第3話

「迎えに来ましたわ」

 飯を食いに行こうかと寮を出ての一発目の言葉だった。今日は休日でのんびりしようと思っていたがそれも露と消えた。思いきり顔を顰めた俺に対し令嬢はにんまりと笑顔を浮かべると、問答無用で俺の腕を引っ張り馬車へと押しこむ。

「必要なものはこちらで準備しましたわ」

 そう言ってゴソゴソと袋から出されたのはロープに大きめの網、そして杭。必要であれば穴を掘る道具も別の馬車に準備してあると付け足される。

「ガチじゃねぇか」

「抜かりはございませんわよ? それと、獲物の出現場所も特定しておりますの」

 次にバサリと地図が取り出され、令嬢の言う『獲物』が通る道を指差す。如何にも狙ってくださいと言わんばかりの森の中だが、向こうもそういうところに隠れて何かをするつもりなんだろう。まさか自分たちが狩られる側になるとは思いもしないだろうから、すんなりとその道を通るに違いない。

 この場所なら罠も張り放題だなと取りあえずどこに罠を張るかを教える。これなら獲物が引っかかるのを待つだけでいい。そう口にすると令嬢は楽しそうに笑い、改めてコイツもコイツでやべぇヤツだと内心ドン引きする。

 森に到着すれば早速罠を張りに掛かる。簡単なものだ、網とロープと杭さえあればいいのだから。故郷でやっていたときと同じように仕掛ければあっという間に終わり、寧ろ獲物が来るのを待つ時間が長くなるぐらいだった。仕掛けから少し距離を離れ適当に時間を潰していたら森に響き渡る悲鳴とバサバサと動く音。令嬢と目を合わせ、早速罠があったところへと向かう。

「まぁまぁ、お見事ですわ」

「簡単に引っかかったな」

 見上げれば網に引っかかった男二人。自分の身に何が起こったのかわからず様子を見に来た俺たちに下ろしてくれと叫んでいる。

「ヴィクトル、取りあえず下ろしてくださる? ああ、網はそのままで」

「ロープ切るぐらい自分でしろよ」

「何分か弱きレディですので」

 そんなか弱い女が罠を張って引っかかった獲物を見て喜ぶかってんだ。ジトッと横目で見てみるとただ口元に手を当てて「おほほ」と笑うだけ。クソでかい溜め息を吐き出してローブをナイフで切る。ドシンという音と共に「いてぇっ」だなんてマヌケな声も聞こえた。

「ヴィクトル、馬車で待っていてくださる? あとはこちらで致しますわ」

 令嬢のその言葉と同時にどこからともなく現れた騎士たち。これ以上首を突っ込むのも厄介だとここは素直に言葉に従った。馬車へ向かって歩き出す俺の後ろでズリズリと引きずるような音と、悲壮に満ちた声。手を出す相手を間違えればこうなるんだなと思ったのと当時に、貴族のやり方に思わずげっそりした。剣術学部のように面と向かって勝負をしようっていう考えはそもそもなさそうだ。

 馬車へ戻り遠慮することなく腰を下ろす。俺って休日に何やってんだろう、と思わなくもない。今頃きっと美味い飯でも食っていたはずなのに。友人にクロイトを持ってしまったことがそもそも厄介事だったか、いやでもクロイト単体だとそう問題ではなかった。まぁゴチャゴチャ考えたところで今となってはもうしょうがない話だ。

「お待たせしましたわ」

 わりと早めに令嬢は戻ってきた。服の端にある僅かな血痕は見なかったことにする。

「拷問はどうだったよ」

「まぁ、人聞きが悪いですこと。わたくしはただ少しだけ情報を聞き出したに過ぎませんわ」

「で? どうだった」

「決して穏やかな内容ではございませんでしたわ」

 どうやらあの二人は例のご令嬢の誘拐でも企てていたらしい。令嬢を盾にしてスノーホワイト家に交渉を持ち込み、自分たちの有利な形で話を進めたかったのだと。わりとわかりやすい穴の空きまくっている計画のような気もするが当人たちは至って真剣だったんだろう。

 取りあえずご令嬢が誘拐される、という件は免れたようでそこはよかったとする。そうでないと万が一そうなったときクロイトが暴走するので。だが目の前の令嬢が言うには心配事は別にあるとのこと。

「どうもアルフレッド王子がティアラに強い恨みを抱いているようですわ。あの貴族たちはそんな王子の感情を利用する計画も立てていたようですし」

「そっちのほうが厄介じゃねぇか。アイツら捕らえたところでアホ王子が大人しくするわけねぇだろ」

「そうなんですの。寧ろ支援者がいなくなって、一人で暴走する確率のほうが高い……近々、大規模な社交パーティーがありますの。そこにはティアラも呼ばれるはずですわ」

 益々もってそっちのほうが厄介だ。貴族の社交パーティーとなると貴族以外は立ち入れられない。見張りも厳しくなるだろうし入り込むのも難しいだろう。

 馬車に揺られながらお互い眉間に皺を寄せる。果たして王子がそこまでやるだろうか、だが人の恨みっていうのは厄介でそう簡単に消えるものでもないし恨みが強ければ強いほど誰にも止められない。俺は腕を組み、令嬢は顎に手を当て何かを考え込んでいる。

「……取りあえず、お前はご令嬢の家に伝えておけよ。俺はクロイトに言っておく」

「そうするのが最善の方法でしょうね、わかりましたわ」

 学園の寮が見え始め馬車はゆっくりと減速する。飯も食わずに来たためいい加減腹が減った。すぐに飯を食いに行こうと馬車から降り、名前を呼ばれて振り返る。

「今日は手伝ってくれて感謝いたしますわ。後日必ず、お礼をしますので」

「期待しないでおく」

「まぁ、そんなこと仰らずに」

 貴族が言うお礼ってなんだよって感じ。金品は別に欲しくはないし俺は大して物欲もあまりない。礼をするなら平穏な時間をくれるのが一番だ。だがまぁ、それはきっとこの令嬢には伝わらないだろうな。ありありとそれがにこやかな表情に出ている。

 馬車が走り去るのを見送ることもせず、俺はようやく飯を食いに店に向かって歩き出した。


 結果は上々だったらしい。あのアホ王子は案の定やらかしたらしいが、前もってご令嬢の家と話し合っていたクロイトが無事にご令嬢を守ることに成功。やらかしたアホ王子は王位継承権を剥奪されていた身の上に、なんと国外追放までされたんだと。処刑されなかったことが意外だったがそれは王の親心とかいうやつか。まぁそんなこんなで、クロイトはちゃっかりご令嬢の婚約者にもなれたようで当人はひたすらデレデレしている。正直気持ち悪いがここは我慢してやろう。

 ただ一つだけ、ご令嬢がしばらく休むからって空いた席を俺で埋めるのはやめろ。何が悲しくて一人で飯を食いたいというのに両側人に挟まれて飯を食わねぇといかないのか。しかも一週間も。

 ご令嬢が休んで二日後、今度はクロイトがご令嬢の家だと思われる馬車に拉致られた。アイツもそこそこガタイがいいがそれをヒョイッと猫のように持ち上げた騎士は流石というかなんというか。特に用事はなかったが巻き込まれたくなかったため俺は友人を見送った。

「……飯でも食うか」

 剣術学部はひたすら身体を動かす学部、っていうことで代謝も半端ない。学食であれだけ食っても腹はすぐに減る、ということでいつもの通り街のほうに行こうとして俺は急いで踵を返した。なんか見たくないものが見えた気がする。

「まぁ。女性を前にして逃げますの?」

 ああ見たくないものは気のせいじゃなかったか。厄介者が来た。

「なんだよ」

「付き合ってくださいまし。予定などないでしょうけれどそれは今ここで埋まりましたわ」

「最悪だ」

「お礼をすると言いましたでしょう?」

 貴族の娘の言う礼というものは一体どんなものか。心の底から疑いの目を向けていると令嬢は何が楽しいのかクスクスと笑った。

「何か奢りますわ」

 そう来たか。確かに変なものを送られたりするよりかはずっとマシだ。それに今俺は腹が減っている。寮に向かおうとしていた足の向きをくるりと変え、制服姿で立っている令嬢の隣を通り過ぎる。向かう場所は決まっていた。

「まぁ、すごいですのね」

 いつもクロイトと飯を食っている飯屋は今日も大繁盛で、中は大体剣術学部の生徒で埋め尽くされている。そんな中で目の前にいる令嬢は当たり前のように浮いていた。

 こんな場所に来たこともない令嬢はめずらしげに店内をキョロキョロを見渡している。が、それを気にすることなくいつものメニューを注文して令嬢にも顎で促した。

「嫌なら帰ってどうぞ」

「こういう場に来たことがなかったので楽しいですわ」

「そうかよ」

 特に喋ることもなくただ黙って待っていれば目の前に置かれた大盛りの飯。令嬢の方はコーヒーとケーキが置かれていた。この店にそんな洒落たもんがあったのか。

 まぁ、気にせずさっさと食おうと早速飯を口に運ぶ。黙々と食い続けていたものの、なぜか俺の飯が減るペースと令嬢のケーキを食うペースが一緒だ。どんだけ食うのが遅いのか、もしくは俺のほうが早いのか。上品にコーヒーを啜る様はここが大盛りを扱っている店とは思えないほどだった。

「長期遠征って、どれほどですの?」

「は?」

「休暇前にあると言っておりましたでしょう? 近々出立するとして、休暇直前に帰ってくるとなると約一ヶ月半はありますわ」

「まぁそれくらいだな」

 去年も確かそれぐらいだったなと飯をすべて食い終え水で喉を潤す。それと同時に令嬢のほうも完食していた。立ち上がり「ごちそうさん」と言えばめずらしく目を丸くしてパチパチと動かしている。

「奢ってくれるんだろ」

「そう言いましたけども、この程度でよろしいんですの?」

 確かにこの店は大盛りを扱っているわりには割安だ。剣術学部の生徒のためにと低く設定してくれている。貴族の令嬢からしたら「この程度」だろう。

「これでチャラだ」

「働きと金額が見合っていませんわ」

 確かに一人の時間は潰されるわなぜか服を着させられてパーティーに出席させられるわ罠の設置を任せられるわ、ここ数日でこの令嬢にこき使われたとは思っている。だがどれも友人が絡んでいたからだ、令嬢単体の頼みなら断っている。

「ダチのために手ぇ貸しただけだろ」

 だからもうこれでいい、あとは放置してくれれば十分。店を出れば会計を済ませた令嬢は小走りでやってくる。別に待っていたつもりでもなければ急かしたわけでもないんだけど。ジッと真顔で見上げてきた令嬢に、めずらしいなとつい思ってしまった。いつもいつも何を考えているかわからない笑顔を貼り付けて、それを見るたびに苦手意識が高まっていく。逆にこうして真顔でいられたほうがマシだった。

「貴方って、友人思いですのね」

 何を言い出すかと思えば。顔を顰め思わず溜め息を吐き出す。

「それはお前だろ。あのご令嬢のために情報収集して厄介な芽も潰して」

 あんなことまでして、とは続けなかった。自分で蒸し返すのもなんだか腹が立ってくる。あのパーティーでやられたのは俺の方でやったのはこの令嬢のほうだ、そこを良しとするのは話が違う。

「取りあえず、俺にゆっくりとできる時間をくれ」

「……わかりましたわ。しばらくは穏やかな時間を過ごせると思います」

 それはよかったと息を吐く。まぁ遠征まで昼食を一緒に取らなきゃいけないのは変わりはないが。クロイトの令嬢の件も片付いたしこれで妙に絡まられることはなくなっただろう。

 来た道を戻り学校の正門まで戻ってきた。見覚えのある馬車にそいつが乗り込んでいくのを何となく眺めてみる。ドアが閉まり窓の向こうにある目と合うと、めずらしくゆるく笑うものだから。俺は息を吐き出しつつ軽く片手を上げた。

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