第20話 ダンジョン攻略その4~Dチーム、終幕~
「正面右45度が臭えな。くっそ臭い臭い、蟲臭えわ」
「全体的に酷いけど、そっち方面が特に臭いっしょ。多分かなりの数がいるっしょ」
顔面の下半分は大きく突き出た形となり、先端の鼻をひくひくさせている。喋る度に見え隠れする口元には、鋭い犬歯が並んている。両手は毛深く、下手な刃物よりも切れ味がよい爪が伸びている。
二人はオオカミの特性を攻撃力に特化させており、先ほどから同時並行で向かってくる蜘蛛を切り裂きながら進んでいる。その分嗅覚は『アカイ流』の面々と違って分子の分析等出来ず、蟲の臭いだけしか拾えない。
「距離は……んーわかんないっしょ!」
「行けばわかんだよ、行けばよ!行くぞ!」
「そうねぇ、確かに行けば分かるわぁ。私たちが居ないと行けないでしょうけどぉ」
「旦那様ぁ。まずは正面の糸を焼き尽くしましょうねぇ」
「了解愛しい奥様っと。さてさて蜘蛛の皆様とくとご覧あれ。これぞお狐様の『
吉津九之介は香具師さながら口上を垂れると、正面に張り巡らされた蜘蛛の巣に向けて髪の毛を突進させる。キツネの動物因子の特性を、体毛を自在に操るという能力に特化させている。
もちろんキツネに体毛を操るという能力は無いので、厳密にはキツネの毛量が多いという特性を生かしている。後は『髪の毛も自分の一部だから』という精神の下、己の才能というリソースをぶち込んで操れるようにした。
突進した髪の毛は、先端からチリチリと燃える。吉津朱音は、タンパク質の温度を発火点に変える
発火箇所を間違えたり、髪の毛をあらぬ方向へ振ってしまったら自分たちも燃える可能性があるが、そんなことは微塵も考えない。お互いパートナーの技量を疑う余地はない。
狩り屋は必ずパートナーを組む。理由は単純で、一人よりも二人の方が生き残る確率が高くなるからである。これが三人以上だと傍観者が出来てしまい不和の元となる為、二人組を原則としている。
半ば強制でもある為、パートナーの大部分が1+1の加算関係である。同ランク帯で組み、往々にして個の能力を高める事を優先する。立ち回り等の連携は取れても、パートナー同士で能力を掛け合わせるという、乗算関係になる連携をすることは滅多に考えない。
その最たる理由が『リスクが高い』に他ならない。能力を掛け合わせるということは、替えが利かないということでもある。
吉津九ノ助を見て分かる通り、髪の毛を自在に伸ばし操る能力は、吉津朱音みたいな変換因子があって初めて役に立つ。
二人は幼少期から一緒にいた幼馴染である。何も疑問に思わず
幼少のころより側にいたとても大切な女の子。そんな女の子の側に立ち続けたくて、役に立ちたくて、才能を全振りした。
吉津朱音も同様で、本来タンパク質であれば制限なく発火点に変えることが可能である。が、本人は知る由も無いが、吉津朱音は旦那の髪以外能力が作用することはない。
吉津九ノ助を、吉津九ノ助の成分を、吉津九ノ助の遺伝子情報を、吉津九ノ助の構成要素全てを理解し、吉津九ノ助全てが自分のモノと倒錯的な愛の元、旦那の髪の毛を自在に操れるようになった。
二人ともパートナーを失うなどと考えたこともない。何故なら失うわけがないからだ。万が一にもパートナーが欠ければ、即座に自分も欠けるよう遺伝子情報にプログラムされている。当事者二人もそれを当たり前のように受け入れている。
魂の契約ともいえるだろう。それゆえに、乗算の能力は計り得ない。
先端から火を纏った髪は、縦横無尽に駆け巡る。二股、三股に分かれ、蜘蛛の巣に触れる直前で発火し、燃やし尽くす。発火し続ければ延焼するがそうはならない。吉津九ノ助は発火と同時に毛量を調整し、火種をその場に残す。
二人は楽しそうにキャッキャしながら事も無げに行う。一見すると花壇に水やりを行うようである。実際は巣に這っていた蜘蛛に着火させ燃やし尽くすような光景であるが。
「いつ見てもお二人の『狐遊戯』は迫力ありますねー」
「あら、嬉しい事言ってくれるわぁ。飴ちゃんいるぅ?」
「おばさんくさいってアッツ!!」
「意地悪な旦那様にはお仕置きが必要だわぁ」
「は、ハゲるからやめてくださいお願いします!!」
吉津九ノ助の頭頂部より煙が出ているが、イチャついてるなぁと適当な感想で周囲は意に介しない。
「おいおい、ちっと設備やら壁が邪魔だ邪魔。ほんと邪魔なんだわ」
「はーい、僕たちの出番ですね」
「僕は設備を溶かすので、壁お願いしますね」
「任された」
丹葉融太郎は進行の妨げになる設備、つまり鉄の塊に突っ込む。あわやぶつかると思いきや、
「万物転じて流と為す。『
お決まりのセリフを口にして、膜を纏った両腕でさっと一撫でする。
『トぱぁッ』と音が鳴り、塊は水面の飛沫のように左右に飛び散って目の前から姿を消した。
物質の温度を融点に変える変換因子。触れたものは液体となり、形を失う。側にいた蜘蛛は、元が金属である熱を持った液体を全身に浴びる。丹葉融太郎の手を離れた液体は数秒後に個体に戻る。
その結果、鉄でコーティングされた蜘蛛のオブジェが出来上がる。厚さ10mmはある被膜の内部にいる、動くことも簡単に死ぬこともできない蜘蛛のことを考えてはいけない。
「我も推して参ろう。征くぞ!『
大征堂直伐は溶け拓かれた道を突っ走り、間仕切り壁の近くで鋸を左右上下にぶん回す。斬られた壁は見た目何事も無かったように存在しているが、仕上げに足でコツンと蹴ると、壁は音を立てて瓦礫となり直径2m程の空間が開く。
物質因子で生み出したその透き通る刃は、素粒子レベルで物質を切断する。その切り口は見事鏡面仕上げで、スカートで跨げばパンツが見えること間違いなし。端部は第二の刃になる程鋭利なものとなる。
丹葉融太郎にしても大征堂直伐にしても、そういう能力であるが、そう簡単に真似は出来ない。
類似の
知識はあっても使えなければ意味が無い。自分が影響を及ぼす対象が何かを理解していないと能力は発動しない。大半はそこまで理解度を深めれず、村上里香のように『紙を鳥に』といった限定がされる。
そしてこの二人は限定がほぼ無いと言ってもいい。少なくとも一度目にしたものは、必ず溶かし斬る。
「いつ聞いても頭が悪い能力名っしょ」
「あの二人ってランクSを代表するぐらい凄い実力者なのに、あれだけ残念ですよね」
「心葉ちゃんが外に残ったのってぇ、これが原因じゃない?」
「納得、大いに納得だ。コレと一緒にされたくないんだろう。納得しかない」
「彼らの行く先が心配になるっしょ……」
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『スタークス』『ホットソニック』の面々が切り拓いていく道を、『デイム』の二人は襲ってくる蜘蛛を適当に相手しながら進む。
「やっぱ温いなダンジョン攻略」
「これだけの火力集めたら温くもなるよ。うーん、結局高火力な鎧袖一触が一番早いってことなのが切ないな……」
「なんでや、でけぇ力でぶん殴るって漢の浪漫やろ!」
「あぁうん、大我はそれでいいよ」
「でもつまんねぇ。俺ら歩いているだけやん」
「それは確かにそうだけど、こうやって蟲をぷちぷち潰すのも仕事だよ」
「分かってるけどさーつまんねえよ!あっ!なぁ、最後は俺の方で一発決めるで」
「どうぞお好きに」
自分の要望が通ったからか、白西大我は嬉しそうに向かってくる蜘蛛の頭部をハイキックで吹っ飛ばした。
「っしゃ!ぼちぼち終わるんじゃね?」
「ちょっと距離開いたかな。蜘蛛と戯れるのはその辺にして追い付こう」
先頭と距離が開いた為、少し駆け足で進む。
二人ががダラダラ歩いている中、他二組はしっかりと仕事をしていた。追い付いた二人は、そこかしこに蜘蛛の体液が飛び散った中央で、満面な笑みを浮かべた咬剛雅狼を見た。
「獲ったどー!!獲ったったどー!!」
このダンジョンの主であったであろう女王蜘蛛は、今は首だけである。左右6個ずつある眼は咬剛雅狼の爪で無残に砕かれていた。
「お疲れ様です。では雅狼さんその首持ち帰ってくださいね。後は私たちにお任せを」
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『スタークス』の二人が産卵区域から最短で外壁まで道を作り、一同は工場から脱出した。
「ウチらは蜘蛛の残党潰しの為一応残るっしょ。臭いで追いかけるほうが確実っしょ」
「私たちは一発放ってBチームに向かいます。新人のセクハラ具合が気になるので」
「では僕たちは心葉さんを拾って反対方向に行きます。お気をつけて」
簡単に打ち合わせて、三組は方々へ散る。『デイム』の二人は上空へ跳躍。廃工場全体を視界に収めるまで飛び上がると、白西大我は地面に背を向けて右足を太陽に向ける。
右足から10mは優に超える巨大なトラの前足が出来上がる。一方真白猩平も、左手に巨大なゴリラの腕をエネルギーで形作って上空へ振り上げる。
白西大我はそのゴリラの腕めがけて、トラの前足を振り下ろす。双方のエネルギーはぶつかり、停滞する。互いのベクトルが反して、エネルギーは中心に融合し、収束する。
そして二人の間に、深紅に輝くエネルギーの塊が出来上がる。
「ぼちぼちええでー!!」
白西大我がそう怒鳴ると、真白猩平は瞬間に能力を解除した。上へ下へ、双方向に向いていたベクトルだったが、突如上へ向かう方が外される。
中心の塊は残されたベクトル方向、つまり下に向かう。
「くらえぇぇぇぇ!!『
直径5mは超えるエネルギーの塊が廃工場を押しつぶす。耳に優しくない轟音を立て、廃工場があった場所に巨大なクレーターが出来上がる。
互いのエネルギーをぶつけあうことで出来る対攻城技。真白猩平が放つ逆バージョンも可能だが、今回はストレス発散も兼ねて白西大我に譲った。
というより大体この技は、白西大我が放つことが多い。場面が限定される、一種の魅せ場でもあるのでやらせないと拗ねるからである。真白猩平の苦労具合が見え隠れする。
「うっし、ふっとんだ残党は『スタークス』に任せて俺らも行こや」
「あぁ。ヌキチがいるから心配することないけど、念には念をいれよう」
巨大クレータに着地した二人は、息もつかぬうちに駆け出す。
真白猩平は駆けながら、(難儀だな)と呟いた。
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