第30話 おもてなしの心は滅びない!


「うっし、狩るか。狩ろ。狩るぞ!!」


 3つ目の休憩地点兼宿泊地に着いたと同時に、咬剛さんは訳の分からない提案をする。

 いくら乗ってるだけで疲れていないとはいえ、見知らぬ土地で狩りってどういうこと?


「では私達は夕飯や宿泊の準備をしておきます。1時間程度で切り上げてきてください」


 そんな、晩御飯まで遊んでらっしゃい的なノリで送り出されても!

 久原も花音も『嘘でしょ?』って顔をしている。



「急にごめんっしょ。でも今日はほとんど身体動かしてないし、鹿児島での小遣い稼ぎと思って一狩り行くっしょ」



 二人は大居さんの発言に『まぁ確かに』と納得する。いやいや、ちょい待て。俺は納得していない。納得してたまるか!!




「降りるのは大丈夫ですか?」


「行きは問題無い。問題ねぇさ!二人は俺らがおんぶするから問題なんて無い!」



 休憩地点は全て同じ造りをしており、高さ10mもある筒状の建物である。


 山中の草木生い茂る中にそびえ立つ塔。外壁は黒御影石のような材質で、表面に平滑性がある。

 何より特徴的のは、入口が無いこと。この塔は地面から天井付近まで入口も窓も何もなく、壁面に突起物が無い。その代わり塔のてっぺんは平たく開けており、空からの玄関口となっている。


 降りるだけなら動物因子アニマルの3人なら問題無い高さだが、俺や花音だとただの飛び降り自殺だ。おんぶしてもらえるなら問題ないか。うん、おんぶだと?



「それでは終わったら合図下さい。迎えに行きますので。素材は一人が抱えられる量にしてくださいね。それ以上だと許容量超えちゃいますので」


 そこだ!そこですよ!聞かなくても分かるけど、誰が素材回収するんでしょうね!手で運べってか!?


「あっ、背負子あるんで使ってください」


 ほんと至れり尽くせりだな!クソ!


 ここでも雑用するとはな。何か鹿児島着いても雑用の未来しか見えなくね?

 まぁいい。それよりもおんぶってことは合法的に触れ―――


「加奈ちゃんは慣れてないから、一人の方がいいっしょ。花音ちゃんは私が背負うし、悠太君はあんたお願いっしょ」



 屋上の縁に足をかけ、振り向きながら咬剛さんが『乗れ』と促す。


 ですよねー。知ってた。知ってたさ。知ってたよもぉぉぉぉ!!!!




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「今は我慢しろ。我慢だ。我慢したら良いことあるからよ」



 塔から降りて蟲のねぐらに向かう途中、咬剛さんに話しかけられる。あれそんな不満出てました?

 いや、雑用係が嫌じゃないんですよ。野郎におんぶされたことが嫌だったわけで。


「わぁってるよ。安心しろ。鹿児島は町として完成されているからか、女のレベルがたけぇんだ」

「ほぉ、くわしく」


 ちらと後ろを見ると、女性3人は少し離れてきゃっきゃ喋っている。よし、この距離なら聞かれることは無いだろう。


「まずババァ、トップの鍛藤屋椚タントウヤクヌギの娘達が美人だ」

「大事なことですね」

「大事、大事だ。大事に決まってる。そしてキャバクラ。これがまたレベル高い。群馬とは違う」

「そ、そんなに違うんですか?」


 咬剛さんは問いかけに大きな溜めを一つ。


「あぁ。なんっつーか、洗練されてんだ。接客もそうだが、衣装がまたきわどくエロい」

「きわどく、エロい」

「どうだ、やる気でたか?でるよな。でたよな」

「出ないはずがないですよね」



 値千金の情報とはこういうことか。男がエロいとだけ表現する時は、必ずエロいのだ。

 エロは大事な動力源。その意味を咬剛さんは正しく理解している。



「じゃあ頼むぜ。ガンッガン狩るからよ」



 休憩地点から少し離れたリゾートホテル前。ここのプールに、体長1m程度の蚊の集団が巣くっているらしい。既に耳障りな羽音が響いている。



「俺らが針を切り取ってくからよ。加奈と花音でトドメさしてくれ。トドメな。トドメ頼むわ」


「悠太君は針の回収っしょ。大変だと思うけどお願いするっしょ」


 大居さんは両手を合わせて『お願い』のポーズをする。タンクトップにオーバーオールと中々そそる格好をしており、おっぱいはデカい。かなり、デカイ。


 推定Eカップはあるなコレ。そんなEカップがむぎゅっとなる格好をしているんだから、罪深い。



「ねぇー」


 罪深いのは俺だった!やばい凝視しているのがバレてまた折檻か!!


「危ないから少し離れて回収してねー。もちろん私達が蟲倒すけどさー」


「僕は中距離でもいけるし、ゆ、悠太の近くで守るよ」


 二人は俺の目線に気にもかけず、気に掛ける。なんだなんだ、この優しさはなんだ!!


「狩猟は命がけなんだしねー。無理しちゃダメだかんねー」


 あぁ、それもそうか。バックアップも無い見知らぬ土地で治癒能力者がやられたらマズいし、そもそもここで俺がやられたら出張の意味が無い。


 流石の凶暴ウサギと中二病であれど、気の一つも使うか。頼りにしてるよ、と一言伝えると二人とも満足げに頷く。


「うっし、用意は良いな!!行くぞ!!」


 咬剛さんと大居さんは既に獣人と化していた。顔面はオオカミそのもの。両手は鋭利な爪が伸びており、両足のふとももは通常の倍ほども膨らんでいる。


 二人は狩猟の宣言と共に駆け寄り、両腕を振り回す。飛び散る体液と共に針が舞う。

 羽音を響かせ空中に漂っていた蚊の集団は、突然の襲撃者に一瞬固まるも、すぐさまその凶悪な針をもって二人に襲い掛かる。


 四方八方から狙われる形になったが、そんなのはお構いなしだ。

 咬剛さんが前を、大居さんが後ろを担当して正確に、そして素早く針を切り落とす。早すぎて両腕の影しか見えない。


 あの針に刺されたら致命傷となりうるだろう。なんせ針の長さはその体長の半分程度はある。多分毒も含まれている。



 だが針以外攻撃手段を持ちようがないので、針がなくなればただの的である。


 無力化された哀れな蟲は、少し遅れてやってくる暴力、久原の蹴撃と花音の砲弾で吹っ飛ばされてその生涯を終える。



 最後に距離を置いた俺が、散らばった針を回収する。

 トングで拾い、背負子についている籠の中に針を入れる簡単なお仕事。何時もなら自分の無力さを呪いたくなるが、今日は違う。

 キャバクラ。キャバクラだ。待ってろ鹿児島のキャバクラ。この針1本が嬢のドリンクと思えば、むしろやる気が漲るってもんでしょ!!


 

 耳障りな羽音がなくなった小一時間後、俺たちは迎えに来た『翔飛』の面々が若干引くくらいの素材の量を獲得していた。


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 時刻は21時。目が冴えてしまい二層目のリビングでボーとしていた。


 屋上より1層下がると所狭しとベッドがおかれた仮眠ルームになっており、運搬や狩りで疲れた面々がぐっすり眠っている。

 2層下がるとリビングと台所、洗面所等憩いの広場兼水場関係が纏められた構造になっている。


 夕飯はお好み焼きで、調味料やお酒も完備という完璧っぷり。

 考えてみたら空の旅も、5人+資材を積んだ籠をロープで運ぶというかなり原始的な造りなのに、大きな揺れも無く快適だった。

 風の影響を受けないよう気を使っていたのが分かる。その分精神力も生命エネルギーも使うので、こまめな休憩が必須なぐらい疲労しているのだ。


 道中全てにおもてなしの気遣いが行き渡っている。



「眠れないのですか?」


 後ろから声をかけられる。霧島さんの手にはワインとグラスがあった。気が利きすぎじゃない?


「良ければお付き合いしますよ」


「お言葉に甘えて。霧島さんは疲労無いんですか?」


「ただ飛んでるだけだと、意外と消耗が少ないんですよ」


 確かに霧島さんは、籠を持たず先頭で経路確認等の役割だった。

 とはいえ常時能力発動しているわけだし、消耗はそこそこありそうだが。


「何か気になることでも?」


 グラスに赤ワインを注ぎながら問いかけるその姿は、バーテンダーっぽい感じの心地よさを出してくる。


 マジで特になんも考えていなかった。強いて言うなら大居さんのおっぱいを反芻していたけど、この雰囲気で言っていいのか?いや、言えない。言えないよ。



「大したことじゃないっすよ。この塔が成立していることが凄いな、と」


 核心めいた部分をぼかしつつ、それっぽいことを言って雰囲気を保ってみた。ちゃんと伏し目がちも忘れない。


「えぇ、これも財力のおかげですよ。あの方の『特殊性能エンチャント』は唯一無二ですからね」


 どうやら何とか雰囲気は維持できたみたいだ。俺は何と戦っている?


 意図した訳ではないが、気になっていたのは間違いない。


 塔自体は蟲からの侵入を寄せ付ける隙も無い造りになっているが、それだけでは足りないので、人類は付加価値を付けた。


 この塔の外壁材は、全て材料の特殊性能である『斥力』が付与されている。

 引力と反する力である斥力が外壁全体に働いているので、蟲に限らず雨風等外的要因からの攻撃を寄せ付けない作りになっている。

 

 もちろん人類も地上からは入ることが出来ない。空を交通手段とする能力者限定の利用施設だ。



「どうでしょう。暇つぶしがてら、鹿児島についてお話しましょうか?」


 気を使ってか話を振ってくれる。職務の上とはいえ、こうも優しくされるとはね!惚れてまうやろ!!


 黒井沢さんからある程度は聞いていたが、俺にこの気遣いを無下には出来ない。優しさにあまり慣れていないので、ちょっと涙目になりながらお願いした。



「あの町は財力が治めていることはあって、工芸クラフト系に特化しています」


「見どころは何といってもその外観でしょうね。2m角くらいの板が、幾重にも重なり合って球体を成し、町全体を覆っています」


「もちろん1枚1枚に何かしら特殊性能が付与されています。その甲斐あってか、町の防御力はトップクラスでしょうね」



 説明慣れしているのか、霧島さんは饒舌に語る。


 町自体は活気に溢れており、工芸職中心なので日用品や狩猟の道具等はなんでも揃うとのこと。

 それはそれで楽しみであるが、説明の中で気になったのは、町の在り方というか統治方法だ。


 大原則として、五つの町はどこも税金と呼べるものは存在しない。ではどのように町を維持するのかというと、基本はその町の特色を他の町に売った外貨で賄っている。(外貨の半分は現物だけど)


 輸出品として群馬なら蟲の素材、鹿児島は鉄などの材料や道具といった具合だ。

 

 違うのは内政。内側でどのように経済を回すのかだ。


 拳王道の仕組みはどこまで行っても『対価を明確にして、利益を分配する』になる。取引は必ず100人以下であるが、資本主義の原型ともいえる。


 一方蓬莱の珠は『売価を明確にして、利益を独占する』になるとのこと。具体的には蓬莱の珠が全ての組織に生産材料等の変動費分を無償で分配し、出来上がったモノを固定費のみで販売する。


 さらに市場価格は蓬莱の珠が付ける為、そこに対価つまり利益が存在しない。つまり人数の制限を受けることが無いのだ。5つの町で唯一といってもいい特異性。


 ある側面から見たらディストピアに違いない。なんせ対価を得る為の企業努力というものが介入しないので、発展性が無いのだ。



「とはいえ十分に発展は出来ているんですよ。利益よりも良いモノを作ることに幸せを見出す人が多いんでしょうね。根っからの職人気質といいますか」



 加えてプロジェクト参加人数の制限が無い。この世界において、これほど際立つ特色は無いだろう。利益と引き換えに、どこまでも品質を追求する町ともいえる。


 そうして出来上がった高品質のモノは、その品質に見合った対価を乗せて他の町に販売する。

 得られた利益はそのまま蓬莱の珠のものになり、鍛藤屋椚は財力という力を得た。



「まるでヨーロッパの荘園制だな」


 確か所有する土地を農民に分け与え、農作物を献上させる仕組みだったような。この場合土地は生産材料になるんだろうけど、近いものがある。


「ヨーロッパとは、また珍しいことをしっているんですね


 きょとんとした顔で霧島さんが問いかける。


 

 やばい、口に出てた。200年前なら義務教育で学ぶ内容だが、この世界はそうでなかった。

 久原から借りた教科書も、日本史はあれど世界史は無かった。当たり前だ。ここに生きる人にとっての世界は、日本だけだ。


「あぁえーと、確か学術院の図書館でそんな本を読んだ気がしてーなんかヨーロッパって言ってみたかっただけ、みたいなー?」


 雰囲気をへったくれもなく、頭の悪い返答をしてしまった。


 最近記憶喪失って設定も忘れるぐらい馴染んで油断した。自分の脳内知識はこの世界にとって、薬でも毒でもない。正しくウイルスだ。

 チートとかそういうレベルではなく、この世界を壊しかねない危険性をもっている。



「へー群馬には珍しい本があるんですね。僕も機会があれば学んでみようかな」


「そ、そっすね。大したこと書いてなかったと思いますけど。アハ、アハハハハ」



 へらへらと笑って誤魔化してみたがどうだろう……図書館には何度か足を運んだが、結構な蔵書量だし世界史の表層ぐらいはあってもおかしくは無い。と思いたい。


「あーと、明日も早いのでぼちぼち寝ようと思います」


「ついつい話し込んでしまいましたね。そうですね、お開きとしましょうか」



 黒井沢さんからの話を補完する形にもなったので、霧島さんからは貴重な話をきけたと言っていい。

 ただこれ以上はどこかボロがでるか分からんので寝るとしよう。


 寝床について深々と願った。どうか大居さんのおっぱいを超える嬢がいますように違う違う、平穏無事に終わりますように、と。


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治癒能力があれば最強だと思っていたのに判定厳しい過ぎない? 中之村楼 @etekichibonba

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