第27話 武力との会合再び


 鏑木心葉がゲロを吐いている頃、町はずれの一角、人気のない雑木林に男が二人。

 一人はタンクトップ短パンと露出が激しい川馬原、もう一人は対照的に全身黒づくめの黒井沢。


 生い茂った木々の間に、周囲の目線から隠れるようにして会話をしていた。


「そ、それで、どどどうするんですか?」


「どうもこうも、行かせるしかない」


 川馬原は腕を組み不服そうに応じる。


 無意味と思えど、無駄にパンプアップして胸筋を膨らまし、身に着けたタンクトップから無理やり引き裂く音を出し、本意ではないことを全身で伝える。


 一方黒井沢は、そんな川馬原を非難めいた目で見る。



「仕方ねぇだろ。そんな目で見るな」


「い、行かせることに、ひひ非難しているわけじゃないですよ。あ、あの二人に感づかれる動きをとることに、ですよ」


「わぁってるよ!くそ、人を責めるときは饒舌になりやがって」


 黒井沢は数秒目をつむる。ヘビに備わったピット器官を用いて熱源反応を確かめている。

 範囲は町全体ははるかに超え、200年前でいう群馬県全域に及ぶ。


「か、数からして、ああ網はこちらに集中しています。む、向こうならそう多くは、ななないでしょう」


「そうか、それなら大丈夫そうか」


 川馬原は黒井沢の探索に安堵する。


「そそそれは、あ、貴方の行い次第でしょう」


 その様子を見て、なに安心してるんですかバカなんですか、というニュアンスを込めて窘める。



「あーもう、たまには可愛い後輩に優しさくださいよ!」



「……やっぱり貴方はバカなんですね」



 自殺因子アポトーシスの全容は未だ解明されていないが、発動条件である『組織100人説』は間違いないといっていい。うかつに組織間の垣根を超える行為や発言は厳として避けるべきだが、川馬原は平気で禁忌を犯す。


 失言に気づき、表情こそ厳粛に反省の意を込めているが、心の中では昔と同じようにへらへら笑っているんだろうなと、黒井沢は長年の付き合いでわかっていた。


 人類が滅びるとしたら、こういうバカの些細なミスが原因だろうとつくづく思う。


「バ、バカは、あああまり喋らないで下さい。でで、は後ほど」


 何度口にしたか忘れた諫言を残して、黒井沢は立ち去った。


 残された川馬原は、深いため息と共に弱音が漏れる。



「誰か変わってくれよ……」



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「ゆゆ悠太君、か、回復したら武力に会って、い、頂けますか?」



 事務所にてソファーに横たわって、生死の境を彷徨っていた。


 チラと凶暴なウサギを見ると、花音と一緒になって美味しそうにプリンを食べている。そうか、人を瀕死に追いやって食べるプリンはそんなに美味いか。



 お前の上半身にあるプリンも食ってやろうか!!



「加奈、トドメさしてほしいみたいだよ」

「おっけー☆」



 おっけー☆じゃねぇよ!命をなんだと思ってる!!花音も煽らない!ホント何でキミら二人そんな仲良いの?女子怖い!!



「ト、トドメは会合の、ああ後にしてください」


「サラッと命を差し出さないでくれません?」


 このおっさんも命を軽んじる傾向にある。明日も朝日を拝めるだろうか心配になってくる。


 しかしまた会うのか。こんな頻繁にお偉いさんと会うとか気が重い、が断れない。なぜなら武力には聞いてみたい事があった。


 ヌキチさんと話した結果、一つの結論が出た。


 話す前は『もしかして』程度だった。あの喋る、第三世代の蟲は確かに言った。



 ―キミがソッチ側の目的かナ?―



 目的とは何か?誰かの意図である。蟲が言うソッチ側とは何か?人類側以外あり得ない。

 収穫祭の規模で、人類側の意図というのは武力しか思い当たらない。


 武力は第三世代の蟲と繋がっているのかと、疑いが生まれた。とりあえず初見の際、蟲は居なかったととぼけて反応を見たら、何の興味も示さなかった。


 被害状況は分かっていたはずだが、蟲の有無よりもその結果を知りたがった。


 あの時はあまりにも疲れていて受け流したが、考えてみたらあのおっさんの反応おかしいよね。絶対ワザとじゃん。

 どう考えても、あの蟲の存在を武力は知っていた。そこらへん問いただしい。


 

「了解っす。会うのはいつですか?」


「い、今からです」


「割と負傷しているんですが、今からですか?」


「は、はい。なので、はは、早く治してください」



 気軽に言うなぁ……



「んぐ、しょうがないな。んぐ、僕らも付いていって、んぐ、あげるよ」


「んぐんぐ、そうだねー。んぐんぐ、パートナーだしねー」



 せめてプリン食いきりなさいよぉ……



「ほら、これ食べて元気出して。置いてくよ」



 花音が余ってたプリンを差し出す。


 扱いが雑過ぎるし、命が安いという由々しき問題はあるが、無下には扱われていないので良しとするか。



「お、このプリン美味い」


「ほんと?ほんとに!?それぼく「あぁ、この前村上さんが作ってくれたパクチー入りのプリンより断然美味い!」


「……そう、良かったね」



 花音は途中の笑顔が嘘のように、悲しそうに呟いた。情緒不安定かよ。


 周りを見ると、黒井沢さんは眉をひそめ、村上さんは困惑顔。久原に至っては舌打ちをする始末。


 さっきまでの和気あいあいとした雰囲気はなくなり、妙に敵視を感じる居心地の悪さの中、拳王道オフィスに向かった。




--------------


 『拳王道』オフィスの1階は200平米程度の床一面が広がっており、他の伍劦と輸出入を行う転送部門の仕事場になっている。


 縦10本、横20本のラインが1m角の大きさで引かれ、それぞれアルファベットと番号が割り振られている。


 各拠点には同様の施設があり、変換因子コンバート能力者が転移元と転移先の空間を入れ替える。

 

 数ある変換因子の中でも、最上位にある能力レベルである。


 転移元をゼロ点とした時の転移先の位置情報と、転移する対象の構成情報を理解した上で行っている。

 変換因子の補助があろうと、求められる情報処理能力は高次元ハイスペックと言って過言ではなかろう。


 ただそれだけの能力があったとしても、生物の転移は不可能らしい。生命体への理解は、宇宙を理解するに等しいと誰かが言っていた。

 まぁ錬金術でお馴染みの『構成要素は分かれど、生命の錬金は出来ない』と同義だろうな。


 推測ではあるが、生命体の理解とは個々の遺伝子情報の把握になる。そしてそんなことは不可能。DNAの解析は200年前だって為しえない、科学の到達不能点ポイント・ネモである。


 この世界に限らず生命体の空間転移は、人類の夢だが、進化を重ねた超常因子でも無理なら仕方あるまい。一連を説明してくれたヌキチさんも遠い目をしてたな。



 そんなことを考えていたら、武力の自室に入ってた。我ながら集中力高いな。



 武力は前と同じように、囲炉裏の前に鎮座して、袴姿で紫煙をくゆらせている。違うのは真横にタイトなスーツを着たスケベな秘書が立っていることだ。流石俺調べ殿堂入りスケベ秘書。



「よく来てくれたな」


「こここの町に住んでて、あ、貴方に呼び出されて、ここ来ないという選択肢は、な、ないでしょう」


「はっ、ちげぇねえ。まぁ楽にしてくれ。そこの嬢ちゃん達は何か食べるか?」



 囲炉裏を挟んで座る。前はピリついた雰囲気が多少なりともあったが、今日は穏やかな空気が流れてる感じだ。



「い、いえ。お気遣いなく!」


「僕も大丈夫です!」



 とはいえ、久原達にとって武力というのは雲の上の存在ではあるからか、緊張が見られる。



「そうは言っても、か。極並ゴクナミ、何か適当に用意してくれ」



 武力は隣の秘書、極並さんに一言告げる。極並さんはさっきまで手には何も持っていなかった。だが今はお菓子がいっぱい入った籠を両手に持ってる。微動だにしていないのに。

 久原と花音もきょとんとしている。黒井沢さんは驚いていないとこからすると、何かしらの能力で行ったんか?



「どうぞ」



 極並さんがお菓子の籠を置いてくれる。何か良い匂いがした。出来る女は匂いまで出来上がっている。


 二人は恐縮していたが、お菓子の魅力に抗えないのかおずおずと遠慮無く食べ始めた。あれ、貴女達さっきプリン食べてなかった?


 お菓子はオレンジ等ドライフルーツをチョコレートでコーティングもので手作りっぽい。お姉様の手作りか聞いてみたら、少し頬を赤らめて頷く。


 えっ、この人見た目キレッキレなのに、なんでこんな可愛いの?ファンタジー?踏まれたいんですけど!?




 女子二人はお菓子に夢中、俺は極並さんに夢中な状況ではあったが、武力は頃合いを見計らって話を切り出す。



「さてと、わざわざ呼んだことは他でもない。お前らも気づいていると思うが、鉄の輸入量が減っている。原因は財力の方にあってな」


「財力の財力たる所以は、トップの鍛藤屋椚タントウヤクヌギの娘にある。3人いるんだが、それぞれ火山灰を鉄、ガラス、アルミニウムに変える変換因子を持っている」


「その娘達がこぞって体調を崩して、寝込んでいるみたいだ。当然供給もストップしてるわけだが、これが思った以上にヤバい。どこの町も財力の資源は当てにしているからな。そこで、だ」



 武力が目を見据えてくる。無性に目を背けたくなるが、出来ない。眼力とも威圧とも違う、同病相憐れむ目をしている。どうして?



「上崎、治癒能力者であるお前に行ってもらいたい。で、治してきてくれ」




 ふふふーん。今も昔もお偉いさんは無理難題をサラっという。200年経ってもそこは変わらんらしい。


 あのねー、あんたら簡単に言うけどこっちの苦労考えてる?トップダウンで全てが進むと思ってない?

 いや、やるけどさ。やるけど『出来なかったという言葉はあり得ないから』って感じ出すのやめてく―――



「荷が重い、か。もちろん出来なければ仕方ない。そんな固い表情はせず気楽に考えてくれ」



 おや、もしや理解ある上司だったんですか?それは非常にありがた―――



「ただ知っての通り、この世界の資源は余裕が全くない。財力の資源は生命線と言ってもいい。それだけは頭に入れておいてくれ」



 そっちかー。背景を説明して優しく首を絞めていくタイプなんすねー。流石武力という器を担うお人だ。ただの脳筋ではないってことっすねー。


 とは言え背景を考えると断る選択肢は元より無い。加えて治癒対象が女の子となると全力を尽くすのが礼儀というもの。


 二つ返事で了承の意を伝えるが、気になる点が一つ。



「鹿児島までどうやって行くんすか?転送システムも人間は無理だから…えっ、徒歩?」


「ご安心ください。移動手段はこちらで手配しております」



 おっ、極並さんが喋った。改めて聞くと甘ったるい声、いわゆる萌えボイスだ。ますます見た目とのギャップがあって尚良し。


「伍劦の領土間を専門にする移動屋がございます。そちらを使ってもらいます。もちろん費用はこちらでも負担させて頂きます」


「へー、そんなんあるんですね……でも道中考えると気が滅入りますね」



 距離は分からんが、かなり遠いよな鹿児島。途中蟲に襲われたりするだろうから、1週間くらいかかりそうだ。


 馬車か何かに揺られて1週間、下手したらそれ以上。うへ、気が重いわ。



「道程は二日程度なので、そこまでご負担にはならないと思いますよ」


「はぁ?鹿児島まで歩いて二日でどうやって行くんですか?」



 パチこくんじゃねーぞこのギャップ萌えスケベ秘書め。俺を騙そうとするんじゃない踏んでください!



「少々不快な視線を感じますが続けますよ。地上を移動するのではありません」


 極並さんはニコっと笑って天井を指さした。


「空を移動します」


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