第5話
父上から呼び出され急いで城へと向かう。急の呼び出しもめずらしいな、と思いつつもしかしてやっと父上も彼女――カレンとの交際を認めてくれたのかもしれない。
カレンは可愛らしい女性だった。平民出身で一般学部に籍を置いているものの、貴族であり王子である僕に怖気づくことなく気軽に話しかけてくれる。小柄で笑えば花のように可愛らしく、こういう女性を傍に置き守ってあげたいと心の底から思った。決して上からガミガミ小言を言ってくるような、女のくせに偉そうで高圧的な元婚約者などではない。
だから親友であり右腕である友に協力してもらい、そして何よりカレンが常日頃あの女からイジメを受けているという言葉もあって婚約破棄に漕ぎ着けることができたというのに。何を言おう、父上がカレンとの婚約を認めてはくれなかった。やっぱりカレンが平民だからか、そういう考えこそ国を衰退させるものではないのかと一体何度憤ったか。
「父上、お呼びでしょうか!」
「来たか、アルフレッド。ここへ呼んだ理由がお前にはわかるか?」
「もしかして、カレンとの婚約を認めてくださったのでしょうか?!」
「……お前は、本当に愚かだ」
父上の意図がわからず顔を顰める。カレンとの婚約の話しでなかったら一体何の呼び出しだったのだろうか。愚かだと言われる覚えはないと口を開こうとする前に、父上の重々しい息が吐き出された。
「ティアラ嬢と婚約破棄をした挙句、勝手に決闘を申し込みしかも返り討ちに合うなど。お前は一体どこまで愚かなのだ」
「け、決闘に関しては油断しただけで……! 次こそはっ」
「何度やろうとも結果は変わらん」
確かにあれだけ大々的にやってしまい父上に知られてしまうかもしれないとは思いはしたが、だがそれも自分が勝利を確信していたため特に重要視はしていなかった。噂を聞きつけた父上に褒められることはあるかもしれないが、その逆はないだろうと。しかし、負けることは想定していなかった。負けるようなことは決してないはずだったのに。
「裏工作した挙句に負けるとは思いもしなかったか」
ギクリと身体を強張らせる。なぜ父上がそこまで知っているのか。目を見開き視線を向ければ「情報源などいくらでもある」と事もなげに言われてしまった。そして「お前は昔から人を見る目がない」とまでも。
「お前は王族だというのにあまりにも無知だ。お前が決闘を申し込んだ相手の名はクロイト・ブルーアシード、今では貴族の中でも名を聞いたことがある者がほとんどだろう」
「は……」
「その腕を見込まれ護衛にという声もいくつも上がっている。将来ドラゴンスレイヤーにもなり得る人物を放っておく者はそうはおるまい」
「なっ……?!」
あの男は婚約破棄されたティアラに付け込もうとしているただの脳筋馬鹿じゃなかったのか。側近にも調べさせたというのにそんな情報何一つ聞かなかった。ただ多少腕が立つものの、裏工作をすればどうということはないと。その言葉を俺は信じてあのとき挑んだというのに。もしかしてその側近が俺を裏切ったのか、しかも父上に情報を漏らすということまでやって。
「アイツ……!」
「側近を恨むか。其奴はただの力不足だ情報源にすらならん。お前が確かな情報を知ることができなかったのはその程度の者しか周りに置かんからだろう……だから、ティアラ嬢をと思っていたのにだ」
なぜここでティアラの話になる。あんな女の話を今更蒸し返されたところで俺にはもう関係のない話だというのに。ティアラの話をするぐらいならカレンとの婚約話を進めたいのに。ここ最近ずっとカレンもそのことが気がかりなのか、会う度に不安そうな顔をして話がどうなっているのか俺に聞いてくる。そんな彼女を早く安心させたい。
けれど父上の口からはカレンの名が一度も出てくることもなく、頭を抱えてただただ俺を責める言葉ばかりを吐き出す。
「愚かなお前が少しでも賢くなるようにと、スノーホワイト家に頼んで婚約者になってもらったというのに。お前はティアラ嬢から何一つ学ばなかったどころか支持していた貴族の信頼を失い、挙句に卑しい女の毒牙にかかるなど。そんなお前を一体誰が王位継承者だと思うだろうか」
「ち、父上……?」
「幸いにも息子はお前一人ではない。アルフレッド、これは私のお前に対する親心だ。今後問題を一切起こさず学園を卒業すればお前を国から追放はしまい。よいな」
「ま、待ってください父上!」
「話は以上だ」
父上は立ち上がり側近に視線を送るとそのまま二人で退室してしまう。俺の言葉はもう届くことはなく、目の前の扉はパタンと無機質に閉じられた。
なぜだどうしてだ、何もかも予定と違う。婚約破棄をしてカレンを婚約者とし、そして学園を首位で卒業しそのまま王位を継ぐはずだったのに。カレンと二人、将来支えあって幸せに生きていくはずだったのに。
ふらりと立ち上がり父上とは別の扉から退室する。目の前にはずっと待っていたのか俺の側近がこちらを見ていた。お前のせいで、口の中で小さく唸り言葉を交わすことなく目の前を素通りしてやった。後ろからは、俺を追いかけてくる足音は聞こえなかった。
***
「アルフレッドが正式に王位継承権を剥奪されたらしいわ」
二人には教えておいたほうがいいかもしれない、とクロイトとアリシアにそう告げる。前までは食堂で食べていたけれどあそこは人も多い。そしたら中庭はどうですかと言ってくれたクロイトの言葉に頷き、今日もこうして二人で昼食を食べている最中だった。
昨日の夜お父様から聞かされた話。そのときのお父様ったら「こういうことになったよ」とにこやかに告げられたけれど、お父様が思っている以上に私はアルフレッドの件に傷付いてもいなければやっぱりそうなったのねと寧ろ納得するぐらいだった。少し考えれば誰でもわかることを、結局アルフレッドは最後の最後までわからなかったのだ。
「私の件もそうだけれど、決闘の件も王様の耳に入ったみたい」
「王はアルフレッド王子のように愚かではないのだから当然ですわね。寧ろ王は慈悲深い方ですわ、そのまま追放してもよろしかったでしょうに」
「王族ってそういうもんなんですか?」
「ええ。寧ろアリシアが言うように今回はそこまで厳しい対処ではなかったの。王様なりの親心だったのかもしれないわ」
アルフレッドのことに関しては王様も随分と前から頭を抱えていて、せめて少しでも賢くなるようにと私が宛てがわれたのだけれど。結局アルフレッドは私の言葉に聞く耳を持たなかったし、そんな王子を改心させることができなかった私にも何かしらの沙汰を下されるかと思ったけれどそこはお咎めなしとなったようで。
「なんつーか、王子も可哀想ですよね。一人でも止めてくれる人がいたらまだマシだったでしょうに」
そう言ってクロイトは大きいバーガーを大きな口でかぶり付いた。口の端にソースが付いてしまいそれをハンカチで拭いてあげれば満面の笑みを向けられて、思わず胸がキュンとなる。まるで子どものような反応だけれど、これが前にメイドのアイリーが言っていた「ギャップ」というものかしら。
「その止めてくれる一人がティアラでしたの。それを王子が自ら切ったのですからもう目も当てられないですわ」
「あ~、なるほど。って、そしたら王子って次の王様になれないってことですか?」
「そうなるわ。もう一人の王子マティス・クィンシー・ジョンブリアン様が恐らく跡を継ぐことになるかしら」
「あ。あの優しい顔付きの身体が細い王子ですか?」
「知っているの?」
ここでクロイトからそんな言葉が出てくるとは思っておらず、目を丸くしてみれば「知ってますよ」と言葉が返ってきた。
「生まれつき身体が弱いからって剣術学部にちょこちょこ顔出して鍛えているんですよ。結構親しげでいい王子ですよね」
なるほど、と一人で納得する。貴族は第一王子と第二王子で決裂していたけれど、今回の一件で恐らく第一王子に付いていた貴族は見切りをつけた。第一王子についていた理由も自分の思い通りに動きそうだからということでしょうし。その分第二王子はクロイトの言っていたように身体が弱く、どこか頼りない雰囲気もあるけれど支えている貴族もそれをわかっている。第二王子のほうはその人柄につられて支持している貴族が多い。
それに格差があってか平民の人たちは王族貴族共にあまりいい印象を持っていない。だから平民からの支持を得るのは大変なことなのだけれど、第二王子に関してはそこもうまく立ち振舞っているようだ。もしかしたら騎士や剣術学部の生徒の中には第二王子を支持している人もいるかもしれない。
結局アルフレッド自身がどう動こうとも、結果は変わらなかったのかもしれない。ただ決定打となったのはアルフレッドの行動だったのだ。
「ところでティアラさん」
「……え? 何かしら」
「貴族の人って、もしかして授業終わったらすぐ帰んなきゃいけない感じですか?」
「え?」
クロイトの意図が掴めず首を傾げる。授業が終わったら、わからないところがあれば図書室に行くか先生に聞くかはしているけれど正門を出れば馬車が待機しているため、そのまま真っ直ぐ屋敷に帰るといえば帰るけれど。
それがどうしたのかしらと訝しげればにっこりとした顔が返ってくる。隣にいるアリシアからはどことなく楽しげな声が聞こえてきた。
「ティアラさん、放課後デートしてみません?」
「デ、デート?!」
「だって俺たち、折角お付き合いしていることですし」
「デートって、そんなっ、そんな不埒なっ」
「あっはは! 不埒って。貴族の人ってみんなこうなんですか?」
「ティアラが稀ですわよ」
私を挟んでクロイトとアリシアがそんな会話をしていて、そんな二人にまた変な声を上げそうになる。もしかしてこれって私がおかしいのかしら。でもそんな、二人でデートだなんて。結婚もしていない男女がそんな、二人きりでだなんて。あ、流石にメイドか護衛のための騎士は連れて行くのかしらと思っていたら「二人っきりですよ」とさらっととどめを刺された。
「あ、わたくし用事を思い出しましたわ。あとはお二人でじっくりと話し合ってくださいませ」
「ありがとうございますバイオレットさん」
「ご報告はしてくださいな? ではごきげんよう」
「ま、待ってアリシア……!」
私の声も聞かずにアリシアは「おほほ」とだけ笑って去って行き、そんなアリシアをクロイトは笑顔で手を振って見送った。待って、今二人きりなのはとても困る。
「デデデデートって、い、一体何をするのよ……」
「放課後なんであちこちぶらついたり、あ、美味しいもの食べに行ったりですかね。ティアラさん、何か気になるスイーツとかあります?」
「スイーツ……」
学園の近くに生徒のためにと色んなお店が建っているけれど、そういえば新しくパフェを扱うお店がオープンされているのを馬車の中から見かけた。少し気になったけれど行き来は馬車だしわざわざ御者にお願いしてまで止める必要はないと、思ってはいたけれど。学園近くのパフェのお店、とボソリと言ってみれば彼はすぐに「ああ」っと思い至ったように相槌を打った。
「いいですね。今度一緒に行ってみません? あ、もちろんティアラさんの家の方のお許しが出ればの話しになりますけど」
「……聞いてみるわ」
「お願いします!」
パッと顔を輝かせて、もしこれで駄目だったら彼は落ち込むのかしらと思うと少し胸が痛む。そうならないためにも強気でお願いしてみようかしら、と考えている隣で彼はあれだけ大量にあった食事をあっという間に終わらせていた。
それから少し心ここにあらずの状態で授業を受け、いつものようにクロイトに正門まで送り届けてもらったけれど私の胸はずっとドキドキしっぱなしで。屋敷に戻ってからもお父様とお母様を説得しなければならないし、どうなるのかしらという思いでいっぱいだった。
スノーホワイト家は誰かが忙しくても食事だけは必ず一緒に取ることになっている。お父様とお母様、そして私が揃って食事は始まった。相変わらずお父様とお母様の仲はとてもよくて、そんな二人の娘でよかったと心の底から思いつつ頃合いを見計らってドキドキしながら口を開く。
「お、お父様、お母様、実は……」
はっきり口にすると尚更恥ずかしかったのだけれど、二人の許しをもらうには言葉にするしかない。思い切って言葉にして放課後時間をもらってもいいかとお願いしてみた。するとだ。
「いいじゃないか放課後デート! いいよいいよ思う存分楽しんで来なさい!」
「やだ青春じゃない! ティアラ、思いきり楽しんでくるのよ。でも素敵ねお付き合いしている人とデートだなんて!」
「クロイト君はよくやってくれるなぁ! 会えるのが楽しみだよ。ティアラ、もちろん紹介してくれるんだろう?」
「ま、待ってお父様……」
「ティアラの心を射止めた男の子ってどんな子なのかしら? やだわたくしも会うのが楽しみだわ、ティアラ!」
「お母様も! ちょっと!」
勝手に二人で盛り上がって、トントン拍子で話が進んでいく。アルフレッドのときは一度もこんな反応を見せたことがなかったのに。寧ろいつもどこかブツブツと恐ろしい言葉の羅列を並べていたような気がする。
助けを求めるようにメイドや執事に視線を向けたけれど、彼らもただ温かい視線で微笑むだけだった。
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