第4話 異世界?の片鱗(前半)
「はぁ?記憶喪失?」
「どうもそうみたいです」
「嘘でしょーもぉー何でこんな面倒なことになんのー?安いから?安いからやっぱり問題あるの?」
本人目の前にして安いを連呼するなと言いたい。何なら安物買いの銭失いという格言を教えてやりたいが、それを言うと彼女は銭を失った自覚をするとともに俺も何かを失った自覚をしそうなのでやめた。
「もう一度言いましょう!現在私は自分の名前しかわかりません!ここがどこなのか!なぜこうなったのか、この世界でどう生きていけば良いのか見当もつきません!!」
「自信満々に言うなー!はぁぁぁ、折角コンビ組めると思ったのにセクハラされるわ記憶喪失だわひどくない?」
「酷いかもしれませんが、貴女以外この現状を打破できる人はいませんよ?気を取り直して前を向きましょう!」
「なんであんたに励まされるのよ!って記憶喪失ってことはあんた自分の因子も何か分かんないのー?」
「いんしって収入印紙のことではないですよね?」
「マジかぁーもーあー死にたいー」
何となくだが、本当のことは伏せて無難に記憶喪失ということにした。というのもここまで来るのに、周囲の反応に違和感が無さ過ぎて違和感を感じたからだ。
少なくともこの別世界の人間という異物に対して、周囲は完全に受け入れている。いや正確には異物と認識されていない気がする。
外見の違いが無さ過ぎるのも要因の一つだろうが、確証が持てない以上下手なことは出来ない。
とまぁこの世界の立ち回りを認識している一方、兎の獣人こと加奈はショックから立ち直れそうにないみたいだ。机に突っ伏して頭を抱えている。軟弱な奴め。
俺なんてな、俺なんて比べ物にならないくらい酷い目にあってんだぞ!このおっぱいめ!
内出血を起こしたこめかみを押えながら彼女とは逆に天を仰いだ。
拝啓、父上母上
ご壮健でいらっしゃいますか?
私はおっぱいが揉みたいです。
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「で、何から話せばいーの?」
「えっ?最初から?」
「うざ!もっと具体的に言いなさいよねー」
「記憶喪失に具体性を求めるって難易度高!てか何か冷たくないですか?」
「セクハラ野郎に優しくするわけないでしょー」
「優しくしなくてもいいのでおっ」
「次セクハラしたらペナルティ覚悟で売りに出すわよー」
「えとですね、先ほど荷物持ちやらハンターやら言ってました。単語の意味は分かりますが目的や意図が分かりません」
「……点同士の情報が繋がらない、つまりこの世の中の仕組みが分からない、と?」
「ご聡明でおられる」
「褒められても嬉しくないしーウザイしー。仕組み、仕組みかー何から話せばいいんだろう」
「さしあたって現在の情報を教えて頂ければ。ここがどこで今日はいつなのか等々」
「ここは群馬県前橋市で今日は2222年5月6日ですけどーって真顔こわ!」
群馬県には驚かなかったが2222年を受け入れるのに少々時間がかかった。
それもそうだろう。俺がいた時代は2021年。つまり俺は200年後の未来に来ているわけで。
「大丈夫ー?瞳孔開いてない?」
「失敬。ちょっと腹が減ったことを自覚しただけです」
「空腹でそんな真顔になるかなー?えってか何か食べる?」
「それより今は記憶の方が優先したいかと」
「まじめだねー」
「いやいや2222年って聞いただけで思い出せそうな気がしてきただけですよ」
「記憶喪失ちょろいな!?」
全身が震えるくらい混乱してきたが何とか抑える。これまでの情報で『過去の日本のパラレルワールド』レベルの仮説を立てていたが逆だった事に戦慄する。
200年も未来でなぜ文明がむしろ退化しているのか。
「とはいえやっぱりそんな簡単じゃなさそうです」
「でしょうねー」
「えーと、では学校で習うようなことを教えてもらえば呼び水になるかもです」
「どーゆーこと?」
「学校とは知識を蓄える場所ですから記憶に良い刺激が与えられるのかと。そうですね、この世の中
のことも知りたいので歴史など如何でしょう?あまり過去でも意味が無いので世界大戦以降からとかは如何ですか?」
「世界大戦以降って結構な過去じゃないの?まぁ良いけどあんまり覚えてないから、かいつまんで言うねー」
「宜しくお願いします」
混乱が収まりきっていない。
このレベルの記憶喪失なら世界大戦も知らないだろうし、そもそも世界大戦があった日本なのかも不明だったがどうやらセーフだったみたいだ。
そして彼女の話を聞いて混乱は収まるどころか更に広がっていった―――
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世界大戦から2021年までは知っている歴史だった。
2021年以降、つまり俺がいた時代からあるウィルスによって世界は激変していた。そうコロナだ。
2021年頃はコロナと一進一退の戦いであったがワクチンも出来上がり克服の兆しがあった。しかし2022年にコロナは進化を遂げ、既存のワクチンなど全く効かない存在となった。
そして人類の進化はコロナの進化に勝てなかった。
日々上昇する感染者数と死者数。2023年には地球上の人類は3分の1までに落ち込んだと推定されている。
昨日会話した人が今日死んでいる。明日には自分が死ぬ。そういった死の恐怖と過ごす日々だった。
2022年の中頃に医療が完全に崩壊したことをきっかけに、次々と『組織』が崩壊していった。民間企業も役所も鉄道会社も報道会社も分け隔てなく崩壊していった。
何せ人がいないのである。保てるわけがない。
その間日本国民が選んだ代表者である政府は何もしなかった。文字通り何も、だ。マスクや手洗い、外出自粛のみを訴え続ける一方で、経済を回す仕組みに対しては何もしなかった。
『働く』という行為に対して惰性が続いた結果、感染者は爆発的に広がったと言われている。
問題の先送りに次ぐ先送りで現状維持、いや現状悪化。どうしようもなくなった段階で、何かしらの対応を打っても伝える手段も実行する術も何もなかった。
「歴史学者がいうには何かしらの対応策はあったみたいだけどそれが何なのかは分からないんだって」
「どうしてですか?」
「それはだって蟲がいるからねってもうすぐお昼じゃん!私お昼の用意してくるわー」
「話の区切りがえげつない!」
「えーだってお腹減ったしキミもお腹減ったんでしょ?あっ、じゃあ教科書貸してあげるから読んどいてー」
そういって彼女は自室から教科書を持ってきてくれた。
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