第6話 夕日の女神
帰り道蟲の死骸を載せた台車を押しながら、一番気になってたことを聞いてみる。
「自殺因子アポトーシスについて詳しく教えてください」
「また質問が漠然すぎるー。もうちょい絞ってよ」
「抑止力ってどういうことですか?」
「んーと、文字通り組織を自殺させるってことなんだけどー」
兎っ子は腕を組み、顎に手をかけてうーんとうなっている。絵に描いた思案顔である。
「まずは組織内での不和が起きるんだって。対立派閥が出来たりイジメみたいなのが起きたりー」
100人もいたら普通に起きそうな事象な気がするが。それだけで自殺因子アポトーシスなどと物騒な単語にはならんだろうが。
「で、数日のうちに必ず変死者がでるの」
「一足飛びが過ぎる!しかも必ずって!」
「うん、必ず。ギスギスした雰囲気になって、その原因となった人とか関係なくランダムに死んじゃうの。多くは心不全なんだってー」
「ランダムっていうのは?」
「文字通りー。問題起こした人と全然関係なかった社員だったり社長だったりって感じー」
例えば対立派閥が物騒なことをしてるっていうのならば分からなくもないが、完全なランダムとなると、
「組織がそれ以上増えないよう遺伝子レベルで調整しているってこと……?」
「その見解であってるよー。てか朝から思ってたけど頭の回転早いねー。これまでただの雑用係とかじゃなさそう」
「多分女の子を口説く為に、回転力を鍛えてたのかと」
「ありえそうでキショいわー」
兎の人はやや侮蔑の表情でこちらを見る。いやいやあれよ、やましい気持ちとかじゃなくて可愛い女の子は口説かなければならない。これはもはや礼儀だからね。マスト。
「話がずれたねー。最近はそこらへん徹底されてるから自殺因子アポトーシス絡みの事件はないけど、第一世代出始めの頃は結構あったんだって」
「死ぬ原因が100人以上の組織作るって解明するの、中々難易度高い。しかしその100人ってトリガーはどうやって引くんですか?まさか経営者が100人の組織になりましたって宣言するとか?」
「まさかー。これも遺伝子が100人超えたって勝手に判断するんだって」
「それこそどうやって?」
「利益の享受」
利益の享受?言葉の意味は分かるが、どう繋がるかさっぱり分からない。
「流石にわかんないかー。組織運営って簡単に言えば、個人が組織のお仕事して、給料や報酬を受け取るって流れじゃん」
「労働の対価ですね。それはわかるけど……あぁそうか。その組織の利益享受者の数が100人を超えたらアウトなわけか」
「そのアウト判定を遺伝子が勝手に行うんだって。この受け取ったお金は、どこからきてどこまで分配されているのかってねー」
虫の知らせとか第六感みたいなものか。仕事の規模と報酬、労働条件その他諸々の情報を無意識に判断する。判断結果アウトな場合、心不全等身体への損傷を引き起こす、と。えっ?こわ。
「でもそれだと子会社や派遣、業務委託が成立しない?」
「その通りー。なんせ勝手に判断しちゃうからね。コロナで死んでいった人たちの怨念なのかな?すごいよね」
正しく怨念だな。このプログラム凄いわ。そらコロナで人口激減したとはいえ、200年経っても文明水準があまりに低いのも頷ける。なんせ一企業で分業分担が出来ないから、大組織運営が成立しない。
例えば車1台作ろうとしたって、車を構成する部品の数だけ企業つまり人が存在する。その関わった企業全てが車1台の利益を分配するわけなのだから。
ただそれは副次的な効果であって、このプログラムの真の目的は『税金を絶対納めたくない』ということなんだろうな。
税金を絶対に納めたくない!
→政府という国を治める組織を作れなくすれば良くない?
→組織が大きくならなければ統治も出来ないんじゃね?
→100人超えたら自滅するよう進化しよう!
こんな流れか?すさまじい怨念だわ。当時の政府も何もしていないわけじゃないけど市井に伝わらなきゃ意味ないもんな。
「そんなわけで、今の日本は100人以下の中小企業が溢れているわけー」
「当然俺がこれから所属する組織も中小なわけですね」
「そだよー。理解が早いのは良いことだ。んじゃ改めて。君の同僚になる久原加奈です。人は少ないけど居心地はその分いいんじゃないかなー?記憶喪失は全力でフォローするし、これから宜しくー!」
そういって満面の笑顔で手を差し出す。夕日が逆光となって全身から光が溢れているみたいだ。女神みたいだな。自分の立ち位置も不明確な状態で、自分を買った人間に信頼を寄せていいのか分からない。
ただ人の優しさには触れたんだろう。何だか泣きそうになるのをこらえて、差し出した手を握り返した。
「こちらこそ宜しくです。業務内容は中々ハードだけどおっぱいの陰影が逆光でくっきり出て素晴らしぎょぇぇぇぇぇ!!!」
感極まり、あまりの美しいおっぱいに堪えきれなかった。
彼女はドブに財布を落としてしまった目をしながら、俺を天高くぶん投げた。着地点は台車に乗った蟲の死骸。地面に叩きつけられないよう気を使ってくれたのか。
あぁやっぱり彼女は女神だなと思いつつ、着地と同時に意識を失った。
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