第14話 鬼畜なおっさんとかわいそうな僕
「は、収穫祭は3日後です。ゆ、悠太君は、はは狩猟よりも、の、能力の底上げをしましょう」
そんな黒井沢さんの一言で、俺一人特訓となった。いつも狩猟終わりに1~2時間程度、同じ
が、この3日間は黒井沢さんが教官となる。マジですか。
「り、里香君のおかげで、ここ変換因子の仕組みは、じゅ、十分理解できたでしょう。ああ後は実戦形式で上限値を、あ、上げていく方が収穫祭でもや、役立ちます」
実戦形式が何なのか恐ろしくもあるが、社長の一存に逆らえることが出来るはずもなく居残りで特訓することになった。
「いいなー、七巳さんに特訓付けてもらえるとか羨ましー。私も付けて下さいよー」
「か、加奈君は形式よりも、じじ実際に戦った方がせ、成長できますよ。が、頑張ってください」
「ちぇー。わかりましたー頑張りまーす」
久原は不服そうに言い残して、他のメンツと狩猟に行った。村上さんは収穫祭の作戦を練る為、
後に残されたのは社長一人。おっさんと特訓か……テンションが上がらないなぁ……いつもならわざと困らせて眉をしかめる村上さんを愛でたり、難しいことを出来た喜びの延長で村上さんの手を握ったりしてテンション高めてたのに!!
「い、いつもの特訓では、いい些か注意散漫なところが、み、見られますからね。よ、良い機会ですから、しゅ、集中してくださいね」
見透かされていたわけね。流石社長。社員の動向もちゃんと把握している。
改めて黒井川さんを正面から観察する。歳は40代後半くらいと思われるが定かではない。まずもって見た目で判断できないからだ。背格好は俺と同じくらいだが、その風貌は異様の一言。胸下まで伸ばした長髪は顔面全体にかかっており、かろうじて髪の隙間から見えるその瞳は蛇のように鋭い。
実際ヘビの
「さ、さて、まずは、はは
「……分かりました。えっと、まず因子は3つに区分されて……」
とまぁ、苦手なおっさんと二人っきりでやる気がすこぶる起きない状況ではあるが、ふざけて絞め殺されても困るので真面目にやることにした。
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超常因子は
それぞれの特性は違うのだが、共通していることが一つある。それは才能と同じで能力を使う際に生命エネルギーを利用すること。
生命エネルギーとは読んで字のごとく生きる活力である。誰でも持っているが意識することはあまりない。生きる原動力として消費されるもので、基本は三大欲(食う寝る遊ぶ)を満たせば回復する。
そしてエネルギーの絶対値は人によって異なり、鍛えれば増やすことが出来るが簡単ではない。
脳や身体に限界値を超える負荷をかけることで、演算能力や身体能力は向上する。しかしそれはあくまで能力値の向上であり、生命エネルギーの増量と必ずしも比例しない。
能力の向上は『出来る事が増える』であって、『実行』ではない。実行には原動力が必要であり、それが生命エネルギーになる。100万馬力の凄い車でも、ガソリンがなかったら動かないのと一緒だ。
顕著な例が身体を壊すアスリートだ。能力行使に必要な生命エネルギーが釣り合っておらず、限界値を超えれば心身に負担がかかり、結果壊れる。
では生命エネルギーの限界値を伸ばす為には、どうするか?やり方は能力向上と同じで『死なない程度に負荷をかける』だ。
それは200年前と変わらないが、200年前ではそう簡単ではなかった。なにせ生命エネルギー量を把握できないのだ。能力向上は究極出来るか出来ないかの判断基準があるが、生命エネルギーにはそんな判断基準はない。
あるのは『足りなくなったら心身が壊れる』という手遅れな判定だ。
超常因子はそれを可能にした。生命エネルギーを具現化し、視認できるようにしたのだ。あるいは能力行使に生命エネルギーを可視化したといってもいい。
動物因子は、その身に宿す動物の姿を
物質因子は、己を象徴するモノを
変換因子は、思い描く事象を
あとは具現化し続けることで負荷をかけていけばいいのだ。普段久原が兎のミミとシッポを具現化しているのもそういうことだ。動物因子や物質因子能力者が常時具現化している場合は、まだ修行中ということになる。
では変換因子はというと、基本は同じ。ただし他2つと違い常時具現化という手段が無い為、ある程度まとまった時間で能力を行使し続けることになる。
村上さんは紙を鳥に変える能力だが、修行時代は紙→鳥のループを何万回も繰り返すということをやっていたらしい。
で、俺の治癒能力はというと、簡単にいうと『既存の細胞を新しい細胞に変換する』能力になるらしい。らしいというのは、なんせ変換行為が体内で行われるので断言が出来ないのだ。
遺伝子パッチは遺伝配列を確かめて、主に『因子系統』と『生命エネルギーの対象』の2つを判断する。判断基準は過去の蓄積データになる。ポピュラーな能力は研究が進んでいるのでもっと詳しいことが分かるが、レア能力者はそうはいかない。
とりわけ治癒能力はかなりレアなので蓄積データがほとんどないから、能力の向上にしてもままならない。
どの能力の向上も、理解度を高めることが大前提だ。どういうことが出来て、どういうことをしたいのか、それをする為にはどうしたら良いか、という『理解、想像、構築』といった過程が必要なのだ。
幸い大学の専門分野に生物化学も含まれていたので下地はあるが、活用出来るかどうかは別の話だ。細胞についての授業は受けたことがあるが、細胞を変換する授業は受けたことが無いもん。当たり前だけど。
「で、ですので、げげ限界値を伸ばすにしても、の、能力向上するにしても、つつ使い続けて理解をふ、深めるしか無い、と」
黒井川さんが容赦なく本題を言葉にする。治癒能力を使い続けるって……そんな、ねぇ?
「ち、治癒の感覚をつつ掴む為にも、じ、自分の体で試すのが、いい一番ですからね。りり里香君では加減がで、出来ないから、かか簡単な治癒しかしていないでしょう。そ、その点わわ私は、経験もそ、それなりにあるのでああ安心してください」
嫌な汗が背中に流れる。多分わざとやってるんだろう。言葉をぼかし、ジワジワと追いつめられてる感じが半端ない。シャッチョさん性格悪いヨ!!
「で、ではまずは軽く腕の骨を折ってみましょうか!」
若干流暢になってません?あと軽くって意味知ってます?そんでそんで、一番気になるのが、なんでそんなに楽しそうなんですか!!??
「いやまずは切り傷くら」
「しゃ、喋っていたら、しし舌をかみますよ?」
「へ?……ぎゃぁぁっぁぁぁあっぁぁぁ!!!!!」
黒井沢さんが軽く腕を振ったと思ったら、体内からゴボっと鈍い音が響いた。左腕を見ると前腕部が綺麗に90度曲がっている。
「あがぁぁぁ!!いだあがががが!!」
「ほ、ほらほら、ささ叫んでいても治りませんよ。ひ、左腕に集中して、ほほ骨やら筋組織を構成するさ、細胞を認識して、は、破壊された細胞を、あ、新しい細胞に変換してください」
痛みでそれどころではないが、治さないと痛みが無くならない。右手をかざして必死に痛みの中心を探り、頭で人体図を展開する。骨折した部分を出来るだけリアルに想像し、正常な状態に戻るよう思い描く。
「だ、大事なのは、せせ正常な状態を、つつ強く意識することです。こ、細かい動きは変換因子が勝手にや、やってくれます。多分」
何かアドバイスをしているが、どれどころではない。必死に痛みに耐えて骨折を治すプロセスを組み立てる。プロセスさえ組み立てたら、後は細胞が変換されるのを待つだけでいいはずだ。
骨折部分に全神経を集中させ、痛みが徐々に引いていくのを実感する。
「そ、想像以上におお遅いですね……は、早く治さないと、ちち治療部分が増えて痛みが増しますよ?」
何言ってんのお前?いやほんと何言い出すんよ。頭おかしんじゃねーの。骨折がそう簡単に治ってたまるかよお前の想像なんて知らねーよバカかマジでやめろバカほんとバ
「ぎゃぁぁぁぁぁっぁ!!!!!」
絶叫がこだまする中、こうして鬼畜修行が幕をあげたのだった。
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