八 画家

「この間君から貰った絵を、額に入れたんだ」

 画室高梨に着くと、英介さんが自室に案内してくれた。

「これ……」

 彼が選んだ僕の絵は、自分でも一番気に入っている絵だ。

「ああ。この絵にしたんだ。見ていると感覚が研ぎ澄まされる。何を思って描いたんだ?」

「人の……魂かな」

 正解はわからないが、今のところその言葉が一番近い気がする。

「君には魂がこんな色で見えるのか」

「多分」

 右目から見る生き物は、全て光を帯びている。

 見たくないと感じるものもあれば、美しいと感じるものもある。

 和美の光には、理性に隠された情熱。

 英介さんの光と似ているが、深みと色合いが違う。

 二人の光の色は、不思議と僕を嬉しくさせる。

 容姿の美しい人が必ずしも光が美しいとは限らないが、光の美しい人は例外なく、魅力的な人物である。

 両方が僕の気に入ることは滅多に無いから、和美と英介さんは特別なのだ。

「私の魂もこの絵に描かれているのかな」

 僕は聞こえない振りをして、黙った。

「どうした、坂上。これは、私なんだろう?」

 この人には僕の浅はかな考えや願望は、きっと全部見抜かれている。

「隠している自分が、暴かれるようだ。君は、私よりきっと私を理解している」

「そうでしょうか」

 理解なんてしていない。

 英介さんを知りたいだけだ。

 知ることと、わかることは同じだとは思わないが、人が表に出さない部分も、あの光で知ることが出来る。

 この気持ちが何なのかよくわからない。

 例えわかったって、何も出来ないのが僕だ。

「君は見える景色を嫌うが、描くことで確実に絵の技術は磨かれている。それでもまだ、自分には必要ない力だと思うか?」

「突然この景色が見えなくなったら、それはそれで残念に思うかもしれない。先生のおかげでやっと、慣れてきた気がします」

「画家の肩書きを押し付けてしまったかな」

「僕に、その資格があるのかどうか」

 ほら、こんなに嬉しいのに、お礼を言う事すら出来ない。

「悲しいことにね」

 一瞬、僕にその資格が無いという意味かと思ったが、そうではなかった。

「私は、絵を描く人間は皆、画家だと思うが、世間では金を貰う為に絵を描いている人間を画家と言う。私と君はどちらの基準でも、もう立派な画家だ。いや、少し違うかな。君はまだ金をもらうことを前提には描いていないから。でも、資格なんて元から誰にも無いんだ」

 英介さんはそう言って、少し悲しげに絵を見詰めた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る