第15話

 共有スペースである食堂から出てきたばかりっていうこともあるだろうけれど、こんな偶然は嫌だと顔を歪めた。正面からは剣術学部にちょくちょく顔を出している王子に、右からはクロイトが虜になっている女神様、ではなくの友人。どういう組み合わせだと顔を引き攣らせているとまず王子から「やぁ」と声をかけられてしまった。

「面白い巡り合わせだね」

「そうですね、それじゃ」

「待って待って、二人にちょっと相談したいことがあるんだ」

 貴族である向こうにいる女子生徒ならまだしも俺に相談したいことなんてないだろ、とげっそりとしてみせたらクスリと声が聞こえて思わず視線を向ける。表情を改めることなく尚更眉間に皺を寄せるとその間にマティス王子に腕を引っ張られ、その女子生徒もついてきた。まぁ確かに食堂前で立ち話だなんて邪魔でしょうがないけど。

 少し歩いたところで生徒の数は減り、ここならばと王子は人の良さそうな顔で笑顔を浮かべた。

「ちょっと悩んでいて。どうやらったらクロイトを僕の騎士にできるかなぁって」

「やめとけって」

「まぁ。やめておいたほうがよろしいのでは?」

 ほぼ同時にほぼ同じような言葉が出てきてお互い顔を見合わせた。あまりの息の合いように王子は「わぁ」だなんて楽しそうにしていたけど、いやさっき言った言葉は正直ある意味とんでもない言葉だったとは思うんだが。

 王子が剣術学部に顔を出すようになって、確かに王族にしては随分と親しげで話しやすいとは思った。けどやっぱり王族は王族なわけで、何も考えずに純粋な気持ちだけで近付いてくるわけがない。きっと何かの見定めぐらいはしているだろうとは思っていたが、それに引っかかったのがクロイトだったわけだ。

 わからないでもない、田舎出身っていうこともあってクロイトはいい意味でも悪い意味でも大らかだ。わりと誰とでも仲良くなるタイプだし分け隔てない。例え相手が王族であろうと貴族であろうと気負うことなく接することができるのだから、とんでもないハートの持ち主と言ってもいい。そこが尚更王子にとって好ましいんだろう。

 けどそんなクロイトを自分の騎士にだなんて、無謀な話しだ。この王子は普段のアイツの様子を知らないからそんなことが言えるのだろうか。

「こう言ってはなんですけど、クロイトだけはやめておいたほうがいいと思いますよ。だってアイツ、アレじゃないですか」

「そうでございますわマティス王子、彼はアレですわよ」

「アレとは?」

 説明させる気か。できることなら俺の口から言いたくはない。チラッと令嬢のほうに視線を向ければムカつくほどにこやかな笑顔が返ってきた。

「クロイトとそこの彼女の友人である令嬢が一緒にいるところ見ませんでした?」

「見たよ。とても仲睦まじかったね」

「それですよそれ」

 正直に言ってこの学園に入った当初、クロイトよりも俺のほうが強かった。お互い地方出身、似たような体形でなんでか話しも合いいつの間にかよく一緒にいて喋るようになっていたけれど。その頃は今よりも筋肉はついていなかったし本人も「まぁ適当に鍛えて田舎に帰るかな」程度だった。それがガラッと変わったのは例の令嬢と会ってからだ。

 それからと言うもののこっちがドン引きするほど身体を鍛え始め、最初こそそこそこ変わらない実力だったのにいつの間にかアイツに抜かされていた。それはこの前のトーナメント戦でも証明されている。

 それほどクロイトはあのご令嬢のために必死だった。本来地方出身の田舎者が貴族に関わりを持つことなんてできない。それを覆すことはできないかと努力し続けていた姿を一番間近で見ていた。だからこそ今は気持ち悪い顔をされようともいつも惚気話を聞かされようとも俺はアイツの好きなようにさせていた。

「王子、アイツはアンタが思ってるほど好青年じゃないですよ。いつも惚気話聞かされますし普通に惚れた女をずっと遠くから眺めていましたしそもそもアイツが強くなったのはその惚れた女のためであってアンタのためじゃないんです」

「そ、そうなのかい?」

「そうですわマティス王子。まさか結ばれている二人を引き裂くような真似をなさるおつもりで? そのようなことをなさったら流石に失望致しますわ」

 ずずいと王子に迫ってそう説得する。いやそこの令嬢の言う通り二人を引き裂くような真似だけはしてくれるな。そうなったらとてつもなく面倒なことになるに決まっている。確かにアイツは大らかだがキレたら何をしでかすかわからない。あのパーティーのときはうまくことが運んだからよかったものの、そのまま令嬢だけが恥をかいた状況になっていたらきっと暴れていた。あの名前も忘れたけどマヌケな王子に対しいつだって殺意増々だったヤツだったのだから。

 令嬢がいるからこそ決闘のときだってあの程度で済んでいた。そりゃ規制掛かるようなことにはならなかったもののそれは令嬢が見に来ているとわかっていたから。もしこれが観客もなく二人だけの決闘であったのであれば、王子の頭は間違いなく砕けていた。普段はあれだがアイツだって剣術学部所属、基本的に血の気が多い。

「やめてくださいよせめて学園生活を穏やかに過ごさせてください」

「もしそうなった場合学園生活内だけで済めばいいですけどね」

「恐ろしいことを言うな」

「おほほ、それほど二人を引き裂けば危険でございましょう?」

 流石は普段からよく昼飯を食っている仲だ、よくアイツの性格を知っている。まぁこういうのは当人よりも周りから見たほうがよくわかるのかもしれない。

 そんな俺の必死な訴えに考える素振りを見せた王子は「でも」だなんて続ける。諦めの悪いヤツだ今回だけは潔く諦めてくれ。

「雄っぱい揉ませてくれるヤツなんて他にもいるでしょう?」

「まぁ、面白い言葉を使いますのね」

「間違えた。騎士候補なんて他にもいるでしょう?」

「なら君がなってくれるかい?」

「いや俺も断りますけど」

 俺も別に立派な騎士になりたいわけではないからもちろんお断りだ。しかも王族の護衛騎士だなんて、それこそ毎日胃がキリキリしそうで考えただけでもうんざりする。

「……ふはっ、そっか、うん。君たちが言いたいことはわかったよ。僕だってあの二人の姿を見てとても和んだんだ、確かに護衛騎士を強く望んでしまえばあの光景を二度と見えなくなってしまうね」

「そしたら……」

「うん、焦らずもっと熟考してみるよ。ちょっと僕の視野が狭くなっていたようだしね」

「王子」

 話がまとまってホッとしているとどこからか聞こえてきた声。視線を向けると見覚えのある顔に一瞬首を傾げた。ああそうだ、確か名前も忘れたけどマヌケな王子の周りにいた取り巻きの一人だ。如何にも頭がいいですっていう眼鏡を掛けた顔がマティス王子に向かって声をかけていた。

「もうそんな時間か。そしたら僕はこれで失礼するよ。ヴィクトル、また剣術学部の授業で会おうね」

「今度は木刀すっ飛ばさないように気を付けてくださいね」

「しーっ、それは恥ずかしいから黙っておいて!」

 あざとく人差し指を口に当てた王子は眼鏡と一緒に去って行った。

「って、なんであの眼鏡とマティス王子が一緒にいるんだ?」

「汚名返上しようとしているのですわ」

「へぇ」

 よくわからねぇし大して興味もねぇけど。まぁあの取り巻きの中で一番まともだったと思っていいのか。その眼鏡がマヌケな王子の元で一体何をやったかは知らねぇけどきっとあの令嬢のことにも関わっていそうだ。クロイトにはまだ黙っていよう、と思っていると視線を感じそっちに視線を向ければ案の定貴族らしい笑顔を向けられていた。

「なんだ」

「いいえ、貴方とこうしてお喋りするのは初めてだと思いまして。初めまして、ティアラの友人のアリシア・ヘスター・バイオレットですわ、ヴィクトル・カクタスさん」

「……どうも」

「如何にも、貴族や王族が苦手そうなお顔をなさっていますのね」

 わかっているならこれ以上話しかけないでくれとあからさまに嫌そうな表情を顔に貼り付ける。別に貴族や王族に何かをされたわけじゃないけどなんてったって俺は田舎者、どこか苦手意識がある。

 なんというか、住む世界が違うし価値観の違いもある。間にある溝をわざわざ埋めようっていう気もさらさらないし、お互い関心がなければ一生関わらない立場なのだからそれでいいじゃないかとすら思う。ただ目の前にいるご令嬢とマティス王子はどうやっても関わってしまう状況になってしまうため渋々会話をしているだけだ。

「貴方も将来どこかの騎士になりたいのですの?」

 笑顔をピタリと貼り付けて本音を隠す様がどうも俺には受け付けない。社交辞令なんかいらないだろ、そんなことする必要がない相手にまでするのだから俺はそこが駄目だった。

 手っ取り早く話を切り上げよう、と相手が欲しがっている答えだけを口にすることにする。

「いいや。俺は故郷に戻って番兵にでもなるつもりだ」

「まぁ。どこのご出身で」

「北のほうの田舎」

「ああ、寒い地域ですのね。そちらに兵を行き渡せられないために獣の被害が多いんでしたわね」

 北のほうとしか言っていないのにそこまでわかるのかと思わず目を見張る。貴族にとってそれが普通の知識なのか、はたまたこのご令嬢がしっかりと領内の状況を把握しているだけなのか。

「しかし貴方も本当に友人思いですのね。マティス王子にあれだけしっかりと物事を言えるなんて」

「保身だよ保身。だってアイツ、やべぇヤツだろ……」

「ふふっ、見ていて飽きませんわよ? 彼のおかげでティアラの毎日楽しそうですし」

 どちらかというとこのご令嬢はクロイトのためというより自分の友人のために色々と言っていたんだろう。まぁ俺はアイツみたいに会話することもなければ毎日会っているわけでもないし姿を見ているわけでもない。二人が出会ってどう変わったのかは知らないが、取りあえず俺にとっては今の状況が一番安定しているから周りが下手に口出しするなと言いたい。

 というか、王子もいなくなったことだしこのご令嬢もさっさとその友人とクロイトと飯を食うために中庭に行くかと思いきや、未だにこの場に残っている。というか、さっきから思っていたことなんだけど。

「よく喋るな」

 そういうイメージがまったくなかった。遠くから少し見ただけのイメージだけど、如何にもお嬢様っていう感じで誰にも媚びずにクールな人間みたいな感じだなと。まさか田舎者に対してこんだけお喋りするとは思いもしなかった。

 するとご令嬢はまた綺麗に笑ってみせる。こういう笑顔を見るとなぜかゾワッとくる、悪い意味で。

「興味がありますもの」

「誰に」

「貴方に」

「遠慮します」

「まぁ、遠慮なさらないで」

 いやだから遠慮するってこっちは言っているんだっての。クスクス笑う声にゾワゾワ来て堂々と距離を人一人分取った。これだから貴族は苦手だ。

「今から中庭で皆で昼食を食べますの。貴方もご一緒にいかが?」

「遠慮する。人が多い場所が苦手なんだ。静かなところで食べる」

「その場所はどこですの?」

「教えると思ってんのか?」

「気になりますもの」

 マジで勘弁してくれとドンドン距離を離す。なんでこうも図々しいんだ、俺は授業以外はのんびりとした学園生活を送りたいのに。だってそうだろう、授業は怪我をして当然筋肉痛は当たり前、血の気の多い剣術学部はたまに授業中でも喧嘩が勃発する。そんな時間を過ごしていると穏やかな時間だって欲しくなる。俺はわざわざその時間で誰かを追いかけようとも思わないし、苦手な場所に行こうとも思わない。

 そうでなくても聞いてもいない惚気話を聞かされるというのに。それにプラスしてご令嬢のお喋り相手とか嫌すぎる。

「勘違いしないでいただきたいのですけど」

 するとご令嬢はそう前置きして、ようやく貼り付けていた笑顔を剥がした。

「わたくしもあのお二人の関係性を好ましく思っておりますの。出来る限り二人きりにさせてあげたいのですわ」

「で。それが場所を聞いてきたこととなんの関係がある」

「人の少ないところでゆっくりしたくて」

「図書室にでも行けば」

「まぁ。素っ気のないお方ですこと」

 素っ気なくて結構、と口にする前にご令嬢は真っ直ぐにこっちに視線を向けてきた。別に冷やかしでもなんでもない、寧ろ真剣な眼差しだ。ついこっちも同じように身構える。

「最近貴族で怪しい動きをしている者が見えますの。杞憂で終わればいいのですけども。その情報を貴方が持っていても何の不都合もございませんでしょう?」

 貴族で動けないことはあっても、それ以外で動ける人がいるときだってございますもの、と薄っすらと笑みを浮かべて言い切ったご令嬢に内心溜息をつく。巻き込むつもりか、それともそもそも関係しているのだから巻き込まれて当然なのだと言いたいのか。

 だが令嬢が言っていることがわからないでもない。見知らぬ貴族を言い包めて味方に付かせるよりも、知人をよく知っている人間を巻き込んだほうが一応信用もできる。念には念をということだろう。

 はぁ、と今度は堂々と深く息を吐きだした。貴族の思い通りに動くのは癪だ。ガシガシと頭を掻いてもう一度笑みを浮かべている貴族に視線を向ける。

「わかったよ」

「物分りがよくて助かりましたわ」

「ただ場所は教えねぇけど。自力で探せば」

「……まぁ。面白い方ね」

 とは言っても会話をしたのは今日が初めての人間にそこまで親切にする必要もない。そんだけ状況を把握できる力があるのならばきっと俺が普段どこにいるのか探しだすのもお手の物だろう。それじゃ、と淡白に挨拶を済まして歩き出せば後ろから「すぐですわよ」とおっかない声が聞こえて、これだから嫌なんだよなと毒吐いた。

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