第11話 いつの時代も一仕事終えた酒は美味い

 町の一角にある繁華街を『アカイ流』の面々と練り歩く。どのお店も賑わいを見せており、いかがわしいお店を楽しそうに吟味している野郎共ももちらほら見える。


 文明も文化も一時は衰退したとはいえ、こういった娯楽要素は必須であるんだろう。200年前に比べても繁華街の街並みは遜色なく、むしろ活気でいえばこっちの方が溢れている。




 人口は激減し蟲の脅威にさらされている中で、こうも活気があるのは少し不思議ではあったが、1ヵ月も経つと理解した。この世界は『長期的な展望』が無いんだ。なんせ遺伝子に自殺プログラムを組み込まれており、常に外敵の脅威にさらされている。




 死は身近にあり、更に言えば銀行や保険といった将来設計に関わる組織は存在しない。いつ死ぬか分からない状況で長期的に運用する商品の需要が無いのもあるが、そもそも不特定多数を対象とした資産運用を行うような組織が成り立たないからである。




 なにせ利益享受に100人以上関わればアウトなのだから。そういったわけで安定とは真逆にあるこの世界は、刹那的に生きる思想が根付き、大体が宵越しの金を持たずに遊んでいるわけだ。




 ちなみに100人以上ならアウトだが、逆を言えば100人以下であれば組織同士の連携も可能である。


 例えば今日の仕事の場合、




仲介屋の『拳王道』が48人


狩り屋の『アカイ流』が8人と『デイム』が5人


素材屋の『バラしま商会(通称ばらしー)』が21人




の82人だから、自殺因子アポトーシスが発動することは無い。




 あとは『ばらしー』が素材を武器屋等色んな所に売って、得られた金額を4社で分配する流れだ。


 もし仮に『ばらしー』と売り先に、18人を超える組織の中間業者が存在していた場合、アウトになるからそういった中抜き業者も存在しない。死が身近にあるとはいえ、進んで死にたくはないのだ。




 200年前コロナ対応で行った政府主導の対策は、正直愚策としか言いようがなかった。実状を到底カバーしきれない施策に、実態が見えない金の流れ。もちろん偏向報道と政治への無関心という要素はあったにせよ、それも含めてそういった仕組みになっている世界だった。


 組織や仕組みが大きければ大きいと、実状も実態も把握するのは難しくなる。きっとこの自殺因子アポトーシスというプログラムは、声なき民意の帰結ということなのだ。






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「かんぱーい!!うっぐっぐっぐ!!あーうめー!!お前ら飲んでるか?飲めよ!じゃんじゃん飲めよ!!!」


「アカイうるせぇ!落ち着いて飲ませろクソ!」




 アカイさんと犬ヲさんのいつものやり取りで打ち上げが始まった。一応『アカイ流』の代表はアカイさんなのだが、社員に尊敬とか崇拝とかそういうのは微塵も感じさせないフランクな職場である。




「上崎も飲めよ!今日もよく頑張ったよ!加奈ちゃん連れてこなかったのは役立たずだけど!仕方ない!許してやるよ!」


「アカイさん失礼にも程がある。正座して詫びろ」




 アカイさんは女の子と喋りたいんだな。気持ちはよくわかる。でも本人前にしてそれはひどいっすよ。ユウさんがたしなめると、追い打ちをかけるように




「そうだな、アカイは正座」


「アカイさん、あなた今チンポジ直して大皿触りましたね。正座して罰金払って浄化しろ」




 犬ヲさんとヌキチさん追撃をかける。アカイさんはぶつぶつ言いながらマジで1000円払ってる。払い慣れてるのかその流れによどみは無い。社長が罰金刑に慣れるってどういうこと?




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 しばらく酒と飯を堪能しつつ、討伐面白話や今度何して遊ぼうか等世間話が続く。特にアカイさんの失敗談が盛り上がる。本人も喜んで話しているところ見ると、器が大きいというより皆と盛り上がることが好きなんだなと伝わってくる。






「そういえば皆さんて、本名じゃなくてあだ名で呼びあってるの何でですか?」




 ふと疑問を投げかけると一瞬空気が固まった?えっ、何かマズいことを聞いたか?と焦る。


 アカイさんは我関せずと料理をばくばく食べ、ヌキチさんとユウさんは目を背けビールを飲み、時間が経つのを待っている。


 犬ヲさんは言いにくそうに何度も頭をかいて、意を決したように顔を引き締めた。




「あーまぁ……あれだ。今更本名で呼び合うのが恥ずいんだよ」


「俺たち元は外壁送りされてたんだ。無職で生活費払えず、で」




 若干バツの悪そうユウさんが続ける。この世界は無職で居続けることが出来ない。働かざるもの食うべからずで、借金やツケといった概念はない。当然生活保護など無いので、金が無ければ働くしかない。


 但し雇用口は平等に与えられる。それがオークションになる。己の能力をアピールして雇用主に、その腕を買ってもらうのだ。




「頭が悪く、肉壁ぐらいしか取り柄が無い動物因子アニマルだったから、学問アカデミックはもちろんその他もお呼びじゃない。卒業しても討伐ハントしか道は無かったんだが」




 一時期は絶滅寸前まで陥った人類だったが、約70年前、伍劦ゴリキによって立て直された。伍劦は人類の生き残りを集め、生息圏を整えた偉大な統治者だ。


 特に大きな効果があったのが、蟲や贔から守る外壁造りと学術院アカデミーの運用、そして職業のインフラ整備である。




 学術院は、蟲や贔の生態研究や超常因子の研究を行っている。同時に学校の役割も担っており、7歳から16歳までの教育を行う。


 卒業すると5つの職業形態を選ぶ。




 そのまま学術院で研究を続ける学問アカデミック


 農業や畜産、大工、武器や生活必需品等を作る工芸クラフト


 水、電気や通信、移動等に携わる基盤インフラ


 飲食や服飾、音楽や書籍等趣味関係の娯楽エンタメ


 蟲、贔を狩る討伐ハント




「その討伐も壁役すら満足できずに怪我してクビだ。中央掲示板の簡単な依頼で何とか食いつなぐも、1年ももたずに再度オークション。そして誰にも拾われず外壁送りって流れだわ」




 犬ヲさんやユウさんが虚ろな表情をしている。その目は捨てられた子豚のようだ。俺もその気持ちが多少なりともわかる。 




 オークションに出品するタイプは、就職や転職の意味合いを持つ『売り込み』と、どこにも行き場が無いから『拾って下さい』の2種類に分かれる。前者は自らオークションにかけられ高値で取引される。後者は自活出来ない者が強制的に出品され、安く取引される。


 転移初日、後者の方で取引され久原に買われたが、犬ヲさんたちは買い取り手がつかなかったのだ。自分の価値が安値で、しかも受け取り手が無いという状況は死にたくなるよこれ。聞いといて涙が出てきた。




「そんで大体5年くらいか?外壁を直す簡単で辛いお仕事をする日々だ。『アカイ流』のメンツはそん時知り合ったんだが、皆似たり寄ったりな境遇だから本名は隠してあだ名で呼んでたってわけ」




 オークションで売れ残った場合、問答無用で外壁の維持管理会社に就職させられる。生活保護は無いが、セーフティーネットそのものはあるというわけだ。というか労働力を遊ばす余裕が無いのだろう。




「このまま外壁が恋人となって一生を終えるのかと思ってたら、突然アカイさんが壁役特化の会社を立ち上げてさ。いきなりお前ら雇ってやるよって言われた時、気が狂ったと思ったわ」



 今度は苦虫を噛み潰した顔をしている。視界の端ではアカイさんがドヤ顔している、ような気がする。



「いや元々狂ってただろ。壁役単体は需要が低いが、集まればそれなりのもんだろうって発想が狂ってるって。まぁ実際食えてるから文句も言えんが……」



 壁役とは文字通り蟲たちの攻撃を受ける壁となり、攻撃やその他の行動は出来ない役割を指す。これが討伐メンバーで需要がほぼない。動物因子は軒並み身体能力が高く、そもそも攻撃を喰らうことが少ない。


 もしくは喰らっても多少は耐えれる耐久力もあるし、なんなら壁を生み出す能力者もいる。壁役はダメージを蓄積するので場持ちが悪く、回復も必要になるからコスパが非常に悪い。早い話お荷物の扱いとなる。




「最初は全然だったがヌキチのおかげで陣形や盾の使い方も覚えて、今じゃ盾役って自信もって言えるからな」




 盾役は壁役の進化系。攻撃を受け流すことで場持ちが良く、戦場での安全地帯作成や攻撃補助も受け持つ。これが乱戦になった時に非常に役立つのは今日の討伐でも証明されている。 




「俺様天才ってことだ!バカの集まりだから、ヌキチを学術院から引き抜いたのも俺凄い!感謝しろよお前ら!な!」




 これ以上ないくらいドヤ顔をしている。気のせいじゃなかった。なるほど、言いにくそうにしてたのはこの流れになるからか。




「アカイのツバが飛んだから新しく頼むわ。唐揚げ食べよう。ヌキチ何飲む?」


「ハイボールで。あと餃子欲しい。アカイさんは食べるのと喋るの禁止」


「おい、誰が正座やめていいって言った?」




 スルーと罵倒が半端ねぇな!


 これ以上アカイさんを調子に乗らせないという安定した連携が取れている。皆の為に会社を立ち上げるくらい良い人なんだろうけど、帳消しになるくらいウザいんだなこの人。




「お前らほんと素直じゃないな!照れんなよ!もっと全力で俺を敬っても受け止めてやるって!」




 アカイさんは慣れているのか気にせずウザさを増していく。



「一応感謝はしてるが、生理的に無理」


「社員は全員そんな感じ」


「あと私を引き抜いたから学術院からも嫌われてますよ」



 あっ、ちょっと凹んでる。流石に拒絶を出されると堪えるみたいだ。まぁなんだかんだ上手くやっているから、本気で嫌っているわけじゃないんだろうけど。



「で、多少は気が紛れたか?」



 ヌキチさんと犬ヲさんがアカイさんを更に凹ましてる横で、ユウさんが小声で聞いてきた。




「あー……はい、皆さんの話を聞いてて悩んでても仕方ないなって、出来ることがあるだけマシだなって思いました」


「なら良かった。俺らは特殊な部類だけど、それでも似たような境遇は少なくないからな。自分の立ち位置が分かって貰えただけでも、過去話をした甲斐があるってもんだ」


「ありがとうございます!」




 こうして諭してくれる人が身近にいることが有難かった。素直にお礼を言って、この人たちが何かあった時、力になれるよう頑張ろうと思えた。






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 めちゃくちゃ凹ましたのか、アカイさんの口数がほとんど無くなったところでお開きとなった。いつもならアカイさんにもう2~3件連れられるのだが、そんな元気はないようだ。逆に3人はやり切った良い表情をしている。




 しょんぼりとした背中を見送って会社に戻る。こうして帰る場所があるだけ恵まれているんだろう。


 無いものばかり見てないで与えられたものにも目を向けよう、と。いつもなら流れでおっぱいが強調された、いかがわしいお店にも行くのだかそんなことは今日の夜には無粋だ、と。おっぱいよりも大事なものはあるんだ、と。






そう思った夜だった。

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