最終話
ある日美しいお姫様がいました。けれどそのお姫様は偉い人の命令で勝手に結婚相手を決められてしまいます。そのお相手はなんと王子様です。
ですがこの王子様は絵本に出てくるようなかっこいい王子様ではなくとっても悪い子でした。お姫様に酷いことを言ったりしてまったく大切にしません。そんなある日、パーティーでなんとこの王子様は悪女と手を結び、お姫様に酷いことをするのです。ですがお姫様は決して泣きません。とても強く美しいお姫様は常に真っ直ぐ立っている人でした。
でも王子様と悪女に追い詰められたお姫様は、周りから冷たい目で見られます。みんな二人が流した噂を信じているのです。誰よりも優しいお姫様を、誰よりも酷い女だと言うのです。なんて酷いことをするのでしょう。
そんなときです、ある一人の男性がお姫様に跪きそしてプロポーズをします。彼は王子様ではありません、ですが強くたくましい騎士様だったのです。本当は酷く傷付いたお姫様を騎士様は優しく抱きかかえパーティー会場をあとにします。
騎士様はずっとお姫様のことが好きだったのです。酷いことをする王子様からお姫様を助け出したいとずっと思っていたのです。それを知ったお姫様は騎士様のことを好きになります。
そうして真実の愛を知ったお姫様は、騎士様と結婚し仲良く暮らすのでした。
「もう、どこに行ったかと思ったじゃない。ここにいたの?」
「お母さま!」
絵本を読んでいると暗くなって、見上げてみたらお母さまの顔。探したのよ、と困っている顔で言われて私も慌てて謝った。だってこの樹の下で本を読むのが一番好き。時間があればここに来ていつも読んでいる。
「またそれを読んでいたの?」
「うん! だってわたし、このお話大好きだもん!」
「そ、そうなの……」
この本の話をするときお母さまはいつも恥ずかしそうな顔をする。お母さまもこの本のこと好きなのかな、そう思って前に一度聞いてみたら「どうかしら」って言われただけだった。
ちょっとつまんない、とほっぺたを膨らませたらツンツンと突いてくる綺麗な指。お母さまの綺麗な指も綺麗な顔も、優しい笑顔も全部好き。街の人たちだってみんなお母さまのこと綺麗だって言ってる。
きっとこの本に出てくるお姫様もお母さまのように綺麗なんだわ。そう思うともっとこの本が好きになって、ぎゅっと抱きかかえた。
「わたしにもいつか騎士様が現れてくれるのかなぁ」
「あら、王子様じゃなくていいの?」
「王子様はいじわるだからイヤ! 騎士様のほうがかっこいいもん!」
「……絵本でも、その影響は凄まじいわね……」
意味がわからずに首を傾げたらお母さまは楽しそうににこっと笑った。
「騎士様に会うには学園に行かないとね?」
「ここじゃ会えないの?」
「う~ん、ここであなたの騎士様を探すのは難しいんじゃないかしら」
「え~?」
確かにお母さまが言うようにここには絵本に出てくるようなかっこいい騎士様はいないけど。優しい街の人たちにいつも一緒に遊んでいる同じ歳ぐらいの子と、そしていつもいたずらしてくる男の子。
かっこいい男の人、って思い浮かんだのはたった一人。
「駄目よ。その人は私の騎士様なんだから」
でもわたしがそう思った瞬間、お母さまは綺麗に笑ってそう言った。どうしてわたしの考えてたことがわかったんだろう。お母さまにどうしてわかったのか聞いてみれば「わかるわ、私の子だもの」って、またすごく綺麗な笑顔をした。
遠くから聞こえてきた声にパッと顔を上げたのはお母さま。わたしもお母さまにつられて顔を上げて声のするほうを向いてみた。手を大きく振って、こっちに歩いてきている男の人。
「お父さま!」
かっこいい騎士様の格好をしているお父さまに駆け寄れば、軽々とわたしを笑顔で抱きかかえてくれた。
「お~元気だな」
「おかえりなさい」
「ただいま」
わたしのあとから歩いてきたお母さまがお父さまにそう言って、そしてお父さまは空いている片方の腕でお母さまを抱き寄せてほっぺたにキスをした。お父さまは帰ってきたら必ずお母さまにキスをする。わたし知ってるわ、他の絵本でお勉強したもの。
これってお父さまとお母さまが『ラブラブ』だっていうことなんでしょう?
「どうだったの?」
「緊急要請っていうから急いで行ってみればただの新人指導だったよ。んなこと俺以外にもできるだろうがって、しょーもねぇことで呼び出しやがって」
「うっうんっ」
「おっと」
お父さまの言葉遣いが荒くなったらお母さまはこうやって注意をする。お母さまが言うには、わたしが真似をして荒い言葉を使わないようにするためだって。だからお父さまも急いで手で口を閉じて、わたしと目が合った瞬間にっこりと笑った。
帰りましょう、とお母さまが言って三人一緒に歩き出す。お父さまがいない間お母さま寂しそうな顔をしていたけれど、今とっても嬉しそう。お父さまもお母さまにずっとにこにこ笑っていた。そんな二人を見ているとわたしも幸せになってくる。
「アリシアから手紙が来たわ。今度遊びに来るって」
「ってことは、またヴィクトルのすっげぇしかめっ面を見ることになるのか。見事に尻に敷かれちまって」
「あら、あなたは敷かれてないの?」
お母さまが楽しそうに顔をして、それにお父さまはフッと笑って顔をお母さまの耳元に寄せた。
「俺は喜んで敷かれてるから」
内緒話のつもりだったんだろうけど、お父さまはまだわたしを抱えているから二人との距離が近い。きっとお父さまはわたしにも聞こえたってわかってる。きゃって叫びそうになったのを両手で口を塞いで我慢したわたしにちょこっと笑顔を向けて、そして次に顔が真っ赤になっちゃってるお母さまに視線を向ける。お母さまは少し固まったあと、「もう!」って叫びながらお父さまの腕をバシバシと叩いてた。でもお父さますっごく身体が丈夫だから、全然痛くなさそう。
お母さまは一度咳払いをしてお友達を迎え入れる準備をしなきゃって、色々とお父さまと相談し始めた。
アリシアお姉さまとヴィクトルお兄さまは知ってる。お母さまとお父さまの大切なお友達。前に来たときアリシアお姉さまからは綺麗なお洋服をもらって、ヴィクトルお兄さまからは美味しいお菓子をもらった。笑顔でお礼を言えば二人はどっちにも似てるとかなんとか言っていたっけ。
「移動が以前に比べて楽になったとはいえ、そもそも距離があるからそう滅多に会えないわね……」
「でもマティスが王になってかなり変わったよな。まぁ、だから俺もよく呼び出されるんだけど」
「それについてはシミオンも苦言を呈しているそうよ。呼びすぎだって」
「もっと言ってやれ眼鏡……」
わたしのよくわからない話しになって首を傾げていると、お父さまがそんなわたしに気付いて「そのうち教えるよ」と言ってくれた。多分この街の外についての話だとは思う。わたしはまだこの街から出たことがないから外がどういうところなのか、お父さまがよく行ってる首都がどういう場所なのかとても気になる。
「絵本読んでたのか?」
「うん!」
お父さまが私が抱えていた本に気付いてそう聞いてくる。よく見えるように両手にしっかり持ってお父さまの顔の前に出した。
「お姫様と騎士様のお話! わたしこれすっごく好きなの!」
「へ~、いいじゃん。面白い?」
「うん!」
なんだかお父さまがニヤニヤした顔でお母さまを見てる。視線に気付いたお母さまが今度はお父さまの背中を思いきり叩いてた。「いてっ」って声が聞こえてきたけど、でもお父さまは嬉しそう。
「いつか騎士様に現れてほしいんですって」
「王子様じゃないんだ?」
「騎士様のほうがかっこいいもん!」
王子様を見たことはないけど、かっこいい騎士様はいつも見てる。でもそのかっこいい騎士様はお母さまのだから、わたしだけの騎士様が現れないかなって思っちゃう。
「でもいつかこの子もそういう人が現れるのよね」
「そうだよなぁ……でもこの愛らしさと可愛さと将来絶対美人になるであろうこの美貌を理解してくれる男じゃねぇと」
「……なんだかとっても聞き覚えのある言葉だわ」
「だろうな!」
あなたにそっくりだから、というお父さまの言葉にお母さまの顔はまた真っ赤。二人が一緒にいればよくあることだからわたしもいつものことだってもう気にしなくなっちゃった。お母さまはすごく照れ屋で、お父さまはそんなお母さまのことよくわかってて照れそうな言葉をたくさん言ってる。
でもお母さまは怒っても、嬉しそうな顔をする。お父さまもものすごく優しい顔をする。そんな二人を見ていたらわたしは尚更この絵本のような出会いをしたくなってきちゃう。
「お父さま、下ろして?」
「わかりました、お姫様」
お願いすればそう言ってお父さまはすんなりわたしを下ろしてくれる。地面に着地したあとお父さまとお母さまの間に立って、しっかりと二人と手を繋いだ。絵本はお母さまが持ってくれてる。
「お前が大きくなったら、その絵本の詳しいこと教えてあげるよ」
「ほんと?! もしかしてこのお話に続きがあるの?」
「あるよ。それはお母さまだってよぉーく知ってる」
「そうなの? お母さま!」
「え、ええ、そうね……余計なこと言わないで!」
最後のほうは声が小さくて聞こえなかったけど、でもわたしの頭上のほうで楽しそうな声がしてるからまたラブラブしてるんだと思う。
ちょこっとだけ顔を上げてみたい気もしたけど、こういうときは見たらいけませんっておじいさまが言ってた。だから二人の手をぎゅっと握ったんだけど、それと同時にチュって音が聞こえた。
お父さまとお母さまが一緒にいて、そして顔を上げたら風がざぁっと吹いたあとに花びらがいっぱい舞っている。わたしだけの騎士様にも会いたいけど、でも今はまだお父さまとお母さまと一緒にこの街にいたいかなって思った。
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