第21話 ダンジョン攻略その5~Bチーム、二、三階攻略~

[B班 旧小学校跡 1階階段前]


「ここから少し作戦変えます。あまり時間が無いので手短に説明しますよ」


 前衛と合流してヌキチさんの声に皆が耳を傾ける。前衛組も幸い負傷は無く、戦意は落ちていない。俺の出番が無いとも言うが。

 花音という中二病がやたら睨んでいるのが気にかかるが、


「二階、三階の階段前廊下に多数蟲が集結しています。恐らく二階の階段を抜けたところで、二階横と三階上から質量をぶつけてくるでしょう」


「どれぐらいおるんだ?」


 ザクロさんが応じる。結構バカスカ撃ってるはずなのに、微塵も疲れを感じさせず意気揚々としている。それなりに歳もいってそうだが、こういう規格外な人っているよな。


「このダンジョンにいる蜘蛛の大半って感じやよ」


「それは……」


 それは結構な数になるのでは?厄介な状況になってきたってことか。


「楽な展開になったもんよのう!」


 そうそう楽な展開にって楽なの!?なんで!?


「その通りです。ここで大半をせん滅すれば、わざわざ神経減らして進む必要が無くなりますからね」


 なーるほど。確かにこれだけの火力があれば、一箇所に留まって撃ち続けた方が楽か。

 驚いていたのは俺だけで、他は特に反応するわけでもなく聞き流している。皆分かってたの?すっご。



 ふと、花音と目が合う。



「あれ、治療役はそんなことも分からないですか?温い感覚なんですね。自分が怪我しないうちに帰った方が良いかもしれませんね」


 僕っこがしたり顔で絡んでくるが、随分と失礼な物言いに面喰ってしまう。マジで何かしたか俺。怒りよりも戸惑いの方が強い。

 役立たずは許さないとかそういう精神?進んで役立たずやってるわけじゃないんだけどね!出番がないだけだヨ!



「花音、ええ加減にせんか」

「ッ―――」


 更に毒を吐こうとするが、榴さんが一言で黙らせる。花音は言いかけた手前、バツが悪そうにそっぽむく。ちょっと頬を赤くしているところが、可愛いらしくもあるんだけどね。


「悠太君、すまんかったな。ヌキチよ、続けてくれ」


「えぇ。皆さん色々思惑有りますが、今は目の前に集中しましょうか」


 いえいえ、中二病は誰もが通る道ですよ。これぐらいで怒るほど自分、器ちっちゃくないですから。


 二人の会話で、微妙な空気が払拭される。ここら辺流石というべきか。チラッと久原を見ると、ちょっと怒ってる。パートナーをバカにされて良い気分じゃないんだろう、どうしよう嬉しいぞ。


「今から産卵区域強襲組と兵隊せん滅組にメンバーを分けます。前者は犬ヲ、ユウ、花音さん、久原さんで残りが後者です」


「その心は?」


「兵隊クラスを全滅させると女王蜘蛛は高確率で逃げます。それは避けたいので、強襲組は右階段から回り込んで産卵区域に向かってください」


「兵隊は全部こっちにむかってるから、産卵区域には護衛蜘蛛と女王蜘蛛だけしかいないんよ」


 作戦会議中も瑠璃さんと琥珀さんは情報をとり続けている。やはり蜘蛛側も何かしら情報伝達を行っており、策を用いる知恵はあるみたいだ。

 こうやって丸裸にされていなければ、相当苦戦させられただろう。


「敵にはギリギリまで策敵していることを伏せたいので、一階の階段前で待機しておいてください。突入指示は別途します」

 

 策敵能力を探られたく無いところを見ると、ヌキチさんも敵の情報網を危惧していることが分かる。ケイさんが何やら顔色悪そうにしているが気のせいかな?


「我々は兵隊クラスを間引いて、残り5分ってところで合図を出すので、強襲組は戦闘態勢に持ち込んで下さい。防衛主体でお願いします。本格的に狩るのは我々が合流してからになります」


「別に僕たちが倒しても良いんでしょう?」


「絶対にダメです。強襲組の役割はあくまで足止めです。火力役の二人は犬ヲとユウの防衛範囲から出てはいけません。守れないなら、残ってもらいます」


「分かっておるのう?」


「んぐ……了解しました。防衛に専念します」



 花音は調子に乗って死ぬ代表的な台詞を口にするも、二人から速攻でフラグをたたき折られる。良い傾向だ。立てて良いフラグは恋愛系だけで、死ぬフラグは折らねばならぬ。


「くれぐれも宜しくお願いしますよ。せん滅組はいつも通りです。二階廊下方面にアカイさん、三階階段方面にケイさんを盾にして、『十砲見聞六トウホウケンブンロク』の面々で打ち続けてください」


「任された。二階はワシと徹晃丸、三階は迫とリッヒで担当するか」


「サポート役は二組の中間地点にいましょう」


 確かにそこは、このダンジョンの中で一番安全ともいえる。しかしこれで本格的に出番が無くなった。あれだけ言われたら、花音もバカなことをすまい。


 何時もと違うダンジョン攻略ならワンチャンあるかと思ったが、そう簡単にいかないもんだなぁと、誰に言うわけでもなく愚痴をこぼした。



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-せん滅組 二階の階段前-


 数十を超える蜘蛛の進撃を、圧倒的な火力で薙ぎ払う。轟音と共に蜘蛛の死骸が積みあがっていく。

 流石にリッヒさん、徹晃丸さんの若手組は疲労の色隠せないようで、合間を見て回復していく。


「おぉ、すげぇ!めっちゃ体軽くなった!ありがと!」

「感謝。これで継続可能となりました」


 いえいえ、こちらこそ回復する出番を頂けて感謝ですよ。

 見たか僕っコ!俺は輝いているぞ!見えるはずないけどね!


「そろそろ合図を送りましょうか。村上さんコレを」


「かしこまりました。さぁ燕さんになって行ってらっしゃいな。『燕之王子様トリワタシ』」


 一枚の紙片は燕になって、空中を駆けていく。村上さんはマーキングした人なら誰でも燕を届けることが可能らしい。メールと大して変わらん機能だな。


「瑠璃さん、産卵区域はどんな感じでしょう?」


「女王、護衛共に動きなしやよ。まだこちらの動きに感づいている様子はないんよ」


「そのまま産卵区域の警戒をお願いしますね。さぁ、ここからは更にピッチ上げていきますよ。アカイさん、ケイさん戦線を押し上げてください!」


「人使いが荒いなヌキチは!こんなの俺じゃなきゃとっくに崩壊してるぞ!!」


 二階廊下方面は特に蜘蛛の量が多いが、アカイさんは一匹も通さず守り続けている。これだけの蜘蛛の圧力を、少なくとも会話する余裕があるレベルで受け止めているんだから、やっぱ凄いんだよなこのヒト。


「おや、もうギブアップですか?」

「はぁ!?ふざけんな余裕だわ!おら後ろ付いて来いよ!!障壁張ってやんよ!!『堅爛要塞展開ゴルゲオスフォートレス』!!」


 アカイさんは、盾から一回り以上大きな防壁を幾重にも展開し、一歩ずつ前へ前進する。その姿は動く城壁といったところか。蜘蛛の塊は貫くこともできず、城壁に押されて後退する。


「ケイもちゃんとやれよ!」

「うるせぇよ!やってるわ!!」


 ケイさんも同様の盾技を展開し、三階の戦線を押し上げる。盾役特化というのは伊達じゃないな。不貫という二つ名を授けたい。


「良い調子です。このまま産卵区域まで距離を詰めましょうか」


「襲撃組は産卵区域に到着して、護衛と戦闘中やよ」


「防衛に専念していますか?」


「おおむね作戦通りやよ。花音も犬ヲさんの指示に従ってるんよ。あっ、でも護衛を一匹討伐出来たっぽい」


「重畳重畳。防衛しつつ倒すということは女王のレベルも知れてますね。今回の収穫祭ハーヴェストも楽しょ「へ?ちょと待つんよ。な、何が起きた―――い、いだぁぁあ!!」


 

 突如瑠璃さんが絶叫しながら、目を抑えてうずくまる。指の隙間から見慣れない血液が零れ落ちる。琥珀さんも同じように耳を抑えてうずくまり、両手から血を流している。


「瑠璃ちゃんどうしたの?何があったの!?」


 迫さんがこちらの状況に気づき、砲撃を中止して駆け寄ろうとするが、



「前線は戦闘続行!悠太君!お二人の治療を!村上さんは鳥を近くに放って警戒してください!」



 ヌキチさんは極めて冷静に指示を出す。俺は二人に駆け寄って手をあてがい、治療を開始する。幸い軽傷だ。これならばすぐに治る!


「瑠璃さん琥珀さん、悠太君が治療するので大丈夫です。落ち着いて、何があったか話してください」


「取り乱してごめんなんよ。う、うちらは産卵区域周辺に3つの目耳を飛ばしてたんよ。それが一瞬で潰されたんよ。何で攻撃されたか、それは見えんかったよ。感覚を繋げているからダメージのフィードバックをくらったんよ」


「何かに貫かれたような、そんな音でした。そして……攻撃を受ける前は、衝撃音が2つ聞こえました」


「そう、なんよ。花音と加奈ちゃんが―――と、突然倒れて」


「ッ―――」



 ヌキチさんが言葉を失うと同時に、俺は駆け出した。二人は既に完治。ならば、俺がやるべきことはただ一つ―――


「悠太君!一人では危険です!!戻って下さい!!」


 背後から呼び止める声を振り切る。危険なのは分かっているが、止められない。全身に能力を展開し、身体能力を高める。疲労した細胞を片っ端から新規に変えることで、常に最高速度を出せるようにする。

 想定外の状況こそ冷静になることくらいわかっているが、心がふわふわして身体が言うことを聞かない。


 やっとだ、やっと望んでいた状況がきた!

 不謹慎なのは重々承知。だがしかし、俗にいう異世界転移で、これぐらいの恩恵は有っても良いだろう!!



 やっと久原の治療ができる!!!



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[強襲組 産卵区域]


 久原加奈は地に伏せている。何が起きたか分からず、気が付いたら倒れていた。見渡すと、他の3人も倒れている。

 無理なく護衛蜘蛛蟲を相手にしつつ、一体倒していい気になっていたらこの惨劇である。

 

(前方の警戒は怠っていなかったから、おそらく背後から攻撃を受けたんかな)

 

(それぐらいしか分かんないや)

 

 視界の片隅に2つの人影が見える。どう考えても味方ではないことは確かだ。

 

(このまま私は殺されるのかな。いくら温いと言われている『収穫祭』でも、殺されることだってあることくらい分かってるよ)

 

 ただ、覚悟はしていると言ったら嘘になる。


(まだ生きたい。遊びたい。人生を楽しみたい)


(黒井沢さんにだってもっと恩を返したい。いつも申し訳なさそうに、伏し目がちな、といっても前髪で見えにくいけど、あの人を笑顔にさせたい)

 

(それに―――あいつも気になる。記憶喪失とか訳分かんないし、そのくせめちゃくちゃスケベで腹立つけど、私の初めてのパートナー。両親がそうだったように、男女のパートナーがそのまま結婚することはよくある。それくらい大切な相手だもんね)


(だからといってあんな奴と結婚も恋愛もごめんだけど)


(もうすぐ死ぬっていうのに私は何を考えているんだろう。いや、もうすぐ死ぬからかな)


 2つの影が未だトドメを刺さないのが不思議だが、このまま見過ごして貰えるというのは夢を見過ぎか。


(ほんとあり得ないけど、どうせ夢見るならアレだよね。アレされたら―――)





「加奈!!」





 聞き覚えのある声で、でも初めてその人から呼ばれる自分の名前が聞こえる。


(やめてよ、絶対絶命の状況で助けに来るとか、そんなお決まりのパターンとかホントやめてよ。そんなのされたら、されたら私だって―――)





「おっぱいは無事か!!」





(―――もし生き残れたら、あんたを死なない程度に必ず殺すね)



 

 久原加奈は、ぐずぐずの死生観で意識を手放した。



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