第18話 ダンジョン攻略その2~Bチーム、一階攻略~
[Bチーム 旧小学校跡]
「2体抜けてきた!!一旦俺らで受ける!!久原は右から回り込んで上に打ち上げろ!上がったら花音がとどめを!!」
「「了解です!」」
砲撃音に交じって『アカイ流』ケイの怒号が飛び交う。目の前には、体長2m以上ある巨大な蜘蛛蟲が突進してくる姿が見える。
蟲の肉体はその大きさに似合わず軽量であることが多いので、単純な体当たりならそこまで脅威ではない。問題は装甲性と機動性とである。金属と同等の硬さを身に纏い、6本脚で突進してくる速度は風を切る。その威力はまさしく巨大戦艦の砲弾クラスと言えるだろう。
即死級ともいえる一撃を前列の3人は、その身よりも大きな盾をもって真正面から受け止める。突進の衝撃エネルギーは、衝撃吸収材である全身で半分に分散し、残りは筋肉と関節を使って足裏へ逃がしゼロにする。
久原は完全に勢いが殺され固まった蜘蛛蟲の腹下に潜り込み、真下から真上へ巨体を蹴り上げる。天井近くまで打ち上げられた蟲は、花音が既に発射していた120口径砲弾の餌食となり生命活動を終えた。
花音は物質因子(マテリアル)で大口径の直射砲を作り出す。弾速は遅く速射性も低いが、一撃の火力は『十砲見聞六』の中でもトップクラスになる。その為このように『砲弾を置いてくる』運用が最適解と言える。
「花音ちゃん、トドメありがとー!何か私たち良い感じに連携出来てるねー」
「バカなこと言うな。僕の着弾予測が優れていただけだ!」
「俺の指示が良かっただけだよ。ていうかお前ら、イチャつくなら後でしろ」
「はーい、後でいっぱいイチャイチャしまーす」
「な、何を言ってるんだ!イチャついてなんかないし後からもしない!」
蟲の死骸をバックに戯れる2人をケイが窘める。ケイも久原も当然冗談である。ある種リラックス効果を狙った掛け合いではあったが、花音には通じなかった。
攻略序盤の内に、とりわけ暴走しそうな花音の肩の力を抜いておきたいのだが難しいようだ。前衛組の指示担当、つまり責任者であるケイは軽い溜息が漏れる。
こういった戦力を分散した狩猟(ハント)でヌキチがいない場合、指示はケイが担当することが多い。
通常盾役が、眼前で蟲の攻撃をいなしながら指示を飛ばすことはほとんどない。全体把握が出来ないし指示を飛ばす余裕もない。
今回の布陣だと火力役の榴や迫が砲撃メインで余裕もあり、普通に考えれば尚更盾役のケイが行う必要が無い。
ではなぜ行っているのか。答えは単純で『アカイ流』が揃った状態では、ケイの方が作戦完遂率が高いからである。
『アカイ流』は、動物因子(アニマル)であるブタの性能を二つに絞って鍛えている。
一つは膨大な水分量。巨漢とも言えるその身体の体積は、脂肪ではなく血液が占めている。それが衝撃吸収材となり、即死級のエネルギーも分散することが可能となる。
もう一つは嗅覚の特化。トリュフの探知にブタを用いるという逸話がある通り、匂いの察知能力が極めて優秀である。その性能を鍛えると同時に、におい分子の分析も行うことで、嗅覚のみで周囲の状況を三次元的に把握することが可能となる。『アカイ流』はその特性を生かして連携を行っている。
加えてケイは『アカイ流』の中でも、思考の切り替えが早い。最前線で一番新鮮な情報を仕入れながら、状況に応じて細かな対応を行うことで、完遂率を大幅に上げているのだった。
「ケイよ!粗方打ち込んだがまだ続けるんか!!」
「このまま弾幕は継続で!時期に次の指示来ます!!」
榴は散弾系の砲撃を得意としており、5m程度の扇形範囲を砲弾で埋めつくす。迫は曲射砲がメインで速射性があり、榴の穴を埋める役割を担う。
『アカイ流』3人の後ろに、榴と迫が絶えまなく打ち続けている。射線上に3人がいる為、普通に撃てば後ろから撃たれる形になるがそうはならない。
榴と迫の砲身が宙に浮いており、盾役3人の頭の上から砲撃が降り注ぐ形になる。これは単純に物質化した一部を切り離しているのだが、相当の熟練度が必要であり物質因子能力者の中でも数が少ない。
そうこうしていると、ケイの肩に一羽の鳥が止まる。
「ツギ ノ キョウシツ ジュウゴタイ ウシロタイキ ケイゾク」
鳥は伝言を再生すると、1枚の紙に戻ってはらりと落ちる。
突き当りの教室に15体も残っている。これは蟲に思考力があるとケイは考える。
15体の戦力を開幕からの物量戦に参加させず、伏兵として用いているわけだ。ケイは厄介な相手だと思う反面、少し気分が高揚してきた。
収穫祭はヌルゲーが定番だが、それではここまで戦力を整えた意味がない。まぁ戦力を整えたからこそのヌルゲーではあるんだが。
何にせよ一方的に叩いて終わりと思っていたところ、多少のやりごたえを感じれることは良いことだ。思う存分に楽しませてもらおうとケイは意気込む。
「前方の教室に15体!榴さん、迫さん、俺で手前側の扉から弾幕を張る!残りは後ろ側の扉に回って、出てくる蟲を叩け!」
迫の砲弾で手前側の扉が吹っ飛ばされ、教室全体が明らかになる。案の定後ろ側の扉に蟲が集中している。
手前側から全員突入していたら、何体か後ろ側から回って挟撃されていただろう。ケイはヌキチの伝言の意図を読み、適切な配置を行った。
後ろ側では犬ヲとユウが盾となり、久原と花音がモグラたたきの要領で蟲の鼻先を叩いている。花音が意気揚々と突っ込んでいくかと思ったが、盾の側から離れず忠実に仕事をしている。
これなら特に危うげなく1階最後の教室もせん滅出来るだろう。多少知恵があろうと所詮蟲か。策を練ったところでこの程度。そもそも情報が筒抜けになっている時点で苦戦することも無いかと、ケイは安易に結論づけた。
故に気づかない。作戦は成功するよりも失敗する方が、得られる情報が多いことを。つまり、知恵あるものに情報を与えていることを―――
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戦闘が始まって、前方からひたすら砲撃音が鳴り響いている。土煙が酷くて前衛組が戦っている様子は見えないが、砲撃音が途切れる事が無いことから攻略は順調みたいだ。
後衛組は安全な廊下と悠々と歩く。戦闘が終了した廊下である。道中至る所に散乱している蜘蛛蟲の死骸を横目に。
元は全長2m前後と聞いているが、砲撃によって原型を留めていない。バッラバラ、もうバッラバラですよ。断面とかさ、接合部とかのヌチャっとした部分が見えてるんですよ。1体2体ならまだ大丈夫だけど、床一面そういったのが散乱してはるんですわ。
そのままのサイズでそこかしこに転がっているのも大概だが、これはこれでキツい。人と大して変わらない蟲の内臓なんて好んで見たくもないよ!
頭部、腹部、脚部を無理やり千切って置いた現代アート、いや未来アートか?、と思って視点をぼやかして乗り切ろう。
「1階から2階の階段は敵影ゼロやよ」
「2階からは無数の足音が聞こえます」
「なるほどなるほど、やはり相応の知能がありそうですね。さて、どうしてくれましょうか」
「よし!こっちに向かってくる蟲の匂いは無い!あいつらちゃんとやってる!あとで誉めてやろう!!」
「教室内に取りこぼしもないっすね」
「窓から見える視界に敵影無し。警戒を続ける」
先ほどヌキチさんが1階最後の指示を出して、村上さんが届けていた。村上さんの『燕之王子様(トリワタシ)』は、数秒で1枚の紙を鳥に変える。鳥は数種類可能とのことだが、専ら能力名通り燕だ。
変換因子と言えど何でも変換できるわけではなく、変換対象の理解度が深くないと出来無い。村上さんは子供の頃から『ツバメの王子様』の絵本が好きで、自分もこんな風に人に幸せを届けて笑顔にしたいと思って能力を鍛えたらしい。
あんな自己犠牲の究極の物語を実現するとか、もはや天使と言っても過言ではないのでは?飯マズな天使。需要はある……かなぁ。
しかし何ていうか、暇だ。くだらない思考が止まらないことからして暇すぎる。ヌキチさん以下策敵組は情報収集と精査で忙しい。盾役、火力組も警戒を怠っていない。俺一人やることがない。
狩猟では毎度のことだが、あの中二病に見られたら言い訳できないなこれ。あの憎たらしい面で「ほらやっぱり出番が無かったプゲラ」とか言われたら思わず男女平等パンチが炸裂しかねない。
とは言っても、特別五感が優れているわけでもないし、蜘蛛蟲の死骸確認なんて出来やしないので警戒は無理。ここは策敵組に交じって、会話することで仕事している振りでもしとくか。
ヘタレが煮詰まった論理的思考とか思わない。全然、思わない。
「蟲にも知能があるんですか?」
「えぇ、もちろん。元々進化前の虫も、生存戦略に関しては知能を有していたでしょう。人類より劣っている点は、意思疎通と思考の多様性でしょうね」
「虫には言葉が無く、単純な行動原理しかなかった?」
「その通りです。ですが、人類が進化したように虫だって進化していますからね。それは体躯だけでないと私は考えます」
「そうは言っても蟲が喋ってんのとか見たことないっすよ」
リッヒさんが当然のように疑問を挟む。確かに蟲が人語喋っているのは見たことがない。ていうか蟲が喋ること出来たら、狩猟の光景って相当ストレス高くない?
断末魔とか聞こえるわけじゃん?死ねーとか死にたくないーとか呪われろーとか言われるわけじゃん。精神病むよそんなの。
「私も見たことないですが、意思疎通は人語だけではないでしょう。例えばテレパシーとかね」
「テレパシー!?そんなん蟲はもってるんスか!?」
「あくまで可能性です。憶測ですし、証明できない以上あるともないとも言えませんよ。ただ……」
「ただ?」
「いえ。憶測に憶測を重ねたようなことを話すのはやめましょうか」
「なんだよめっちゃ気になるじゃーん!そこまで言ったんなら言えよなっ!!」
「お黙りなさい。前に集中してください。それより前衛です。土煙でよく見えませんがどうなっていますか?」
「ちょい待っち。目を配置するんよ」
うーん、ヌキチさんの憶測はあながち間違いでは無いのでは?普段の狩猟を思い出しても、そういった節は見受けられる。陣形を組んでいたり、穴を埋めるような連携が取れていると感じる時はあった。テレパシーとは言わずとも、蟲特有の意思疎通方法はあるのかもしれない。
「前衛は残り1体っていったところやよ。と思ったら今久原っちがその1体の胴体ぶち抜いて終わったね」
「それは重畳。一旦合流しましょうか。階段上がった先が面倒そうなので認識合わせておきましょう。警戒は怠らず、階段付近の目と耳は多めに配置してください」
「お任せあれなんよ」
まぁ、現状で議論すべき問題では無いか。仮にテレパシーで連携が取れていたところで、この布陣を抜くとは考えられない。
それよりもこの場に置いては、この体たらくをどうにかすべきか、そっちの方が重要だ。もうちょっと役に立つことをアピールしないと、折角女の子比率が増えているのにフラグが立たない。由々しき問題である。
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