怪訝な顔をした。
「あっれ~、なんで生きてるの~? ……まぁいっか~」
”いきなり何をしやがる”
俊夫は苦情を口にしようとするが、その前にハーピーが頬に喰らいつく。
「ぎゃっぁぁぁぁぁぁ、ひぎゃぁぁぁぁぁぁ」
落下の痛みは残っていたものの、それは治癒能力のお陰で収まってきていた。
そんな時に、突如頬を噛みちぎられた痛みは別格だった。
――肉体の一部を喪失する感覚。
それも噛みちぎられた肉片を咀嚼しているところを見せられるのだ。
こんな体験はゲームを含めて、俊夫はしたことが無かった。
いや日本どころか世界中でも、生きたまま体を食いちぎられる人間など極少数だろう。
「んっん~、ごはんはしずかなのが~、いいよね~」
ハーピーが今度は俊夫の喉に噛みつく。
確実に息の根を止めるため、静かなランチタイムのために。
しかし、それは叶わなかった。
噛みつく直前、強い力によって己の首を抑えられ動けなくなったからだ。
「何してくれてんだ、オイ。マジで何してくれてんだよ……」
ハーピーを止めたのは俊夫だ。
身体の治癒が終わり、動くようになった手でハーピーの喉を掴んだのだ。
ハーピはもがいて手を外そうとするが、がっちりと掴まれ外せそうにない。
俊夫はそのまま首を絞める力を強めつつ、一息つく。
痛みと恐怖で、その体は震えていた。
(クソッ、やっぱりこのゲームに痛みのフィードバック制限なんてなかったか。あんな痛みショック死しててもおかしくねぇぞ! 痛みは治まったけど、こんな目に遭わされて許せるか)
どうしてやろうかとハーピーの顔に視線を向けると、ハーピーは気絶していた。
首を掴んでいた指が上手い具合に頸動脈を絞めていたようだ。
脱力したハーピーの体を横に退けると、俊夫は立ち上がり自分の状態を確認する。
その際にローブの内側から多くの血液が零れ落ちていく。
それだけの怪我を負っていたのだ。
立ち上がって、まずは食いちぎられた頬に手を当てる。
歯が見えるほど抉れていたのだが、すでに治っていた。
すでに全身から落下の痛みも無くなっており、自然治癒能力を獲得した己の判断を喜――
(いや喜んでどうする。こんなゲームを始めなけりゃ、もっと言えば買わなければ良かったんだ。作った奴が一番悪いが、もったいないからプレイしようとした俺も悪いんだ……)
――悲しむ。
とりあえず【クリーン】を使い、体にまとわりつく血液や砂を落とす。
血液特有の不快感を払拭したところで、襲い掛かってきたハーピーを見る。
今は気絶しているとはいえ、奇襲をしかけてきた相手だ。
不意の反撃をしてこられたり、逃げられたりしないように臨戦態勢を維持したまま様子を見る。
(こいつ、どうしてくれようか。ハーピーって鳥だよな、手羽先と鶏もものから揚げにでもしてやるか。けど頭と胴体は人間だから、食うのはちょっとなぁ……)
怒りで頭に血が上っていたが、見た目は人間に似ているために少し冷静になる。
人間に似た容姿の生物の肉を食べたりするような行為には、ゲームと思ってはいても忌避感を避けられない。
それに今まで見てきたこの世界の人物の中では、比較的可愛いと思える顔をしている事が怒りを和らげる要因になっていた。
くすんだ紫色の髪がババア臭く見えるのが残念だが。
今、俊夫の目の前で倒れているハーピーは、肩から先が翼、太ももの中ほどから鳥の足。
それ以外はの女性の裸体という容姿であった。
そう人間の女の裸体であった。
(胸や股間に羽毛が生えて上手く隠れているけど……、胴体はどうなってるんだ?)
つい先ほど殺されそうになったところだ。
なのにそんな事を考えてしまうのは、やはりゲーム内だと思い込んでいるからだろう。
相手が気を失っており、無抵抗だからこその余裕でもある。
(ふむ、造形はリアル……、成人指定はやっぱりエロ要素も含んでいたか)
これまで俊夫に良い事は無かった。
食中毒、服装のせいで可哀想な子や犯罪者のように見られる。
あげくの果てにはスタート地点の街でギルドに嫌がらせをされる。
少しくらいは息抜きをしたいところだった。
(待て待て、胴体は人間でもモンスターだぞ。こんなゲームで抱いたりしたら病気とか貰っちまうんじゃないか)
これまで俊夫に良い事は無かった。
食中毒、服装のせいで可哀想な子や犯罪者のように見られる。
あげくの果てにはスタート地点の街でギルドに嫌がらせをされる。
少しくらいは息抜きをしたいところだった。
(そういえばフリードが、セーロの葉は結構な種類の病気や毒にも有効とか言ってたな。最悪、街の教会で治療してしまえばいいか。いやでも……)
これまで俊夫に良い事は無かった。
食中毒、服装のせいで可哀想な子や犯罪者のように見られる。
あげくの果てにはスタート地点の街でギルドに嫌がらせをされる。
少しくらいは息抜きをしたいところだった。
(そう、これは罰だ。いきなり俺を殺そうとした奴に対する罰だ。それに魂の殺人とかいうらしいから、罰には十分だろう。すぐに殺さないのは俺を殺そうとした罪の重さを思い知らせるためだ。うん、そうだ)
自分を納得させるように言ってはいるが、自分の欲望を満たしたいだけだ。
女を口説く余裕も無く、娼館に行く金も無い。
”街の女と違い、モンスターなら襲ってしまってもいいだろう”
そんな考えが俊夫を突き動かした。
素早く服を脱ぎさると、ハーピーに襲い掛かった。
刹那的な快楽を求めて。
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ハーピーの姿は痛ましいものだった。
行為の最中に目覚め、当初は組み敷かれた状態からもがいて逃げ出そうと試みた。
しかし圧倒的に強い力に抑えつけられ、凌辱の時に身を任せるしかなかったのだ。
行為が終わった時、俊夫を食い殺そうとした捕食者としての姿は無く、尊厳を踏みにじられた一人の女の姿だけがそこにあった。
もがいた時のものであろう、周囲に撒き散らされた羽が悲愴さを際立たせている。
事後、俊夫は川で体を洗っていた。
汚れを落とすだけならば洗浄のペンダントの効果を使えばいいのだが、身体の火照りを冷ますためにも水を浴びたかったのだ
(モンスターの体も悪くない。エロゲーとしてのクオリティは高いもんだな)
今までマイナス面ばかりしかないと思っていたが、予想外に良い部分があった事で少しホッとしていた。
嫌な事ばかりではない。
それだけでまだしばらくは頑張れそうだ。
もちろん、早く現実に戻してくれという思いは消えないが。
(さて、あいつはどうしようか)
用済みになったハーピーの方へ振り向くと、抜け落ちた羽や羽毛があるのみ。
先程まで倒れていた場所には居なかった。
俊夫は逃がしたかと思い、少し残念がる。
だが、ハーピーの所在はすぐにわかった。
俊夫の頭上に何か水滴のようなものが落ちてきたからだ。
上を向くと、そこには音もなく羽ばたいているハーピーがいた。
「よみがえったまじんさまがおまえをころす。にんげんをみんなころす。おぼえてろぉ! ぜったいころすぅ」
そう言い残すとハーピーはどこかへ飛び去ろうとする。
「俺が魔神だぞー。可愛がってやるから、また来いよー」
ハーピーの後ろ姿に声をかけるが、聞こえているのかいないのか。
こちらを振り向くことなく一目散に飛んでいく。
俊夫も特に返事を期待していたわけでもない。
ただなんとなく言いたかっただけだ。
先ほど何が落ちてきたのか、それを確かめるために手を頭にやる。
そこには粘ついた感触。
白濁した液体が付いていた。
「ちっ」
自分の物であっても積極的に触りたいとは思わない。
少し気が晴れたばかりなのに、最後は不快な気分で終わった事に舌打ちをせずにいられなかった。
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