三十一 体質

「おっ!本当にオスだ」

 画室高梨の教室部分の中央を広くあけて、お湯を入れた大きなたらいで、和美が楽しげに三毛猫を洗っている。

「水も嫌がらないね。いいこいいこ。毛が長いのがかわいい」

 八重さんは、怪我をした前足を軽く持ち上げ、濡れないように連携する。

 前足に巻かれていた布の外側は汚れていたが、内側はきれいに手当されていた。治りも早そうだ。

「賢いなぁ。俺たちの言葉がわかるみたい」


 保護という名目なので、小出の聴取は病院や署でなくてもいいらしい。医者はあらかじめ現場に呼んでいたので、事件に関わる診察を終え、念のため、発見時の着衣は回収された。

 警官は玄関の内側に一人、裏の勝手口に一人、外にはまだ何人も現場検証と警備で残っている。

 画室高梨には僕と同じく、小出の分も着替えは置いてある。

 本部に電話連絡をしていた無流さんが、ちょうど風呂から出てきた小出と何か話し込んでいる。

 僕たち一般市民は、先ほど江角先生が厚意で頼んでくれた蕎麦を、ありがたくすすった。


「小出くんもまず、食べてから。落ち着いたら話を聞かせてくれるかな」

「はい」

 僕の隣に座った小出は、猫が洗われるのを横目に、蕎麦を食べ始めた。無流さんは小出の正面に座り、お茶を飲んでいる。


「小出は猫、好きなんだな」

 僕が話しかけると、小出は蕎麦を噛みながら、頷いた。

「うん、でも――蕁麻疹じんましんが出ることがあって、自分では飼えないんだ」

「あの猫は平気なの?」

 僕が見た、夢で猫に噛まれていたところは手当てされている。

 手の甲を噛まれた小さな傷だと思ったが、手首の方まで赤くなった痕がある。

「噛まれたところは腫れたけど、蕁麻疹の原因になる分泌物が、少ない猫もいる」

 動物の話だからか、今日はたくさん話してくれて、なんだか嬉しくなる。

「さすが動物病院の息子」

「だけど、この体質で動物病院を継ぐのはやめた方がいいから……自分の創作とは別に、図鑑や動物の医学書に関われたらいいなって思ってるんだ」

「へぇ。えらいなぁ」

 僕が関心したところで、小出は急ぐように蕎麦を食べきって、まっすぐ目を合わせた。


「僕、坂上に謝らないと。あと、飯田くんにも――切り取り魔のふりをして君を襲うように、布袋先輩に頼んだのは僕なんだ」

「……え?」

 急な告白に、頭が追い付かない。 

「巻き込んでしまって、本当にごめん。飯田くんまで怪我させて」

「どうしてそんな……」

「ちゃんと、説明する」

 無流さんは慎重に見守っていたが、小出は落ち着いている。

「小出くん、このまま詳しく聞かせてもらっていいか?それとも、署の方が話しやすいかな」

「無流さんと坂上くんを巻き込むためにやったので、このまま聞いてください」

 小出は深呼吸して、今度は無流さんと目を合わせた。

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