第9話 関節を外される日常
転移してから1ヵ月が経過した。
最初こそ戸惑いっぱなしだったが、衣食住に馴染みがあって言語も通じるとなれば順応するに時間はかからなかった。
時刻は朝の6時。俺は朝の散歩がてら大通りをぶらぶらしていた。
「おぅ兄ちゃん。今日もハントか?弁当買っていかねーか?竜田揚げ弁当がお勧めだ!」
「いいですね。んじゃ2つください」
「毎度!」
町の住民とも顔見知り程度にはなってきている。大通りにはずらっと店が並んでおり、生業は様々だが朝早くから店を開いているのは食い物屋が多い。
朝ごはん用にサンドイッチも買い食いしながら、大通りの中心にある学校の黒板程大きな掲示板前で立ち止まる。
掲示板には、屋根の修理等小さな困りごとから蟲の素材回収等、難易度様々な依頼が貼られている。
早い話この中央掲示板は住民の依頼クエストで、依頼主と直接交渉できる仕組みとなっている。
「何か割の良い依頼無いかな!なぁ犬ヲ!なんかいいの!」
「アカイさんうるさいっすよ。今探してんだから静かにしろ!」
掲示板前でひと際騒いでいるのは狩り屋『アカイ流』のアカイさんと犬ヲさんだ。
「こんちわ。なんか良い依頼ありました?」
「だーもー!だからそれを今探してんだろ!」
「何々?誰?なんだ男か。って上崎じゃん!ってことは加奈ちゃんいんの?」
振り向いた二人の威圧がすごい。なんせ二人とも豚の動物因子アニマルを持っており、成人男性の二倍はあろう体積をしている。
『アカイ流』のメンバーは全員似たような体形をしており、耐久力に優れている。蟲と戦っても早々抜かれることが無い盾役特化な組織になっている。
「残念俺ひとりです」
「なんだ加奈ちゃんに会いたかったのに!まぁいいや!それより依頼!」
「やっぱ俺ら受けれるような依頼はねーっすよ。大人しく蟲退治だわ」
「なんだよ!この前みたいな護衛の依頼とか無いのかよ!来て損した!帰る!」
「だから言っただろクソアカイ!損したのはこっちだわ!あぁクソ腹減ったわ。じゃーな、多分後で会うだろうけど」
二人はぶつくさ言いながらさっさと帰ってしまった。俺も確認するが、受けられそうなめぼしい依頼は無い。踵を返して職場に戻ることにした。
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「おかえりー。良いのあった?」
「いや、めぼしいのは無かったし共通依頼だな」
「そかー。仕方ないかー」
久原はソファーに寝そべり、こちらにウサシッポをつけたケツを向けて足をバタバタさせている。無論ショートパンツの為生足だ。
全く俺が紳士だから良いものの、普通ならそのむっちりしたケツか太ももを揉みしだかれても文句は言えんぞ!このスケベ兎め!」
「いや文句はあるよー。てか蹴りあげるよ?」
「ナニを!?」
途中から心の声が漏れていたらしい。さらっと恐ろしい事を言いながらこちらを振り返る久原は、道端のゲロを見る目でこちらを見ている。
今日もウサミミが可愛いなぁと思いながら、
「笑顔なら、なお可愛いのにな」
「そう思うんならキショいこと言うのやめたらー?」
「声に出したつもり無いんだが、きっと久原の可愛エロさにリビドーが溢れでででいでぇぇぇ!!」
いつの間にか背後にいた真白さんに、肩甲骨の位置をずらされる。
「セクハラは程ほどにしてくださいね。それで、中央の依頼はありましたか?」
真白さんは涼しい顔をして関節を極めてくる。既にこの1ヵ月で、あらゆる関節を外されては嵌められるという地産地消的な教育的指導を食らい続けている。
「いてて。あー、無かったので共通依頼待ちです」
「それはそれは、仕方無いですね」
共通依頼とはこの町を統治している伍劦の一角、武力が運営している組織による依頼のことだ。組織名は『拳王道』で、キャッチコピーは『どんなトラブルも殴って解決!』である。武力のトップはきっと脳が筋肉に侵された、さぞかし生きやすい人なんだろう。
『拳王道』というか統治者の主な業務内容は、蟲の索敵と排除である。町周辺を見張り、脅威となる蟲を見つける。蟲は脅威度によってランク付けされており、狩り屋の実力に応じて割り振られる仕組みとなっている。
中央依頼とは違い、拳王道に索敵分の手数料を払う必要があるので、単純に報酬が下がる。
「必要な仕事ではあるんですけどね。実際」
そういって真白さんはゆったりとソファーに座り、コーヒーを飲み始める。それだけで絵になるんだからイケメン死すべしだな。
「蟲は定期的に人の生存圏を襲ってきますからね。適度に間引きしないと。大量に攻め込まれたら太刀打ち出来ませんし」
「なんせ数が多いからねー。まー早くAランク認定受けたいから、経験値稼ぎと思えばそんな苦じゃないけどねー」
蟲の脅威と狩り屋の実力は、ある程度の目安としてランク付けされている。
[蟲の脅威]
ランクSS:数、強さ共に太刀打ちできない。来世で幸せになるよう祈ろう。
ランクS:数または強さのどちらかで、Sランクの狩り屋が対応可能。ワンチャンあり。
ランクA:数、強さどちらも、Sランクの狩り屋で対応可能。
ランクB:数、強さどちらも、Aランクの狩り屋で対応可能。
ランクC:数、強さどちらも、Bランクの狩り屋で対応可能。
ランクD:数、強さどちらも、Cランクの狩り屋で対応可能。
[狩り屋の実力]
Sランク:半径100m以上の殲滅技持ちか、一撃で地面を10m以上掘れる
Aランク:半径10mの殲滅技持ちか、一撃で地面を5m掘れる
Bランク:半径1mの殲滅技持ちか、一撃で地面を1m掘れる
Cランク:一撃で直径50cmの丸太を粉砕できる(狩り屋になる為に最低限必要な実力)
何とも脳筋が考えた目安であるが、基準が軒並み人間をやめているのは考えないでおこう。ちなみに久原はCランク、真白さんと白西さんはAランク、黒井沢さんはSランクだ。
俺はというと、今のところ狩り屋見習いでランク外である。治癒能力があるのでハントには行けるが、必ずAランク以上の複数パーティーという制約がある。
治癒やバフデバフ能力は貴重なので、ハントには必須だが保護も手厚い。一応自衛できる実力、つまり丸太を粉砕出来れば無条件でAランクになるのだが、とてもじゃないが出来そうにない。
「そういや中央でアカイさん達と会ったよ。依頼無かったみたいだし、ランク次第ではまた共闘ってことになるんじゃない?」
「えっ、やったー!アカイ流がいたらめっちゃ経験値稼げるじゃーん」
そういうと久原は体を温める為にスクワットを始めた。そうスクワット。この兎さんはセクハラNGの割に色々無防備である。隙がありすぎる。全く、人目がつく場所でぷるんをぶるんぶるんするとかどういう了見だ?
とはいえ馬鹿正直にウォッチングを続けると真白さんの折檻が待っている。俺は気づかれないよう、横目で瞳だけを上下させる。ぷるんぶるんぷるんぶるんぷるんぶるんぷる
「悠太くん、アウトです」
「へ?ぎゃぁっぁぁぁぁぁぁ!!!とてつもない痛みぃぃ!!」
いつの間にか凝視していたらしい。真白さんは今度こそ肩甲骨を外した。
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