十 夢

「私なら、ただ見たものの再現でなく、創造をしたいと欲が出るところだが、君は自制心があるな」

 彼はゆっくり、ガラス越しに指で絵の輪郭をなぞり始めた。

「……画家になるのは、僕の夢でした」

「ああ、そうだな。夢か。坂上は美しい言葉を使うね。でも君は夢が実現したのに、はしゃいだりしないんだな」

 英介さんは絵から離れて、僕に近付いた。

「まだ、実感が湧かないんです。僕が本当に聞きたい感想を言われたら、やっと実感が湧くのかもしれません。だけど僕は一体何を言われたいのか、よくわからないんです」

 僕がそう言うと、英介さんは緊張を解くように微笑んだ。

「急がなくても、君ならちゃんと見つけられる。私にできることがあれば、今後も手伝わせてくれ」

「……ありがとうございます」

 英介さんは嘘をつかない。社交辞令やその場しのぎの慰めではないと知っているから、信用している。

 だが、愛子ちゃんたちから見ると、僕だけが知らないことがあるらしい。

 はっきり問いただすにも、きっと彼は悪くないと思うから、その時を待つしかない。

「ところで、叔父には何もされなかったか?眼帯も結構目立つからね」

「ええ。でも、目立つのは気にならなくなりました。和美のおかげかな。初めて声を掛けられた時……眼帯を見て病気かときくので、違うと言ったら」

 最初の質問は煩わしいくらいに皆が言う。

 違うと答える間も無く、二言目にはお大事になどと、当り障りの無い社交辞令を言われるものだった。

 でも、和美は違った。

「見られる事が嫌なのか、何か言われる事が嫌なのなら、逆効果だ。眼帯なんかしてる方がよっぽど目立つ――と言われたんです。見えるものが嫌だからと答えたら――それなら仕方ない。片目だけずっと閉じているよりは、眼帯をする方が確かに利口だ――と言って、笑った」

「なるほど。彼らしいな」

「だから逆に、自分から全部話す気になれました。光に弱い振りをするといいと、入れ知恵されましたしね」

 見える景色の詳しいことは、今のところ、英介さんと和美しか知らない。

 興味本位だけでなく、ちゃんと僕を理解するために知ろうとしたのは、彼らだけだったからだ。

 見えた景色をそのまま描いたと言っても、世間はそれほど変な意味にはとらない。

 芸術家はものの見方が違うと言われるだけだ。

「良い友達がいていいね。坂上は」

 何故だか英介さんは、そこで話すのを止め、ただ二人で、しばらく絵を眺めた。

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