第3話
「は~マジで俺の心は今すっごい満たされてる。毎日が春だ」
「ああ、お前の出身地である四つの移り変わりってやつね。頭の中にお花ぽんぽん咲いてる」
「咲いてねーよ。いや咲いてるか」
剣術学部の校舎の廊下で友人とそんな会話をしながら歩く。
いやマジでね、俺の努力が報われていると思うわけよ。まずあのパーティーでの出来事が大きかったしあそこで怖気づかずに告白したのがよかった。毎日前を歩く彼女に話しかけて、目はあんまり合わないけど俺のお喋りはちゃんと聞いてくれている。それにたまにちらっと見上げてくるのが可愛くてたまらない。
何より、彼女から昼飯のお誘いが来るとは。まるでポロッと言ってしまったみたいな感じで、そのあと必死に取り繕っていたけど俺は胸を押さえたまま倒れるかと思った。可愛いは時としてとんでもない暴力だ心臓が止まるかと思った。
「伊達に女神様を見守っていたわけじゃないな。偶然装って顔を出すとかさ……」
「へへっ……やめろよ照れるだろ」
「褒めてねぇよ気っ持ち悪ぅ……言い換えればただ付きまとっていただけだろ」
「付きまとってねぇよ見守ってたんだよ!!」
「キッモ……」
うるさいうるさいあちらは貴族なんだからそう簡単に声をかけられるわけないだろ。見守るのが精一杯だったんだ決して付きまとってはいない。帝王学部の校舎に行ったこともないし見ていたのは本当に正門から校舎までと、共有スペースのときだけだ。確かに本をまったく読まないくせに彼女が行くからって何度も図書館に足を運んだことはあったけど。
「いやマジで王子に感謝……婚約破棄最高」
「なんか悪女とか悪役令嬢とか聞いたけどさ、クロイトから毎日毎日女神様の話聞いてっから全然そのイメージないわ。剣術学部の奴らはほとんど俺と同じだろうな」
「布教成功か……よくやった俺……」
「お前マジ女神様のことになると気持ち悪いな」
おいおいこの短い会話の中で俺は何度気持ち悪いって言われたよ。でもまぁ、そんな友人に怒ることはない、若干自覚はある。それに気持ち悪いと言いつつ相変わらず俺の友人でいてくれるからこの友人も中々いい奴だ。
そうして歩いていると後ろからポカンと頭を叩かれた。痛いフリして振り返れば俺たちの教官が丸めた資料を肩でポンポンしながらこっちを見てくる。
「こんなとこで駄弁ってないで早く移動しろ」
「はーい」
「うっす」
「それとブルーアシード。お前にはまたお誘いだ」
「断ります!」
教官の言うお誘いというのは騎士としてうちで働かないか~っていうやつだ。今までも何度かそういう話を持ってこられたけれどすべて断っている。なんせ俺の就職先は決めてるから。勝手にだけど。だから今回も同じように断ればこれまた教官もいつもと同じように顔を顰めた。
「お前は一体何になりたいんだ」
「女神様の護衛です!」
「気持ち悪いほどの執念だな」
「ちょっとー! 教官まで俺のこと気持ち悪いって言います?! ひどくないっすか?!」
「まぁ頑張れよ」
俺の嘆きをさらっとスルーした教官は俺たちを抜かしてズンズンと次の授業へと向かっていく。教官は元騎士であらゆる経験を積んでから、その腕を見込んで学園からの要請で教官としてここにいる。やっぱ前職は前線でバリバリ戦っていた人だから貴族よりも俺たちのほうに思考が近い。っていうことでまるで歳の離れた兄のように親しみもあった。
「いやさぁ、お前って……色々と残念だな」
「え? 色々って?」
「まぁ、うん、色々」
若干引き気味の友人に首を傾げつつ、予鈴が鳴り響いて俺たちは慌ててバタバタと廊下を走り始めた。これからまた実習やら何やらだ。身体動かすのは好きだけど机に向かう授業だけは苦手なんだよなぁとひとりごちりつつ、近道である中庭を駆け抜ける。
今日も放課後あの短い時間だけれど彼女と一緒にいられると思うと、もう厳しい授業なんてなんのその。次はどんなアプローチをするかで頭がいっぱいだった。
朝正門に行けばティアラさんに会えるし、最近ほぼ毎日と言っていいほど昼飯も一緒に食っている。放課後も時間があれば正門まで送り届けて、いやぁ幸せってこういうことなんだなぁとしみじみ。あれだけ遠くから見ることしかできなかった存在が今こうして隣でお喋りをしてくれるんだ、浮かれない奴がいるだろうか。
「あれ? バイオレットさんは?」
「教師に聞きたいことがあるからと先に行っているわ」
「あ~そうなんですね」
今日もいつも二人がいる場所に特盛りプレートを持って移動してみれば、ティアラさん一人でのお食事だった。あの王子が流した噂のせいで彼女の悪名だけが広がってしまい、こうして彼女と一緒に飯を食おうとしている人間はいないんだけど俺にとっては好都合。周りに誰も近付かない状況で二人で飯が食えるなんて最高すぎる。
いつもその隣にはバイオレットさんがいるけど、だからと言って隣に座るのは図々しいかと思いいつも通りに正面の席に座る。正直正面のほうが彼女の顔がよく見れる。
「剣術学部って実習が多いのよね」
「そうですね。でも戦略とか練るための授業もあるんですよ。俺そっちは苦手で」
「ふふっ、それっぽいわ」
うわ笑った顔すっごい可愛い。いつもにこにこしていればいいけど彼女どっちかっていうとポーカーフェイスが多くて、ちょっと強気な顔付きだから周りもそれで誤解してあんまり近寄らない。俺としてはありがたいけど! 強気な顔も大層可愛らしくて美人で素敵だけど!
「帝王学部校舎まで一緒に行っていいですか?」
「い、いいわよ? でもあなた遠回りになるでしょう?」
「あれくらいの距離大したことないんで!」
一分一秒でも長くいたいんです俺は。変な虫が寄り付かないとも限らないし――この話を友人にしたら友人は「変な虫はお前だ」っていつも言うけど――学園内だから何もないとは限らないし。なんとなく、今日は傍にいたほうがいいような気もする。
にこにこの俺に彼女はまたスッと視線を逸らしたけど、それが照れ隠しの反応ってことにもう気付いてるから尚更俺の顔はにこにこでゆるゆるだ。
俺は大量に盛られていた飯を食い終わり、彼女もいつもの量を食べ終える。そんだけの量で果たして一日動けるのか……? と不安になり前に聞いたことがあるけど「これが普通よ」とそのときばかりは呆れられた。呆れた顔も可愛らしかったからよし。
いつもは食堂を出たらそのまま別れるけど今日はバイオレットさんもいないし、さっき一緒に行っていいとの許しも得たからそのまま一緒に帝王学部の校舎へ向かう。
っていうか流石帝王学部、貴族が勉強する場所。校舎に向かうまでの道も綺麗に舗装されている。一般校舎はわからないけど剣術学部の校舎は訓練の意味もあってか砂利道だ。校舎に向かうまでに靴の中に砂利が入るのも多々ある。一応ウィステリア学園はどんな人間でも受け入れるけど、学部によって見えないところで差異があったりする。わかりやすい例が食堂のメニューだ。帝王学部にはすっげぇうまそうな上等な肉が普通にメニューとして出されている。まぁそれも学びの一環でもあるんだろうけど。
そうこうしているうちに帝王学部の立派な校舎が見えてきた。もう外壁からして他の学部との違い出まくり。こうして間近に見るのは初めてだし、いやそこまで装飾する必要ある? って言いたくなるぐらいの造りだ。
「それじゃ、ティアラさん……」
着くの早すぎ、としょんぼりしながら彼女に振り向こうとして、咄嗟に上を見上げて隣にいた彼女の肩を抱き込んだ。
「何やってんだ!!」
俺の声とガシャンッと地面に叩きつけられた音でどこからか悲鳴が聞こえた。丁度彼女が校舎に入ろうとする手前で上から植木鉢が降ってきた。彼女を庇いつつそれを腕で叩き落としたわけだけど上にいた影は俺の声に驚いたのか、バタバタとその姿を消した。
「大丈夫でしたか?! ティアラさん!」
彼女に怪我はないだろうか、と急いで顔を覗き込む。でも中々顔を上げなくて、もしかして破片でも飛んできたかとサッと視線を走らせたけど怪我らしきものは見当たらない。もう一度視線を戻せば、真っ赤になっている耳が見えてちょっとお察し。
いきなり抱き寄せられてびっくりしちゃったのかな。そんで恥ずかしくなって顔を上げられなくなっちゃったのかな、可愛らしい。
流石この流れで抱きしめるのは周りの目もあるし駄目だよな~と渋々と身体を放す。「怪我は?」と聞いてみれば今度は彼女のほうが物凄い勢いで俺を見上げてきた。
「あなたに怪我はないの?!」
「ないです! 叩き落としただけですし鍛えてますから!」
「そう……よかった……どうして、植木鉢が……」
物凄いホッとした顔に俺のこと本当に心配してくれたことがわかる。胸がキュンキュンする。やっぱりどさくさに紛れて抱きしめておくべきだったと思う俺に対し、彼女の視線は叩き落とされて木っ端微塵になっている植木鉢に向かっていた。
「王子とその取り巻きですね」
ほら、あそこからと上の窓を指差せば彼女の目が軽く見開く。
「見えたの? この距離で」
「俺目もいいんで!」
ぱちんっとウインク決めた俺にティアラさんは一瞬で真顔になった。そんな顔初めて見るしそんな顔もできたんだと思いつつ、美人は真顔でも綺麗だ。
「あっ! も、もしかしてあの植木鉢って高いやつですか? 俺って弁償しなきゃ……?」
「そんなに高いものでもないしあなたが弁償する必要もないわ。悪いのはこれを落とした張本人だもの」
っていうことは弁償代は王子に向かうということか、それは一安心。ティアラさんはそんなに高くないって言ったけどそれは貴族の価値観であって俺みたいな田舎もん、それが十分値の張るものだと流石にわかる。
高そうな植木鉢のことは置いといて。隣にいるティアラさんにもう一度目を合わせる。これは正直嫌がらせとか事故となそんなレベルものじゃない。
「ティアラさん、すぐにバイオレットさんと合流してください。会うのが難しかったら先生のとこにしばらくいたほうがいいと思います」
「……王子が何かしてくるってこと?」
「そうです。今回俺がいたからよかったものの、下手したらティアラさんが怪我をしていたかもしれないんです」
とは言っても校舎に入るほんの手前で落としたようだったから、多分怪我をさせるつもりはなかっただろうけど。でも脅しにしては危険過ぎる。
俺が一緒にいれたらよかったんだろうけど帝王学部の生徒以外この校舎には入れない仕組みになっている。ならせめて誰かにバイオレットさんか先生を呼びに行ってもらって、その間傍にいたほうがいいかもしれない。そうと決まればこっちを見ていた女子生徒に声を掛けて早速お願いした。
「クソムカつく野郎だな……」
待っている間イライラが募って思わず出た言葉にティアラさんがどんな顔をしていたのかは知らない。とにかく腹が立って仕方がなかった。
無駄に長い廊下を歩く。一応教員がいる場所は一箇所に固まっているため色んな生徒がこの廊下を行き来するが、放課後というものあって歩いている人がほとんどいない。なんで俺がそこに行ったかと言うと、昼間のことについて教官とそして帝王学部の先生に報告していたからだ。向こうの先生はティアラさんの報告も受けていたらしく、間違いがないかの確認で俺からの報告も聞いていた。
しばらく歩いて、ピタッと足を止めて振り返る。釣られるように聞こえていた足音も止まった。そんなぞろぞろ来ておいて俺が気付かないとでも思ったのかと毒吐きつつ振り返れば、思っていた通り見覚えのある姿一人とそんであんまり知らない姿四人がいた。そんな五人でぞろぞろと、まるで絵本に出てくる勇者御一行様かよ。
「なんの用事ですか、王子様」
「は、何の用事だと? ……これ以上ティアラに近付くな。彼女は僕の婚約者だぞ」
「元、でしょ。正式に破棄したのはそっちじゃないですか」
しかも生徒が大勢いる、パーティー会場のど真ん中で得意げに高らかと。今更なんだと鼻で笑えば向こうは顔を真っ赤にした。
すると王子はその顔のまま腕を大きく振り被り、俺の胸にはペチッと何かが当たる。ペタンと床に落ちたものを見てみればそれは白手袋だった。それが一体何を意味しているのか知らないわけがない。
「お前に決闘を申し込む!」
いや正気か? 正気なのかこの王子は。確かに嗜みとして貴族も一応剣術を習っているようだけど、そんな僅かな時間で習っているそっちに対してこっちはほぼ一日中訓練している。しかも如何にも言ってやりました! っていう王子の顔と、そしてそれを止めようとしない周りの取り巻き。
ティアラさんの噂は本当に笑い飛ばしたくなる程度の噂で真実味がまったくなかったけど、こっちの噂は本当のことだったんだなとちょっと顔に出しつつ呆れてしまう。第一王子は感情的で冷静な判断が下せない、そんな話を聞いたとき「王子が? 将来国を治める人間がそんなバカな!」とか思っていたけど本当にバカだった。
床に落ちていた白手袋を拾い上げて口角を上げる。別に剣術学部には決闘を受け入れるなという決まりはない。
「いいですよ、受けて立ちますよ」
「言ったな? あとで後悔するなよ。日時はあとで知らせる」
そのまま高笑いをして去っていく王子と取り巻きの後ろを溜め息をつきつつ眺める。王子って剣術学部の訓練見たことがないんだろうか。いやないからこういうことできたんだろうなぁ。せめて周りに止めてあげれる人間がいればまだよかったものの。
取りあえず、面白うそうだし友人と……そして一応ティアラさんにも言っておいたほうがいいか、と白手袋をポンポンと手でもてあそびながら俺も歩き出した。
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