第三章 灰かぶりの姫君たち

第26話 雑用オブライフ


 収穫祭ハーヴェストは大盛況のまま幕を閉じた。3日連日飲めや歌えやの大宴会。大人も子供も関係なく夜通し騒ぎ続けた。



 この町では裏方に回ることが多い財力、魅力に属する組織達も、この時ばかりは独壇場だった。


 娯楽系を担当している魅力関連組織は、普段は飲食を中心に活動している。特に夜の繁華街での飲み屋が多く、踊りや歌を披露する店もある。


 定期的にライブやちょっとしたイベントもやっているが、大規模な人数を集めてとなると自殺因子アポトーシスが許さない。

 そのせいもあってか、この収穫祭では想像もつかないくらいのパフォーマンスを魅せてくれた。



 連日連夜至る所でイベントが催された。


 曲芸師で構成された迫力満点なサーカス団もあれば、ブレイクダンスやベリーダンス等多彩な動きで楽しませるダンス集団もあった。


 またライブもそこら中で行っており、アップテンポの激しい曲もあればしっとりと聴かせる系など、幅広いジャンルの演奏で飽きることなく楽しませてくれた。




 そして、そんな娯楽系のパフォーマンスを支えたのが工芸クラフト系だ。


 数々の屋台や舞台を手掛けたのはもちろん、幾重にも色彩を重ねた絢爛豪華な衣装や、パフォーマンスに合せてその様を変える舞台装置等見ごたえ十分な情景を提供してくれた。これらをたった数日で仕上げるところがまた凄い。


 

 こんな世界だからこそ、娯楽要素は欠かせない。泣いて笑って、感動して感銘受けて、心を躍動させることが生きる糧となる。



 そりゃこんな面白いことがあると思えば、皆テンションぶちかましたくもなるよな。大人も子供もみんな一緒になって笑ってる光景を見て、自然に笑みが浮かぶ。

 演者や裏方、観客の垣根は有れど、その場に居た人たちの目的は『一緒に楽しむ』のみだった。


 この世界にきて成り行き任せで生きてきたが、もう一度こんなイベントを迎えたいとおっぱい以外で初めて前向きな考えを持てたと思う。



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「楽しかったねー。てか多分太ったわ―」


 久原は腹を揉み揉みしながらぼやいている。揉むほどの脂肪があるわけではないが、エロスを感じるので有り難く見守る。


「そういえば村上さんは見かけなかったんですが、参加してなかったんですかー?」


「西区を中心に楽しんでたよ。あんまりお友達が一緒に回ってくれなかったのが残念だったけど」



 村上さんは少し悲しそうに目を伏せる。抱きしめたくなるのは置いといて、言ってくれれば一緒に回ったのにな。



「西区って確か・・・」


「うん、キワドイ系の屋台が並んでたよね……」


 久原と花音がひそひそと不穏なことを言っている。前言撤回。多分一緒に回っていたら精神が持たなかったとみた。



「珈琲豆とスルメを漬け込んだウィスキーが美味しかったわ。そうだ、ちょっと分けてもらったから飲んでみない?」


「ぎょ、業務中なので……」


 村上さんは目をキラキラさせながら、鞄から食物兵器を出そうとするが、やんわりと断る。気のせいかその鞄の中、6瓶くらいあるんですけど。


 それ全部キワドイ系ですか?なんで持ち歩いてんの?栄養ドリンク扱いしてんの?そうじゃないなら飲ませようとしてるの?ウソでしょ?



「てか今日の依頼は何ですか?」


 なんだかヤバい方向になりそうなんで、露骨に話をそらしてみる。


「珍しく中央依頼が多かったですね。鉄が不足してるみたいです」


 村上さんは目の前でお預けをくらった犬のような顔をしているが、よどみなく答える。流石優秀な事務員さんだ。



「そうなん?収穫祭でそこらへんも輸入してるんやと思ったのに。さては武力の旦那ケチったか?」


 白西さんが茶々を入れる。確かに収穫祭直後で変な話だな。


 鉄やアルミニウムなど貴重な資源は、鹿児島の財力『蓬莱の珠』から仕入れることが多いらしい。


 なんでも『蓬莱の珠』には火山灰を鉄やアルミニウムに変換できる能力者がいるとのことで、どの町も輸入を持ちかけた結果、財力の名を冠する程の財を成した。


 今回の取引材料としても、鉱物は優先順位が高そうではあるんだが―――



「輸入量が少なかったんでしょうね。財力のババァ……統治者は足元見ますからね」


「心の声が漏れてますよー」



 真白さんが珍しく直接的な表現をしている。会ったことも無い財力の印象に色眼鏡がかかりそうだ。まぁ会うことは無いと思うけど。



「失敬。で、鉄の採取は全員で行くんですか?」


「白西さんと真白さんはいつもの討伐をお願いします」


「あいあいさー」


 そういや、この二人と一緒に行動することは滅多にないんだよな。共通依頼の方が儲けが少ないから嫌がりそうではあるが。二人は特に不満があるわけでもない。

 まぁこの町でもトップクラスの戦力だし、採取クエよりも討伐優先にもなるか。


「んじゃ採取は僕達3人でやるの?」


「いえ、流石に効率が悪いと思うので、頼りになる人たちに声かけましたよ。というよりこっちがお手伝いする感じになるでしょうね」


「えっ誰ですか?」


 村上さんはニッと笑ってその名前を口にした。


「『ホットソニック』の大征堂さんと丹葉さん、鏑木さんですよ」



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「よー、今日はよろしくな」


 今回の現場は近くの廃工場である。現地に着くと、鋸を背負った人と全身つなぎを着た人と寝袋がいた。そして地面に転がった寝袋が挨拶する。


 寝袋…寝袋?寝袋がなぜ喋る?寝袋は顔も出さず声だけを発する。何だが無性にイジりたい欲が沸いてきた。


 抱きかかえて高い高いをしてみる。


「えっ、おまなにしてやめ」


 結構軽いな。モコモコの寝袋の中から悲鳴が聞こえてくるが、お構いなしに天空へ打ち上げる。そのうち鋸を背負った高身長の人が『へーいへーい』って感じで手を振ってくるので、そちらへ放り投げる。


「ぎゃーぎゃーぎゃー」


 お互い真顔で、数回キャッチボールを繰り返す。周りはあっけにとられて、寝袋が投げられる様子を呆然と眺めている。


「お前らマジキャーいい加減にキャーキャーーー」


 喋る寝袋は恐怖の悲鳴から、黄色い悲鳴に変わっている気がする。


 やはり俺たちは何も間違っていなかった。額に汗を浮かべ一心不乱に投げ続ける。そこに言葉はいらない。ただ寝袋を投げることで心が通じることだってあるのだ。


「あるわけないでしょー!!」


 久原の怒号と一緒に繰り出されたケツキックで我に返る。俺は何をしていたのだ。鋸の人もケツキックを食らって鳩が豆鉄砲をくらった顔をしている。

 寝袋は地面に落ちてモソモソと動き、ジッパーが開く。


「お前らゆるさねぇオロロロロロロ」


 寝袋からやたらでかいパーカーを着たちみっ子が出てきて、ゲロをはいている。三半規管を鍛えてない証拠だ。己の弱点が分かっただけでも儲けものだ。


「アホなこと考えないのー!ほんとウチの馬鹿がすいませんでした!」


「アハハハハ。いえいえ、うちのコミュ症を構って頂いてありがとうございます」


「誰がコミュ障だオロロロロロロ」


 高らかに笑いながら、全身ツナギの人がお礼を言う。まさかお礼を言われるとは思わなかったが、遠慮なく受け取ろう。

 ちょっとドヤ顔でゲロ吐いてるちみっ子を見下ろす。鋸の人も口角を上げながら笑っている。


「おま、マジふざけんなオロロロロロ」


 ちみっ子はゲロをぶちまけながら掴みかかろうとするが、ひらりひらりとかわす。青空にゲロが舞う。俺は逃げる。鋸の人も逃げる。


「……なんだこれ」


 花音が珍しく至極全うな感想を述べた。



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「んじゃ俺らは補助ってことですか?」


 軽く紹介してもらって、今日の概要を確認する。鉄の採取なんてどうやるんだと思っていたが、二人の能力を聞いたら納得した。


「その為にも僕らが呼ばれたんですからね。この廃工場内の設備を、直伐が細かく刻み、僕が溶かして瓶詰め。心葉と久原さんと花音さんで蟲の警戒と撃退をお願いします」


「俺は?」


「負傷者が出た場合は宜しくお願いします。それまでは直伐が刻んだ鉄くずを持ってきてください」


「それはつまり?」


「雑用ですね」


 屈託な笑顔で返される。この笑顔やべぇな。反論をねじ伏せる笑顔が強い。また雑用かと思うことすら許されない。


「では頑張りましょうか」


 こっちの世界に来てぼちぼちの期間が経ったが、なんだろこの雑用感。普通治癒能力持ちってどこの世界でも重宝されるんじゃないの?

 オンゲーのヒーラーってどこも引く手あまたなのに!俺四肢切断すら治せるんだけど?あるぇー?


「ざまーみろ雑用!」


 チミっ子がふんぞり返りながら見下しやがる。ムカついたのですかさずこしょばす。


「おま、やめ、アハハハハハやめ、やめろアハハハハ」


 ざまを見るのはお前の方だ!どうだどうだ!親の仇のようにこしょばす。なんだろ凄い楽しい。新しい扉が開けそうだ!よし!


「やめぇい!!」


 久原の突っ込み兼暴力を紙一重でかわす。お前の攻撃は完全に見切った。早々当たると思うなよハーハッハッ!!


「よけるなー!!」


「知ったことか!俺はくすぐるのを!やめなぐっふぉべぇてぇ!!」



 背中に熱い衝撃を受けて吹っ飛ばされ、地面にのたうちまわる。見に覚えの無い痛みに恐怖が押し寄せる。一体何が起きたまさか蟲の攻撃!?



「ねぇ、ほんといい加減にしなよ……僕も怒るよ……」



 花音が具現化した大砲から硝煙が立ち上っている。えっ?撃った?撃たれたの俺?治癒能力者だって死ぬこともあるんですけど?花音さん?


 だが目が据わっている花音に文句は言えない。花音から怒気が気化している。蜘蛛攻略でもそうだが、仕事に対する意識が高いんだな。若いのに大したもんだ。


 ただ砲撃での突っ込みは命に関わるのでやめてほしいなと、背中を治癒しつつ文句を言おうとしたが、



「仕事、しようか?」



 目が据わった花音には無理だった。誰も花音の迫力に逆らえず、黙々と仕事を始めた。



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 ちみっ子こと鏑木心葉が周囲の探索をして蟲を現在地を割り出す。久原が距離を詰め適当に手足を潰し、花音の射線上に打ち上げる。

 花音は鏑木心葉のサポートもあって、打ち上げられた蟲を必中で撃墜する。ここら辺は百足蟲が多く、全長2~3mの百足が空中で木っ端みじんに吹っ飛ばされる様は爽快感がある。同時に飛び散った体液がかかる不快感もあるのだが。


 花音は連射性が低く、弾速もさほど早くない。反面破壊力は元の『十砲見聞六』でもトップクラスなので、久原のアシストでその真価を十全に発揮している。

 いいコンビである。俺?頑張って鉄クズを運んでるよ?


 見ての通り作業場所は女の子3人でとても安全な結界が出来上がっているから、野郎は斬る、運ぶ、溶かすのローテーションが上手く機能している。

 機能しすぎて腕がパンパンだけどね!治癒能力で細胞は修復しているから言うほどではあるが、気分的には鵜飼いの鵜である。

 いやまぁね、どんな仕事だって雑用が無ければ成り立たないし!こんな世界じゃ尚更だし!やってやらぁ!!





「こんなもんですかね。持ってきた瓶も満杯になったので終わりにしましょう」


 時間にして3時間程度か。畳2枚分はあるリヤカーいっぱいに、溶かした鉄を詰めた瓶が並ぶ。

 これ何トンあるんだ?なんで底抜けないのこのリヤカー?



「このリヤカーは依頼主の職人さん渾身の『物理法則を無視したたくさん運べるリヤカー』ですから、底が抜ける心配はありませんよ」


「なんすかその未来の道具は?」


 またしても心を読まれた。初対面でも心読まれるって、俺って心が綺麗なのかな?


「それはさておき、このリヤカー全体に『荷重に対する負荷無効』のエンチャントがかかってるから積載容積を超えない限り無限に詰めますよ」


 

 エンチャント!確か前に村上さんから聞いたことがある。工芸クラフト系の人は、作り出すものに『特殊性能エンチャント』を付与できると。

 難易度は非常に高いが、Sクラスの鍛冶師はそれこそ重力法則も無視できるエンチャントを付与できるらしい。


「これがエンチャントなんすね。確かに底板とか全然たわんでない」


 これだけの荷重がかかっていたら、車輪との接合部なんかも持たないハズなのに全く問題なさそうだ。

 こういうところファンタジーが入るから違和感消えないんだよなー。


「では帰りましょうか。上崎君、お願いしますね」


 なんですと?なんでナチュラルに俺が運ぶこと決定してるんですか?いや確かに一番活躍していないけど、結構肉体労働しましたよ?


「我々全員肉体労働に向いていないんですよ。自己修復機能に優れた上崎君なら、運ぶのも問題ないかなと」


「すまないが頼む」


 大征堂さんと丹葉さんという、この場での最高戦力二人の決定に誰が逆らえようか。周りの人たちもさも当然と頷いている。

 これリヤカーそのものは荷重の影響は受けないけど、重さそのものは消えてないじゃん。どうせなら電動アシストのエンチャントつけてよ。


「というわけで文句言わず運べよ。てか疲れたからあーしも台車で運べよ」


 ちみっ子がふざけたことを抜かすので、ジャインアントスイングでひたすらぶん回す。ちみっ子は鼻水を垂らしながら許しを懇願しているが、そんなのでは許さない。



「いや―初対面で心葉さんがあそこまで打ち解けるの、大我君以来ですね」


「うむ、波長が合うんだろう」



 大我さんと同じ波長って喜んでいいのか微妙だな。

 



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 くっそ重たい。一歩踏み出す度に全身の細胞が破壊される。破壊されると同時に修復を繰り返す。肉体的疲労は無いんだが、生命エネルギーがガンガン減っていく。

 当初まばゆく光っていたエネルギーは電池切れ寸前のライトのように切れかけている。えっ?こんなとこで俺死んじゃうの?



「ねぇ、ああいう子がいいの?」



 隣から花音が話しかける。どの子だよ。それよりもこのくそ重てぇリヤカーどうにかしろよ。いっそ誤射ってこの瓶全部吹き飛ばしてくれてもいいんだぞ。



「凄い楽しそうだった……僕もあんな感じの方がいい?」



 何言ってんだコイツ。蟲を殺し過ぎて頭がイカれたか、かわいそうに。幼い頃から蟲を殺し過ぎて、思考回路が残念なことになっているみたいだ。



 若干目を潤ませながら、下からのぞき込むように花音が見てくる。可愛いらしいのは間違いない。

 ただ今にも命の灯が消えそうなこの状況で、俺が言えることはただ一つ。



「花音……」


「は、はい。何?」


「おっぱい見せろ―――」






 何もセクハラしたかったわけじゃない。生命エネルギーが枯渇しかかっているこの状況で、手っ取り早く補給するには性欲しかない。

 睡眠や食事では間に合わない。ただおっぱいを見せてくれるだけでよいのだ。何もしゃぶったり揉みたいとは言ってない。

 少なからず俺を気遣ってくれているなら、そう難しいことではない。お前らも俺が倒れたら困るだろ?



「だから俺は悪くない」


「言いたいことはそれだけー?」



 泣きじゃくる花音を抱きしめながら、久原が何時もの間延びした、しかし底冷えする声色で返答する。既に右足にはオーラが纏われている。



「待て、暴力は何も解決しない」


「セクハラからは何も生まれないよー」


「いや、セクハラじゃなく純粋なねがアギャぁぁぁぁぁ」





 結局リヤカーは筋骨隆々の依頼主にお願いして回収してもらった。そのせいで料金は値切られたが、俺のせいにされた。解せぬ。


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