第29話 情よりもおっぱいでほだされたい


 明日のこともあるということで、晩飯後早々に休むようにと言われたが、寝付けなさ半端ない。

 ベッドの上でゴロゴロと転がりながら、今日のことを思い返す。

 

 『拳王道』オフィスからの帰り道、黒井沢さんは終始鹿児島の町について教えてくれた。

 それはそれで有難かったが、武力との会話については一切触れなかった。



 厄ネタ……だよな。多分触れちゃいかんところだ。

 大体聞いたところで状況が変わるわけも無いし、何かしら武力が企んでたとしてそれを暴いたとことて、立場が悪くなるだけじゃん!


 今更ながら後悔が押し寄せる。知りたい、明るみにしたいって感情で動きすぎでしょーが!

 これ多分俺だけの問題じゃ済まされなさそう……自分のバカさ加減が嫌になる。ヌキチさんはこうならないよう、ある程度情報開示してくれてたんだろうな。


 消される?消されるのか俺?嫌だ―!!まだ久原のおっぱい揉んでないのに死ぬのは嫌だー!!!



「全く、そう思っているなら自重してくださいよ」



 どこからか声が聞こえたと思ったら、足元からにゅるっと白蛇が現れる。

 起き上がり悲鳴をあげそうになったが、白蛇は瞬時に首元に巻き付き、喉を締め上げる。


「夜中なので、大きな声を出すのはいけませんよ」


 そういう問題かよ!喉締まりすぎて声どころか意識が飛びそうです勘弁してください!!


「ちゃんと静かに聞いてくださいね。ついでにむせるなら、静かにむせてください」


 白蛇は念押しして首から離れる。何とか静かにむせ込み息を整える。

 ヘビだし、くっそ鬼畜な理不尽攻めだし、ヘビだし、お前か!!


「はぁはぁ、く、黒井沢さんですか?」


「はいそうですよ。理解が早くて何よりです」



 鎌首をもたげてにやりと笑う。


 うぜぇ。今はヘビとはいえ殺人未遂だからな。これで何度目だよ。俺は忘れんからな。



「ゲホッ……色々言いたいことはあるんですが、喋りがめっちゃ流暢ですね」


「意外と余裕あるんですね。締め付けが足りませんでしたか?」


「おいやめろマジでやめてください」



 頭は指二本分、体長2m程度か?アオダイショウのサイズ感かな。

 全身純白だが、喋るたびに赤い咥内と長ったらしい舌がちろちろと見え隠れする。えっと、中身貴方だから余計に怖いです。



「普段は体内構成がヘビ寄りなんで、どうしても言語能力が低下するのです。まぁそこはどうでもいいんですよ」


 

 白蛇こと黒井沢さんは、にゅるっと体を通りとぐろを巻いて正面に向き直る。白いウンコかよ。



「今日の武力への質問、やめて欲しかったのが本音です」


「すいません……」


「ただ悠太君の気持ちを考えると、聞きたくなるのも仕方のないことでしょう」



 普段より流暢に喋る分、外見はヘビだが情緒が伝わりやすい。

 武力への配慮と俺への配慮、どちらも本当に思っていることが声色から分かる。さっきはウンコとか言ってすいません。



「現状悠太君の疑問を全て解消することは出来ません。というより今は何も答えてあげられません」



 予想していたこととは言え、はっきり言われると反骨精神が出ちゃう。人間だもの。



「できれば胸にしまっておいてください。この通りです」



 白蛇がぺこっと頭を下げる。いやシュールだな。

 しかし黒井沢さんがここまでするとか、逆に最大の疑問へ確信が増すということで……


「流石に自分の頭が吹っ飛んだら治癒できないでしょう?」


「いやそれお願いじゃなくて脅し!!」


 脊髄反射で突っ込むと、すかさず尻尾でビンタされた。このタイミングは中々のコンビ感あるわ。



「就寝前にすいませんね。明日から楽しんできてください。おやすみなさい」


 黒井沢さん(白蛇Ver)は、言うだけ言って音もたてずベッドの下に潜り込んだ。

 一応のぞき込んだ見たが、隠していたエロ本があるだけだった。


 そういやアカイさんの秘蔵のエロ本なのに返すの忘れてた。明日から鹿児島だけど……まぁいいか。


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 ―『拳王道』オフィス 屋上―



「わーすっごい!!」


 花音が感嘆をあげる。屋上の中央には面積にして3m×3m、側面高さ1.5m程度の大きな籠があった。

 気球の籠みたいなもんだが、強度は段違いだろう。材質はスチールで丈夫さがうかがえる。

 四隅には更に高い棒が立っており、先端には頑丈そうなロープが取り付けてある。


「これはまた凄いですね」


「えぇ、職人の皆様が頑張ってくれましたから」


 極並さんは今日もピシッとスーツがキマっているが、アップで整えた頭髪は若干後れ毛が散らかっているし、化粧のノリも悪そうだ。これ徹夜してる絶対。

 だがそんな疲れは感じさせないよう、気張っている様子がほんと尊い。武力のパワハラに耐えきれなくなったら、ウチにきてもいいんですよ?



「あれ、残りの二人はいないんですかー?」


「確かにいない。もうじき9時ですが、遅刻したら置いていくんですか?」



 屋上には極並さんと武力、『翔飛トンビ』の面々、俺ら三人と昨日の面子しかいない。

 霧島さん率いる五人は、縄の強度を確かめたり積み込みの照合をしたりと忙しそうだ。


 結局誰が来るのか教えてもらえなかったが、このまま分からず仕舞か?


「おいおい、置いてくなよ。こら、俺ら置いてくなよ。折角来たのに置いてくなって」


「あんたがモタモタしてるからっしょ。遅れてゴメンっしょ」



 騒がしい声の方を見ると、屋上の縁に見覚えのある男女コンビが立っている。

 『スタークス』の咬鋼雅狼コウゴウガロウさんと大居賀美オオイカミさんだ。



「賀美さんだー。一緒に行くのお二人なんですねー」


「うちらも昨日言われて慌ただしくってさ。遅れてごめんっしょ」


「大丈夫ですよ。僕らの準備ももうすぐ終わるので、少々お待ちください」」



 てか外壁登ってきたんかい、と驚いていると、咬鋼さんは両腕を腰に当ててドヤァって顔をしている。

 大居さんはさっさと降りて、極並さんと何やら打ち合わせしてる。


 10mはある垂直壁を登り切った余韻に浸りきっているわけか。うん、その気持ち分かります。

 グッと親指を立てて『貴方のドヤ、頂きました』と伝えると、咬剛さんも親指を立てて『分かってくれるか』と返してくれた。


 久原と花音は呆れ顔で見ていた。女子には分からん良さがあるのだよ!



「無理言ってすまなかったな。業務の方は大丈夫か?」


「戦力ダウンではありますけど、バカップルがいるから大丈夫っしょ」


「その分補填してくれんだろ。補填。補填頼むぜ」



 こっちも急遽ではあるが、流石にあっちと貢献度が違うか。『スタークス』の索敵兼火力役だもんな。

 そもそもが俺ら三人でも事足りそうな依頼内容ではあるが……


「いくら治すだけと言えど、お前らにとっては知らない土地だしな。この二人は向こうに居たこともあるから、力になってくれる」


「遠慮なく頼っちゃってくれていいっしょ」



 大居さんが笑顔で応えてくれる。いかんいかん、詮索はやめようと昨日決めたばかりだ。



「準備できましたよ。そろそろ出発しましょう」


 既に羽を具現化した五人が、籠の周りで待機している。いよいよ空の旅だ。飛行機は乗ったことがあるがこの手の乗り物は当然初めて。


 男の子としてこんなワクワクするイベントはそうない。咬剛さんも犬歯を除かせて、ワクワクを隠し切れていない。


 いざ空の旅へ!と思ったら


「お前ら、ちょっといいか」


 武力が神妙な顔で久原、花音、俺を呼び止める。えっ、お小遣いくれるの?


「あー、今更にも程があるが、俺の名前は川馬原寛人カワマハラヒロトという。カバの動物因子アニマルだ。そういえば自己紹介していないと思ってな」


「知っての通りこの町を治めている。治めているってことはだな、色々あるがお前らを守るって言うのも含まれている」


「カバってのは縄張り意識がつえーんだ。もしお前らの身に何かあれば必ず俺が守ってやる。それを忘れるな」



 武力こと川馬原さんは先ほどの神妙な顔ではなく、安心させるようにこやかに話す。

 久原と花音は戸惑いつつも、自分たちの身を案じてくれる町のトップに感謝を述べた。


 いや誤魔化すの下手か!!黒井沢さんにしても馬鹿じゃないの!!馬鹿じゃないの!!


 これ絶対に蟲と取引してたよな。そら第三世代は喋れるし取引も可能だよな。

 んでそれ探られるのやめさせたくて、良心に訴える系ムーヴかましてるよな。バーカバーカ。

 あからさまでもここまでされたら、探るのはやめるけどさーもうちょっとやりようってのがあるんじゃないか?



「おーい、何してんのー。出発するっしょー」



 腹黒さを前面に出されても困るが、ここまで温い駆け引きもそうそうないよな。人口が減って狭い範囲での活動で、コミュ力も低下したんかな。


 まぁいいや。別の町に行くことだし一旦忘れよ。考えても仕方ないしな。


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 遅ればせながら籠に乗ったと同時に、周りにいたトリ人間がふわっと飛び上がる。

 手にはロープをもっているので、次第に籠は宙に浮かびあっという間に町全体を見下ろせる高度に達する。



 頬にあたる風の心地よさは、200年前でも味わったことが無い。天気は良好、視界は開けている。

 普段の視界は大体あの巨大な壁が目に入る。壁の外に出ても生存圏以外は雑草が生い茂っていて、否が応でも文明の衰退を連想させる。


 ただ今はそれが無い。空の境界線を見下ろす高度で見る大地は、緑が生い茂っている。



 これは予想以上に心が高揚するヤツだ。現に久原も花音も大居さんでさえ身を乗り出して、キャーキャー言いながら空の旅を満喫している。



 不意に鳥の大群が横切る。渡り鳥かな。こんな間近で見れるのも空の旅の醍醐味とも言えるだろう。知らんけど。

 何羽か籠の中で一休みしている。そういや今朝村上さんに会わなかったので挨拶出来なかった。

 向こうでゲテモノ料理でもあればお土産に買っていこう。



 身を乗り出しおっぱいが籠の縁に乗っかっている久原と大居さんを横目で見ながら、村上さんのちっぱいに思いを馳せる。


 これが風情というものか。


「色々おかしいので一発殴るねー」


 久原の容赦ない突っ込みをくらう。

 これも風情というものかナ?

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