第4話
「ということでティアラさん、決闘を受け入れました!」
「あなたは馬鹿なの?!」
「えっ?!」
ちょっとは心配してくれるかな~と淡い期待を持っていたけど、第一声が「あなたは馬鹿なの」は流石に予想していなかった。昼飯食ってから話があるからってティアラさんだけちょっと中庭に来てもらった。王子があんなことをしてからバイオレットさんがずっと傍にいてくれたようだけど、このときはすっごくいい顔で俺たちを見送った。
そんで、早速昨日あったことを報告したら怒ってる顔のティアラさん。相変わらず綺麗な顔してるなぁってデレッとしたら軽く脛を蹴られた。
「あなた、貴族の本質をわかっていないのよ。日時も場所も、向こうが決めるのでしょう?」
「そうですね、多分使用する剣やら審判も向こうが準備するでしょうね」
「絶対にあなたが勝てないように手を打ってくるに決まっているわ。あの王子、悪知恵だけは働くもの」
確かにそんな感じはする。そうでじゃなきゃパーティーのど真ん中で婚約破棄をしなければあんな人が目撃しづらい場所から植木鉢落としたりしないだろうから。
ちなみに決闘、ということで一応教官にも報告はしといた。返ってきた言葉は「手加減しろ」と「まぁ多少暴れてもよし」だ。グッと親指立てて健闘を祈ると見送られたから本当にいい教官だ。まぁそういうわけで、彼女は心配してくれてるけど俺はそこまで心配していない。多少何か仕掛けられたとしてもある程度のルールも一応あることだし、流石に一線を越えると黙っていないだけだろうから。主に剣術学部が。貴族のほうがどうかは知らないが剣術学部は正々堂々を好んでいる。
きっとあの王子のことだから俺に恥をかかせるために観客も増やすだろうし、最終的に大乱闘になったらそれはそれで面白そうだけど流石にそうはならないだろうなぁ。
「あ、そうだティアラさん応援に来てくださいよ。そしたら俺頑張れるんで」
「わ、私の応援で勝てるというの……?」
「もちろんですよ!」
何を当たり前のことを。彼女が応援に来てくれるのであれば負ける気はまったくしないし、それにもしかしたらあなたの護衛になりますよアピールもできるかもしれない。寧ろ来てくれ、と念を込めて目をキラキラさせながら見つめたらサッと顔を逸らされて「ま、まぁ、あなたがそう言うのなら……」と、いつもははっきり物を言うのにゴニョゴニョと告げる彼女に俺は顔を輝かせた。
それから知らせが来たのは本当にすぐだった。よく知らない男子生徒に話しかけられて――顔を覚えていないけど多分王子の取り巻きの一人だ――日時と場所が書かれていた紙を手渡された。最後に舌打ちされたけど俺アンタに対して何もやってねぇんだけどなぁと思いつつ、紙を確認する。場所は学園の敷地内にある闘技場、主に剣術学部が勝ち抜き戦で使う場所だ。まぁ決闘する場所なんて限られているし俺たちがよく使う場所にせざるを得なかったんだろうけど。当日楽しみだなと薄っすらと笑った。
なんていうか、予想通りというか。王子が決闘、という文字だけでかなりの生徒が見学に来ているようでざわめく声がここ控え室まで来ている。みんな暇人か、と思いつつある意味お祭り的な感じになってるのか闘技場の外には他の学部が出店まで開いていた。俺も観客側だったらティアラさんと一緒に出店で食い物とか買って一緒に食えたんだろうけど。
制服から実習用の服に着替えて少ししょんぼりする。王子と決闘するよりティアラさんと一緒に飯食うほうが大事に決まっている。簡単にケンカ買うんじゃなかったなぁと思ってももう遅い。支給された剣を手に取って控え室から出ようと立ち上がったときに丁度ノックが鳴った。友人かなと思って返事をして待ってみれば、ドアの先にいたのは。
「ティアラさん?!」
「……何よその反応。あなたが応援に来いって言ったでしょう」
「言いましたけどまさか控え室にまで来てくれるなんて! うわ~っ嬉しい今日も綺麗ですね」
「どさくさに紛れて何を言っているのよっ」
プリプリ怒っている姿も可愛くてデレデレしてしまう。控え室に入ってきたティアラさんのところに歩み寄ってハッと気付く。もしかして一人でここに来たのだろうか。王子たちも別の控え室で準備しているとは言え何もしてこないとは限らない。危ないな、と俺の考えが伝わったのか「アリシアが部屋の外で待っていてくれている」という言葉にホッと息を吐き出す。
「……本当に気を付けるのよ。王子は自分が認めた人間以外はどうでもいいと思っているもの」
「大丈夫ですって、俺を信じてくださいよ」
「べ、別にあなたを信じていないわけでは……」
跪いて彼女の手に触れ、その綺麗な甲に軽く唇を押し当てる。
「必ず勝利をあなたに捧げます」
「っ……!」
立ち上がりにっこりと笑顔を向ける。目を丸くして真っ赤になっている顔をもっと堪能したいけどそろそろ時間だ。ドアを開けて本当にそこで待っていたバイオレットさんにティアラさんのことを任せて俺は会場に向かった。
廊下を歩いていると「よっ」と軽く手を上げた友人と出会った。応援というかただ単に冷やかしだろう、俺も軽く手を上げてほんの少し立ち止まる。
「なぁクロイト」
「なんだ?」
「程々にな」
「わかってるって。程々ね、わかってる」
「いやぁ……まぁ頑張れよ」
苦笑いの友人に見送られて会場に足を踏み入れる。辺りをぐるりと囲うぐらいの観客に、同じように向こうの入場口から王子の姿が見えて同時に黄色い悲鳴も上がった。なんだか既に勝ち誇っている顔をしてるけど一体どんだけ剣術に自信があるのだか。
割れんばかりの歓声の中王子と対峙する。どうもと軽く挨拶をすれば鼻で笑うというユニークな返事をもらった。
「逃げるのも今のうちだぞ?」
「いやここまで来といて逃げると思います? それとも王子が逃げますか?」
「こ、この僕が逃げるわけないだろう?! 審判!」
「は、はい!」
ちらりと審判に視線を向けてみたけど、多分この審判も王子の仕込み。いくらこっちが有利な状況になったとしてもそういう判断をしそうにない。
まぁいいか、と思っていると王子が剣を構えたため同じように構える。両手持ちかぁ、なるほど、と一人で納得する。
「――始め!」
開始の合図と共に王子が早速突進してくる。スッと横に避ければ追撃するように剣も横に振られ、当たらない距離ではあったけれど一応剣で弾き返す。
「剣術学部とはその程度の腕前なんだな!」
にんまり笑顔の王子は余裕でそう言って再びさっきと同じように突っ込んできた。いや攻撃のパターンって知ってる? って言いたくなる。それから王子が突っ込んできては避け突っ込んできては避けを繰り返し、俺も避けるか弾くかだけをやっていたんだけど。王子はどうも自分が優勢になっていると思っているらしい、顔が嬉しそうだ。
王子の剣術の教育係もこんな様子見てたら毎日楽しいだろうなと次の攻撃を弾いた瞬間、剣からピシッという音が聞こえた。支給された剣だ元より頼りにしていない。王子の目が光りそこに目掛けて剣は振り下ろされた。
パキンっ、と乾いた音と共に剣が真っ二つになる。周りはざわめき王子は既に勝ち誇った顔だ。距離を取り、一度剣を下ろして俺に視線を向けてくる。
「どうする、剣が使い物になくなったぞ。寛容な僕はお前が降参するのを認めてやってもいいが?」
「……はぁ。王子、知らないんですか? 別に剣が折れたら負けっていう決まりないんですよ。ね、審判さん」
「そ、そうですね……」
「何っ?!」
「しかもこの決闘で王子側が決めたことでしょ。剣の予備とかないんですか? そういうのもしっかり準備しておくの当たり前でしょ。まさか剣の予備もない? うわ不手際~」
「うっ、うるさい! そこまで言うなら僕も容赦はしなくていいということだな!!」
「そうっすね。あと一つ、俺にいい考えがあります」
眉間にググッと皺を寄せている王子ににこりと笑顔を向け、そして地面を蹴る。あっという間に王子の前に踊り出て「ヒィッ」って短い悲鳴が聞こえたような気がしたけど、気にすることなく構えようとしていたその剣に拳を振り下ろす。芯を捉えたため剣はバキンッと子気味のいい音を立てて砕け散った。
さっきまで勝ち誇っていた顔が真っ青になり、無意識に下がった一歩に口角を上げる。
「アンタの剣も折れちまえば平等ですよ、王子」
「なっ、なっ……?!」
「決闘はね、剣同士でやり合うだけじゃないんすよ」
拳を振り上げ、王子に向かって思いきり振り下ろす。丁度王子の腰が砕けて避ける形になり、俺の拳は闘技場の台を砕いた。
「力こそ正義って言うでしょ」
「ただの脳筋じゃないかッ!!」
立ち上がって逃げようとする王子を追いかけて当たるか当たらないかすれすれのところで拳を繰り出す。すっかり涙目になって逃げ腰になっている王子に俺はにんまりだ。
そう、王子には感謝している。アンタがどっかの知らない女子生徒とめでたくお付き合いするようになって、正式に婚約破棄をしてくれたおかげで俺は彼女を口説くことができるようになった。今では一緒に飯を食うこともできるし、彼女にお願いすれば応援にだって駆けつけてくれる。俺の心はもう春一色。今までにないぐらい幸せだ。
逃げる王子の先回りをして軽く足払いをすれば踏ん張ることもできず、情けなく尻もちを付いた。そんな王子の身体を跨ぐように立ち下を見下ろす。
「アンタには感謝してるよ、彼女と婚約破棄してくれてありがとよ」
「な、なんだいきなりっ」
「けどよ……それ以上にアンタに腹が立ってしょうがねぇんだよ。婚約破棄するときあんなに人がいる場である必要があったのか? ただただ彼女を見下し陥れ悦に浸りたかっただけだろうが……!」
「ッ……!」
彼女が自分より優れていたのが気に入らなかっただけだろう。だからあんな場所で婚約破棄して恥をかかせて、そして自分が優位なのだと思いたかっただけのただのガキの思考だ。よく知らない女子生徒もきっと一枚噛んでいる。そうでなければ彼女の悪名がああまで広がることはなかった。
感謝と共に、とにかく腹が立って腹が立って仕方がなかった。ただ王子という立場なだけで好き勝手にやっている男。王子というだけで婚約者がいた男。
「王子ってだけで十年以上も彼女の傍にいたってのが何よりも気に食わねぇーッ!!」
「ヒィーッ?!」
なんっだよ王子ってそんなに優遇されてんのかガキの頃から彼女と結婚できることが決まっていたとか幸せすぎか! しかもほぼ毎日隣にいたっていうのに話しかけもせず手を差し伸べることもせず空気のように扱って一体何様だ! 一体何度隣にいることが羨ましくてそれを見ていたと思ってんだ!!
積年の恨みを込めて思いきり拳を叩きつけた。流石に王子の頭を砕くわけにはいかねぇから顔のま隣に振り下ろしたけど。台はさっきよりも大きなヒビが入り、王子はというと白目を剥いて泡を吹いて失神してる。野太い歓声が聞こえたのはきっと剣術学部の奴らだ。
「な……何をやっているんですかやり過ぎですよ!」
「王子別に怪我してないですけど? 勝手に失神しただけですけど」
「だっ黙らっしゃい!」
審判が手を手を掲げて炎のようなものが形成される。ああ、魔法学部の生徒だったんだ、と思っている間に小さな炎がドンドン大きくなっていく。表情を見てみれば剣が砕かれる前の王子と同じ顔をしている。
真っ直ぐ飛んできた火の玉。魔物に向けたらこんがり焼けていい焼き肉ができそうだと思いつつ拳に力を入れる。
「審判。アンタは平等じゃなきゃ駄目だろ」
目の前まで飛んできた火の玉に拳を突きつけたらそれは跳ね返されたように審判のほうに飛んで行く。まさか跳ね返ってくるとは思っていなかったのか悲鳴を上げてなんとかその火の玉を避け、それは闘技場の壁にぶち当たって消えた。
「言っただろ、力こそ正義だって」
だってそれ言ってんの俺らの教官なんだから。俺はその教えに沿っただけだ。
観客席のほうにサッと視線を走らせれば一際輝いている姿。満面の笑みで軽く手を振ればピャッと跳ねた身体が見えて愛しさが爆発しそうになった。
控え室に戻って制服に着替えるためにシャツを脱ぐ。軽い運動で終わったなぁと思いつつ今会場がどういう雰囲気になっているのかは知らない。何やら賭けをしているような声も聞こえたけど稼げた奴はよかったな、と他人事のように思いながら制服のシャツを着ればまたノックがされた。パッと顔を上げて返事をすれば思っていた通り、女神様がやってきた。
「ティアラさん!」
「怪我は……ないようね」
「ないですないです、いい運動になりましたよ」
「……あなたって、本当に」
困った顔も可愛らしいけれど言葉はそれ以上続かなかった。代わりにもう一度跪いて決闘の前と同じように手のひらに軽く口付ける。
「言ったでしょ、あなたに勝利を捧げるって」
にっこりと笑顔を浮かべて見上げれば、真っ赤な顔になって口をぱかんと開けている姿。あの王子には感謝も恨みもあったけど、今彼女がこうやって目の前にいる。それで少しは水に流してやろうかなという気にはなった。
「……ちょっと、立ってくれる?」
「え? はい」
なんだろう、と言われれた通りに立ち上がって彼女と対面する。強気な顔が視線を走らせて、そして真っ直ぐに俺を見上げた。
「……クロイト」
「はい」
そういえばティアラさんに名前を呼ばれたのってこれが初めてだ。
「あなたに、私とお付き合いする権利をあげてもいいわよ」
グッと眉間に皺寄せて如何にも不機嫌そうな顔なのに、でもほっぺたは今までにないぐらい真っ赤だ。本人は目を逸らさないように必死で、そして俺は、一瞬何を言われたのかわからなくてじわじわとその言葉の意味を実感し始めていた。
「……えっ?! マジですか?! いいんですかティアラさんとお付き合いして!」
「い、いいと言ったでしょう?! そう何度も言わせないで!」
「やった! ありがとうございます!」
嬉しさのあまりに目の前にある身体を抱きしめてしまった。うわすっごいいい香りがするし、そして何よりも柔らかい。こんな細くて大丈夫かな、という思考が急激にとあることを思い出させて急いで身体を放す。
「すみません俺汗臭かったですよね?!」
軽い運動だけで終わったし着替えもしたけど、でもやっぱり汗臭いはず。スンスンと腕を嗅いでみたけどほんのちょっとの臭いでも気になる。距離を開けようと少しだけ身体を引けば、そんな俺の腕を細い指が遠慮がちに掴んだ。
「べっ、別に、きき気には、な、ならない、から……」
「抱きしめていいですか?!」
「わざわざ聞かないでよ!!」
顔も耳も真っ赤にしている彼女を思いきり抱きしめる。うわ可愛いどうしよう、ずっとこのまま抱きしめていたい。実際無理な話だけど。でもほんのちょっとだけ、本っ当にちょっとだけ。と彼女の髪に擦り寄ってみれば背中に回された手がキュッと俺のシャツを握るもんだから、幸せのあまりに軽く意識が飛んだ。
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