第23話 ダンジョン攻略その7~Bチーム、終幕~

「……たくん、……い!ゆ……ん!」


 

 遠くから声が聞こえる。もしや天国にたどり着けた系か?現代から未来という異世界、そして天国に。とんとん拍子にたどり着いたもんだ。あぁおっぱいが揉みてぇな。

 天国ってことはあるんじゃないかな、俺の理想のおっぱい。今度こそふかふかのおっぱいを揉んで揉んで揉みまくって―――


「アホな寝言言ってないで起きなさい!」


 突然額に強烈な衝撃が走る。目を開けると知った顔がのぞき込んでいる。



 えっ?今どんな状況?

 寝転がっているね。


 手足の感覚は?

 ある。

 

 ここはどこだ?

 旧小学校跡。


 俺は誰だ?

 上崎悠太。


 肝心の、


「おっぱいは!?」


「もう一発か」



 分厚い本のカドを額に振り下ろされ、衝撃で跳ね起きる。周囲を見渡すと、すぐ近くにヌキチさんと榴さん、アカイさんが、少し離れて瑠璃と琥珀さん、村上さん、迫さん、ケイさんが立っている。


 何だろ、女性陣がゴミ箱の底にたまった汚物を見るような顔でこちらを見ている。何だろ、蜘蛛蟲の死骸はグロ過ぎたのかな?何だろ、精神ケアが必要なんじゃないかな。



「だからアホなこと考えない。キミは全く……身体は大丈夫ですか?」


「は……い、多分大丈夫です」


「それは重畳。ではその頭に異常が無いかも兼ねて、これまでの状況を説明してください」



 あれ、何時もより辛辣だな。まるでアカイさんに接するみたいだ。いつもの笑顔だけど、何かプレッシャーを感じる。気のせいかな?



「えーと、廃小学校跡のダンジョンを攻略していまして」


「はい」


「一階を順調に攻略し、二、三階の攻略に」


「続けて」


「俺はせん滅組に配置さ……れ……」


「配置され?」


「きょ、強襲組が……倒れたと聞いて……」


「聞いて?それから?」


 これは気のせいじゃない。ヌキチさんから途轍もないプレッシャーを感じる。とてもじゃないが顔を見れない。えと、もしや、キレてらっしゃる?



(どっちかと言えばブチ切れ)



 アカイさんが追い打ちをかけるように囁く。だから心の声を読まないで欲しいんですけど。



「どうしました?続けてください」


 決して声は荒げない。いつもの淡々とした口調で先を促す。すいません、おしっこちびりそうです。


「居てもたってもいられず強襲組へ駆けつけ……」


「更に減点です。私の制止を振り切って、が抜けていますね」


 ひぇ!もうおしっこちびった。更にって何?減点方式の先は何が待ってるの?普段怒らない人が怒ると怖いって200年前から変わらないんですね!


 ってやっぱり怒ってるんですね!勝手に飛び出したこと、めっちゃ怒ってるんですね!



「物事は正確に捉えましょう。さぁ、もう一度」


「ヌキチさんの!制止を振り切って!駆けつけまして―――そうだ久原は?みんなはどうなったんですか!?」



 ヌキチさんの怒りも忘れ、再度周囲を見渡す。俺は確かに治癒をした。生きているはずだ。はずなんだが、あの4人がいない!どうなった!



「落ち着いてください。全員無事ですよ」


「あぁ、意識は失っとったが、目立った外傷も無いし呼吸も脈もしっかりしとった。そこは安心せぇ」


「俺らが着くと同時に大我と猩平も来たんだよ!んで、花音ちゃんと加奈ちゃん担いで先に戻ったわ!あいつらはぇーからな。ユウと犬ヲは重いから、リッヒ達に台車引かせて戻ってるぞ!」



 目立った外傷は無い。その言葉が一番安心した。良かった、治癒できたんだ……本当に良かった。



「というわけで、聞きたいのはそこからです。あの血だまりを見る限り、相応の惨劇があったと予想されます。悠太君、何があったんですか?」



 ヌキチさんの質問をきっかけに、全員の目がこちらに向く。

 全て、覚えている。あの惨劇も、死のうと思ったことも、あの言葉を喋る人型の蟲も。



「俺が駆け付けたら、4人は手足が切断されていました……」



 誤魔化すことも、取り繕うことも出来ない。ありのままを言葉にする。

 皆は苦々しい表情で黙り込む。無事とはいえ、手足切断の言葉は重々しく圧し掛かる。


「そう…か。あいつらもつらい目にあったのう。心に支障が無ければええんじゃが」


「うちの奴らなら大丈夫だな!うん!そんなヤワな鍛え方してねぇし!それよりも、そんな重傷を治癒してくれたんだろう?ありがとうな!」


「そうじゃな。悠太君がいてくれてほんと助かったのう!!」


「や、やめろ!!やめてくれ!!礼なんて!礼なんて言われることはしていない!!俺は!俺は……」


 お礼なんて貰えるなどと考えてもみなかった。吐き気と共に鳥肌が立ち、拒否感が全身に現れて感情が弾けた。


 とてもじゃないが感謝の言葉なんて受け取れない。お礼どころか死ぬべき存在なんだ。


「俺は助けてなんていない。単に、自分の欲望を優先して好き勝手に動いたクズ野郎だ!!」


 あの時の感情が蘇る。生きる価値の無い俺は死ななければならない。そうだ、殺してもらえばいいんだ!



「だ、だれかころし「悠太君!!」



 普段聞かない大声で、言葉を遮られる。ヌキチさんは俺の前に立ち、深いため息をつくとまっすぐに俺を見て話しかける。



「何を思ってキミが飛び出したのか、大体予想はつきます。言葉にはしませんが。まぁキミはバカですから。もちろん助けたいという気持ちもあるでしょうが、それだけじゃないことぐらい普段の言動で分かります。それ故にキミは今、惨劇を目の当たりにして心の平衡が崩れています」


「でも結果としてキミが駆けつけ、治癒することで救えたんです。四肢欠損という重症を治したんです。自己嫌悪はほどほどにして、そこは素直に誇り、お礼を受け入れなさい。滅多なことを、口にしてはいけませんよ」




 まさか、分かった上で慰めてくれているか?そんな価値はないのに―――だが、そんなこと言われてたら望んでしまう。俺はまだ仲間たちと一緒にいていいのかと―――

 



「そうだぞ悠太、どうせ治癒にかこつけて加奈ちゃんのおっぱい触ろうとしたんだろう!それぐらいなんだよ!俺だって治癒能力があったら絶対考えるぞ!!」


「アカイさん、あなたは一度死ぬべきです。そこ、女性陣引かない。大事な場面です」



 うん。やっぱり死のう。クズな思考回路を言葉にされると死にたい欲が加速される。

 

 どうやって死のうか考えていると、

 


「あの鉄火場で、その信念を貫く姿勢は正直ドン引きじゃが、結果オーライやのう。改めて感謝するぞ」


「そうよ。男の子なんだから仕方ないわ。ありがとうね。私もドン引きだけど」


 榴さんと迫さんが温かい言葉をくれる。



「花音を助けてくれてありがとうなんよ。ちょっとどうかと思うけど、感謝してるんよ」


「私も。気持ち悪いが勝つけど、ありがとう」 


 瑠璃と琥珀さんが優しい言葉をくれる。



「悠太君が言動を省みたところで今更だよね。無駄なことはやめて、事実だけを受け入れたら良いと思うよ」


 村上さんが気遣い、励ましてくれる。



 皆の言葉が、何も残っていなかった心を満たしてくれる。こちらこそありがとうだ。俺は俺のままでいいんですね。

 あの時の感情は消えないが、もう死にたいとは思わない。前を向いて進もうと思います。


 そう思うと、自然に笑みがこぼれる。ハハ、俺はまだ笑えるんだな。



「その顔は若干気にかかりますが、立ち直ったので良しとしましょう。そもそも悠太君が気に病む必要は全くないんです。もう一人、私の言うことを聞かなかったヤツのフォローをしてくれたんですから」


「へ?」


 間抜けな声が漏れる。もう一人ってどういうこと?俺以外にそんな人いたっけ?疑問が尽きずヌキチさんを見ると、視線は壁際のケイさんに向いている。



「あぁ、俺のせいだ……本当にすまなかった!!」



-------------------------- 


 状況を整理すると、今回の全容が明らかになった。ダンジョン攻略は策略の応酬だったようだ。


 

 女王蜘蛛は糸を使って兵隊蜘蛛に命令を下し、その生死を把握していた(と思われる)

  ↓

 ヌキチさんは、阻害するはずの蜘蛛の巣が全く無い事に違和感を覚え、そのように推測

  ↓

 出し抜く為にも策敵していることは気づかれないようゴリ押しで進めて、ここぞという時を待った

  ↓

 しかし1階ラストの戦闘で、ケイさんが敵の策を潰す形で対応した

  ↓

 それでこちらに策敵能力があることが伝わり、『少人数で対応可能』と罠を張られ逆手に取られた



「わざわざ『ケイゾク』と伝えたんだから、それぐらい察してくださいよ」


「つい気分が高揚して、調子こいてしまった。返す言葉もない」


「全く、悪い癖だな!反省しろ!」


「アカイに反乱できねぇ……つら」


「とまぁ今回の蜘蛛は物理的なトラップは使わず、獲物を罠にかける知能があったと言うことです。これ、普通にランクSです。収穫祭ハーヴェストではあり得ない難易度ですね」


 あぁ、フラグ回収したな。もうそれしか思えない。今後死亡フラグを建てる奴は、片っ端から殴ろう。必ずだ。



「ただ過程は分かりましたが、目的が分からないですね。女王蜘蛛は逃しましたが、卵はこの通り回収できました」


「確かにそうじゃな。手間暇かけた割には向こうの実入りが無いように思えるのう」


「そもそも悠太君がここに来た時、敵は居たの?」


「―――ッ」


 村上さんの問いに言葉が詰まる。


 それはもう、ばっちりといましたよ。人語を話す人型の蟲がね。

 

 ただ、今ここで言うべきかどうか。転移者を伏せている理由と同じで、やはり何となくだが言わない方が良い気がする。

 何故なら、今までそんな話は聞いたことが無い。知らないのか、知ってて隠しているのか。


 どちらにしろ俺が最初の発信者になるわけにはいかない。異端視扱いされるのは何としても避けたい。




「……」


「まだ気持ちが落ち着いていないのでしょう。ここで話していても仕方ないので、そろそろ戻るとしますか」


「だな!もう俺腹減ったよ!カレー食おうカレー!!ケイの奢りでな!!」


「それぐらいはするさ。アカイ以外」



 何と言えば良いか迷っていると、ヌキチさんが切り替えてくれた。皆も気遣ってくれたのか、それ以上詰め寄るのは控えてくれた。

 ありがたいが、これって先送りなんだよな。帰り道に上手い言い訳考えないと。




-------------------------- 



 卵は『拳王道』の回収部隊がせっせと運んでいるので、帰り道はいつもと違って手ぶらだ。

 

 廃墟廃屋が立ち並ぶ街並みを歩く。ほとんどが屋根が無く、外壁の半分くらいは崩れ落ちている。


 ちゃんと見れば、200年前は確かにあった生活の跡ぐらいは見れるのだろうか?食事したり遊んだりした日常を積み重ねた、そんな跡を探したくなる。

 

 たまに思う。本当にここは現実なのかと。


 壁の中の生存圏は、未だ違和感が消えない。何というか、ツギハギだらけで構築した、出来の悪い実寸大のジオラマのように感じてしまう。

 現実感が無いと言うのか、言ったところでどうしようもないけど。おっぱい揉んだら現実感わくかな?



「くだらないことを考えていませんか?」


「いえ、自分のアイデンティティーに関わることです」


「やはりくだらないことですね」



 何故結論付ける!それ俺の存在がくだらないって言ってない!?



「自己同一性を突き詰めたところで、本質は変わりませんよ。それより、キミが見た蟲のことです」


「―――なんのことです?」


 予想外の質問にとぼけることしかできない。そういえば言い訳考えようとしていたんだった。



 『敵はいませんでした』と言いたいところだが、万が一バレた場合、蟲サイドと認識される死亡フラグ。

 でも『蟲が人語を喋りました』なんて、どうぼかして説明すりゃいいのよ。と、悩んでいたらおっぱいに辿り着いたわけで。俺は悪くない。多分。



「キミはバカですが、頭は悪くない。なのにその返しでは、何かあったことを言っているのと同じですよ」


「今そこを問い詰めることはしません。ですが、恐らく戻ったら『拳王道』からヒアリングが入ると思います」


「敵はいなかった。そう答えてください。私もフォローしますので」



 一方的に言い残すと、ヌキチさんは少し前を行くアカイさんに話しかけにいった。




 僕これ知ってるよ!出し抜こうとして失敗するやつだね!教科書にも書いてあった!



 でもま、少し心が軽くなったかな。ヌキチさんのことだから考えがあるだろうし、何か感づいてる節もある。

 共犯者がいれば、最悪蟲サイドとみなされることはないだろう。それに、俺も思うとこはあるので、策略には乗っておこう。



 しかしバカって前置きいる?

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