十六 雨

「坂上?どうした。ずぶ濡れじゃないか」

「絵を……」

 何度も頭を廻った言葉は、震える唇からは思うように出せず、英介さんに玄関へ導かれてから、ようやく紡ぎ出された。

「あの絵を売ってしまったって、本当ですか」

「え?誰がそんな事を」

「愛子ちゃんが……」

 英介さんは一瞬、呆気に取られてから、急に笑い出した。

「やられたなぁ」

 こんな英介さんは初めて見る。

 いつもより子どもっぽい笑顔は、僕を更に慌てさせた。

「どうして、笑ってるんですか」

 英介さんは微笑んだまま、僕を部屋に招き入れた。

「約束しただろう?あの絵は君に売るって」

「でも、江角先生が自宅に運んだって」

「話は後だ。風邪をひくから、温まってきなさい。唇が真っ青だ。ちょうど今、湯を張ったところだ」

 僕は釈然としないながらも、彼に従った。

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