第15話 パラパラ炒飯が美味しくてつい
~初日~
「へ、変換速度とちち治療範囲を伸ばして行く為にも、さ、3箇所同時に治しましょう」
「でででは最後に複雑骨折を治して、お、終わりましょうか」
~2日目~
「きょ、今日は出血多めでいい行きましょうか。けけ血液も変換対象としてい、意識してください」
「ちゃ、ちゃんと骨も折るので、どど同時に治してくださいね」
「へ、変換速度が遅くて出血量が多い。ち、血を無駄にしてはいいいけませんよ。あ、後で床掃除するのも、た、大変でしょう」
~3日目~
「きょきょ今日は、な、内臓関係を一通りやってみましょう」
「だ、大丈夫ですよ。まま万が一があってもい、生きてはいける程度の、ち、致命傷にとどめますので」
「いい嫌なら、ぜ、全力で治すことです」
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「は、はい。お、お疲れ様でした」
「ハァハァハァ、これで……終わりですか?」
「えぇ、へ、変換速度や治癒範囲、ちち治療対象全て及第点です」
「はぁぁー。それは何よりです」
「あ、あれ?まだよよ余裕ありそうですね。もももっと修行しますか?」
「ふぅ……殺すぞ」
修行というか内容が酷過ぎてもはや拷問だったと思う。ところどころ記憶飛んでるし。確信しているのはこいつが人の皮を被った鬼畜ということだけだ。いやもう喜々として人の体を切り刻むサイコパスに違いない。
あぁ、父さん母さん、僕は今サイコパスな社長の元で働いています。社会ってこんなに大変だったんですね。えっ?これは特殊事例?そんなー
「ハハハ。ま、まぁそう言わずに。こここれでも可愛い部下を、いい痛めつける行為に、む、胸を痛めているんですよ」
「痛えのはこっちだよクソが」
本音が漏れる。が、それがどうした。現在進行形でケツ穴をアロンアルファで塞ぎたい人間No.1を前にして取り繕うとか出来た人間では無いのです。
「あ、当たり前ですが、す、荒んでいますね。でででも、こ、これで収穫祭でもじゅじゅ十分に活躍できるでしょう」
部下の狼藉を笑って受け流す度量はあるみたいだ。手のひらの上で転がされる感が半端ないが、実際治療の腕が上がったのは事実だし。
修行前は擦り傷を治すのに手間取っていたレベルが、今や骨折程度なら10分程度で治せる。だからといって感謝なんかしねぇけどな!この拷問で通算3桁は骨折られたわ!!
「た、ただ気を付けてください。たた体内から離れすぎた血液は、た、変換対象外になっていました。お、恐らくけけ欠損等の重症は、ち、治癒出来ないと思ってください」
へい社長、急に真面目モードに切り替えるのやめてくれませんか?感情が追いつかないんですよ。
まぁ確かに過酷な拷問といえど、流石に腕や脚を千切れられて治せという内容はなかった。散々痛めつけられたがエネルギー切れというのもなく、適度な休憩と怪しいサプリみたいなので回復させてくれた。
その辺様子見て判断していたのだから、信頼出来る人ではあるんだろう。許さねえけど。
「は、収穫祭で、そそそこまで重症者が出ることは、な、ないでしょうけど」
「なんか微妙に死亡フラグ立ってませんかそれ」
「ハハハ。そ、そうならない為にも、ゆゆ悠太君が頑張ってください。か、加奈君を頼みますよ」
「はいはい了解っす……そういや社長は留守番なんですよね。実力者が行った方がより安全なんじゃないんですか?」
腑に落ちないっちゃ落ちない点だ。多分大多数が収穫祭に向かう為、町の防衛として少数精鋭を残しているんだろう。ほとんどの組織の社長、つまりトップ戦力は留守番組らしい。(『アカイ流』は例外みたいだが)
ただ普通に考えれば、防衛と狩猟面子を逆にした方がよっぽど安全だし、手っ取り早いような気がする。
「は、早い話経験値稼ぎですよ。わ、我々の目的は、ぼぼ防衛ではなく生存圏拡大ですから」
「あー、つまり若手にダンジョン攻略の経験値を稼がせて、今後も積極的にダンジョン攻略を進めるってことですか?」
「そそその通りです。ひ、人の手が入っていない土地は、そ、そこかしこで、むむ蟲の巣となっている建物がありますからね」
町周辺はそれなりに開拓が進んでいるとのことだが、それ以外となると蟲の巣窟となっているらしい。更に開拓して行く為には、ダンジョン攻略の経験値は若手に必要ってことか。
「ひとまず納得しました。あー、あと気になる点が一つ」
「な、なんでしょう?」
「やっぱり社長にとって久原は特別なんですか?」
「そ、それはまた……ここ答えにくい質問をしますね」
珍しく言い淀む黒井沢さんを見て、何となく勝った気分になる。普段の関係性もそうだし、さっきの久原を気遣う発言も、村上さんも同じチームなのになと引っかかる。
「と、特別なのは、まま間違いないです」
「理由を伺っても?」
「か、隠すわけではないんですが、そ、そうですね……わわ私の口から語るのは、や、やめておきます。ほほ本人に聞いてください」
何となくそんな回答になるだろうと思ったがやはりか。食い下がって聞き出してもいいんだが、長くなりそうである。今の俺にそんな余裕はない。
「りょーかいっす。んじゃ明日に備えて休みますわ。特に精神を休ませないとまずいんで」
「だ、大事なことです。しししっかり休んでください」
当然と言った面持ちで同意する社長。無性に殴りたくなる衝動を抑えて部屋を後にする。実際この3日間睡眠時間を削って拷問を受けていたので、心身共に疲れのピークを迎えていた。まだ夕方で狩猟組は戻ってなかったが、お先に休ませてもらう。
布団に入った瞬間一気に睡魔が襲ってきたが、かろうじて『あの鬼畜に不幸が訪れますように』と願うことは出来た。
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-手を握る
-想いを込める
-血が逆巻く
-本能が拒絶
-理性が全否定
-欲望が少し寂しそうに
-系譜が大激怒
-何が自分の意思なのか分からない
-どうでもいい
-本能でも理性でも欲望でも系譜でもない
-矜持だ、矜持に沿って生きるのだ
-そうすれば後悔はしても、納得はできるのだから
不意に目を覚ました。なんか変な夢を見た。俺に似た誰かが気持ち悪いポエムを詠んでいたような気がする。中二病はさっさと卒業しろよと夢の中の誰かに言って起きる。
時刻は夜中の3時。9時間以上寝ていたのか。体調は元通りとは言えないが、生命エネルギーは多少回復したと思う。後は腹を満たせば問題ないだろうと思い、台所に向かう。
台所は事務所の横にある。ここで俺と久原と白西さんが寝泊まりしていることもあって、食材や調理器具は揃っている。
事務所の扉を開けると、月明かりをバックライトに体を動かしている久原がいた。
左足を軸に、右足で虚空を蹴る。右足は虚空を切った後も床に着くことなく左右上下に振り回す。その速度は目視で捉えてることは出来ず、残像でかろうじてわかるぐらいだ。
当然そんな全力で蹴れば大勢を崩すはずだが、左脚が動くことなく、蹴撃は無限に続く。左足だけでなく、正中線全ての部位が鍛えられて出来上がった体幹が為せる技だろう。
もちろん動物因子の能力があってのことだが、そんなのは関係なしに魅入られる。戦っている姿は幾度なく目にしているが生き死にかかっている状況もあって、感嘆はあっても魅了されることは無かった。
だが、こうして月明かりの淡い光を全身に纏い、汗ばんだ顔は凛とした表情で虚空を見据え、芯がぶれることなく蹴り続ける姿はただただ美しく、その姿から目が離せなかった。
「ふー、終了っと。ごめんねー、起こしちゃった?」
「……へっ?あ、ああっとあー……お、起こしちゃってもないですよ?」
「えっ、何言ってんの?寝ぼけてるー?」
急に話しかけられて訳の分からない返しをしてしまった。というか見られてるの気づいていたのか。寝ぼけてるというか見惚れてたわけで、居心地の悪い気恥ずかしさがこみ上げる。
「いや、揺れるおっぱいを見ていたことがバレたと思ってつい」
「言い訳が言い訳になっていなんですけどーきしょいんですけどー」
恥ずかしさを誤魔化す様にセクハラをしてみたが、見事に流される。
最近こそ初心な反応を見せてくれたが、最近はセクハラの耐性がついてしまったのかまともに取り合ってもくれない。これはあれだ、マクドナルドで喜んでくれた子供が成長して、『今日もマクド?』的な反応を返されるお父さんの気持ちに近い。お父さんは悲しいよ。
「くだらないこと考えてないー?どうでもいいから何しにきたのか言ってよー」
「あっはい。腹が減りまして」
「だろうねー。ちょっと待ってて。炒飯でも作ってあげるー」
「あ、ありがと。助かります」
久原はおっぱいが大きい上に料理上手でもあって、ウチの料理担当である。男連中は適当に炒めるか煮るかして大味になる男飯しか作れず、村上さんに至ってはアレンジ大好き飯マズ街道まっしぐらなのた。一度興味本位で作ってもらったが、サバのミント煮を出されてギブアップした。
「流石に夕方から何も食べずに寝続けたら、お腹も減ってこんな時間に起きちゃうよねー」
「まぁな。そういう久原はどうしたの?」
「わ、私?私はそのーえーと、精神統一というかなんというかー明日というか今日に備えてるというかー……」
「なるほど、収穫祭ハーヴェストが楽しみで眠れず、体動かして気を紛らわしていたと」
「そうだけど!そうだけど言い方!言葉濁してんだからさ!」
フライパンの前で顔を真っ赤にして怒ってる久原も可愛い。更に遠足の前にテンション上がって眠れないみたいなこと言ってるから余計に可愛い。お父さん百点をあげよう。
「もーこっち見るなって。ご飯あげないよー」
「それは困るな。久原が作った飯は毎日のご褒美でもあるから、無くなると生きる目標を失ってしまう」
「調子いいんだからー。はい、できましたー」
差し出されたお皿には、レタスと卵の炒飯がまん丸に盛り付けられている。香ばしい匂いが空腹の腹を刺激する。
「頂きます!!」
醤油とゴマ油の中華風で、ご飯はパラパラに仕上がっている。これはもうプロの腕前ですわ。美味しい上に空腹も相まって手が止まらない。
「お口にあって何より」
「はいほうれす(最高です)」
「口に入れて喋るなー」
半分くらい食べて少しお腹も落ち着いたところで、ふと疑問が出てきた。前に18歳と聞いたが、若さの割に生活能力の熟練度が高い気がする。
料理の腕前もそうだが、考え方が論理的で筋道をしっかりと立てて行動している。俺が18歳の頃なんておっぱいのことしか考えていなかったぞ。今でもだけど。
こんな世界だから200年前と比べて精神の発達は早くなるのだろうがそれにしても、だ。
「久原はさ、しっかりしてるよな」
「えっ、そ、そうかな。あんまり言われたことないから自覚ないかなー」
「いやいや18歳とは思えないレベルやと思うよ。10年以上社会経験を積んだ猛者の風格あるし」
「なんか嫌なたとえー。老けてるって言いたいのー?」
「何をおっしゃいますやら。そのおっぱいのハリを見て老けてるだなん右脛に抉られた痛みが!!!」
久原は机の下から脛を一蹴し、顔面にカエルの卵を投げつけられたようなしかめっ面をしている。
「いたたた。もう少し手加減というものを……」
「真白さん呼んで欲しいのー?」
「すいませんでした」
真白さんなら折られてたかもしれない。いくら治るとはいえ、もう体内から鈍い音は聞きたくない。
「冗談はさておき、はたから見たら十分しっかりしてるよ。そんでまぁ、それは黒井沢さんと関係あるのかなと邪推してみるわけだが」
「あー……気になっちゃった?」
「まぁ何となく気になったかな」
大したことではないのだが、普段の二人に上司と部下という雰囲気は無く、そして妙に距離が近い。恋人というより親子みたいな距離感だが、気になるっちゃ気になる。
久原は少しバツが悪そうにそっぽ向いて何やら思案している。夕方のやり取りを思い出して本題を切り出してみたが、触れたらダメなやつかもしれない。
「変なこと聞いて悪かった。やっぱ気にならんかも。忘れてくださいな」
「いやいやそう言われても、こっちも気にするよー。うーん、ちょっと長くなる話聞く?」
「へっ?いいの?無理して話してくれなくても……」
「大した話じゃないし別に大丈夫だよー。ちょっと過去を思い出すから整理してただけだしー」
そう言うと久原は少し憂いのある表情で語り始めた。そんな表情をさせてしまって何とも申し訳ない気持ちになりながら、炒飯冷めるかもとしょうもないことが頭によぎった。
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