第16話 イベント前の過去語りが一番のフラグ


 久原加奈はありふれた家庭で生まれ育った女の子だった。


 両親は狩り屋で生計を立てていた為、日中は同居していた祖母に面倒を見てもらって育ってきた。

 この世界は共働きが必須である。町の維持には、気力体力が充実している世代を労働力にあてがう必要がある。


 能力の衰えもあって、大半が50代後半から60代で一線を退き次世代の手助けをする。後進の育成であったり、子育て支援であったり。



 そんな世界で生まれた子供たちにとって、日中祖父母の世話になることは至極当然の日常であった。


「おばあちゃんも現役時代は狩り屋だったんだー。今よりも仕組みも町も整っていなかったから、相当苦労したってよく愚痴ってたなー」


 伏し目がちに少し苦笑いを浮かべて語る。過去の想い出に整理はつけているが、どことなく寂寥感はぬぐえない。


「ちょっと愚痴っぽいけど躾には厳しくてさー。小さい頃から家事やら料理やらも仕込まれたんだよ。おかげでこうして役に立ってるから感謝してるけどねー」


 彼女の祖母は、狩り屋がどんな職業か身をもって理解していた。故に最悪の想定をして孫に生活能力を仕込んでいた。もちろんそんな想定は取り越し苦労であることを願っていたが、皮肉にも想定通りになってしまった。



「パパとママは逆に優しかったかなー。休みの日とかいっぱい遊んでくれたし、普段会えない分余計にって感じだったんかな」



 両親は揃ってランクAで狩り屋の中でも上位に入り、ほぼ毎日狩猟ハントに出ていた。


 父親は娘と同じウサギの動物因子アニマル、母親はカルシウムを防御壁などシールドに変える変換因子コンバートで、夫婦で攻守のバランスが取れており他の組織のヘルプに入ることも多かった。

 おかげで生活そのものは安定していたが、ブラック企業顔負けの激務をこなしていたので、夫婦にとってたまの休みは子供と触れ合える貴重な時間でもあった。

 


「いっぱい抱っこしてもらったなー。厳しかったおばあちゃんも、パパとママと遊んでいるときは優しく微笑んでくれたんだよ。おばあちゃんもパパもママ大好きだったんだー」



 そんな幸せな日々が流れる中、久原加奈が学術院アカデミーに入学する6歳の頃、町全体でとある事業が持ち上がった。人口増加に伴って、隣接地域に生存拠点を拡大するといったものだった。


 元々間引きは行っていた為防壁を整え立ち上がる寸前まできていたが、攻略していないダンジョンが1つあった。


 ―廃ホテルに根城にした巨大蜂の巣窟―

 

 事前の情報分析ではAランクの女王蜂とC~Bランクの兵隊蜂と推測。総合難易度はAランクと判断され、通常の狩猟より若干難易度が高いといったレベルだった。

 とはいえここにきて慢心するようなら開拓など出来ない。攻略班はA~Sランクで構成され、火力や装甲に戦力を配置し、万全の体制で挑んだ。



 ―そして単純に蟲側の迎撃態勢が、人側の攻略体制を上回っただけの話だった―



 序盤こそ順調に攻略していったが、中盤より想定を上回る蟲の強さに負傷者、脱落者が続出。最深部にたどり着いたのは、最前線で陣頭指揮を執っていた黒井沢とパートナー、そして久原夫妻の4人。

 


 黒井沢は元々『拳王道』に所属していたが、この攻略をきっかけに『デイム』を立ち上げ、総責任者となっていた。久原夫妻もこの攻略後に就職する予定でもあった。

 


 最深部には、黒井沢の判断の下4人で突入。予想よりも兵隊蜂は強かったが、ランクが高い女王蜂が複数いることは性質上無い。また多少想定より強かろうと、黒井沢はこの時既にランクSの戦闘力を持っていた。他3人もランクAであることから戦力的には十分と判断してしまった。

 


 ―当時の策敵能力は低く、質も量も情報処理する精度が足りていなかった―



「最深部には女王蜂以外に護衛蜂って言う兵隊蜂よりレベルが高い蜂が複数いたんだってー。で、倒すことは出来たけど黒井沢さん以外死んじゃったんだ」



 両親を亡くした子供は、事も無げに言う。


 亡骸は黒井沢が持ち帰ったが損傷は酷く、幼かったということもあって見る事が無いよう配慮された。

 朝いってらっしゃいと見送った両親が、夜には黒い箱に入ってて、お別れを告げる儀式を無理やりやらされる。そして大好きな両親に二度と会えないという事実を告げられる。幼き少女には、両親の死を理解することは到底できなかった。



 10年以上経った今ではもちろん理解はしているが、実感が出来ていない。納得が出来ていない。本当に両親は死んだのか?実は生きているのではないか?また会えるのではないか?希望という名の呪いがどうしたって消えない。故に彼女の中での両親の死は曖昧なままで現実を帯びていない。



「おばあちゃんがすっごく怒ってさー。引き返して戦力整えていけば誰も死ぬこと無かっただろう!って」



 実際判断が分かれるところではあった。もちろん出直すことも一案としてあったが、戦力の再編成に問題があった。

 

 攻略班に編成されたのはランク上位の狩り屋中心で、予備隊は一段二段と実力が劣る。連れて行っただけで蟲の餌になることが明白だった。

 


 では負傷しているランク上位者の回復を待つか?それは蟲側にも時間を与えることになる。なんせランク上位者が脱落するレベルの負傷だ。少なくとも一晩や二晩で治るものではない。1~2週間、下手したら1カ月以上も考えられる。


 そんなに時間をかけて、もし蟲が今以上の防衛力を整えたらどうする?更にこれで撤退しては、町中の実力者を集めて攻略できない難易度となる。果たして再度戦ってくれる人が集まるのか?


 最悪なのは、蟲は撃退準備を整え堅牢になり、人側は戦力が低下すること。

 

 ならば攻略できるまで戦力を育てるか?一番現実的ではなかった。そもそも現状の町のリソースでは次世代が育たず頭打ちだとして、生存圏拡大の為に戦っていたのだ。



「黒井沢さんはちゃんと天秤にかけて、進むことを選んだんだと思う。実際この10年で飛躍的に発展できたし、少なくとも突入前は勝算あったもん。私も突入したのは間違ってないと思ってる」


「もちろんおばあちゃんも分かっていたと思う。でも孫の親であり、自分の愛娘を奪った黒井沢さんに対して、感情が追い付かなかったんだろうねー」


「稼ぎ手もいないってことでおばあちゃんが狩り屋に復帰したの。蟲憎しってのかな?すんごい勢いで狩ってたんだけど、無茶がたたって1年後に身体壊して、ね」



 こうして少女は7歳で天涯孤独の身となった。こんな世界なので孤児自体珍しいことではないし孤児院もあるが、時期が悪く1年前の戦いと新天地の居住区設立で命を落とすものもいて孤児院に余裕がなかった。



「どうしようっとなった時に黒井沢さんが引き取ってくれたのー」



 黒井川は罪滅ぼしとして申し出を行った。当然恨まれてると思っていたし、学術院を卒業するまでの足掛かりとして利用してくれという気持ちだった。



「さっきも言ったけど両親が死んじゃったのは仕方ないと思ってるし、感謝こそすれ恨んだりはなかったからさー。ぶっちゃけ10年も一緒に住んでるし面倒も見てくれたから、父親みたいに思ってるし。だから卒業してもこの人の役に立ちたいっと思ってデイムで働くことにしたんだけどー」



 黒井川としては複雑であった。いくら久原が気にしていないと言っても、両親を奪ったのは自分だという思いが消えない。慕ってくれてのは嬉しいし娘と思う感情も有るが、罪悪感が常に付きまとう。



「考えすぎだと思うんだけどねー。でも黒井川さんが罪悪感感じるのも仕方ないかなと思う。だからあんまり踏み込んでも悪いかなーなんてね。長くなったけどそんな関係かなー」




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 気軽に聞いたら、すっごく重い話を聞かされたでござる。


 二人の関係がそんな重たい成分で構成されているとか誰が分かるよ。客観的に見たら成るようにしてなったという感じではあるが、当事者二人からしたら複雑ってもんじゃないだろコレ。


 久原はそうは言っても家族を喪った原因に何も思わないはずはないし、

 それでも感謝はあって恩も返したいと思ってて、

 それが分かるからこそ黒井川さんも久原の気持ちは無下にもできず、

 かといって自分のせいで両親を奪った罪悪感は消えずで

 傍にいるだけで責められている気もするやつで……



 この職場重すぎない?こんな背景を知って明日から普通に働けるか?他の人は何も思わんの?そう、他の人だよ!



 久原は話し終えてすっきりしたとは程遠い顔で窓の外を眺めている。もし両親が生きていたらというIFか、黒井沢さんとの今後の付き合い方でも考えているのか。



「なんというか、うん、どんな関係かはよっっっく理解できた。辛い過去を話させてごめん」


「別にいいよー。いつかは話そうと思ってたからさー」


「ちなみに村上さんとか他の人は知ってるの?」


「隠すようなことじゃないから関係性は把握してると思うよー。私から言ったことないけど」



 規模が大きい話だから知らないことも無いか。知ってて触れないようにしてるんか大人か!いや、俺だってある程度把握してたら聞かんよこんなこと。誰だって触れちゃいけない部分ってあるしさ!むしろ教えてあげるって言われても遠慮するわ。



「ん?さっきいつか話そうと思ってたって言ってたけどなんで?」


「だってパートナーじゃん。パートナーには隠し事無しでしょー?」



 パートナーって重いな。その理屈だと、過去からの転移ってのもいつかは話すことになるのか……あれこれフラグ建ってない?



「まっ、難しいかもだけど気にしないでー。折り合いはついてるからさ。てかぼちぼち朝だね」



 気が付けば夜が明けようとしていた。いやはや、一大イベント前に何とも心に重たいものを抱えたもんだ。こんなん気にするわアホー。誰だよ聞き出したの。俺だよ知ってるよ!



「気にしないってのは難しいな。久原のおっぱいを揉めバフェッ!!」

「これで記憶トんだんじゃない?」

「ごハぁぁぁぁぁ」



 見事頭頂部に踵落としがヒットする。衝撃で記憶トぶとかオカルトだからな!記憶の前に頭が飛ぶわ!

 頭を抱えてうずくまり、腹の底からうめき声が漏れる。久原はそんな俺をじっと見下ろしてふっと笑う。



「ふふ、下手くそな気遣いありがとー」

「何のことか分からんがおっぱい揉みたいのはホントだ」

「頭吹っ飛んでも治癒って可能だっけ?」

「落ち着こう。人は話し合える種族だ」



 さっきまでの憂い顔は多少は無くなって楽しそうに笑っている。単純なヤツだ。いやこれは流石俺ということか。気遣いも忘れない出来た男。



「またくだらないこと考えてそー。収穫祭ではちゃんとやってよ?そんな大怪我とかないと思うけどさー」

「だからそれフラグ。ほんとやめなさい」




 この会社の人はフラグを建てるのが趣味なのか?いや、フラグ通りの方がある意味願ったり叶ったりな状況ではあるんだけどさ。

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