最終話

 剣術学部を卒業したら生徒は騎士として各地に配属される。それは推薦状だったり自分で志願したり。ただし後者は余程好成績を収めていないと難しい。

 とまぁ、卒業した俺たちは各地に配置された。クロイトは成績もよかったのと、そして貴族から直々のご指名もあって無事にスノーホワイト家の騎士になった。俺はというと、なぜか王族の護衛騎士だ。卒業する頃にはそれなりの成績を収めたけれど、貴族王族に苦手意識を持っている俺は真っ先に選択肢から除外した。だと言うのにそんな俺がなぜそうなったかというと、王子直々のご指名だったらしい。

「しばらくの間僕のために頑張ってほしい!」

 剣術学部に顔を出していたマティス王子が笑顔でそう言うもんだから、一瞬顔面ぶん殴ってやろうかと思った。が、相手は王子でしかも王位継承者でもあるため手出しができない。にこやかな笑顔に真顔で返すしかできなかった。

 だが悲観的になる必要もない。それなりの活躍をすれば最短三年で自分の好きな勤め先を選べるようになる。そうなると俺のやることはただ一つ、そしてそれはクロイトもそうだったらしい。お互い故郷に帰るのが第一となっていた。

 クロイトにお前は首都じゃないのかと顔を合わせたときに聞いてみたが、どうやら例のご令嬢がクロイトの故郷を気に入ったそうで。スノーホワイト家も跡継ぎがいるし当主とその妻は快く娘の願いを聞き入れたそうだ。兄は若干反対したようだが。クロイトはそんなご令嬢の願いを叶えるべく、騎士としての要請があればすぐにすっ飛んでいくと意気込んでいた。相変わらずご令嬢のこととなると行動力が異常になる男だ。

 俺も俺でマティス王子が俺を連れて行くときは大概外への視察のときだったもんで、外に出れば危険度は高まりそれに伴って騎士の活躍も増える。そのおかげと言えばいいのか、そこそこ活躍できる場があり王子の後押しもあって無事三年後に希望する場所を選ぶことができた。


 サクサクと伝わる感触が随分懐かしく感じるなと真っ白い道を歩く。は、と小さく吐き出せば息も白く徐ろに後ろを振り返った。

「その格好で寒くねぇのか」

「大丈夫ですわよ。貴方がしっかり防寒しろと言っていたので上質なボアを選びましたもの」

 俺の後ろをついてきているその女は、鼻を真っ赤にしながらも笑顔でそう返してきた。元より慣れと身についている肉の量が違うのだから寒さ耐性にも差がある。それだけの装備だとまだ薄着に見え、短く息を吐き出し後ろに数歩戻ったあと持っていた外套を肩にかけてやった。

「着てろ」

「あら、ありがとう」

 これで少しはマシになっただろうと納得し、再び道を歩き始めた。

 途中まで馬車で来たものそこから先は雪で覆われ馬車も通れない、となるとあとは徒歩しかない。見知らぬ道はさぞかし歩きづらいだろうと俺の足跡を歩かせてはいるが、一応今のところ疲弊の様子は見えない。たどり着いて高熱を出されたら堪ったもんじゃない、そう思いこまめに様子は見ていた。

 門が見え始め番兵に軽く挨拶を済ませそのまま中に入る。後ろでは相変わらずものめずらしそうにあちこちキョロキョロしているがそれは放置し、目的の場所へ向かった。

「ヴィクトルが帰ってきたぞ!」

 事前に帰ると連絡を入れればこの騒ぎだ。来いと言われていた酒場に行ってみればもうすぐに飲めや歌えや。一体誰のための宴だと疑いたくなるほどあちこちで飲みたい放題。

「そちらの美人さんはまさか」

 げっそりしていたところ顔見知りが俺の隣に気付いて目を丸くする。すると隣でスカートを軽く摘み上げ優雅に会釈をしていた。

「初めまして、アリシア・ヘスター・カクタスですわ」

「マジで嫁さん連れて帰ってきたんだな……」

「あらあら随分と美人さんだこと。こちらで一緒に飲まない?」

「喜んで」

「おい」

 知り合いの嫁さんに誘われてすぐに向かおうとしていた腕を掴み、顔を顰めつつ耳元に口を寄せる。

「あんまり飲むなよ」

「わかっておりますわ」

 パッと腕を離すとあっという間に女性陣に囲まれたところを溜め息を吐きつつ眺め、俺はさっさと移動しようかと思ったら俺は俺で野郎共に両腕を掴まれる。

「おいおいいつの間にあんな美人さんを捕まえたんだ?」

「首都って美人がたくさんいるって本当か?」

「うるせーうるせー」

 面倒なのに絡まれた。それに捕まえたんじゃない、捕まったんだ。と言うとまた根掘り葉掘り聞かれそうだし、面倒だからコイツらさっさと酔い潰そうと地酒が入っているジョッキを手に持って一気に煽った。

 宴が終わったのはあちこちに死屍累々と酔い潰れたヤツらがゴロゴロと転がるようになった頃だった。元気に起きているヤツを数えるほうが簡単で、連れがいるヤツはその連れを引きずって家に帰りそうでないヤツはそのまま固い床の上に転がっている。ジョッキを置いて辺りを見渡せば平然としている顔が大人しく座っており、近付いて腕を引っ張り上げれば大人しくついてきた。

「食事もお酒も美味しかったですわ」

「飯と酒以外楽しみがねぇからな」

 酒場の上は宿になっており、一つ取っていた部屋に入ればあとから入ってきたそいつがパタンとドアを閉めていた。酒を飲んだこともあってだいぶ身体もあったまり、着ていた上着を一枚脱ぎ捨てる。

 家がないってわけじゃないが前日に頼んで荷物を運び入れてもらったばかりでまだ整理されていない。ゴチャゴチャしているところで寝るよりも、ここで一晩過ごしたほうがいいと考えた。

「ちゃんとセーブしたみてぇだな」

「貴方がそう言うから」

「絡み酒にはうんざりなんだよ」

 コイツは社交界でそういう場が多いためそこそこ酒は飲めるんだが、俺と一緒に飲んだときはベタベタベタベタ、無駄に絡んでくる。だから今回はそこまで飲むなと言っておいた。人前であんなベタベタされたら堪ったもんじゃない。溜め息をついていると向こうは上等なボアのついている上着を脱ぎわざわざハンガーにかけている。その様子を眺めつつ口を開く。

「お前に弟がいなかったら連れてきてねぇんだからな」

「まぁ。そんな薄情なこと言いますの? 酷いお方ですのね」

「はいはいすみませんでした」

 ご機嫌斜めになったご令嬢に少し身を屈め軽くキスをする。これだけで機嫌が直るんだからどれだけ単純なのか。顔を離せばそこにはにっこりとした笑みで、鼻歌を歌いながら窓辺近くにあるベッドに向かっていた。

 あれは別荘で三回目の休暇を過ごしていたとき、会わせたい人がいると言われ連れて行かれたのがアイツの両親の前だった。しかも俺が故郷に帰るときは一緒についていくというおまけ付きで。いや俺は聞いてねぇしそういうのは事前にちゃんと言っていろよと内心ごちりながらも、最初はアイツの両親も首を縦には振らなかった。それもそうだ、娘とはいえ家の役に立たないわけじゃない。由緒正しき家に嫁がせればそれなりの報酬と情報を手に入れることができる。それを跳ね除けたのはアイツ自身だった。

「北のほうの情報は手薄でございましょう? わたくしでしたらしっかりと間違いのない情報を仕入れることもできますし、またその情報網を広めることも容易いですわ」

 情報を金よりも価値のあるものだと思っているバイオレット家は、それを聞いて納得しすんなりと折れてしまった。いや簡単に折れるなよ、せめて跡継ぎである弟だけは異論を唱えろと思ったがあとからやってきた弟も「なるほど」と何やら頷く始末。

「姉上、それならば定期的に連絡を寄越してください」

「もちろんですわ」

「ではいってらっしゃい」

 いってらっしゃい、じゃねぇんだよ俺は一言も喋ってねぇぞ。そもそも俺は由緒正しきお家柄でもなければ騎士になってまだ一年の新人だった。城務めではあったけれど。もっとこう、厳しく審査しろと弟に抗議してみたが「何か問題でも?」と姉弟そっくりな笑顔を向けられ俺は顔を引き攣らせた。もしかしてこの二人、示し合わせていたんじゃねぇかと思うほど話はすんなりと進み終わってしまった。

 そして騎士になり三年が経った頃、俺は無事に希望する場所を選べるようになったときだ。

「先に結婚式を挙げてしまいましょう」

 ゆっくり休んでいたところ唐突にドアが勢いよく開けられ、第一声がそれだった。お前バカじゃねぇのとすんなり言葉が出てしまったのはしょうがない。

「だってわたくしこちらにいつ戻ってくるかわかりませんでしょう?」

「だからって、俺はまだ親にも言ってねぇんだぞ。それなのに勝手に式を挙げるつもりか?」

「ご両親がこちらに来るのも大変ですわ。なので事後報告になって申し訳ないのですが、事前に手紙で知らせてそして故郷に戻ったときにしっかりわたくしを紹介してくださいませ」

「こっちの都合はガン無視か」

 だがまぁ、言いたいことがわからないでもない。故郷に戻れば恐らく何かが起こらない限り首都に戻ってくることはない。だからと言って今すぐ親に知らせ首都に来させるのも時間がかかる。それならこっちが連れていったほうが早い。

「わたくしに美しい花嫁ドレスを着させてくださいませ」

「俺に対して報酬が少ない」

「報酬はわたくしの花嫁姿と、そしてわたくしですわ」

 よくもまぁ胸を張って言えるものだ。こういうところは学園で会話をするようになってから全然、まったく、変わっていない。

 結局あれよあれよと事を進められ式はバイオレット家が取り仕切り、友人とそして元雇い主であったマティス王子にも祝われ式もあっという間に終わってしまった。書くように急かされた手紙も、返事が来たときは驚きを隠せない筆跡でこりゃ帰ったら荒れるなとげっそりしつつ故郷に帰る支度をしたのはつい数日前のこと。

「静かですわね」

 ベッドから外を眺め、そう口にする。それもそうだ、夜も更け人はもうとっくに寝る時間だし雪国ということもあってシンと静まり返っている。俺もベッド腰を下ろし窓から外を眺めた。今日は天気がよかったもののいつもなら深々と雪が降っている。まぁ天気のいい日を選んで移動したわけだけど。

「騒げば隣の部屋に聞こえるぞ」

「まぁ、そうですの? それは残念ですわ」

 首に細い腕が絡まり身体は引っ張られ、後ろに倒れこんだアリシアの上に覆い被さる。

「わたくしにいい考えがありますわ」

「なんだ」

「貴方がわたくしの口を塞げばきっと静かですわよ」

 クスクスと楽しそうに笑う顔に、そしたらそのお望みを叶えてやろうと口を塞ぐ。軽く啄み角度を変えれば細い指が背中にしがみついてきた。

 が、俺は笑いながら顔を離し身体を起こした。ベッドの上で丸い目が俺に向かい、次第にその顔が不貞腐れたように唇を尖らせている。ブーツを脱ぐとベッドの中心を支配しているその身体を端に追いやり、できたスペースに身体を横たわら背中を向ける。

「疲れた、寝る」

「……まぁ。騎士である貴方が行き慣れた道で疲れたと? とても脆い身体ですのね」

 完璧に不貞腐れたアリシアが面白くて喉を鳴らせば八つ当たりのように腰に腕が絡んでくる。確かに俺は雪道にも寒さにも慣れているから体力はまだ残っている。だがお嬢様だったコイツが長時間馬車に揺られ、しかも馬車から降りても雪道をずっと歩いていたため体力はもうほぼ残っていないはずだ。くるりと身体の向きを変えその細い身体を抱き込んでみれば、酒を飲んだにも関わらずまだ身体が冷えていた。

「マッサージしてやろうか」

「まぁ、してくれますの?」

「痛いのがお好みであれば」

「残念ですわ、わたくしマゾではありませんの」

 コイツがマゾだったら俺はどれだけ楽だったことか。このドSめ、と思いながら背中を擦ってやればようやく身体があったまってくる。そのおかげか眠たげに何度か瞬きを繰り返し、胸にグリグリと頭を押し付けてきた。

「……わたくし、ティアラのところに遊びに行きたいですわ」

「お前がこの地に慣れてからな」

「そうですわね」

 結局あのご令嬢もクロイトと一緒に東の地に移った。俺も行ったことはないがあっちはシキとやらがあるものの、気温の変動もそこまで激しくなくだからか常に花が舞っているそうだ。そういう場所だからアイツも大らかに育ったんだなと納得した。

「ヴィクトル」

「なんだ」

「わたくし、貴方に会えて幸せですわ」

 仰向けになれば胸にうっとりとした顔を乗せてきたアリシアに、まぁその顔が別に嫌いじゃないからきっと俺も似たようなものなんだろうなとその頭を軽く撫でた。

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悪役令嬢を口説きたい! みけねこ @calico22

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