第24話 武力との会合
町に戻ると、至る所がお祭り色になっていた。これから三日三晩、町全体でお祭りが開催される。
中央の大通りを中心に、様々な出店が並んでいる。200年前でもすっかり見なくなった、大規模な縁日を彷彿とさせる光景だ。
違うとすれば、この出店の全てが無料ということ。
回収した蟲の卵は、全て『拳王道』の取り分となり、
大量の素材を他の4つの町に販売し、得られた外貨はお祭りにかかる費用に充てられる。
それも材料原価等の変動費だけで、利益に繋がる名目は発生しない。
狩り屋も今回のダンジョン攻略は無償で行っており、利益享受には関わっていない。
結果だけ見ると全員タダ働きなのだが、文句を言う人は誰もいないどころか、全員喜んで働いている。
100人の縛りがある以上、大規模な商売やイベントは成立しない。
限られた世界で回っているお金では、掛かる費用を賄えないともいえる。
しかし大量の外貨があれば別だ。利益を取らずに、経費を外貨で賄えばこのハードルはクリアされる。
そう思うと町というより、国という考え方かもしれない。伍劦は、それぞれ国を治めているようなものだ。
国という単語に忌避感があるから、便宜上は町と呼んでいるのかもしれないが。
ともあれ、町全体が楽しめるイベントは、この『
だからこそ、町の人達は沸きあがる。
蟲の脅威にさらされ、行動も制限され、この狭い壁の中で朝起きて夜寝る。そんな日々を過ごす人達にとって、最大の娯楽ともいえる『収穫祭』に、文句を言うことはあり得ない。
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精神的に大分疲れたし、久原達の様子も気になる。一休みもしたいなーと思っていた矢先―――
「上崎様、お待ちしておりました。武力がお待ちです。ご案内します。」
フォーラムで見た、踏まれたいスケベ秘書が現れる。今日もきっちりとタイトなスーツを着て、棘のある色艶が溢れている。
その立ち振る舞いと問いかけには、断る余地が全く無い。是非ともセクハラして侮蔑の目線を頂きたい。
「おっ!
「おかげ様で変わり有りません。アカイ様もご壮健で何よりです」
「極並さんは今日も堅いな!んよし!今から飲みに行くか!!」
「いえ、私は上崎様と「いいじゃんいいじゃん、行こうぜ!」
「あっ、アカイ様お待ちを―――」
スケベ秘書にスケベ親父らしく絡むアカイさん。スケベ秘書はアカイさんの手を振りほどけない。
あれ、意外と押しに弱いタイプ?それはそれでアリっすね。
「さて行きますよ」
「えっ?いいんですか?」
「あの人いたら邪魔なんですよ。いいから行きますよ」
アカイさんは足止め役か。羨ましい役割過ぎるぞ。
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[『拳王道』オフィス3階 武力自室]
「入りますよ」
武力が待つ部屋に入る。中央に位置する町中でもひと際大きい3階建ての建物は、武力の自宅兼『拳王道』のオフィスになっている。
自室はちょっとした広さで、全面板張りの床面に、腰壁と漆喰の壁面が武道場を彷彿とさせる。
部屋の奥には囲炉裏が設置されており、俺たちと向かい合うように鎮座している武力。その身は剣道着のように道着と袴を着ており、威厳は十分である。
フォーラムの演説でも思ったが、気さくな喋り方であるが、声の重みは確かにあった。こうして近い距離に立つと、全身から迸る重圧を肌で感じるほどだ。
武力の肩書は伊達じゃないということか。チラとヌキチさんを見ると、その表情は強張っている。粗相が無い様、言葉を選んでいるようにも見える。
「重労働の後に呼び出さないで下さいよ」
気のせいだった。
「お前を呼んだ覚えはないぞ。それに極並はどうした?」
「極並さんはアカイさんが口説いています。良かったですね。そのうち新しい夫婦が増えますよ」
「お前らは相変わらずだな。まぁいい、座れ」
「疲れているんです。要件は何ですか?」
喋る相手は、この町の頂点に立つ者である。そんな相手に物怖じもせず、言外にさっさと終わらせろと伝えるヌキチさんの胆力半端ない。
「ったく……そっちの坊主に聞きたいことがある」
「あっはい。な、なんでしょう?」
声がうわずる。こちらを見据える視線がキツい。ヌキチさんとの会話で多少は人となりが見えたが、だからといって同じような態度が出来るわけがない。
「ダンジョン攻略の様子は、ウチの偵察班も確認していた。ある程度は把握しているし、お前が最後シメたってのは分かってる。が、詳細が分からん」
「上崎悠太君ですよ。初対面をお前呼びは失礼なのでは?」
「極並みたいなこと言うな。あー上崎―――最後何があったか教えてくれ」
武力は一層声のトーンを落として、本題を口にする。
モキチさんに感謝だ。心構えが無いと重圧に耐えられず、おしっこちびりながら全てを洗いざらい話していただろう。
「産卵区域に着いたら、敵はおらず強襲組4人の手足が切断されていました。4人に治癒を施したら、能力の使い過ぎか気絶したんで、その後は分かりません」
「その後は我々が駆けつけ、悠太君を含めた5人の身柄を確保。周囲の状況を確認して、戦闘は終了したと判断しました」
「4人を治したのか?」
「見る限りは問題無く。呼吸脈拍共に異常ありませんでした。貧血気味なのか、顔色がやや悪かったぐらいです」
「そうか……」
武力は報告を聞いて黙り込む。沈黙が重い。たったこれだけの会話で何を思い悩む必要があるの?怖いんですけど!
「4人は酷い目にあったが、無事で何よりだ。今は病院か?」
「えぇ。検査も兼ねて診察してもらっています。諸経費は『拳王道』に請求しますよ」
「あぁ請求してくれ。疲れているところに悪かったな。もういいぞ、お疲れさん」
そう言うと、武力は手元の箱から煙管を取り出す。今時煙管かと思ったが、部屋のコーディネートとも相まって様になる。
こちらの様子はもう興味が無いのか、明後日の方向を向いて紫煙をくゆらせている。
「それでは失礼します。武力も、お疲れ様です」
ヌキチさんが言い残して部屋を後にする。
こうして武力との初会合が終わった。想像以上に拍子抜けだけど、面倒になるよりかは良い。正直お偉いさんと会うとか気が滅入るので金輪際遠慮したいところである。
帰りに1階のオフィスを改めて観察する。武力の自室と同様、非常に簡素な造りをしていた。コンクリートの無機質な壁面に、シンプルな机と椅子が並ぶ。
装飾類が一切無いこともあって、非常に整然としている。恐らくトップの好みが末端にまで反映されているのだろう。整理、整頓、清潔、清掃、躾全てが行き届いている。
こういう組織は縄張り意識が強いんだよな、と漠然と思い『拳王道』を後にした。
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―あの4人の様子は私が見ておくので、悠太君は休んでください―
―明日また落ち着いて話をしましょう―
―ここからなら『デイム』より『アカイ流』の方が近いので、ウチでひと眠りするといいですよー
帰り道歩きながら白目を剥き、涎を垂らし、意識を失う寸前だったのでお言葉に甘えて休ませてもらうことにした。
夢の中で、俺は俺自身を見つめる。
俺は、薄暗い中で両手には天秤を持っている。天秤は左側に傾いている。
なーるほーどねー。あの聞き覚えのある『カタン』という音は、この天秤が傾く音だったのか。
だから何だよ!
と思うが、よく見ると天秤の左右にはプレートが掲げられている。右側に『幸運』、左側に『不運』と書いてある。
嫌な天秤だなぁ……どうせあれだろ?あれなんだろ?
あれ?だとしたら、最初はどっちに傾いていたんだろう。
どっちでもいいよ。どっちでも腹立たしいことは間違いない。
天秤を持った上崎悠太はニヤニヤしている。なにわろてんねんと思いつつ、意識はまた眠りについた。
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