第8話 塞翁が馬

200年前の人間に自殺因子アポトーシスや超常因子ハイファクターは当然ないわけで。因子パッチなるものが反応しない場合、どう言い訳したらいいか考えがまとまっていない。






「このパッチを腕に貼ってー。10分くらいで解析してくれるよー」






 500円玉くらいのシール状のものが腕に貼られる。中央には文字盤があり点滅している。とりあえず解析は始まっているみたいだ。






「んー、バフ系だといいんだけどなー。動物因子アニマルはもう十分だしー」




「なんでや、男なら動物因子アニマルやろ!俺なら分かる。こいつはえらい強い動物の因子もっとる!」




「適当にも程がありますよ。あとどんな動物でも強い弱いはその人次第ですよ。とは言え現状我が社は脳筋の集まりなので、戦闘を支援してくれる能力だと助かるのですが」






 人の気も知らずに戦力増強の話題で盛り上がっている。そもそも戦力にならないんですよ皆さん。期待度そんな高められるとね、あとで後悔しますよ?へへへ。




 もうめっちゃ胃が痛いから、せめてこの10分は話題をそらそう。






「えーと、揉みしだきたくなる巨乳はウサギの動物因子アポトーシス、頬ずりたくなるロリは紙を鳥に変える変換因子コンバートですよね」




「その通りですが、例えがアウトです」




「肩の骨が外れて入った!?ヒギィ!!」






 ドSメガネは、瞬時に俺の肩を脱臼させてはめなおす。鮮やかな手並みに惚れ惚れするが、折檻のレベルが高いな。セクハラを受けた女子二人は、一瞬の流れで恥ずかしがれば良いのか、怒ればいいのか、天罰覿面を喜べば良いのか複雑な表情をしている。






「イタタ…で、お三方は何の因子になるんですが?」






 会話の流れで動物因子アポトーシスと推測できるが、外見ではわからない。兎の人は見た目からして兎なのだが。






 「俺はトラ、こいつはゴリラ、七巳の旦那はヘビやで。てか自分雰囲気で分からんの?」




 「かか加奈君は見た目で分かりますが、わ、我々は見た目で判断しにくいですからね。ゆ、悠太君、よ、よく目を凝らして我々を見てください」






 そういうと3人は全身から煙のようなものを出した、気がする。オーラと言うのか?その煙は徐々に形を成していき、それぞれの背後にトラ、ゴリラ、ヘビが現れる。






「なんとなく見えました。普段は彼女みたいに、その、獣人みたいな感じにならないんですが?」




「動物因子アニマルは鍛えると、加奈さんのように常時具現化する必要がなくなります。つまり獣人化の大半は、未熟故に能力をなじませる必要があるというわけです」






 となると、このウサミミやウサシッポもいつかは消えるのか?それは世界の損失じゃないのか?






「未熟ですいませんねー。だから相方を装備してもっと蟲を倒したいんですー」




「装備扱いなのは置いといて、加奈さんはまだ学術院アカデミー出て2年ですからね。これからですよ」




「落ち込ませて励ますのやめてくださいよー」




「しょ、猩平君はほ、程ほどにしてくださいね。しししかし、ゆ、悠太君の記憶喪失は深刻ですね。い、意味記憶すらもそそ喪失しているとなると、ま、まるで『別世界からやってきた人』みたいですね」






 肩の痛みを忘れる衝撃があった。これまでの言動から何となく言った言葉なんだろうが、恐怖を感じた。背中に冷や汗が流れる。






 流石に過去からタイムトリップしてきた人間とまでは思わないだろうが、何かしら違和感を感じているのだろうか?




 だとしたらマズい。この世界、超常因子ハイファクターはあること前提のようだ。これで因子が無いという結果が出ると、一気に違和感は増すだろう。




 歓迎ムードは消えて『異物』と認識される可能性が高い。そうなるとここを追い出されるだけではなく、最悪異物排除として処刑されることも考えられる。人の歴史からして魔女狩り等『異物』と見なされた存在が、どのような扱いを受けるか十分にわかっているつもりだ。






 神様か女神様か世界意思か分からんが、ここに飛ばしたナニカに俺は心底願った。




 超常因子ハイファクターを下さい、と。出来れば皆が望んでいる戦闘支援系であれば尚良しです!!










 カタン








 身体の中から音が聞こえた。何だろうか、何かが傾く音の気がする。


 直後、腕に貼ったシールの中央が光る。青白い光を淡く輝かせて、文字盤は数字とアルファベットを羅列している。






「おー結果が出たよー。あっ、これ変換因子コンバートじゃない?」




「確かに青は変換因子コンバートの光です。これは期待が高まりますね。里香さん、この配列は記録にありますか?」




「少々お待ち下さい。e配列の…58番地の…枝番4g…」






 三つ編みロリはぶつぶつ言いながら分厚い冊子をめくっている。




 幼女と大きい造形物の組み合わせが、背徳感を感じさせるのは何故だろうか?答えはまだない。






「……これは疲弊や破損等状態異常と正常の変換…つまり治癒の変換因子コンバートです!!」




「えぇぇぇ!!確率1%以下の激レア因子じゃん!?」




「そうみたいですね…私もびっくりです。いやe配列の時点でバフ系統だとは思っていましたが癒しだとは…こんなことあるんですね…治癒の変換因子コンバートは貴重ですから、何かしら囲い込みがあるはずなのに…だからこそ逃げだして記憶喪失…でも加奈さんがそんな人と出会う確率なんて…」






 どうやら俺は超常因子ハイファクターどころか、その中でもかなり貴重な能力みたいだ。確かに治癒系能力はどんな世界でも重宝されるが……運が良すぎやしないか。






 先ほど願った内容通りだ。神様らしき人がいるならどうかしている。まるで運が良い演出じゃないか!運が良いならそもそもこんな世界に連れてくるなと小一時間くらい問い詰めたい。






「ゆ、ゆ、悠太君の生い立ちは、きき気になるところです。い、癒しの能力は貴重、ゆ、故に発覚は囲い込みとおおお同じ意味をもつ」




「やんな。自分、前の組織を何がどうあって逃げ出したんや?記憶がないのもそこらへん関係あるんか?」




「全くのゼロとは考えにくいでしょうね」




「前身がどうであれ、うちが治癒を確保したことは大きいですよ」




「そそその通りです。ま、全くもって、ああありがたい話です」




「ほんとうれしー!キミ最高だね!!」






 一同大盛り上がりである。混乱に混乱を重ね掛けしている状況ではあるが、そこを考えても仕方ない。話を合わせていこう。






「どうやら皆さんの役に立てそうですか?」




「役にたつどころちゃうで!早速明日からフルタイムで頼むで!」




「疲労の変換まで可能とは、これで狩りの効率が上がりますね」




「やたー!経験値あがりまくるー!!」






 うん?雲行き怪しくない?今日みたいな蟲退治をどんなけのペースで行うの?フルタイムって何時間でしょうか?労働基準法的なものはありますか?






「さ、さて、能力もああ明らかになりました。き、記憶喪失という一番の問題は、かか片付いておりませんが、へ、弊社は貴方を歓迎します。む、むしろ逃がしません」






 あっ、やばい。逃がさないって断言された。入社条件とか説明ないままなんですけど?ブラック企業か何かですか?






「も、もとより、みみ身寄りも無い状況でしょう。お、大人しく我々の仲間に、なななるのが得策ですよ」






それはその通りですが、そのセリフ完全に悪役じゃないですか?






「す、少なくともわ、我々は貴方を信用します。で、ですので、貴方も信用してください」






 顔面にまでかかっている長髪の合間から、切れ長の目がこちらを見ている。俺がどこか一線を引いていたのを感じ取っていたのだろう。その双眸は、俺への信頼を預けるに足るかどうか試しているようにも思える。






「ゆ、悠太君は非常にあ、頭が良いのでしょう。じじ自分の置かれた状況を、よ、よく理解している。そ、それ故に信用や信頼を、ああ預けにくいかもしれませんが、ま、まずはこちらに信頼を預けてみてください。裏切ることはしませんよ」






 本心であるのか、本心であってほしい。結局人間関係なんて信じることから始まるわけだ。ここまで状況が整って言い訳しても仕方ない。この空間が居心地が良いのは事実なんだから。特大のおっぱいもあるし。




 全員がじっとこちらを見ている。改まって言うのは恥ずかしいけど、言わないと始まらない。覚悟を決めるか。






「えーと、黒井沢さん、真白さん、白西さん、村上さん、久原。改めて宜しくお願いします




「なんで私だけ呼び捨てなのよー?」




「だってパートナーなんだし敬称はいらないかと」




「それはそうだけどさー」






 久原は不満そうにぶつぶつと呟いているが、そもそも見た目同い年か下に見える奴に敬称をつけるつもりはない。村上さんはロリだが、これは年上ロリだと核心している。






 しかし転移に遭うこと自体運が悪いのか、転移して1日で職と宿が決まるのは運が良いのか。




 今後どうなるか全くわからないが、人間万事塞翁が馬とは良く言ったもんで、どうせなら200年後の未来を楽しく生きるとしますか。

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