第8話

 何もかも計画通りに進まなくてイライラする。途中までは完璧に、順調に進んでいたはずなのに。苛立ちを隠さないまま廊下を歩いていたら他の一般学部の生徒から変な目で見られるし、ヒソヒソと悪口を言われているのも聞こえる。なんでわたしがそんなこと言われるような立場にならなきゃいけないのよ!

 最初はちゃんと順調に行っていた。王子様にお近付きになって親交を深めていって、そしてわたしがあのパーティーの主役になるはずだったのに。何もかも持っているあの女を引きずり下ろしてわたしが全部もらうはずだったのに。突然あの女に現れた男のせいですべて台無しになった。パーティーの主役は一気にあの女に、そして王子はいつの間にか王位継承権を剥奪されているしで何もかも思い通りに進まない。

「ほんっとあの王子ったら役立たず……! だから早く婚約を認めてもらってって急かしたのに!」

 婚約してしまえばもうこっちのものだと思っていたのに、あの王子ったらいつまで経っても「父上がまだ渋っている」とか「俺が説得するから」とか言葉ばっかり。そうこうしているうちにあの王子はもう王様にはなれなくなっているし。一体今までわたしがどれだけ頑張ってきたと思っているの!

「こうなったら予定変更よ……アルフレッドはもう使えないから別の手を考えなきゃ」

 今のわたしの手には何も残ってない。となるとまた奪わなきゃ……そう、またあの女から奪えばいい。いつもいつもいい思いばかりしているあの女から。今度はそうだ、パーティーのときに状況を一変させたあの男だ。

 そうと決まれば色んな作戦を頭の中で巡らせる。男なんて、ちょっと可愛い子ぶって見上げてお願いすればなんだって言うことを聞く。アルフレッドだってその取り巻きだってそれでなんとでもできたんだから。確かあの男は剣術学部だったはず、帝王学部の校舎よりも近くてよかったとほくそ笑みながら廊下を歩いた。


 作戦は至って簡単、アルフレッドのときと同じように偶然を装えばいい。ちょっとか弱いフリをするだけで男はすぐにコロッといく。あの男は背が高くて意外にも目立つから探すのは簡単だった。一人でいるところを見計らって、剣術学部の校舎に向かって歩いているところに転けるように背中にぶつかった。

 って、思った以上に痛かったんだけど。わたしもしかして岩に激突した? っていうぐらい頑丈すぎてぶつけた鼻が痛い。男が立ち止まって振り返ったから急いで取り付くように困り顔を貼り付ける。

「ごめんなさい、ぶつかっちゃって」

「いや別にいいけど。ってかなんで一般学部の生徒ここにいるんだよ」

 チャンス、と軽く握った手を顎に寄せて男を見上げた。

「わたし方向音痴で、道に迷っちゃって……よければ案内してくれない?」

「この道真っ直ぐ行ったら一般学部の校舎。それじゃ」

「……えっ? ちょ、ちょっと待って! だから案内っ……」

 何よあの男。わたしがうるうるした目で見上げてお願いしたっていうのに、案内もろくにせずにさっさと歩いていったじゃない。今までの男は鼻の下伸ばしてデレデレしながらしっかりと案内してくれたっていうのに。

「何よあの男!」

 大声で叫んでもいいほどもう男の姿はどこにもない。何よ、あの女の前だとあんなデレデレしていたっていうのに。だからチョロいと思っていたのに全然予想と違うじゃない!

 ってここで叫んでもどうにもならないと、一度息を整える。多分アルフレッドほど単純じゃないのよ。でもきっといつかはわたしの魅力に気付いてすぐにあの女から離れてわたしのところに来るはず。一度で成功しなかったのはびっくりしちゃったけれど、もう一度チャレンジしてみればいい。いいや、うまくいくまで何度もチャレンジするしかない。

 だってそうしないと結局わたしは何も手に入れられなくなってしまう。

 次は昼休みの時間だと授業を終えて早速食堂に移動する。あの食堂は共有スペースだからどの学部の生徒もいる。多分あの男もそこで食べているはずだと一般学部の出されているメニューを買って、トレーを持ちながら食堂の中をうろつく。共有スペースのせいで人が多すぎて少し歩けばトレーが当たってイライラする。アルフレッドとその取り巻きがいるときはいつもわたしをガードしていたし、それに別室を用意していたときもあったからここまでイライラすることはなかった。

 だからと言って今はもうあの団体とお昼を一緒に食べたくはない。アルフレッドは王位継承権を失くしたというのにわたしについて回るし、取り巻きとお喋りをするのも面倒だ。無駄な時間を過ごしたくない。

 そうイライラしながら食堂内を見て回ったのに、あの男の姿がどこにもない。一体どういうことなのと歯ぎしりをする。まさか昼食抜き? と思っていると近くを通り過ぎた女子生徒の会話が聞こえてきた。

「スノーホワイト様、今日も楽しそうでしたわね」

「騎士も一緒にいるのだもの、羨ましいわよね」

「中庭でお食事というのもいいですわね」

 はぁ? と思わず声が漏れる。わたしがイライラしているっていうのにあの女は楽しそうにしていた? しかも騎士って、もしかしてあの男のこと? 食堂にいないと思っていたら中庭で呑気に食べていた? わたしのこの時間は一体なんだったのよ。

「ああもう! イライラする!」

 結局昼食は食堂の人混みの中イライラしながら食べたし、食べ終わったあとに校舎に戻ろうとすれば取り巻きの一人に見つかるし。アルフレッドが心配している、顔を出してくれないかって。一般学部の校舎から帝王学部の校舎まで一体どれだけ距離があると思っているのよ。見返りもないのになんでそんな無駄なことしなきゃならないのよ、とその取り巻きの言葉を無視した。

 放課後になればまた次のチャンスよと校舎を出て待っていたけれど、その姿を見つけて声をかけようとする前にわたしの足は止まった。あの男がデレデレしながら誰かに話しかけている。よく見てみるとその相手はあの女だ。またあの女。結局話しかけるタイミングを逃してわたしは面白くもない二人の後ろ姿を見るだけだった。

「カレン!」

「ゲッ」

 声が聞こえて、振り返る前に気付かないフリをして走り去ればよかった。逃げる前にわたしを呼んだ男は駆け寄ってきて断りもなく手を掴んできた。

「カレン、ようやく会えたな。顔を出してくれないから心配してたんだ」

「ああ……心配してくれてありがとう、アルフレッド」

「忙しかったのか? なら今から少しお茶を飲まないか? 君が食べたいと言っていたスイーツも手に入れたんだ」

 頼みもしていないのに勝手に話を続ける。アルフレッドはいつもそうだった。聞いているフリをしておきながらその実自分の欲を満たすことしか考えていない。今だってわたしのために準備をしておいた、って言ってるけどただ単にわたしと一緒にいたかったけだ。わたしの予定を何一つ聞いてこなかったのがいい証拠。

 このまま手を振り払ってもよかったんだけど下校時間で他の生徒の目もある。仕方なく溜め息をついてアルフレッドの後ろをついていった。

 サロンに着けば色んなお菓子に味もよくわからない高価なお茶、テーブルにはもちろん取り巻きたちもいた。口々に元気にしていたかだの会いたかっただの、望んでもいない言葉を次々に浴びせられてもううんざり。思わずそれを顔に出せば「体調が悪いのか」だなんて心配してくる。なんでアンタたちってこんなに悠長なのと呆れるしかない。

 もうアルフレッドの取り巻きをしていたところで何の恩恵もないのに。見限られた王子の傍にいたところで何の得もないし、なんなら周りから冷めた目で見られている。話しによると他の貴族も見放したっていうじゃない。

「……アルフレッド、準備してくれてありがとう。でもあなたも忙しいんじゃないの? だって頑張らなきゃいけないんでしょ?」

 王位継承権を失くしたんだから名誉挽回するために色々とやらなきゃいけないでしょうに。それこそ優秀な成績を叩き出すとか。周りの取り巻きだってそう、あの王子についたんだから家でも色々と言われたはずなのに。

「頑張るって、何を? カレンと共にいる時間以上に大切なものなんて何もない」

「……はぁ?」

 バカだから、取り込みやすいと思っていた。思った以上にバカだった。貴族でもないわたしにだってわかることなのに、今でもこのバカは何もわかっていない。わたしと共にいる時間より大切なものはない? 寝言は寝てから言って。わたしはアンタと共にいる時間より大切なものはたくさんある。やらなきゃいけないことだってあるのに。

 うんざりして結局席に座ることなくサロンから去った。もうあんなの相手にしてらんない。今日はダメだったんだからまた明日次の作戦考えなきゃいけない。とにかくあの女からあの男を引き剥がすこと、それをしないと入り込む隙もない。

「待ってくれカレン! 一体どうしたんだ!」

 早歩きで歩いていたのにあのバカが大声を出しながら追いかけてくる。ここに他の生徒はいなかったからよかったものの、いたら本当に面倒なことになっていた。

 もうぶりっ子をする必要もない。イラついた表情のまま振り返ればバカは動きを止めて「どうしたんだ……」だなんて情けない声を出す。本当にイライラする。

「アンタにはもう用はないの」

「カレン……? 本当にどうしたんだ……俺のことを愛しているんだろう? 父上は認めてくれなかったが、俺は必ず君を幸せにしてみせる。だから」

「王位継承権のないアンタがどうやってわたしを幸せにするっていうのよッ!!」

「カレン……?!」

「わたしがなりたかったのはお姫様よ! お姫様になって贅沢三昧で過ごしたかっただけだっていうのに、アンタバカなことばっかやってもう王にはなれないじゃない! ふざけんじゃないわよ今までどれだけ我慢してきたと思ってんの?!」

「え……」

「王になれないアンタに価値があるとでも思ってんの? はっ、そんなわけないじゃない。もうわたしに話しかけてこないで」

 全部ぶちまけて清々した。バカな王子にぶりっ子をするのもその取り巻きたちを言い包めることも、一体どれほど我慢してきたことか。平民生まれの平民育ちで贅沢の何一つできなかったわたしが、すべてを手に入れるために必死になって頑張ってきたっていうのに。バカな王子のせいですべて無駄になってしまった。

 王子とその取り巻き連中にはわからないでしょうね。今まで贅沢が普通だったんだもの。食べたいと言っていたあの手に入れにくいスイーツだって当然のように手に入れて、味もわからない高いお茶を水のように飲んで。すべて与えてもらって普通だと思っている連中にイラついて仕方がなかった。わたしがお姫様になったときに痛い目に合わせてやろうと思っていたら勝手に自滅しているし。

 ああでもこれでこのイライラからは解放される。誰にも期待されてない裸の王子、愛なんて知らないくせに知った気になって哀れなヤツ。これからもそうやって誰かに縋って生きていけばいいのよ。

「カレン」

 無駄に長い廊下を歩いていればまた別に声に呼び止められる。本当にしつこい。無視をすればもう一度呼び止められてうんざりしながら振り返る。

「何よ、シミオン」

「……アルフレッドを見捨てるのか」

「ええそうよ。ってかそういうアンタも役立たずだった。ろくな情報掴んでこなかったじゃない」

 取り巻きの一人のシミオンはバカ王子の側近みたいな男だった。バカ王子に何かあればすぐにフォローを入れていたしせかせかと情報収集なんかして働いていたけれど。わたしがお願いしたらこの男もコロッといっちゃって何でも言うことを聞いたのは便利ではあった。

「でも感謝はしてるのよ? あの女のデタラメの噂を流してくれたんだもん。おかげで今でもあの女は『悪役令嬢』」

 ざまぁみろとクスクスと笑う。わたしがあの女にイジメられたことなんて一度もない。あの女もあの女でバカ真面目でわたしの挑発に何一つ乗ってはこなかったけど、デタラメな証拠を真に受けてシミオンが噂を広げてくれた。その件に関しては本当によくやってくれたと思う。

 あの女もムカついて仕方がなかった。王子の婚約者であることが当然って顔しといて。綺麗な髪でいられるのが普通って思っている顔が、王子の隣にいるのが普通っていう顔が気に入らなかった。だから悪役令嬢になってもらって恥をかかせたかった。だからあの女が普通だと思ってるもの全部奪おうとした。

 まぁでも全部奪えはなかったけどあの女が王妃になる可能性を奪うことはできた。汚名を着せることもできたし多少の恥をかかせることは成功したから取りあえずそれで満足しておこう。

 だって、まだたぁーくさん、あの女から奪えるものはあるんだもの。

「カレン」

「何。まだ何か用?」

「――さようなら」

「あっはは! はいはい、さよなら! もう二度と話すことなんてないわ!」

 わざわざお別れの言葉を言いに来たなんてバカな男。ああでもこれでやっと肩の荷が下りた。明日からはまたお姫様になるための作戦を練らなきゃ。

 わたしにきらびやかなドレスを着させて美味しい食べ物を食べさせてくれる立派な王子様、必ずいると信じている。そうだ、そういえばあのバカ王子には弟がいたじゃない。王位継承権もきっとその弟に移ってる。

 あの男ともう一人の王子、どっちから攻略してやろうかしらと鼻歌交じりでわたしは廊下を歩いた。

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