第22話 ダンジョン攻略その6~Bチーム、産卵区域攻略~
蜘蛛の死骸が転がった廊下を駆け抜ける。
そもそもだ、パートナーと言いつつ、一切俺を頼らないことがおかしいと思うんだよね。
ここ一ヶ月で俺がやったことは、ほとんどが蟲の素材を乗せた台車を引くことなんですよ。治癒役が力仕事しかしないって何の詐欺だよ。
治癒ってさ、治癒って言ったらさ、女の子を合法的に触れるんが醍醐味でしょうか!!
ほんとアイツ全然怪我しないんだもん!良いことだけどさ! 何か俺に治癒させないって意思を感じるレベル。蟲の攻撃、超避ける。端から見てても避ける技能凄い上がってんもん。
ほんと、もうちょっとさ、あるじゃん。イベントとかそういう!こう、優しく傷を治す俺に惚れるとかそういうのがさ!そういうとこ久原さんは配慮が足りないと思うんですけど!
でもま、それもここまで。長い道のりだったが、ようやく異世界転移らしいイベントが発生したということですよ。
右階段に差し掛かり、心臓の鼓動が早くなる。
今頃犬ヲさんとユウさんが盾となり、倒れている二人を守っているだろう。まずは二人を回収して戦場を離脱する。守るべき対象が居なくなった方が、あの二人も防衛に専念できる。
離脱後ならじっくりと治療出来るし、そのうち他が駆けつけるから戦場もそれで大丈夫なはず。我ながら完璧な作戦だ。大丈夫、紳士な心を忘れずに、全力で治癒にあたることを誓おう。
誰に誓っているかも分からないが、全速力で駆け抜け、産卵区域に到着する。
「加奈!!おっぱいは無事か!!!」
おっと、心の声の自己主張が強過ぎた。
まずは落ち着こうか――――――
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さっきも思ったが、俺が同行する戦いはランクが高い実力者が多く、戦場で血を見る事が全く無い。全然見慣れていない。なので、こんな床一面に広がった血液を目の当たりにしても、正直現実感が薄い。
女子二人が倒れただけなのではないのか?
血だまりの中、4人共倒れているなんて聞いてないし。
ましてや全員、手か足が切断されているとか、ドッキリにしても、タチが悪い
久原と花音は右足の膝から先が、犬ヲさんとユウさんは左腕の前腕部から先が、無い。その代わり、数分前までは人間の身体機能として役割を担っていた手足が側で転がっている。
切断面は非常に綺麗で、綺麗すぎて、骨や肉があまりに生々しくむき出しになっている。滴り落ちる血液が日の光を反射して、光沢感が溢れている。なんだろう、グロテスクな現代アートの表現かと思ってしまう。
呆気にとられていたが、急激に何かがこみ上げる。
そして止まっていた思考が進み、どうしようもない後悔と自己嫌悪感が爆発した。
ここはどこだ?
戦場だ。
何をしている?
命の獲り合いだ。
久原が倒れるとはどういうことだ?
Bランクの久原では避けられない暴力があったことを意味する。
強襲組は全員Bランクと聞いていた。
つまり、それは産卵区域が命を脅かされている状況であることに他ならない。
直前まで、俺は、何を思っていた?何を、考えていた?何を、言った?
救いようが、無さすぎるのではないか?
絶え間なく自問自答を繰り返し、どうしようもない自己嫌悪が押し寄せ、脳内で速やかに命令が下される。
コンナクズイキテイルカチガナイノデハ?
これは身勝手な妄想の報いなのだろうか。羞恥、嫌悪、自責、後悔全てが混ざり合い、死にたい死にたい死にたい死にたくなるが!!!まだ死ねない!!!
かろうじて何かを掴み、逃避の思考から抜け出す。
まだ死ねない。せめてここにいる4人を治すまでは―――
あの特訓で言われた黒井沢さんの言葉が頭によぎり、改めて惨状を目にする。
この4人はどう見ても欠損してるな。
えっ?治せない?俺は治せないのか?
分からない。分からないがそんなことをやってみないと分からないだろう。うるせぇよやってみなくても分かるとか言うなよ。だって目の前で死にそうなんだぞ。俺が死ぬべきに値する人間なのは分かるがこの人たちは別だろ。体張って俺よりも何十倍も凄いことしてるんだぞ。そもそも
纏まりのつかない思考を繰り返し、いつの間にか涙と鼻水と涎が溢れて顔面が酷いことになってる。
視界はボヤけるし、息もうまく出来ない。だがそんなことは関係ない。早く、早く治さなくては。
よろよろと久原の足と思われる物体を拾い、久原に近づく。顔は見ない。生死の確認なんて、出来ないししたくない。ただ、ただ治す。それだけだ。
「キミがソッチ側の目的かナ?」
妙にチグハグな声が聞こえる。全身の毛穴が開いて、汗が噴き出す。考えが足りないもここに極まる。
何故敵の存在を無視していた?ここには護衛蜘蛛蟲や女王蜘蛛蟲がいるんだろう。更に言えば、久原達を倒したであろう高ランクの敵が、だ。戦闘力ゼロの俺が戦えるはずもない。なんでさっさと逃げなかった。逃げる?だって、
死にたくない!
はぁ?今死にたくないと思ってしまったのか。正気とは思えない。なんなんだお前。なんなんだよお前よぉ!!
自分の浅ましさにほとほと嫌気がさす。さっきまで死ぬべきだと考えていたのに、いざ死が迫ると生を渇望するのか俺は!
いや違う。違うんだ。治したい。治すまでは死にたくないんだ。頼むから、俺に、この人たちを、治させてください!!!
カタン
身体の中から音が聞こえた。何かが傾く音、以前も聞いたことがある音だ。
どこで聞いたか思い出すと同時に、煮詰まった思考がクリアになっていく。痛みと爽快感がごちゃ混ぜになって、絡まった思考回路が紐解かれる。
その中で何故か、久原は治ると確信を得る。
色々と整理しなければならない状況だが、最優先課題の解決が見えたところで次点の課題に向き合う。
今、蟲が喋ったのか?
声がした方を見ると、見覚えのない人が2人いた。1人は全身黒の燕尾服を着た男で、1人は白のワンピースを着た女。敵であることは本能で分かる。
ここでいう敵とは蟲以外いない。つまりこの2人は蟲だ。人なのに蟲と意味が分からないが、それ以外の答えはない。
「あァ安心したまエ。殺すツモリはないヨ。コチラの目的ハ達したからネ。たがえナイよう、護衛達モ殺してオいたヨ。ソコのは、可愛い妹ニ手を掛けヨウとシたからお仕置きしただけダヨ」
「ニイサマ、ウザイ」
「やめたマエよ妹ヨ!愛らシくも美しイお前の唇から、ソんな言葉は聞きたくナイ」
「ニイサマ、キモイ」
ちぐはぐな発音で、ちぐはぐな会話を続ける2人。殺すつもりはないと言ったが、信用するつもりは微塵も無い。かといって、勝てもしない戦いを挑むつもりもない。
やるべきことは、言葉が通じるであろうこの二人と会話を続けて、勝てる戦力を待つ。
「おま「信用ハ得られナイみたいダ。残念だヨ」
お前らは何者だとか三下よろしく質問を投げかけようとしたが、言葉を被せられる。
「ニイサマ、ソロソロ」
「わかってイルとモ、愛しき妹ヨ。名残惜しいケド我々は退散するヨ。マタ会えたら良いネ」
「ニイサマ、キライ」
そういうと、ちぐはぐな二人は教室の窓から飛び降り姿を消した。
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処理すべき情報量が多すぎるが、目の前の危機が去ったという事実だけを受け入れ、治癒を開始する。
久原の足をくっつける。ヌチャっとした音がした気がする。どこか遠い音として聞き入れる。
手をかざす。地獄の特訓で散々みた濃色の青い光ではなく、スカイブルーのような澄んだ青い光が放たれる。
能力が変わったことが感覚で分かる。
これは細胞の時間を巻き戻しているんだ。
前までは古い細胞を新しい細胞に変えるという能力で、死滅した細胞は対象外となっていた。
今は対象の細胞を、過去の正常な細胞に変えている。これならば死滅した細胞も対象となるみたいだ。
完治はしていないが、久原の足が完全に固着した段階で他の3人に治癒を施す。
死んでいない。助けられる。死なせやしない。
全員の手足を固着した段階で、全てにおいて限界を迎えた。かすかにこちらに向かってくる足音が聞こえる。なんだろ、今この場ではとても懐かしい関西弁だ。安堵感が押し寄せる。あの人たちが来るならもう大丈夫だろう。
よかった、これで全員救われる―――それがたまらなく嬉しかった。
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