第18話

「お嬢様!」

 屋敷に帰れば血相を変えてアイリーが出迎えてくれた。屋敷の中も慌ただしい。お父様とお母様の姿が見えないけれど、先程のパーティーの騒動で出払ったのだと言う。

「クロイト様、どうか今日は屋敷に留まってください。旦那様も奥様も出ているため、屋敷にはお嬢様一人になってしまいます。必要なものはすべてこちらで揃えるのでどうか」

「わかりました、それじゃお言葉に甘えて」

 執事の言葉に彼は快く承諾し、そして客室へと案内される。私はアイリーに支えてもらいながら自室へと戻り、そして身につけていたものをすべて外した。少しでも気持ちが和らぐようにと彼女たちが用意してくれたあたたかい湯船にも浸かり、そこでようやく全身の力が抜けたような気がした。

「お嬢様……つらかったでしょう。私共がパーティーのときに傍にいられたらどれほどよかったことか」

「いいのよアイリー……その言葉だけでも十分に嬉しいから」

「お嬢様……! 今日はどうかごゆっくりなさってください。何かあったらすぐにお声をおかけくださいね」

「ええ……そうするわ」

 着替えも済ませ自室に戻り、私の震えがなくなるまでずっと傍にいてくれたアイリー。料理長があたたまる食事でもと言ってくれたけれど、それは申し訳ないけれど遠慮した。今は何も喉を通りそうにない。

 バタバタしている中いつの間にか日は傾き辺りは暗くなっていた。お父様もお母様も、そしてお兄様も未だに戻ってこない。せめてすぐにでも気力が戻るように休みたいと思って横になってみたけれど、まったく眠れる気がしなかった。目を閉じれば目の前に狂気に支配されているアルフレッドの顔が迫ってくる。あんなにも恐ろしい顔を人間がするなんて、とその度に目を開けてしまう。

 起き上がりゆっくりとベッドから足を下ろし、そして自室のドアを開ける。アイリーを呼ぶのが一番いいのかもしれない、けれど私の足は知らず知らずのうちにとある部屋へと向かっていた。その部屋のドアの前に立ち、ノックをしようとしていた手がピタリと止まる。辺りはもう暗く、もしかしたら休んでいるかもしれない。私の我が儘で起こしてもいいのだろうか。

 自室に戻ろう、と手を下げたのと同時に目の前のドアが開く。隙間から見えた顔は眠気眼ではなく、しっかりとしている目だった。

「眠れませんか? ティアラさん」

「……ごめんなさい、クロイト」

「謝ることなんてないですよ。この部屋に入ります? あ、ってか入れても大丈夫なんでしょうかね……?!」

 確かに貴族の娘が夜中に男性の部屋に一人で行くなんて褒められるものではない。でも今はお父様もお母様もお兄様もいない。恐らく明日にならなければ帰ってこない。

「秘密にしていれば大丈夫よ、きっと」

「そうですか? それならどうぞ」

 暗かった部屋に明かりが灯されパッと部屋の中が明るくなる。思わずまぶしさに数回瞬きを繰り返している間に椅子に勧められ、言われるがまま大人しく腰を下ろした。

「ティアラさんちょっと待っててくださいね」

 そう言うと彼は一度部屋から出た。やっぱり訪ねてきたのは迷惑だったかしら、と落ち込みそうになりながら彼が言っていたとおり大人しく待っていれば意外にも早くドアは開かれた。

 そして戻ってきたクロイトの手にはティーセット。この屋敷にあるものだから見慣れているものなのに、けれど一つだけ初めて見るものがあった。

「お願いして準備してもらったんですよね。俺の故郷のお茶で、飲むと落ち着きますよ」

「……あなたってお茶も淹れられるの?」

「これそんな難しいもんじゃないんですよ。だから俺みたいな奴でも簡単に淹れられます」

 味の保証はしませんけど、と笑った彼につられて私の頬も緩んだ。彼が言っていたとおり本当に茶葉が入っているポットにお湯を淹れてそしてカップに注ぐだけ。本当に小さな子どもでもできる簡単なものだ。でもカップからは優しい香りがしてあたたかいうちにと口を付ける。今まで飲んだことのない味だったけれど、でも確かに心が安らぐ。カップから口を外せば自然と口からホッと安堵の声がもれた。

「……ねぇ、クロイト。あの格好はどうしたの?」

「あああれですか? ブルクハルトさんたちが準備してくれてたみたいです。ぴったりサイズで俺もびっくりしましたよ」

 ということはきっとあの場にクロイトが現れることをお父様もそしてお兄様も知っていたということだ。いつの間にそんな準備を、と驚いたけれどそういえば父と彼はいつの間にか文通をしていたのだった。それにしてもあまりにも用意周到だったような気がする。貴族ではないクロイトはどうやってあの会場に入ったのだろう。お兄様かお父様がこっそり入れるように手引きしていたとしても、あの厳重な警備の中掻い潜ってくるのも難しいだろうに。

 私の隣で同じようにお茶を飲んでいたクロイトは「実はですね」と話を切り出した。

「貴族の中で妙な動きをしている奴らがいたらしくて、色んな人が情報収集していたんです。俺もヴィクトル伝手で聞いて。んで、今回念のためにとブルクハルトさんからお願いされて」

「……私は何も聞かされていなかったわ」

「みんなティアラさんに余計な心配をかけさせたくはなかったんですよ。ただ――」

 クロイトが手を伸ばし私の髪がさらりと流れる。小さく俯いている私の様子を伺うようにそっと顔を覗き込み、いつも笑顔を浮かべている表情をぐっと歪ませた。

「もう少し早く着いていればよかったですね」

 そんなことはない、あれだけの騒ぎと人混みの中私のところまでやってくるのも大変だったはず。お兄様ですら流されていたのに彼はナイフが私に届く前に駆けつけそのナイフを飛ばし、そしてアルフレッドを拘束してくれた。寧ろ私はお礼を言わなければならない。ありがとう、と少し声が震えてしまったのが悔しかったけれど、クロイトは微笑み返してくれた。

「……人って、あんな風になるのね」

「なる奴はなるでしょうね。しかも自分がやらかしたことをすべて人のせいにして――もっと強く押さえつければよかったかな」

 最後のほうはクロイト的にはボソボソ言ったつもりだろうけれど、これだけ近くにいるのだから流石に私の耳には届いている。あれでも手加減してくれていたのねと苦笑をもらし、ほんの少しだけ、その肩に寄り添ってみた。

「啖呵を切る姿、カッコ良かったですよ」

「わ、私は本当のことを言ったまでよ」

「あの状況で臆することなく面と向かって言える女性って、あんまりいないんじゃないんですか?」

 そういうものかしら、と考えていると彼は小さく笑った。

「だから、俺が惚れた女性って本当に美しい人なんだなって思いましたよ」

 それはきっと見た目の話ではない。彼は楽しそうに嬉しそうにそう言うものだから、あまりにも愛情をたっぷり乗せて言うものだから。やっぱり直視できなくなって思わず視線を逸らしてしまった。

 でもこんなことしていて可愛げのない女だとは思われたくない。せめて彼のように、自分が思ったことを素直に口に出すことができれば。

「わ、私が慕っている人も、強くて頼り甲斐があるわ」

「おっ、そうなんですか?」

「……もう! 顔がにやついているわよ!」

「ははっ、すみませんすみません。ありがとうございます」

 思い切って素直に口にしてみたけれど、それ以上に彼のほうが素直に感情を爆発させてしまう。なんだか悔しいような、でも彼が喜んでくれて嬉しいような。

 それからクロイトと二人で他愛もない話をした。パーティーにあった料理美味しそうでしたねとか、飲み物のほうが充実していて食事はそうでもないわと告げたら彼はとても驚いていた。目がチカチカして色んな香りがあって人酔いしそうになったとの言葉に、私も一瞬だけ頭を縦に振りそうになったりして。学園生活を満喫していたせいで、久々の社交界がこういうものだったのだと身体が忘れていた。

 一体どれだけ話をしていただろう、彼の隣にいるとあれだけ眠れなかったのに徐々に睡魔に襲われ始めてきた。そんな私の様子をクロイトが気付かないわけがなく、小さな声で「眠いですか?」と問いかけてくる。その声色が更に夢へと私の背中を押していた。

「あなたの隣って……とても安心する」

 自然とこぼれた言葉に、隣からグッと喉が鳴る音が聞こえて閉じかけていた目を開けた。

「……これとない口説き文句っすね」

「本当のことよ」

「ティアラさん、部屋に戻りましょうか。横になったらすぐに寝そうな感じですよ」

「……動くのも億劫だわ」

「男の部屋で寝ちゃダメでしょ」

 ほら目をしっかり開けて、と言われた言葉に閉じかけたまぶたをゆるゆると持ち上げる。目の前に精悍な顔がある。今更だけれど、彼の顔って私の好みかもしれない。性格ばかりに目が行っていて改めてしっかりと彼の顔を見た。貴族にはない少し見え隠れする荒々しさ、それでも彼の優しさが滲み出ている目元。普通にしていると格好良い顔が私の傍にいると表情を崩しパッと笑顔になる。

 あまりにもまじまじ見過ぎたのか、彼の眉間に僅かな皺が寄る。表情豊かな彼の顔はどんな感情も隠しきれない。ここで寝たら駄目かしら、とこぼした声に彼はスッと真顔になった。

「襲いますよ」

 低い声色に心臓が一度大きく脈打つ。でも私はわかっている。

「襲わないでしょう、あなたは」

 だって恋愛に疎い私のためにずっとペースを合わせてくれていた。無理に何かをしたことなんて今まで一度もない。それだけ彼は私を大切に大切に扱ってくれていることに、私自身が一番よくわかっていた。

 目を丸くした彼はすぐにくしゃりと苦笑してみせる。小さく唸ると私の腕と腰を支え立たせると、ドアのほうへ向かって歩き出した。

「そうです襲いませんよ。俺は屋敷の人たちに命狙われたくはないんで」

「ふふっ、流石にそんなことないでしょう?」

「わかりませんよ~? お兄さんなんて剣を構えて走ってくるかも」

「ちょっと想像できちゃう」

「そうでしょそうでしょ。さ、部屋に戻りましょ。送りますよ」

 優しく部屋に戻るように促され、されるがまま彼の部屋から出る。廊下は暗くそれに気付いたクロイトはすぐにカンテラを持ってきた。

「暗っ! ティアラさん灯りも持たずに来たんですか?」

「だって私はこの屋敷のことよくわかっているもの」

「危ないなぁ。柱に当たって骨でも折れたらどうするんです?!」

「そんなに折れやすい骨じゃないわよ!」

 ぺちっと彼の腕を叩けば彼は怒りもせず寧ろ笑って返すだけだった。そういえば彼が本気で怒ったところ見たことがないかもしれない。チラッと見上げてみればそこにあるのはやっぱり穏やかな顔で、私の視線に気付けばいつもと同じように笑顔を向けてくれる。

 彼の傍にいて安心できるのは彼が強いっていうだけではなく、こうして普段から穏やかだからなのかもしれない。

 部屋から部屋への移動なんてあっという間で、すぐに私の自室へ辿り着いた。本当は部屋に招き入れなかったけれど流石にそれができないことは私もそしてクロイトもわかっている。扉を開け、私が中に入るのを見ている彼はそこからまったく動かない。一歩足を踏み入れれば、私の自室に入れるというのに。

「眠れそうですか?」

「ええ、今横になったらすぐに眠れそう」

「それはよかった」

 見えない壁があるかのように部屋の中と外で言葉を交わす。私が腕を引っ張ったら彼は入ってくれるのだろうか。いいえ、屈強な身体を持っている彼が力の弱い私が引っ張ったところできっと動かない。ほんの少しだけ寂しさを覚えたときだった。

 顔に風を感じたと思った次の瞬間、ふにっとした感触が唇に触れるか触れないかのすれすれのところに当たる。一瞬息が止まり目を丸くして前を見てみたら楽しげな笑顔。足は入ってないですよ、ただちょっと上半身入りましたけど、だなんていう言葉に思わず私も笑ってしまった。

「おやすみなさい、ティアラさん」

「クロイトもゆっくり休んで。今日はありがとう。おやすみなさい」

 パタンと扉は閉じ客室に行く前と同じように辺りはシンと静まり返っていたけれど、驚くほど先程とは違って心が軽やかになっていた。すぐにベッドに横になり天蓋を見上げる。あれだけ不安だったのに、身体もまだ小さく震えていたのに今はまったくそれがない。目を閉じたらすぐに眠れそう、と重くなってきたまぶたをゆっくりと下ろす。

「……キスされたかと思ったじゃない……!」

 でもちょっと、ドキドキして眠れないかも。


 翌日朝にお父様たちは戻ってきた。私も身支度を済ませて急いでお父様たちのいる部屋へと駆け込んだ。

「おはようティアラ! 今日もいい朝だな!」

「お父様……!」

 お父様だけではなくお母様とお兄様、そしてすでにクロイトまで部屋に来ていて私だけが遅れてきたのだと思うと恥ずかしかったけれど。でもそれ以上に聞かなければならないと顔を上げ、そしてお父様も報告するためにそれぞれ椅子に座るように促した。

「簡潔に言うと、アルフレッド王子は国外追放になった」

「それはそうだろう。社交界であれだけ騒ぎを起こした挙句、女性たちを蔑ろにする言葉までも吐いていたからな」

「でも王も手緩いことをなさいますのね。わたくしてっきり処刑だと思いましたわ」

「だが果たしてあの王子が何もないところで生きていけるかという話だな」

 お父様の言葉にそれは無理だと瞬時に思ってしまった。それができるのであればきっとこんな騒動にはなっていなかったはずなのだから。ちなみにお父様とお母様が出かけていたのは王に対して申し立てをしていたとのこと。王族でありながら貴族の娘に危害を加えようとしていたことと、アルフレッドの数々の暴言。中立の立場を守っているスノーホワイト家からの申し立てに周りの貴族も口を挟むことができず、寧ろ擁護する声も多かったそうだ。

 お父様の行動は至極真っ当のものだから王もその言葉を蹴るわけがない。だからこそこんなにも早くアルフレッドの国外追放が決まったのだろう。

「パトリシオ、お前の手腕も見事なものだったようだな。すぐに場を収束できていたのだと他の貴族も褒め称えていたぞ」

「それが俺の仕事だったからな」

「スノーホワイト家も安泰だな」

 それと、とお父様は一番離れているクロイトへと視線を向けた。

「ティアラを守ってくれて感謝する、クロイト君」

「いいえ、当然のことをやったまでです」

「今頃きっと話題になっているだろうなぁ! 危機に陥った令嬢を守った騎士、まるで小説のようだ! 他の貴族から一体どこの騎士かと何度も聞かれたぞ」

 確かにあれだけ大勢の貴族が目撃していたのだから話題にならないわけがない。まるで我が子が褒められたかのように、随分とお父様は楽しそうにしているのだけれど。余程クロイトのことを気に入っているのだろう。

 そんなお父様が一旦言葉を区切り、私とクロイトに視線を向けるとすぐにまたパッと笑顔に戻った。

「だから言ってやったぞ。『彼は愛娘の婚約者だぞ』と。そう口にした途端落胆した顔は見ものだったよ」

「え?」

「えっ?」

「えッ?!」

 クロイトも私も、そしてお兄様もまったく同じ言葉を口にして目を丸くする。確かに『お付き合い』はしているけれど、お父様も追々だなんて言っていたけれど。でもまさかまだ決まってもいないことをお父様が公言したことにまず驚きを隠せなかった。お兄様も自分が戻ってきたばかりだというのにそんな話を聞かされるとは思っていなかったのだろう、ずっと口を開けたり閉じたりしている。そんな私も何も言えずに固まってしまっているのだけれど。

 そんな中平然としていたのはクロイトで、真剣な面持ち、ではなくいつも通り普通の表情でお父様と目を合わせていた。

「自分で言うのもあれですけど、いいんですか? 俺で」

「寧ろ君ならば安心だ。昨晩もティアラのために泊まってくれたそうだね」

 手も出していないようだし、と続けられたことにクロイトは笑顔で「もちろんです」と返した。た、確かに手を出されてはいない。私の部屋にも足を一歩も踏み入れてはいなかったし……少しだけ身体の一部が入っただけだったけれど。手は出されてはいない、別のものは出されたけれど。

「今後のことはまたあとでしっかりと話し合うとして。今日はもうゆっくりとしたまえ。ティアラはしばらくの間学園を休むといい」

「え、でもお父様、私は大丈夫よ?」

「いいんじゃないんですかティアラさん、少しお休みしても」

「ティアラ、お前兄が折角帰ってきたというのに相手をする気もないのか」

「母とおやつを食べる時間すら作ってくれないのね。悲しいわティアラ」

「えっ、えっ?」

 次々にそんなことを言われて戸惑うしかない。だって私はもう大丈夫だし、明日からは学園に行くつもりだった。きっと騒動を聞いたであろうアリシアにも状況を説明してあげたかったし、王子の婚約者でなくても貴族の娘として学ぶことはまだまだある。

 でもお父様たちのみならず、メイドは執事たちが一斉に私に「休め」という眼差しを向けてくる。今回の件できっと皆に心配かけさせたのだろう、だから休んでほしいと思ってくれているのはわかっているけれど。

「まぁ、私のほうから学園に連絡しておいたから思う存分休みなさい!」

 けれどお父様のほうが一枚上手だった。これはもう休むという選択肢しかない。一つ溜め息を吐き、わかりましたと折らざる得なかった。にこにこのお父様とお母様、少しだけ口角を上げたお兄様、そして優しげな笑みを向けれくれたクロイト。

 話が一段落ついたところで朝食に移ろう、ということになったのだけれどそれと同時にクロイトは席を立った。「あとは親子水入らずでどうぞ」と笑顔で。彼だけは制服姿で、もしかしたらこれから学園の行くのかもしれない。お父様とお母様は朝食ぐらい一緒に、と言ったけれどクロイトは笑顔で断りそのまま屋敷を去って行ってしまった。

 なんだか寂しくなって背中を見送ったあとしばらく立っていたら、隣に来たお父様が笑顔で中に入ろうと促してきた。

「うーん、彼は意外にも礼節を重んじるなぁ。流石はあの人の息子と言ったところか」

「……お父様、前にも思ったのだけれどクロイトは平民の子ではないの?」

「平民の子ではあるよ、一応ね」

 部屋に戻っている間に怪訝に思いつつお父様を見上げて疑問を口にする。まるでクロイトの父親を知っているかのような口振り。前に少し気になって調べてみたけれどスノーホワイト家の知人で「ブルーアシード」の姓を持っている人はいなかった。屋敷の皆も彼のことを調べていたようだから聞いてみればわかるとは思うのだけれど、私はどうしてもクロイトの口から聞きたかったから何も聞いてはいない。

 色々とありすぎて聞くチャンスをずっと逃していたけれど、含みのある言い方が尚更気になってお父様を問い詰めてやろうかと思った。でもお父様はヒントらしいヒントをくれずに笑うだけ。

「きっとクロイト君がちゃんと話してくれるさ。お前はまずは心身共に休みなさい」

「……わかったわ」

「不服そうな顔だな!」

 それはそうよ、私は知りたいのに学園を休めと言われたせいですぐに聞きに行くことができなくなってしまった。二、三日休めば行けるかしらと思っている隣で「七日は休みをもらったからな」と余計な一言をもらい、お父様を睨みつけるも楽しげに笑うだけでまったく悪気のない様子だった。

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