第28話 天高く河馬怯える


 空を移動すると言われてもよく分からずポカーンとしていたら、ちょうど時間だというので屋上に移動することになった。


 屋上は建坪分の面積全面が芝生になっており、中央だけ赤く巨大な丸いマークがあった。見た目ヘリポートに近いけど、車も無いこの文明でヘリコプターがあるわけが無い。とするとこれは―――



「あ、鳥だー」



 久原が指さした先を見ると、はるか上空に鳥の影が見える。鳥の影はどんどんこちらに近づき、突風を纏いながら屋上に着地した。

 鳥と思っていた影は、人間の体に羽が生えたいた。もしかしなくても動物因子のトリ人間だ。




「いやーお待たせしましたかな?ご依頼頂きありがとうございます」




 降り立ったトリ人間は5人。皆一様に全身が黒々としている。


 背中の羽は歩くたびに上下し、擦れる音も重量を伴った低音の響きがある。日の光を反射し、輪郭が淡く光って質感も協調される。


 当然人間の背中に生えた羽なんて見たこと無かったが、ここまでリアルに感じれると思いもしなかった。




「いえ、私たちも今来たところです。ご足労ありがとうございます」


「それは良かった。上回りで来たので、少し時間がかかってしまいました」


「お、お久しぶりです。な、長旅おおお疲れ様です」



 黒井沢さんが代表者らしき人に応じる。


 空を飛んでて紫外線に近いからか皆一様に全身真っ黒だが、代表者はことさら黒い。しかも金髪。200年前ならチャラ男認定間違いないな。



「七巳さん!久しぶりですね!!」



 黒井沢さんとは知己の仲らしく、笑顔で握手している。見た目チャラ男だが、親しみを感じやすい笑顔をしていた。



「こ、今回は無理言って、すすすいませんね」


「いえいえ、ご要望があれば空を翔けて参じるのが我々のモットーですから。お気になさらず。それで、こちらが?」


「え、ええ。わ、私の部下です。み、皆さん挨拶してください」



 黒井沢さんに促されて自己紹介をする。代表者はジッと俺の顔を見る。久原も花音も美少女という部類だが、その二人ではなく俺を見るとか……えっ?そういうこと?



「どうも、移動屋の『翔飛トンビ』です。僕は代表の霧島空也キリシマクウヤ。どうぞ宜しく!」


「私達は風霧の補佐を行っております。今回は宜しくお願いします」



 よからぬ心配をしていたら風霧さんに続いて、他のメンバーから控えめな挨拶も受ける。

 この町は初対面から全力全開での挨拶がデフォだったので少々面喰うが、考えてみたらこれが普通だ。今までがおかしかったんだよな。



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 再び武力の自室にて、車座になって皆で顔を合わせる。

 『翔飛トンビ』の部下達は、霧島さんの後ろに直立不動で立っている。『デイム』の面々は座ってお菓子を食べている。


 何だろうこの居心地の悪さ。いや組織によって風土が違うのはあるけど、この差よ。



「それで、今回の対象者は上崎君一人でしたっけ?」


「い、いえ悠太君だけでは不安なので、かか加奈君と花音君も、どど同行してもらいます」


 久原と花音は初耳だったのだろう。お互い顔を見合わせて驚き半分、嬉しさ半分の表情だ。

 考えてみたら『他の町に行く』というのは、この世界では特別な意味合いがある。


 生まれてこの方壁の中でしか生きていないのだ。外の世界を見てみたい気持ちは誰だってあるだろう。


「それでは三人ということで」


「いや、五人だ」



 唐突に武力が口を挟み、極並さん含む全員が視線を向ける。


 眉をひそめ苦々しそうな表情をしている。冷や汗も流れていそうだ。ふと黒井沢さんを見ると、前髪の隙間から武力を睨んでいる。


 まさか武力ともあろう人がビビってる?



「それはまた大所帯ですね。五人ともなると料金もそうですが、籠の増強も必要になりますよ」


「構わん。増強もうちの方でやる。明日の朝には出発可能だ」



 極並さんは驚きから困惑、最後に諦めの表情で席を外した。籠とやらの手配にどれだけ時間がかかるか分からんが、そんな簡単ではないだろう。

 生産職の組織に掛け合って職人と材料の手配から、段取りやら場所の確保、もしかしたら設計図も必要かな?

 しかも明日の朝までに終わらすと言い切るところが、組織の長といったところか。


 上の気まぐれは、往々にしてこうやって下に負担がかかる。他人事ながらムカついちゃうね!



「残り二人は出発までには連れてくる」



 チラとこちらを見て、それだけ言って煙管をふかし始めた。必要最低限だけ伝えて、後はお前ら宜しくってか。


 200年経ってもこういうお偉いさんムーヴは変わらず、か。



「そ、それじゃ旅程について確認しましょうか。ご承知の通り我々は地上を移動しません。空を飛んで移動します」



 霧島さんが空気を変えて、A1ぐらいはある紙を広げる。よく見る日本列島全体の地図で、ところどころに赤い丸がある。



「今回は下回りルートで行きます。鹿児島まで直線距離で約1000km程度ですね」


「そうですね、5人乗りなので時速70km程度でしょうか。飛行時間は20時間ですね」


「当然20時間ぶっ通しでは途中で力尽きて墜落します。この赤丸が休憩地点ですね。安全を見て全部中継していきましょう―――」



 時速70kmで大体2~3時間飛行し、1時間程度休憩を挟む。合計4か所の休憩地点を経由し鹿児島を目指す。


 休憩多めな為一泊二日の旅になるとのこと。おおよその距離と日程はこんな感じだ。



 9時頃出発


 群馬県前橋→長野県木曽山脈 130km 2時間


 休憩1時間


 長野県木曽山脈→愛知県佐久島 140km 2時間


 休憩1時間


 愛知県佐久島→和歌山県千畳敷 200km 3時間


 1泊→6時頃出発

 

 和歌山県千畳敷→高知県土佐清水 240km 3.5時間


 休憩2時間


 高知県土佐清水→鹿児島県鹿児島市 260km 4時間


 魅力が統治する町 夕方着予定



 一通り説明を聞き、疑問が浮かぶ。


「空はともかく、休憩地点って蟲に襲われたりしないんですか?」


 休憩にせよ一泊にせよ、運び手が警戒やら戦闘やら行ってたら生命エネルギーも回復しなくね?


「もしや俺らが哨戒とかやるんですか?」


「ご心配なく。お客様にそんなことはさせませんよ。道中の安全はこちらで保証するのでお気になさらず」


「食事とか……その、トイレとかも?」


「えぇもちろん。快適な空の旅をご提供しますよ」



 久原の問いかけも、霧島さんはニヤっと笑って疑問を払拭する。どうするのか見当もつかないが、信じるしかあるまい。



「他に質問が無ければこの場は解散しましょうか。我々も休みたいので。明日は8時半頃に『拳王道』集合でお願いします」



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 こうして何かよくわからんうちに鹿児島行きが決まってしまった。特に不満があるわけではないが、腑に落ちない点はある。


 というわけで解散した後、こうやって武力と黒井沢さんに残ってもらった。



「で、話っていうのは?こう見えて忙しい身だ。手短にすませてもらいたい」


「い、忙しかったんですね」



 黒井沢さんの茶々入れに武力が鋭く睨む。


 俺もそう思う。ほんとに忙しかったら断られているはずだ。ましてや武力ともあろう者が、黒井沢さんならまだしも、数ある組織の一つの下っ端と話すことすらあり得ない。


 この場が成立出来ているのは俺に対して、武力に後ろめたい気持ちがあるからだろうと推測。ならば遠慮なくいこう。ヌキチさんには怒られるかもしれんが、知りたくなっちゃったんだから仕方ないよね。



「えーと、その、もし娘さん3人を治せなかったらどうなるんですか?」


 しかめっ面をしていた武力は、俺の問いかけに意外そうな表情をした。あからさまに安堵している。


「なんだそんなことか。治せなきゃしょうがねぇさ。そうだな、今回の依頼の目的はアピールだ」


「アピールですか?」


「あぁ。さっきも言ったが魅力の町は資源の宝庫だ。そこが一大事に陥っているのにウチとして何もしないわけにはいかんだろう」



 武力は深々と煙管を吸い込み、大きな紫煙を吐き出す。



「この町にも治癒能力者は数人いるが、お前以外医療従事者だからな。必然的にお前に白羽の矢が立っただけだ」


「治せるならそれに越したことは無いが、治さなければならないわけでは無い」


「このまま治らず資源の輸出が止まっても、それは魅力の統治能力の問題であり、この町が困ってもそれは俺の問題だ。お前に責任はねぇよ」



 武力は建前も含めて、正しく俺が欲しかった答えをくれた。ならば次の一手は―――



「あー良かったです。失敗の許されない依頼かと思っていたので」


「ま、気負わず軽い旅行のつもりで行ってくれたら良い。収穫祭での慰安旅行みたいなもんだ」


「慰安旅行とは嬉しい限りです。残りの2人もそんな感じなんですか?」


「あー……そんなところだ。質問はそれだけか?」




「はい。ありがとうございます。いやー第三世代の蟲と戦う必要が無くて一安心です」


「お…ぅ…」



 武力は隙を見せた状況での一言に、言葉を詰まらせる。黒井沢さんは表情こそ見えないが、黙っている。


 遠慮なく続けさせて頂こう。


「てっきりこの前みたいに第三世代とぶちかまして、能力の進化みたいなもんでも狙ってるんかと思ってたので」



 カツーン


 武力が手に持っていた煙管を落とす。あり得ないという目でこちらを見ている。


 特段俺が鋭いという話ではない。第三世代の蟲、武力、ヌキチさんの会話で見えただけということ。


 あの時燕尾服を来た蟲と、もう一人ワンピースを着た蟲が居た。思い返せば転がっていた蟲の死骸は3体。事前情報通りなら全て護衛クラスのものだ。

 久原達がやられた経緯からも、燕尾服は乱入者だろう。ワンピースも乱入者の可能性はあるが、そうなると女王蜘蛛蟲が足りない。


 何より燕尾服の会話から察するに、あのワンピースが女王蜘蛛蟲で、更に言うと進化したのだろう。それが奴ら蟲側の目的だ。

 では人類側の目的は?これも簡単。俺の進化だ。今の武力の態度からして間違いないだろう。


 だとしたら、人類は―――



「な、何を言ってい「ゆ、悠太君、質問は終わりですね。そそそろそろ帰りましょう」


「か、川馬原さん、おおお時間とって頂き、ああありがとうございました」



 黒井沢さんが有無を言わさず会話を強制終了させる。武力はというと、青ざめた顔でこちらを見ている。

 

 うーん、さっきからこの二人の力関係おかしくないか?

 

 興味惹かれる間柄に突っ込みたいし、最大の疑問はぶつけてはいないが、これ以上喋ったら物理的に首を絞められると本能が警告を出す。現に黒衣沢さん、身体からオーラが溢れ出てるし。

 

 まぁ最低限の疑問も解消されたことだしここは大人しく帰るとしよう。


 ひどく顔色が悪い武力を置いて、俺たちは部屋を後にした。


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