第19話 ダンジョン攻略その3~Dチーム、序盤~

[Dチーム 廃工場跡]


 高さ10m、幅150m、奥行き100m程度と大規模な廃工場前に、男女9人が顔を見合わせている。

 地面は雑草が生い茂っているが、朽ち果てた車の残骸が点在しており、だだっ広い駐車場だった痕跡を残している。200年前は稼働率の高い工場だったことが伺える。


 工場を見上げる9人は知る由も無いが、元は大手メーカーが1000人規模で運用している工場であった。もちろん感染対策を行っていたし、コロナ禍当初は平時と変わらない稼働率であった。


 この感染対策とは、手洗いうがいや日々の検温、マスク着用、集団での会話は控えるといった、言ってしまえば個人の工夫である。最初はそんな工夫でもどうにかなったが、コロナウィスルは工夫を乗り越えた。

 世代を重ねるごとに感染力を高める進化を遂げる。対して人類側はこのような大手企業であっても、工夫の域を超える対策を行うことをせず、漫然と日々の業務にこなす日々を送ってしまった。


 それが一概に悪いとは言えない。感染力に対する即時効果を持つ策なんて、とどのつまり稼働率の低下にしかならない。ただ経済活動を止めることは、企業が死ぬことを意味する。

 一言でいえばコロナウィルスが人類に勝利したというだけの話である。が、もしこういった大手企業が、致命傷ではあるが死なないレベルを覚悟して、稼働率を下げる動きをとっていれば違った未来があったのかもしれない。


 

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 一同が廃工場を見て何かを感じていたのか、集合後しばし沈黙があった。

 そして変に沈黙が続いたせいか、会話が始まらない。皆、誰かの一言待っている。


 集合して5分は経過してだろうか、観念したように真白猩平(マシラショウヘイ)が口を開いた。


「鏑木さん、中の様子を探って下さい」

「もうやったよ。正面左側の方にでかい滞留が見えるぞ。奥の方だな」


 真白猩平に呼ばれた少女、鏑木心葉(カブラギココノハ)はぶっきらぼうに応える。身長150cm程度で、小柄な体形なのにぶかぶかのパーカーを着ており、その顔面には半分を覆うほどのゴーグルが装着されている。

 物質因子(マテリアル)能力で、流量計の機能をもったゴーグルを造り、最大1km範囲の空気や液体の流れを映し出す。

 空気の流れで可視化することで、壁の向こう側もどのような造りになっているかを探ることが出来るのである。


「2階建ての造りで、多分1階が生産設備とか置いてある現場、2階が事務所とか会議室だろうな。滞留しているところはでかいスペースだ」


「食堂か何かでしょうかね」


「そこまでは分かるかよ。あと蟲は工場内でうろちょろしてるし、そこかしこで糸が張られているから気を付けや。これであーしの仕事は終わりだろ?」


「えぇ十分です。あとは私たちにお任せください」


「あいよー。んじゃそこらへんで寝てるから終わったら起こしてくれ」


 のんきにあくびをして、鏑木心葉は本当に横になって寝ようとする。


「おいおい、蟲が工場内に集中しているとはいえ流石に物騒やろ。一緒に来いよ」


「やだよ。付いていくのもめんどーだし、あんたら脳筋の戦いに巻き込まれたくし。あーしが襲われないようさっさと終わらせてくれ」


 白西大我が珍しく正論で諭すも、どこ吹く風で寝始める。


「おま、人が心配してんのによぉ!」


「まぁまぁ。心葉さんの能力『千間之明(クリアクリーン)』は、自動で蟲特有の流れを検知して知らせてくれますから」


「コヤツの逃走能力はSランクだから心配無用」


 憤る白西大我を鏑木心葉と同じ組織の丹葉融太郎(タンバユウタロウ)と大征堂直伐(ダイセイドウナオキ)がなだめる。


 丹葉融太郎は鏑木心葉同様小柄な体形で、全身を覆うつなぎを着ている。手には分厚い耐熱性の手袋をしており、頭には溶接に使う顔面を覆うマスクがついている。

 大征堂直伐は対照的に180cmを超える高身長で、ファーのついたベスト型のコートを羽織っている。身長と同じサイズの両刃ノコギリを担いで、何てことない顔で笑っている。


「まぁえーけど。よし、んじゃさっさと行こや」


「待てよ脳筋。そんなんだから脳筋って言われんだよ脳筋。分かったか脳筋」


 脳筋を連呼するのは『スタークス』の咬剛雅狼(コウゴウガロウ)。身長175cmの中肉中背で、白髪と八重歯が特徴的な風貌をしている。手足や首元の至る所にトゲトゲのアクセサリーをつけており、一言でいえばビジュアル系な服装をしている。

 

「脳筋脳筋うるさいよっしょ。あんたも脳筋っしょ」


 横で突っ込みをいれるのは、咬剛雅狼のパートナーでもある大居賀美(オオイカミ)。身長160cmで、女性特有の上半身から下半身にかけてメリハリのきいた体形をしており、上崎悠太がいたら凝視するのは間違いない。

 本人は体形を気にすることないのだが、タンクトップにオーバーオールといったマニア受けしそうな服装をしているので、道行く人に心のイイネをもらうこともしばしば。


「そうですよぉ。貴方がそんなんだから、私達まで脳筋って括りにされるんですよぉ」


 少し離れて、嫌味を飛ばすのは同じ組織の吉津朱音(キヅアカネ)。こちらも大居賀美と同じような身長だが、凹凸具合は比べるまでもない。だがその表情は艶めかしい。丁寧に塗られたアイシャドウを見せつけるように、やや目蓋を閉じて流し目で喋る様は妖艶そのものである。


「まるで脳筋じゃない人が言うセリフだな」


 そんな吉津朱音の旦那である吉津九乃助(キヅクノスケ)が、小声でぼやく。身長199cm、体重99キロと『アカイ流』の面々を超える体躯で(ただし体組織はほぼ筋肉)、腰まで伸びている金髪が特徴的だ。


「私の素敵な旦那様ぁ、何かいいましてぇ?」

「いえ、なにも言ってません!僕の奥様は最高です!」

「そう、よかったわぁ」


 旦那の肩に担がれている奥様が耳元で囁く。旦那は軍隊形式を思わせる直立不動で応じる。周囲は憐憫な、いや温かい眼差しでそんな二人を見守っている。つまり誰がどこからどう見ても、羨ましくなる仲睦まじい夫婦である。



「コントは終わりましたか?そろそろ作戦会議しますよ」

「作戦て言うても、突っ込んで終わりやろ」

「……」

「天丼はやめるっしょ」


 一同が白西大我の一言で真顔になる中、大居賀美が思わず突っ込む。


「は、話さえぎってごめんっしょ。資料にはなんて書いてあるっけ?」


「えーと、廃工場内の卵は軒並み羽化直前だから、素材価値も低いし回収部隊は配置しない。女王だけは確実に仕留めて証拠を持ち帰ること。後はよしなに、とのことですね」


「それだけ?」


「あ、あと終わったら他のチームに応援に行け、と。あぁ他のチームの地図も入っていますね」


「ざっつ!めっちゃ雑な指示だな、ほんと雑。雑すぎるわ、雑!」


「だからうるさいっしょ。それに産卵区域はおおよそ分かってるから、蟲倒しながらウチらの鼻で修正入れてけばいいっしょ」


「周囲の糸は私が焼くから安心なさぁい。旦那様、御髪を少々頂くわよぉ」


「ハ、ハゲない程度でお願いしますね、奥様」


「壁とか障害になるものは、僕らで溶かすか斬るかするんで一直線で進めますよ」


「素手ゴロじゃ、衝撃で工場崩れる可能性あるしな」


「女王を獲ったら、そのまま外壁壊して散開してや。俺と猩平でデカいの一撃いれるわ」


「となると適度に蟲を潰しながら、先頭に『スタークス』で道案内兼トラップ潰し、真ん中に『ホットソニック』で直線経路確保、殿に『デイム』で工場破壊って感じですかね」


「なぁ、これつまり突っ込んで終わりってことじゃないん?」


「……」


 またしても白西大我の一言で静寂が訪れる。


 人員配置した『拳王道』は流石まとめ役というか、それぞれ組織の特色と人柄を充分に把握していた。

 資源価値が高い卵の回収するチームには、頭脳役とサポート役をきちんと配置している。そうでもない、ただ脅威を取り除くだけのチームには、それ相応の人員を配置していた。

 

 そもそも皆揃って事前に資料を読んでいないのである。

 誰かが指揮を執ってくれると思っていた。正確には誰かに押し付けようとしていた。会話を進めた真白猩平も例外ではない。誰もやろうとしないので、仕方なく口火を切っただけである。

 その心は、どうせ作戦を立てたところで自分勝手に動いた方が早い、である。


 とはいえ久しぶりの収穫祭であるから、白西大我以外、普段とは違うダンジョン攻略っぽいことを期待していた。『拳王道』から何かしら作戦があるのではないか、と。


 Dチームは個々の戦闘力がA~Sランクで構成された、超火力超個人主義の集まりである。『拳王道』はまとめ役として、そんなチームに無駄なリソースを割かない。


 案の定な結論で纏まったので、誰も文句が言えない。

 


「大我、事実を口に出すば良いというわけではありません。そ、それに、き、きちんと作戦は、今、たた立てました」

「旦那みたいな喋り方になってるやん。それにその作戦が突っ込んで終わハギャァァア!!」


 真白猩平が額に汗を浮かべ振り絞るようにフォローした言葉を、白西大我が無慈悲に被せる。だが最後まで言わせまいと、真白猩平は瞬時にパートナーの顎関節を外して元に戻す。


「何すんねんお前!!」


「今には大我がわるいっしょ」

「脳筋大我が悪い。脳筋だから」

「白西さんが悪いですね」

「白西が悪いな」

「大我が悪いわぁ。ねぇ?」

「僕も大我君が悪いと思うよ」

「むにゃ、大我の童貞。ぐぅ」


「おい、最後!関係ないやろ!童貞ちゃうわ!てかお前寝てんのちゃうんか!?」


「寝ていても罵倒せずにいられないくらい、酷かったんですよ」


「う……わ、悪かった」



 白西大我は何も間違っていなかったが、間違っていないからと言って許されるわけではない。

 周囲から罵倒され、ようやく自らの過ちを認識し非を認める。裏表が無く、よく言えば無邪気、悪く言えば単細胞な分そこらへんは素直であった。



「さて、気を取り直していきましょうか。皆さん準備は宜しいですね。此れより10秒後に突入しましょうか」


 真白猩平の一言に空気が変わる。脳筋の集まりではあるが、その分オンオフの切り替えは早い。全身から生命エネルギーが迸り、思考を一点に集約する。



 『我、蟲、殲滅』

 


 きっかり10秒後に突入し、15分後には轟音と共に工場が壊滅した。


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