第二章 収穫祭
第12話 フォーラム
男は迷っていた。生かすべきか活かすべきか。どっちに選んでも茨の道であることは変わりない。
「はぁぁ……」
広々とした部屋に深い、深い溜息が漏れる。部屋の中央に置かれた執務机に突っ伏して頭を抱えている。男の名前は
Tシャツバスパンとラフな格好だが、その体は筋骨隆々で全身から生命エネルギーが迸っている。
「そういう流れを組むなよ全く。やりたいことは分かるけど強引すぎる。あいつら人の心なさすぎだろ」
毒づいたところで状況が変わるわけではないのだが、出てしまうのは仕方ない。普段は穏やかな表情で部下をまとめているのだが、今は苦悶の表情を浮かべている。
先ほど探知部署からの報告と、それを受けた五劦の決定事項が川馬原の胸に重くのしかかる。
「社長、そのような弱気では示しがつきませんよ。とはいえ、先ほどの通信では微塵も出さずに素晴らしかったです」
川馬原の正面に立っている秘書が諫めつつ持ち上げる。金髪碧眼で凹凸が少ない身体をスーツ姿で包んでいる。スレンダー美人ともいえる。
統治エリアが日本全国に散っている五劦は、定期的に通信を行い情報交換と統治内容を共有し、この世界の維持運営に必要な方針を決定している。
通信は複数の
タイムラグは生じるが、現状遠隔地とのやり取りはこの方法しか無い。どちらの能力もレアであり、能力者の負担が大きい。特に遠隔地に干渉する能力は消耗が激しい。
そうそう簡単には構築が出来ず、現状この通信機能を保持しているのは五劦組織だけになる。
「そうは言ってもな。気が滅入るよ。仕方ないけど」
「軽々に行うことではありませんが、私も仕方ないと思います」
「……あぁそうだな。仕方ない。それに尽きるな」
川馬原は意を決して、筆をとる。書き終えた書類を秘書に渡し、椅子に深く腰掛け目を閉じた。これから起こることを、少しでもマシにする為に何をすべきか考え続けた。
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「へー結構人集まるんですね」
「そうですよ。この町中の狩り屋を営んでいる組織が集まりますからね」
今日は村上さんとデート、ではなく討伐系のフォーラムに参加する。フォーラムとは、5つの職業区分に分かれて月に1回程度行う集会のことだ。
内容はガイドラインの更新や情報共有である。素材単価等市場の相場や新しく発見された蟲の情報、技術情報等に加え、農作物の収穫量、討伐数や死傷者の公表なんかも行っている。
大体は組織を代表してサポート役が参加するので、うちの場合村上さん一択になる。
「よ、悠太君も来てたのか」
後ろからヌキチさんが声をかけてきた。
「勉強の為に。村上さんとお出かけしたかったってのもありますが」
「偉いなと言いたいが、むしろ村上さんの方がメインっぽいな」
「ははは、そんなことはないですよ。あわよくば手を握ろう等と不埒な考えはしてませんとも!」
こういったノリに免疫がないのか、隣にいた村上さんが顔を真っ赤にして俯く。ネタにされて恥ずかしいようだが、手は頑なにスカートを握っているので不埒なことはできなさそうだ。いやなんだこの生き物、可愛いすぎやしないか?
そういえば出かけに真白さんから「セクハラしたら関節を減らすからね」と言われたのを思い出す。これはアウトか?いやいやセーフっしょ。うんうん。ただ悪寒がするのでこれ以上はやめよう。
「アカイ流はヌキチさんだけですか?」
「うちの面子が参加したところで寝るだけだし。無駄なことはさせてもね」
合理的な判断と言えるだろう。そうこうしているうちに会場に到着。草野球ができそうな広場に長椅子が置いてあり、各々好きなところに座っている。
ざっと100人くらいはいそうだ。まだ同業者の把握は全部できていないが、狩猟中に見かける顔も何人かいる。
「前回の蟲情報はアリ科が進化形態してて、毒針に気をつけろって話だったかな」
「そうですね。元々アリの腹部先端にある針は脆弱だったけど、進化して凶悪な武器となったんですね。うちは武器を使わないので立ち回りを修正しましたよ」
ヌキチさんは分厚い本を、村上さんは手帳を開いて前回のおさらいをしている。こうした情報処理を行う裏方がいないと、いくら身体能力や攻撃力が上がっても上回る殺傷力を持った蟲を倒すのは難しいだろう。戦闘力だけでなく戦略戦術も必須なのだ。
しかし不思議なのが、
「このフォーラム自体無料で行ってるんですね」
慈善事業でやるにしては規模も大きいし、何より蟲の情報は値千金の価値を持っている。無料でやるような内容でもない気がするが。
「生存圏の維持拡大に情報は不可欠ですが、この手の情報に価値を与えると、転用して不当に儲けようとする輩が出てきますからね。あと普通に死ぬでしょうし」
「流石に試したことはないが、情報提供側が五劦全体になって、余裕で100人を超えるから多分アウトだろうな」
村上さんが物騒なことをサラっというので驚いたが、ヌキチさんの補足で納得。各職業区分は五劦がそれぞれ担当しているが、情報自体は五劦ゴリキ全体が集約精査して取り扱っているわけだ。
その情報で金儲けをしたら、利益享受判定は五劦ゴリキ全てになって
統治者って大変だなと思う。200年前の自治体に近い性質だか、カバーする範囲が広い。何せ5拠点しかないとは言え、町を成立させる仕組みを運用しているのだから。ただ職業毎に担当を分担して負担を減らしている。内訳はこんな感じだ。
各統治地区には他4社から独立採算制をとっている分社が設置されており、その地の統治者をサポートしている。
独立採算制はいいのか?と疑問が沸いたが、壇上に現れたお姉様を見てそんな疑問は一瞬で吹き飛んだ。金髪スレンダー美人だ!目つきが鋭い!おっぱいはないが、その妖艶な雰囲気良きです!踏まれたい!
「あれ、今日は武力の旦那が話すのか?」
「そう……みたいですね。珍しい、いつも部下に任せてあまり表舞台に出てこないのに」
金髪美人しか視界に入っていなかったが、よくよく見ると隣に筋肉マッチョなおっさんが立っている。なるほどね、あれが武力か。アホなキャッチフレーズをつけた親玉だな。
だが見た感じ脳筋っぽさは感じない。随分とラフな格好をしているが、穏やかな目をしている。
武力という頂点の地位にいるんだからかなり強いと思われるが、クラスで地味目なグループに所属してそうな印象だ。いや地味グループにあんなマッチョはいないけど。
「あー、日々命をかけて討伐をこなしてくれてありがとう。君たちがいないと町は成立しないといっても過言ではない」
穏やかな笑みを浮かべつつ、ゆったりとした口調で労いの言葉をかけるこの地の統治者。こういう集まりって参加してても半分は聞いていないとか違うことしているとかのイメージあるが、集まった人たちは武力が現れたと同時におしゃべりをやめて、全員真剣な表情で向き合っている。
「ここ半年負傷者は仕方ないにしても、死亡者はいないと聞いている。君たちが強くなった証左だ。素直に誇らしい。是非これからも研鑽を積み、怪我には気を付けて蟲を倒してほしい」
カリスマがあるんだろう。皆どことなく誇らしげな顔をしている。実際初対面の俺でも既に尊敬の類の何かを抱いている。Tシャツから乳首が浮き出ている等とくだらないことはすぐに掻き消えた。この人本物やで。
「そんな優秀な君たちに朗報がある。喜べ、
一瞬間があいて、会場が沸き上がる。
皆立ち上がり腕を振って囃し立てる。村上さんもヌキチさんも例外ではない。
ヌキチさんは周りと同じように囃し立て、村上さんは嬉しそうにピョンピョン飛び跳ねている。可愛いすぎなんですけど?おいおい、これ見れただけでも来た甲斐があったわ。
ただ収穫祭が何なのか知らない俺一人置いてけぼりなんだけどね。あっヤバイ、俺一人除いたクラス全員が遊園地に遊びにいった後の月曜日を思い出す。皆楽しかった思い出を語る中トイレでやり過ごす……やめて心が張り裂けちゃう。
「今回は蜘蛛の巣が10ヵ所確認された。いずれも榛名山方面だ。10組の人選はこちらでおこなった。代表者に詳細資料を渡すのであとは宜しく頼む」
スレンダー美人が10人の名前を呼びあげ、別途集まるように指示をする。その中にはヌキチさんの名前もあった。
「さて諸君、久しぶりの祭りだ。存分に狩り、大いに町を盛り上げてくれ。朗報を待つ!」
武力は最後に激励を述べて会場を後にする。残された面々は興奮冷めやらぬ様子で盛り上がっている。こんな状況でフォーラムが続けられるはずもなく、それを見越してスレンダー美人が今月の報告内容と組み分けの資料を配布するので今日は解散と言い渡した。
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