第7話

「ちょっと聞いてくれ」

「嫌だ聞きたくない」

「いいから聞けってよー! 俺たち友達だろヴィクトル~!」

「うるせーっ寄るなどうせ惚気話だろうが!」

 友人であるヴィクトルを追いかければ嫌だ嫌だと逃げて回る。なんだよいっつも俺の話を聞いてくれるくせに今日は何をそんなにげっそりした顔をしているのか。

 まぁそんな友人を逃がすわけがないが。先回りして捕まえればまるで生け捕りした魚のようにピチピチ跳ねてる。人間ってこんな面白い動きできるんだな、と思いつつ手を離してはやらない。

「ちょっと聞いてくれるだけでいいんだって」

「そしたら手短にしろ! そして離せ俺の内臓が潰れる!」

「あ、悪い悪い」

 逃がさないようにしていたせいでかなり力が入っていたようで、身体を離してやればどこかぐったりしている友人に謝る。とは言ってもヴィクトルも剣術学部の人間だからそんな柔な作りはしてないはずなんだけど。

「それで?」

「ティアラさんが愛らしかった! 以上!」

「マジで手短だ」

「お前が手短に話せって言ったんだろ」

 本当は色々と語りたいのにヴィクトルの言うと通り手短に話したというのに、なんだか理不尽だと顔を顰める。それに対し「いつも長いせいだ」とかごもっともことを言われてしまったが。

 でも俺としては、あんな可愛らしいティアラさんを自慢したいわけで。デート直前にすでに緊張しているのがもう可愛いのスタートだったし美味しそうにいちごパフェを食べる姿とか、なんで他の貴族の騎士にならないのか聞かれたときにチャンスとばかりに口説けば真っ赤っ赤になるし。いちごより赤いとかどういうことだよ~って抹茶パフェ食い終わった顔はひたすらデレデレだった。

 あと見栄を張れるぐらいの討伐をしておいてよかったと思う。流石にデートで例え相手のほうが地位は上とはいえ、彼女に払わせるにはいかない。せめて格好ぐらいつけさせてほしい。

 でも放課後デートは成功と言ってもいいんじゃないだろうか。また今度行きましょうねって言葉に頷いてくれたし。次もティアラさんが行きたいところに行くか、それとも少し街をぶらついてもいいかもしれない。やっぱり放課後は馬車から家への直帰で学生として遊んだ様子でもなかったし。

 とかなんとか計画を練っていると隣から「顔キモ……」だなんて声が聞こえた。コイツは一体何度俺のことを気持ち悪いと言えば気が済むのか。本当のことだから言い返すこともできずに、逆にこれはもう開き直って笑顔を向けるしかない。

「楽しそうだね、何の話だい?」

 ちなみに今は訓練終わりで各々シャワールームに直行しているところだ。とは言っても生徒数に対してシャワーの数が少ない。なんでこんなところはケチってるんだよと愚痴りつつ急いだところで詰まっていることには変わりはないため、気長にヴィクトルと一緒に順番待ちをしていた。

 そんな俺らのところに剣術学部にしてはひょろっとしている身体の持ち主が話しかけてきた。身体も細いし身長も一般的かもしかしたらそれよりももう少し低いかもしれない。視線を下に向ければ愛嬌のある顔が首を傾げつつ俺らを見上げてきていた。

「王子」

「ここでは君たちのほうが先輩なのだから『王子』ではなく『マティス』と」

「そうでした、マティス」

 先輩と言っても学年が俺たちが一つ上なだけだけど。でもにこりと笑う一つ下の第二王子は身体のこともあるけどなんだか実年齢よりも幼く見える。

 しかし同じ血が通っているのにこうも違うのかと思わずにはいられない。ティアラさんに恥をかかせようとしていたあの腹立つ王子とこうして俺たちの目の前にいる王子は兄弟だ。しかも歳もあんまり変わらない。あのおクソな王子は俺たちより一つ上だけど、雰囲気も性格もまるで正反対。

「マティスこっち来てたんすね」

「うん、君たちが訓練している隣で外周を走ってたんだけど」

 気付かなかった、とヴィクトルと顔を合わせて視線だけで会話をする。さっきまでの授業は一対一での訓練だったから相手から目を離せばすぐにやられてしまうし、剣術学部の生徒同士のためもちろん一瞬とも気を緩められない。授業とはいえ血盛んな奴が多いせいか、いつだって真剣勝負だったりする。

 そんな外周をせっせと走っていたらしいマティスは他の生徒とは違って特別なカリキュラムになっている。本来なら帝王学だけでよさそうだけど本人も自分の体力のなさを気にしているのか、剣術学も練り込まれている。そもそも王族は個人の要望があれば多少は融通が利くらしい。それだけやることも覚えることも、しなければならないことも多いということだ。

「君たちのような身体つきになるのはまだまだみたいだ」

「まぁ、元から身体の作りが違うんでこればっかしは」

「やり続けるしかないんじゃないんでしょうか、アティスさん」

「そうだね……」

 しょんぼりと肩を下げるマティスにヴィクトルと顔を見合わせることしかできない。こればかりは仕方がない、俺たちは元から体力に自信があったから剣術学部に在籍している。これでいきなり帝王学を学べと言われても俺たちにとっては到底無理な話しだ。マティスがやっていることはそういうことで、不得手を敢えてやろうとしているんだから伸び悩むのも無理はない。

 下手に慰めるのもなぁ、と困り顔で悩んでいるとしょんぼりしていたマティスが「あっ」と一言こぼし勢いよく顔を上げた。

「でも今日は一周多く走ることができたんだ!」

「おぉ~!」

 ヴィクトルと一緒に声を上げて拍手。嬉しそうに報告してくるマティスに「俺たちはその何倍以上も走ってますけど」とそんな野暮なことは言わない。多分マティスだってわかってる。それでもちょっとした成長に喜びを共にした。

「僕も早く君たちのように鍛えぬかれた身体になりたいなぁ……」

 ジッと向けられる視線に、あれ、なんか似たような視線を最近もらったなとモヤモヤと思い出す。ああそういえばティアラさんもよく俺の胸辺りを見てる。

「触っときます? 雄っぱい」

「王子に変な言葉を教えるな」

「ちょ、ちょっとだけ」

「アンタも乗るのかい王子」

 素になっていることに気付いていないヴィクトルに笑いつつ、実習用の服をぺらりとめくる。それなりに鍛えられている身体にマティスは歓声を上げて人差し指でツンツンと突いていた。突く度に「硬い!」と「すごい!」を交互に言っていて、あなたの目指してるのこれなんですけどねと思いつつ一応されるがまま。ついでにヴィクトルの筋肉も触らせてもらったらどうです、と言ってみたらヴィクトルは自分の胸を全力で腕で守っていた。



 ***


 実は帝王学部の校舎から剣術学部の訓練所は見えている。その理由は貴族の人間が将来自分の騎士になり得る人物を探すためだ。常日頃彼らの実力を見て、そしてこちらから声をかけるということも少なくはない。

 というのが本来の目的なのだけれど。最近は巷で出回っている小説の影響もあって、主に女子生徒が色々な目的で見ていることが多くなっている。もちろん男子生徒だって見ていないわけではない、けれど圧倒的に訓練場に熱い視線を送っているのは女子生徒だ。貴族の男性にはない荒々しさに、時折見える屈強な身体、それを見ては黄色い声を上げているのだ。

「まぁ。今日も窓辺は人気ですこと」

「休み時間の度にこうよね……」

「意外に剣術学部との接点を持つことは難しいですもの。仕方のないことかもしれませんけれども」

 アリシアと喋っているとまた窓辺のほうから黄色い声が聞こえた。学部によって授業内容が違うため授業の時間もバラバラだ。剣術学部と帝王学部はそういった目的があるため故意に時間をずらされているようだけれど。

「あら、マティス王子ですわ」

 女子生徒の様子を眺めていたアリシアからそんな言葉が聞こえて、固まっている女子生徒たちからは離れて窓辺に寄ってみる。訓練場のほうを見てみれば確かにマティスが剣術学部の生徒とは別に外周を走っている。あの慣れた様子を見る限りクロイトが言っていたように、よく剣術学部のほうに顔を出してああやって走っているのがわかる。

「頑張っていますわね。幼き頃あれだけ顔色が悪かったお方があそこまで走れるようになるなんて」

「確かに前のことを思うと随分とたくましくなられたわね」

 私がアルフレッドの婚約者だったこともあって、幼い頃から何度かマティスとも顔を合せたことがあった。小さい頃は本当に身体が今よりも細く小さく、風が吹けば倒れてしまうのではないかと思うほど。よく咳をしていたし、顔色が優れてる日のほうが少なかった。それでも彼は、いえ、そんな身体だったからこそ彼はいつも健気で誰にでも優しさを向けることができていた。

 あなたがお姉様になるのですね、そう微笑まれたときにアルフレッドの妻になったときは貴族同士のいざこざは関係なしにこの子を大切にしようと思ったぐらいだ。今はもう、彼の姉になることは叶わなくなってしまったけれど。

「マティス様が第一王位継承者ですわよね……アルフレッド王子よりはマシですけれど」

「……どこか不安よね」

「優しすぎるのが問題ですわ」

 そう、彼はとても優しい人だけれど「打算」という文字を知らない。周りには優しい彼を支えてくれる、充実な人たちがいるけれど貴族というものは本当に厄介なものだ。打算に裏切り策略、それらを駆使して甘い蜜を啜ろうとしている人間もいる。彼がそんな醜い部分を見て果たしてどう思うのか。

「きゃあっ」

「なっ、何よ?」

 マティスのことを考えていたら突然そんな悲鳴が聞こえて、慌てて声のするほうへと視線を向ける。すると口元を手で押さえつつも視線だけはしっかりと外に向かっている様子に、アリシアが「あれですわ」と指で示した。

 つられるように、その細く綺麗な指の先を辿っていく。そこは私も先程まで見ていた訓練場。そこに走り終わったと思われるマティスに、二人の剣術学部の生徒。その中の一人、見覚えるある姿で――そして私は身体を跳ねさせた。

「なっ、ななな、何よあれは!!」

 慌てて手で顔を覆い隠す。だって、だってだって! 授業終わりなのか友人とマティスと楽しそうにしていたクロイトが、な、なぜか、なぜか! 服をめくっているだなんて! 他の女子生徒もあれを見て悲鳴を上げていたんだわ!

「流石は剣術学部ですわね、立派な筋肉ですこと」

「アリシア?!」

 ふとアリシアのほうを見てみれば、それはいつか見せてくれたオペラグラス。それを構えてしっかりと訓練場のほうを向いていた。

「アリシア何をやってるのよ! というかなぜまた持っているのよ!」

「あらあら、淑女の嗜みだと前にも言ったでしょう? それともティアラもこれで見てみます? 素晴らしいですわよ」

「わ、私は別にいいわよ!」

「そうですわね、貴女はそのうち嫌といういうほど見るでしょうし。おほほ」

「嫌というほど?!」

 もう出てくる言葉がすべて悲鳴じみている。なぜあんな、男性の素肌を見てもそんな平然としていられるのか。まだ喜んでいる他の女子生徒のほうが一般的な反応……というか、他の女子たちも見てしまっているのよね、と今になってハッと気付く。果たして彼らは自分たちが見られていることに気付いているのかいないのか。気付いていてあんなことしているのであれば、私はクロイトに向かって文句を言ってもいい立場だと思う。

 クスクスと声が聞こえて、今度は何を言われるのだろうと彼らが視界に入らないよう手で遮りながら視線を向ける。そこには後ろに綺麗な花々が見えるほどの美しい笑顔。

「ふふっ、手で隠しながらも指の隙間からしっかりと見ておりましたわね? ティアラ」

 図星を突かれて顔がすこぐ熱くなって口をパクパクすることしかできなかった私に対し、予鈴は容赦なく校舎内に音を響かせた。

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