第19話

 あの元王子の騒動のときもそしてそのあとの学園の休みも、すべてブルクハルトさんの手筈通りだった。流石の手腕というか、だからこそ貴族の中でも中立を保っていられるんだろう。けどあまりにも予想通りすぎて貴族って怖ぇなって少しだけ思ってしまったのは内緒で。

 七日間ティアラさんは学園を休む。ティアラさんの家族がこぞって休めと言ったのは、本人が気付かないうちに身体も心も負担が大きく伸し掛かっていたからだ。あんなにも罵倒され凶器を向けられ、毅然と立っていたけれど本当は震えるほど怖かった、普通の女の子。俺も七日間とは言わず気のすむまで休んでもたいたい。

 バイオレットさん寂しがるだろうなぁと思いつつ俺はいつも通りに学園に向かった。まずはヴィクトルだ。剣術学部の校舎に向かえばすぐに見つけられた姿に俺は突進した。

「いってぇな!」

「おはよう、ヴィクトル」

「いらねぇ目覚ましだなオイ!」

 後ろからアタックしたからもろに腰に来たらしく、押さえながら振り返ったヴィクトルだがこの程度でコイツの骨が折れることはまずない。まぁまぁ、と笑顔で返せば軽く頭を叩かれた。なんだかんだでこの友人は根っからのいい奴だから文句を言いながらも付き合ってくれる。

 ってことで、更にもっと付き合ってもらうじゃねぇのと肩に腕を回した。それだけで嫌な予感がしたのか逃走を図ろうと動き出した身体を、グッと腕に力を入れて動きを封じ込める。

「ヴィクトル、しばらく俺と一緒に飯を食おう」

「何に巻き込むつもりだ」

「人聞き悪いこと言うなよ~。悪いようにはしねぇって、な?」

「なんだその悪党が言うセリフは」

「まぁまぁ」

 まぁまぁじゃねぇよっていう言葉にまぁまぁと返しそのまま校舎へと入る。ティアラさんが学園にいなくても授業内容が変わることはない。普通に授業があるように、俺も普段通りに授業を受けるだけだ。ただいつもと違うのは、朝も昼も放課後も綺麗な姿が見れないだけ。そこがちょっと、いやかなり、残念ではあるけれど。

 そうしていつものように教官にビシバシと鍛えられ、一体何度シャワーを浴びに行くんだと思うほどシャワーで汗を流し昼食の時間を迎える。いつものように人気のない静かな場所へ向かおうとしていたヴィクトルを捕まえ、一緒に食堂に向かった。

「お前まさか」

「まぁまぁ」

「朝からまぁまぁしか言わねぇじゃねぇか」

 だってきちんと説明すればこの友人は真っ先に逃げる。面倒事は嫌いだし貴族に対していい印象も持っていない。けどこの数日間ヴィクトルにいてもらわなければ俺は困る。

 中々にすごい顔をしているヴィクトルの腕を引っ張り、昼食を持って中庭に向かった。いつも食べている椅子ではバイオレットさんが一人で座っている。声をかけたらパッと顔が上がり、そしてすぐに俺に引っ張られているヴィクトルに視線が向かって楽しげに笑った。

「バイオレットさん、一緒に食いましょ。一人は寂しいでしょ」

「別に構いませんわよ? でもそうですわね。誰かと一緒に食事を取るということに慣れてしまったから、お誘いを受けようかしら」

「俺がいる必要あんのか」

 嫌そうにグイグイと腕を振り解こうとしているヴィクトルに、満面の笑みを向ける。

「お前がいなきゃ俺は困る。バイオレットさんと二人っきりで飯食って変な噂流されたら困るだろ」

「お前ぇ……利己的過ぎるだろ……!」

「まぁまぁヴィクトル、わたくしも彼の意見には賛成ですわ。あらぬ噂を流されてティアラが悲しむのは嫌ですもの。さ、お座りになって」

「クソほど『まぁまぁ』を聞いて嫌になる」

 そんなヴィクトルにバイオレットさんと「まぁまぁ」と声をかけて腕を引っ張り、真ん中に座らせる。

「俺をご令嬢の代わりにすんな!」

「いやいつもこのスタイルで慣れちまってるからさ。いいじゃねぇの、喋りやすいだろ?」

「そうですわ、わたくしもこちらのほうが喋りやすいですし」

 顔を顰めてイライラしてるヴィクトルにバイオレットさんと視線を合わせて、そしてお互いに笑みを向ける。別に俺たちはヴィクトルをからかおうだなんて思ってはいない、ただ楽しんでいるだけだ。まぁそれを口にしたらこの友人は暴れそうだから黙っておくけれど。

 そんなヴィクトルを宥めつつ昼食タイムだ。俺とヴィクトルは相変わらず山盛り、バイオレットさんは以前よりも量は増えたような気がするけどやっぱり俺たちにとっては全然足りない量。食いながら隣でヴィクトルが「それだけで足りんのか」だなんてバイオレットさんに声をかけていた。「いつもと同じでしょう?」と会話を続けている二人を視界の端に入れつつ、パンを齧りつつついつい口角が上がる。なんだかんだで仲良くなっている二人に内心ほくそ笑んだ。

「バイオレットさん、情報ありがとうございました。ヴィクトルも」

 二人をニヤニヤ眺めていて忘れるところだった。礼はしっかりと言っておかねばと頭を下げれば「いいですのよ」と言葉が返ってきた。

「礼を言われるほどでもねぇよ。俺はただ聞いたことを伝えただけだ」

「流石に休憩以外で別の校舎に行くのは時間が足りませんもの」

「そうでしたか」

 ってことは二人はお互い何か伝える方法があるってことか? へー、ほー、と相槌を打っていると隣から頭を叩かれた。

「でもいい方向に進んでよかったですわ。ブルクハルト様も声高々に貴方方が婚約していると言っていましたし。全方位に牽制する様は見事でしたわ」

「え? クロイトお前婚約者になったのか?」

「なっちゃったわー、へへっ」

「気っ持ち悪い顔すんな。でもお前、家のことご令嬢に言ったのかよ」

「それがなぁ」

 そう、ブルクハルトさんの手腕でトントン拍子に婚約者になったのはよかったものの、意外にもこっちはそこまで順調に行っていなかった。いやお互いの仲はかなり順調に進んでいる。あの恥ずかしがり屋の初心なティアラさんが自分の気持ちを言葉にすることが増えてきた。

 ただ俺はまだ彼女に伝えきれていないことが多々あって、時間があるときにしっかりと伝えなければと思っていたんだがその度に色々と起きていて中々伝えきれていない。手に顎を乗せウンウンと思わず唸ってしまう。

「言おう言おうとは思ってんだけどな、タイミングがクソ悪すぎて」

「確かにタイミング悪いな。しばらくご令嬢休むんだろ? それに俺らそろそろ遠征じゃねぇか」

「遠征って、なんですの?」

「剣術学部毎年恒例のやつです」

 学園の長期休暇の前に行われる、毎年恒例の長期遠征だ。剣術学部には騎士になったとき長期討伐などを想定してそういう訓練がある。もちろん学年関係なしに剣術学部であれば全員強制参加。俺もヴィクトルも去年参加していて、その過酷さをすでに味わっている。

「もしかしてティアラと入れ違いになる可能性がありますの?」

「……その可能性、大ですね」

 バイオレットさんの仰る通りティアラさんがもし七日間休むとなればティアラさんが学園に顔を出したとき、俺たちは恐らく出立している。それを事前に言いたかったんだけどその前に社交パーティーがあったものだから言えずにいた。しかも元王子があんなことしたものだから、ただの社交パーティーで終わればきっと伝えることはできていたはず。

 どこまでいっても腹立つ男だな、とギリリと奥歯を噛み締めたけれど過ぎたことはどうしようもない。取りあえず遠征があることだけは伝えたいけどそれもティアラさんの体調次第だ。

「ティアラには早めに言っておいたほうがいいですわ。まぁ……更に、とても、落ち込むとは思いますけども」

「……そうっすよね~! しんどいときに更に落ち込ませるようなこと言いたくはないんですけど!」

「何も聞かされずに出立されたほうがショックなんじゃねぇの」

「そうだよなぁ~! マジタイミングが悪すぎる!」

 頭を抱えて唸ることしかできない。デレデレする前にもっと早く言うべきだった! 遠征のこともだけど家のこととかも!

 唸り声上げている隣でヴィクトルは「ご愁傷様」と慰めているのかトドメ刺してるのかわからない言葉吐いてくる。なんて冷たい男なんだ慰めるならしっかりと慰めてくれ。

「……貴方の家についてわたくしもよく知りませんけども」

「あれ、そうなんですか?」

 情報収集得意そうなバイオレットさんのことだからしっかりもう調べているものかと思っていた。ブルクハルトさんを始めスノーホワイト家とそれに仕えている人たちはすでに知っているようだったから。

 バイオレットさんは令嬢らしく綺麗に笑ってみせると「友人の先を越すことはできませんわ」と口にした。

「わたくしはティアラから聞きますわ。だから早めに言ってさしあげて?」

「……そうですね」

 一通り話も終わって残っていた飯を食いきって予鈴がなるまでしばらく談笑していた。主にヴィクトルに話しかけているバイオレットさん、っていう二人の姿を俺が見ていただけだけど。あれだけ貴族が苦手だと言っていたわりには渋い顔しつつ聞かれた言葉には全部返しているし、それに気付いているバイオレットさんも楽しそうにしている。

 ヴィクトルとバイオレットさんから見て俺とティアラさんもこんな感じに見えてたのかなぁ、とか思うと自然に表情が緩む。それを見たヴィクトルはドン引きしていたけど俺は気にしない。

 ともあれ、どうやってティアラさんに伝えるかだよなぁと一つ息を吐き出す。今はゆっくりしてもらいたいけど、それを待っていたら本当に言うタイミングがなくなってしまう。お屋敷にお邪魔してもお兄さんがすっげぇ顔しそうだし。ブルクハルトさんとフェリシアさんと違ってお兄さんはまだ納得していなさそうだった。

 ふぅ、と息を吐き出せば丁度予鈴が鳴ってバイオレットさんと手を振って別れ、ヴィクトルと共に校舎に戻った。


 さてはてどうしようかといい案も思い浮かばないまま二日経ってしまった。ティアラさんは落ち着いた日々を過ごしているとブルクハルトさんが手紙で教えてくれているけど。会いに行っても大丈夫かどうか、返事で書いてみるかと放課後正門に向かって歩く。ティアラさんもいないためヴィクトルと飯でも食いに行こうっていう話をしながら歩いていたときだった。

「おいクロイト」

「ん? なん……ぅおっ?!」

 ヴィクトルのほうを向いて話をしていたため突然目の前にぬっと現れた人物に気付くのが遅れた。驚きを声に出せば目の前の人物と目が合い、なぜかお辞儀をされた。

「……俺野暮用思い出した。また明日な、クロイト」

「え? お前今日何もないって……さっきからなんだ?!」

 しれっとヴィクトルが去って行ったかと思ったら今度は目の前の人物に首根っこを捕まれ、そしていつの間にか来ていた馬車の中に放り込まれた。いやこの馬車滅茶苦茶見覚えある、っていうか数日前までほぼ毎日見ていた馬車だ見間違うはずがない。ドアのほうに振り返れば鎧を着た人物が深々と頭を下げパタンとドアを閉じた。

「こんにちはクロイトさん。飛ばしますので頭を打たないよう気を付けてください」

 そう笑顔で俺に忠告したのはいつもティアラさんの送り迎えをしている御者の人だ。あ、どうもお久しぶりですと言う前に馬車は走りだし、御者さんが言っていたとおりいつもののんびりとした走行ではなくガタガタ鳴らすほどの勢いで馬車は街の中を駆けていった。

「到着しました」

「ケツいてぇ~……」

 あっという間に目的地に着いたようで、声と同時にドアを開く。頭は打たなかったものの馬車の中が結構跳ねていたためケツにダメージを喰らった。ケツを押さえつつ馬車から降りれば、やっぱり見覚えのある建物。相変わらず門から屋敷までの距離が遠い、だなんて思っていると遠くからこっちに走ってくる姿が視界に入った。

「クロイト!」

「ティアラさん!」

 いつもより軽装でふんわりとした服を着ているティアラさんが走り寄った俺の腕に飛び込んできた。いやいい香りするな、と思いつつ御者の人とさっきの俺を馬車に放り込んだ人の視線を感じて急いで身体を放す。

「しばらく屋敷から出るなってお兄様に言われて……だからあなたを連れてくるようにお願いしたんだけど」

「お招き嬉しいです。けど、どうして騎士を?」

 直接会話をしたことはなかったが彼がスノーホワイト家の騎士だということは知っていた。何度も見かけるだけで挨拶はしたことはない。それもそうだ、彼らの護衛対象はスノーホワイト家の人たちであって俺はその対象に入ってはいない。

 すると俺の問いかけに一度目を丸くしたティアラさんは次にクスリと笑みをこぼした。

「だってあなた、私の婚約者じゃない。護衛の対象者よ」

「マジっすか」

 剣術学部の生徒に護衛をつかせるなんて変な話だな、と思ったけれどどうやらティアラさんは俺がきちんと屋敷に来るための手配をしてくれたようで。お礼の代わりにまだそこで立っている二人に頭を下げれば、御者の人は笑顔で騎士の人は真顔で頭を下げた。

 護衛対象者になったのはいいけど、扱いが結構雑だったよなとは言わないでおっとく。別にあの人が悪い人ではないということは目を見ればわかる。真面目でスノーホワイト家に忠誠を誓っている、俺よりもずっと実力のある人だ。騎士としての経験が俺よりもずっとある様子で、尊敬はするもののその逆の感情はまったく湧き出ない。

「ティアラさん、体調はどうですか?」

「私は元気よ。でもお父様もお兄様も念には念を入れてまだ休んでいろと言うのよ」

「それだけ大切にされているんですよ」

「わかっているわ。でも……」

 あなたに会えないじゃない、と小さく絞り出された声にギュンッとハートが鳴る。頼むからまだひと目があるところでそんな可愛いことを言わないでほしい。婚約者、と言ってくれるけど俺はまだ手を出すわけにはいかない。

 とにかく今は可愛いを堪能しよう、と隣を歩いていたんだがどうやら目的地が違う。客室とは違う方向へ歩いているティアラさんに首を傾げつつ、どんどん見覚えのある廊下が見えてきてまさかと内心冷や汗だ。いやいやまさか、そんなまさか。

「ティ、ティアラさん? そっちは……」

 立ち止まったドアの向こうは、ティアラさんの自室だ。

 引き返そうとしていた俺の腕をティアラさんがグッと掴み、そこから動けなくなる。力任せに振り払うことはできるけれどティアラさんにそんな手荒なマネはできないし、ティアラさんもそれをわかっている。彼女は少し眉間に皺を寄せつつも顔を赤らめて、俺のほうに僅かに背伸びをしてきた。

「……大丈夫よ、お父様はもちろんお兄様今日は仕事で出ているもの」

 それ耳元で言ったらいけないやつ。

 駄目でしょ男にそんなこと言ったら駄目でしょ。男がその気になってしまったらあなた一体どうするんですいや俺は意地でも堪えてみせますけどでもそんなことホイホイ言ったら駄目でしょ。

 という言葉を口には出さずに頭の中でずっとグルグル回っている。わざとか天然か、いや初心なこの人がそんなことできるはずがないっていうことは天然だ。恐ろしい天然なんて恐ろしいんだ。

 クロイト? と首を傾げられ開け放たれている部屋に腕を引っ張られる。ろくな抵抗もできずに足は等々部屋に踏み入れてしまった。さぁここからは俺の正念場だ。

「どうしたのよクロイト。様子が変よ?」

「俺の様子が変なのはいつものことです」

「……確かに」

「いやそこ納得するんですか?」

「ふふっ、冗談よ。椅子に座ってて。今アイリーにお茶を持ってきてもらうから」

 よかった第三者がいるんだとホッと一息。ここで本当に二人っきりだったらいよいよやばかった。だって俺は心底ティアラさんに惚れていて、そんでもって年頃の男なもので。彼女の香りで満たされている部屋で何も思わないわけがない。けれど大人しく椅子で待っているとメイドさんがお茶を持ってきてくれて、それはもうものすごくにこやかな顔で俺の応対をしてくれる。

「お嬢様ったらいつも物思いに耽てらっしゃるかと思えば、クロイト様の名を口にするんです。私たちはもう微笑ましくて」

「私そんなこと言っていた?!」

「言っておりました。証人は多々おります」

「……もう! そのときに注意してよ!」

「申し訳ございません」

 微笑ましいやり取りに俺もお茶を飲みつつ笑顔を浮かべる。頼むメイドさん、ずっとこの場にいてくれ。あなたがいないとお宅のお嬢さん狼に食われちまいますよ、と目が合ったときに視線で訴える。すると彼女はハッとした顔をしてしっかりと頷くと、なぜかこっそりティアラさんに見えないところで親指を立てた。

「ではお嬢様、ご用がありましたらお呼びください」

「ええ、ありがとう」

 サッと立ち上がったメイドさんは俺に軽くウインクをすると颯爽と部屋を出て行くって違うそうじゃない!! ティアラさんと二人っきりにさせてくれという視線じゃない二人っきりにさせないでほしいっていう視線を送ったつもりだ俺は!

 だが無情にもドアはパタリと閉まりティアラさんの部屋でそのティアラさんと二人っきり。少しだけあのメイドさんが恨めしく思ってしまった。

「クロイト」

「なんですかっ?」

 スッと肩が触れ合うぐらいにまで距離を縮めるティアラさん。思わず身を引きそうになるところをグッと踏みとどまる。きっとそんなことをしてしまえばこの人を傷付けてしまう。

 頑張れ、とにかく頑張れ俺の精神力。と自分を鼓舞するしかない。

「あなたにお願いがあるのだけれど……」

「いいですよ? なんですか?」

 なんだお願いか、と思いにこやかに言葉を返せば彼女は一度言い淀み、そしてサッと顔を赤らめたまま視線を逸らした。

「……あなたの故郷に行ってみたいの」

「え? マジっすか」

「……何か問題あるの?」

 問題はない、俺の故郷に来てくれるだなんて嬉しいに決まっている。ただ。

「いやぁ……結構遠いんですよ。俺だって馬車使うぐらい」

「あなたが、馬車を……?!」

「そうですそうです」

 ティアラさんの家から学園まで馬車を使わずに徒歩移動しようとしていた俺だ、それなりに体力の自信はあるがその俺でも故郷に帰るときには馬車を使わざるを得ない。その距離をティアラさんに移動させるとなると不安が大きい。果たして故郷にたどり着くまでに彼女の体力は無事でいられるだろうかと。もちろん、その距離のせいで荷物だって多くなる。

 でもティアラさんは真剣な眼差しで、さっきはすぐに逸らした視線をすぐに俺に戻してきた。

「……それでも、それでも行ってみたいわ。だってあなたはスノーホワイト家に来て、お父様たちとしっかり親交を深めているのに私はあなたの家族のこと全然知らないんだもの」

「……すみません、俺も何度も言おうとは思っていたんですけど」

「あなたが言おうとしてくれていたこと私は知っているわ。ただタイミングがいつも悪かったのよ」

 仰る通りです。いつも言おうとしていたら何かあったり起こったりして今まで話せずじまいだった。

 ティアラさんが真剣にそう思ってくれているのであれば俺だってそれに応えたい。それならば学園の長期休暇のときに一緒に帰りましょうと笑顔で言えば彼女の顔がパッと輝いた。そんなに感情を顔に乗せる喜んでくれているのだと思うと、俺の顔も自然と綻ぶ。

 俺の家については故郷に帰ったときに説明するとしよう。そうしたほうがきっとティアラさんもわかりやすいだろうし。長期休暇の予定は決まったとして、俺はあと一つ彼女に伝えなければいけないことがある。

「ティアラさん、実は長期休暇前に長期遠征があるんです」

「長期遠征?」

 バイオレットさんに話したようにティアラさんにも説明する。あと数日すれば出立するということ、長期休暇前まで学園に戻ってこないこと。

「あなたが去年里帰りできなかったのって」

「去年はもうしんどすぎて動けなかったんですよね。故郷に帰る体力気力共に残っていなくて。まぁ今年は一度経験しているし大丈夫とは思うんですけど」

「そうだったのね」

 説明に納得して何やら考え込んでいるティアラさんは、最初こそ真剣な顔をしていたけどそれが徐々に悲しげに眉がハの字になっていく。

 そうだ、ティアラさんが学園に来る頃には俺は出立していて長期休暇まで戻ってこない。つまりお互い長期休暇までまったく会えないということだ。今日はティアラさんが俺をお招きしてくれたけどあと数日間同じような手を使えるとは限らない。恐らく、お兄さんが勘付いてティアラさんに釘を刺すだろうから。

「……遠征って、怪我をするの?」

「するときもありますね。騎士の遠征と同じことをするんで」

「そうなの……」

 どんどんと沈んでいく声に俺も困り顔になる。こればっかりはどうしようもない。

 ティアラさん、と顔を覗き込もうとして身体をピタリと止める。なんか見える。薄っすらと開いているドアの向こうにいくつかの目がこっちを凝視しているのが見える。心配で、というよりもあれは好奇心だ。少し見えた口角が完璧ににんまりと上がっていた。

 彼女にも教えたほうがいいよなと口を開こうとしたとき、頬辺りからチュッと可愛らしい音が聞こえた。目を丸くして視線を落とせば、顔を真っ赤にしながらもこっちを見上げてくる目。あざと可愛い。

「け、怪我をせずに帰ってこれるおまじない」

 なぜ今このタイミングでそんな可愛らしいことを。見られてる、俺たち見られてるんですよティアラさん。メイドさんの一人が興奮して今にも叫びだしそうにしているんですよすぐそこで。

 何度も言うがここはティアラさんの自室、そして俺は屋敷の人たちに見られている。ここで手を出すことができるはずがない。まだ俺を見上げてくるティアラさんに喉を唸らせ、グッと一度堪えて小さく細く息を吐きだす。もう一度確認のためにチラッと視線を向ければ、なぜかゴーサインを出されている。

 あとで口止めお願いしよう、と俺は腕を伸ばし彼女を思いきり抱き寄せた。

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