第13話
鏡の前に立って、溜め息を一つ。
「このクソダサ田舎服どうにかしてぇ……」
今日は持ちに待った私服デートの日だ。学園も休みでそしたら半日ゆっくり街を見て回ろう、ってことになったわけだけど。この私服デートのために一週間血涙を流しながら耐え抜いた俺ですけど。鏡に映る姿にどっと肩を落とす。どう見ても私服がダサい。
仕方がないと言えば仕方がない。こっちに引っ越してきてほぼ学園と寮の行き来。遊びに行くにしろそんな時間はないし、教官もそうはさせない。例え早めに授業が終わったとしても遊びに行けないよう、その日はこってり俺たちを鍛えさせて筋肉痛で動けなくさせるのが教官の手だ。
ということで、俺の私服は田舎で着ていたものしかない。あとは制服と実習用の服。その三択で一択しか選べないとかつらすぎる。俺はこんなでもきっとティアラさんの私服は素敵で可愛らしいものに決まってる。見たことないけど想像するに容易い。だからこそ申し訳なさが半端ない。
肩を落としつつも待ち合わせ場所へと向かう。と言っても場所は学園の正門前だ。わかりやすいところで尚且つ行き慣れた場所がいいだろうということでそこになった。でもきっとあまり貴族が住んでいる場所に詳しくない俺に、ティアラさんが配慮してくれたんだろう。正門前に辿り着いてのんびり待っていたら見慣れた馬車が近付いてきた。
「ごめんなさい、待たせたかしら」
「ぬぐぅッ!!」
思わず奇声を発して胸を抑える。馬車からスカートをひらりと翻して降りてきたティアラさん、流石は女神様。ワンピース姿も可愛い……可愛すぎる!!
「な、何よいきなり胸なんて押さえて……」
「すみませんいつもの発作が抑えきれませんでしたティアラさんが可愛すぎて」
「なっ、べ、別に普通でしょう?!」
「私服も可愛いです!!」
この人は自分の可愛らしさをもっと自覚するべき。学園の正門前のせいで休日でも登校している生徒がチラチラとティアラさんを見ている。いやわかる確かに見たくなる可愛さ、俺だっていち生徒だったら絶対に見てるそれこそガン見してる。でも今回私服デートを勝ち取ったのは俺なわけで、あんまり他の生徒に見られたくはねぇなぁっていう気持ちもある。
「あなたは……ものすごく、シンプルね」
「でしょ、ダサいでしょ」
「……そこまでは」
「いや無理してフォローしようとしなくてもいいですからね」
ものすっごい悩んだ顔で言葉を絞り出されても。俺自身もしっかりとわかってるんだから正直に言ってくれてもよかたんだけど。まぁでも、隣歩くのがかなり申し訳ない気持ちにはなっているけれど、今回は何を言おうともデートだ。また前回みたいに楽しんでもらいたい。
ワンピース姿のティアラさんに手を差し出せば重ねられる小さな手。一つの仕草でも可愛いなぁを思ってしまう。実際可愛いんだからしょうがない。
「それじゃ、行きましょうか」
「ええ」
しれっと手を繋いだけどティアラさんも普段から手を差し伸べられることに慣れてしまったのか気付いていない。まぁいいか、だなんて内心にんまりしつつ街に向かって歩き出した。
今回は時間もたんまりあるし気ままに歩きつつ気になる店があればそこに入って色々と見て回って、小腹が空いたら露店で買ったりして。俺たちはよく飯食った帰りに露店で買い食いするけれどティアラさんは予想通り、露店で食ったことはないらしい。それならティアラさんも食べやすいようにとクレープを選んでみた。
「……え、座るところはないの?」
「立ち食いですね、どっか座るとこ探します?」
「い、いいえ、このままでいいわ……!」
「無理はしないでくださいね~」
やっぱりいいご両親だったんだなぁとつくづく思う。色んなところで育ちの良さが出ている。立食パーティーみたいなもんがあるかは知らないけど、街中での立ち食いなんてしたことがなかったはずだ。人の邪魔にならないよう隅のほうによって、少しきょろきょろしているところが可愛いなと思いつつ見守ってみる。小さい口を開けて上品にクレープを一口、パッと輝いた顔に俺も満足して同じようにクレープにかじりついた。
「こういうのも、悪くはないわね」
「そうでしょそうでしょ」
口の端に付いているクリームを親指で拭ってやると顔を真っ赤にされたけど、可愛いって言ったら尚更真っ赤になってこの人一体どこまで顔真っ赤にできるんだろうとかちょっと好奇心を刺激された。まぁそれを実際やってみたらきっと怒られるだろうからこの場は引くけれど。
「クロイト、次はあそこに行ってみたいわ」
クレープを綺麗に食べ終わったあととある店を指差したティアラさんに頷いてあとをついていく。貴族たちが普段身につけているような高価なものではないけれど、綺麗なアクセサリーを扱っている店だった。石の値段はそこそこ、でも作り手の技術が詰め込まれているそれにティアラさんの目も輝く。どれかプレゼントしてあげようと俺も見てたんだけど、なぜか隣から「あなたは今日は出さないで!」と鬼気迫る顔をされたもんだから首を傾げつつ了承した。
いや彼女にプレゼントしたいって思うのは当たり前では? っていうか立ち食いするときとかは俺が出したんだけど……ティアラさんのその線引がわからない。ティアラさんはティアラさんでまじまじ見ながら何か悩んでいるし、時間もかかりそうだったから俺もティアラさんの横顔を堪能することにした。
「ティアラさん」
「何かしら」
「もしかして何か買い物の目的があったりします?」
「えっ?!」
何かを買ったような気もするけど結局何を買ったのかわからず、店から出てそう聞いてみれば身体が面白いほど跳ねた。この人本当に嘘つくことができない人だな。どうすんのかなって次の言葉を待ってみたらだ。
「ななな、何もないわ! ないったらないの!」
逆にあるって言っているような言葉を返されて、もう可愛らしくて笑うしかない。俺が笑ったことによって恥ずかしさに襲われたのはペチペチ叩かれたけれど、もう本当に何をしたって可愛らしい。日に日に可愛くなっていくってどういうことだろうか。
「可愛いなぁ、本当に」
自分でもわかるぐらい、ドロっとした甘い声が出てしまった。いや感情全部出しすぎた、ここにヴィクトルがいたら絶対に「きっしょ!!」と叫んでるに違いない俺だってそう思う。流石に引かれたか、とティアラさんに視線を向けてみると……顔だけじゃなくて耳も首も、もう見えるところすべて真っ赤。
すぐにいつものようににっこりとした笑顔を向けたんだけど当人固まってしまっている。一緒にいて固まることは何度もあったけど、流石にここまで長時間はなかった。目の前で手を振って意識を確認したけど瞬きしていない。大丈夫か、とティアラさんの顔にズイっと自分の顔を寄せて「大丈夫ですか」って声をかけてみた。そしたらどうだ、いい音を響かせるほどの見事なビンタを綺麗に決められた。
「ちっ……かいのよっ!!」
「だってティアラさん心ここにあらずだったから!」
「もうっ! もう……もぉっ!!」
「あたたたた」
さっきよりも強めにベチベチと叩かれる。まぁでもさっきの見事なビンタといい実はそこまで痛くはない。こっちは普段から鍛えてますから。
とかなんとか遊んでいたらだ、俺たちの近くを横切ろうとしていた子どもが盛大に顔から転けた。走っていたし子どもだから転けるよなぁと思っていた俺に対しティアラさんはびっくりしたのか、急いで子どもに駆け寄って声をかけている。手を差し出そうとしていたけれど子どもは自分で自力で立ち上がった。
「君、大丈夫?」
「……おにいちゃん、どこぉ?」
「え?」
「おにいちゃ……う、うぇっ……」
「ちょ、ちょっと。ねぇ、クロイト」
立ち上がった子どもがいきなり泣き出して、ティアラさんはうろたえながら俺を見上げてくる。
「迷子っすね」
「えっ? ま、迷子なの? わ、私こんな小さな子にどうすればいいのかわからないわ」
うえうえ言いながら本格的に泣き出した子どもに対し、ティアラさんもどうすればいいのかわからずおろおろしてる。微笑ましい光景だ、だなんて気長に眺めている場合でもないか。
ティアラさんには兄がいても自分より下の子はいない、社交界でもきっと自分と同じ歳か年上の人とやり取りはあってもその下となると交流も少なさそうだ。俺の偏見だけど。流石に見守るだけじゃなくて手助けしたほうがよさそうだな、と子どもに視線を合わせるように屈み込む。そして脇下に手を突っ込んで持ち上げるとそのままひょいと肩に乗せた。
「よし、兄ちゃん探すぞ。こっからだとよく見えるだろ?」
「う、うん!」
「あ、ティアラさん、探しても大丈夫ですか?」
折角のデート中なんだけど、としょんぼりとしたけどこのままこの子どもを放っておくこともできないし。でもティアラさんは怒ることもなく落ち込むこともなく、寧ろパッと顔を上げて「もちろんよ」と頭を縦に振ってくれた。流石は俺の女神様、扱いがわからないのにそれでも困っている人を放っておかない。
「見つけたら大声出せよ」
「うん!」
肩車したらすっかり機嫌がよくなったのか、涙が引っ込んだ子どもは元気に返事をして俺たちは辺りをぶらつくことになった。話を聞いてみると子どもの兄は三つ上、ということは兄もまだ子どもだ。今頃きっと弟がいなくなったと思って慌てて探しているに違いないし、きっと年齢も考えてそこまで遠くに行っていないと思って近場を探しているはずだと目星をつける。
ちなみに子どもが落ちないようしっかり足を掴んでいるにも関わらず、子どもは容赦なく俺の髪を鷲掴みしてくる。俺をハゲさせるつもりか。ティアラさんも周りの人に聞き込みしたりと手伝ってくれて、子どもとぶつかった場所から少し離れた距離に来たときだった。
「お兄ちゃん!」
しっかりと大声を上げた子どもに俺も身を屈めてその子を下ろしてやる。向こうもその声に気付いたようで人混みを掻き分けながら必死に走ってきてそして弟を力いっぱいに抱きしめていた。弟を探してくれてありがとう、と何度も頭を下げられて「そこまで頭を下げんな」「もういいのよ」と言わなければ止めなかったのは少し大変だったけど。けど兄弟無事に揃って帰る姿を見送れば、ようやく隣から安堵の声が聞こえた。
「意外に早く見つけられたわね」
「兄のほうも俺たちに比べたら小さかったですからね、そこまで遠くには行っていないとは思ってたんで」
この辺を中心に探しといてよかったです、と続ければまん丸な目が見上げてきた。
「小さい子の扱いに慣れているのね」
「まぁ俺には下もいるんで、慣れていると言ったら慣れて――」
「あっ!」
「どうしました?」
ティアラさんの視線が俺から離れて周囲に向かったなぁと思っていたら聞こえてきた声。視線を下ろせば思わず声を出してしまたことが恥ずかしかったのか、慌てて口元を押さえているけど俺からしたら可愛いしかない。するとティアラさんは遠慮がちにとあるところに視線を向け、俺もそれを追いかける。何やら服を扱っている店のようだけれど。
「あの店を探していたの。行っていいかしら」
「もちろんですよ」
やっぱり目的あったじゃん、と口には出さずに苦笑しながら腕を引っ張られながら歩く。店に入ってみれば落ち着いた雰囲気、だけど俺は首を傾げた。どう見ても女性の服を扱っているようなところじゃない。
「ティアラさん?」
「クロイト」
「はい」
「あなたに服のプレゼントをしてもいいかしら?」
今日の目的ってそれだったのかー!! 俺のクソダサ田舎服見てて何も楽しくねぇだろって思ってたけど、わざわざ俺にプレゼントするための私服デートだっていうことか。いやでも服のプレゼントって、それが何を意味しているのかこの人はわかっているのだろうか。わかっていなさそうだな。
まぁいいか、折角ティアラさんがやる気満々になって目をキラキラと輝かせていることだし、好きなこと思う存分してもらいたい。もちろん俺の答えは決まっていて、満面の笑みで頷いたら尚更顔がパッと輝いた。綺麗だし可愛いし俺の情緒が無茶苦茶になりそう。
「あなたってスタイルいいから何でも似合いそうなのよね」
「そうなんですか? 俺そういうのよくわからなくて」
「ふふっ、ここは私に任せて!」
こんなに意気揚々としているティアラさんもまた可愛い。いつも照れている姿を見るのが多かったけど、やっぱりこの人こうやって輝いている姿も綺麗だ。店員さんに色んな服を持ってきてもらったティアラさんはああでもないこうでもない、これは似合うこっちの色がとブツブツ言いながらあらゆる服を俺に当てる。ちなみに俺としては、伸縮性があるものがいいです。そうでないとすぐに肩が破れる。
しばらく待っていると「これ着てみて」と服を手渡されて、言われた通りに更衣室で着替えたものの。俺の予想通りというかなんというか。これよく周りから言われるんだよなぁと思いつつまず声だけかけてみた。
「ティアラさん」
「何かしら。着方がわからなかった?」
「あ~……胸のボタンが閉まらないですかね」
「えっ?」
バッと開かれたカーテンの向こうで一瞬動きを止めたティアラさんだけど、スッと胸のボタンに視線を向けてそして真顔でもう一度俺を見上げる。
「あなたって、本当に着痩せするタイプなのね」
「よく言われます」
「……大きいわね」
ティアラさんのほうが断然、と言ったらビンタだけで済まされないだろうし店員さんからも蔑まれた目で見られるだろうからやめておく。そしたら、と踵を返したティアラさんは似たようなデザインで少し大きめのサイズを持って戻ってきた。次はこれと手渡されたものを受け取って着替えてみたら、今度はしっかりとサイズが合っていた。
それから色々と着替えさせられて、やっとお着替えタイム終わりかと更衣室から出てみたら「これ全部いただくわ」だなんて。とんでもない量を買おうとしていたから急いで止める。そんな服があっても着る時間はそうないだろうし、あとやっぱ貴族の買い物って平民とは違うんだなと思いつつ一着だけでも構わないと言ったら渋々三着に絞っていた。
「今回あなたへのプレゼントなんだから、しっかりと私が出すわよ。いいわね!」
「わかりました~」
しれっと自分で買おうとしていたのバレたか。すぐに会計を済ませたティアラさんは早速服を俺に手渡してくれた。確かにどれもかっこよかったけどそれが俺に合うかはどうかはわからない。ただ、ティアラさんが似合うと言うのであればそれでいい。彼女好みの服を着させられて喜ばないわけがない。これで次の私服デートのときは堂々と隣を歩けそうだ。
「クロイト、えっと、これもあなたにあげるわ」
服が入っている袋と一緒に手渡されたのは小さな紙袋。書かれているロゴに見覚えがあって顔を上げ、中を開けていいのか確認をする。こくりと小さく動いた頭を確認して早速袋を開けてみた。そこに入っていたのは綺麗で尚且つシンプルな装飾が施されているネックレス。
「あなたはこういうのつけないとは思うけど、休みの日ぐらいはいいと思うの。い、嫌なら返してもらってもいいけどっ?」
「返さないですよ、ありがたくもらうに決まってるじゃないですか。それにしてもティアラさん、熱烈ですね!」
「え?」
装飾の中に何やら小さく文字も刻まれていたから、彼女的にはきっとお守り的な感じでくれたんだろうけれど。
「ネックレスをプレゼントする意味って、『傍にいたい』とか『独占したい』っていうのがあるらしいですよ」
「……えっ?!」
「ああ、あと『束縛』だったかな」
貴族の人ってそういうのも含めてプレゼントしているものだと思っていたけど、どうやら初心なティアラさんは知らなかったらしい。まぁきっと他の貴族からそんなプレゼントあったとしてもブルクハルトさんが片っ端から受け取り拒否してるだろうから、その辺りの心配はないだろうけど。
ティアラさんの顔を見てみると顔を真っ赤にして目もまん丸、口もポカンと開けて固まってしまっている。こんな初心すぎてこれから先この人耐えれるかなって思わず苦笑をもらしてしまう。そんな彼女にもう一つ、あっと驚くものを見舞ってあげよう。
一歩近付いて耳元に口を寄せる。大丈夫触ってないからセーフだ。
「ちなみに服をプレゼントする意味は――」
そのあと言葉にならない悲鳴を上げたティアラさんは等々ボンッと顔から音を立てて、そのまま後ろに倒れてしまった。もちろん地面に激突する前に俺が支えてあげたけれど。全身真っ赤にさせてカッチコッチに身体を硬直させた彼女は涙目になりながら口をパクパク動かしている。大変、可愛らしい反応だけれどそんな彼女に手を出せない俺も中々つらいことをきっと知らないんだろうなぁ。
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