5
「……さて、本題ね」ララは腕を組んだ。「貴方が魔法使いだということ、それをまず証明しましょう」
は?という界の間抜けな声を無視し、ララは人差し指を界に向けた。目を閉じると指先に意識を集中し始める。その指先では、青白いオーラが陽炎のように揺れている。微風がララの周りを取り囲み始め、彼女のブロンドの長髪は風に煽られる。やがて風が強まり……
「おい! どうなっているんだ、ララ!」
風に負けないように声を張るも、ララは答えない。
「
静かに唱えると、ララの周りを囲んでいた風が旋風となり、物凄い速さで界に向かっていく。
――殺される。
直感的にそう思うと同時に、界の目の前に光の粒子が凝縮し、シールドとなって界の体を守った。反射的に、
「魔法使いなら本能的に出るはずだと思ったのよ」
旋風はシールドにぶつかると、シールドもろとも砕け散った。風が止み、ララは一歩、界に近づく。
「殺されるかと思った……」へたりと力が抜け、その場に座り込む。「魔法使いじゃなかったらどうしていたんだ」
「いいえ。貴方は魔法使いよ。分かっていたからやったの。私、そんな博打なんてしないわ」
嘘か本当かわからない様な無表情でそう言ってのけるララに、界はため息をついた。座り込む界にララは手を差し伸べ、立たせてやる。
「魔法使いというのは、二種類に分けられるわ。基本的に、人間は皆“魔力”というものを持ち合わせているの。魔法が使えるかどうかの基準は未だにはっきりしていないんだけれど、ある程度魔力が強い人間なら、魔法が使えるのではないか、という言われ方をしているわ。そこで、何故格差が生まれるのか……その所以さえ、はっきりとしていないの。まだ研究段階、というところかしら」
「遺伝、とかか?」
「そうね。それもあるかもしれないわね」
「だとしても、俺とどういう関係が……まさか」
考え込むような仕草をするも、ララの一言に思い当たる節があるのか、界ははっとして顔を上げた。
「分かったかしら? ……それは、貴方の父上の遺伝よ。カイ」
*
同年同日、東京。
「父様、そろそろ折れて下さい。僕はもう限界です」
軍服に身を包んだ青年は握り拳を震わせていた。目の前には厳格で重々しい空気を漂わし、欧州貿易で手に入れたソファに腰を掛け、新聞を広げる父の姿がある。父は新聞に視線を落とし、息子の方を見ることはなかった。
息子――
「父様!」
しびれを切らし、父を怒鳴る。しかし、新聞を捲る音だけが返ってきた。父は話をするつもりなどないのだろう。
そこへ、扉を開けて入ってきたのは三男である
「兄さん……に、父様」
「なあ、博」
博を視認するや否や、徹は博に詰め寄った。その気迫から博は怯えて仰け反った。
「は、はい」
「貴様はどちらだ?
やはりその話題か、と博は納得した。次男である徹は、何故か「ハーフである」ということを酷く気にしている様子で、社会の空気に呑まれず我が道を突き進む父親が気に食わないのだ。この手の話題は、この家の親類の中でもかなりセンシティブな問題であり、軍人である人間が多いためか、国に尽くさぬ個人主義の人間は「非国民」として蔑まれ、忌み嫌われる結果となる。中立的立場における答えは決まって「日本男児であるという
「も、勿論。日本男児ですよ! 当たり前じゃないですか」ご機嫌取りにへらへらと笑った。その弟の様子に、徹は舌打ちをし、距離を取った。「ふん。そうかい」
機嫌を損ねた徹は再び父を見遣るも、こちらを意に介さず、無言を貫く姿にまた舌打ちをして部屋から出ていった。
「兄さん……」
その様子を心配そうに博は眺めていた。父はようやく顔を上げ、心配そうに扉を見つめる息子に、新聞を置いて立ち上がると頭を撫でてやった。
「と、父様」
「博。すまないな」
それだけ言うと、新聞を持って部屋を出ていった。その場に取り残された博は、父に頭を撫でてもらった感触を嚙み締め、頭に手をやった。嬉しい気持ちと、申し訳ない気持ちが入り混じり、複雑な感情を残したままその場を後にし、自室へ戻った。
*
「遺伝……」
父の姿は若々しく、しかし父親らしく厳格で自身を律し、子供たちの前で笑うことも無かった。自分の話などほとんどせず、母との会話も子供の前では控えているのか、交わすことがあっても業務連絡程度で母も遠慮がちに父の前では会話を控えていた。自分や他人に厳しく、甘やかすようなことなど一度も無かった。しかし、長男である界に対してだけは、世間の父親とあまり変わらないような、「不器用な父親」という一面をよく見せていた。父の仕事を手伝うきっかけは、完全に父の誘いからだった。他の家族の前では、会話も控えるほどに冷淡であるのに、何故自分の前ではここまで喋り、仕事を教え、人との接し方や社会について学ばせてもらえていたのか。ついには理由は分からなかったが、不思議に思っていた。
そして、何より不思議なのが、彼の仕事ぶりだった。父の仕事は「何でも屋」で、探偵のような仕事をする事もあれば、ボランティアや近所で困っている人を助けるという人助けの依頼が多く、普段笑わない、ユーモアなんて似合わないような父が依頼者と会話を交わし、最後には笑顔になって、愛想も良かったのか、よく慕われていた。彼の仕事は広い年齢層でとても人気があった。界は父の活躍ぶりを間近で見ていた。家とのギャップに初めは驚いていたが、次第に慣れ始め、次に彼に対して抱き始めた感情が憧憬や尊敬というものだった。間近で見ていたからこそ、本来の父の姿を見る事が出来て、多くの人に慕われる素晴らしい人間だと感じる事が出来た。
しかし、それでも分からないことがあった。物探しや人探しを依頼された際、父は並の人間では不可能だろうと思うほどの速さで失せ物探しを成功させるのだ。依頼者から少し話を聞き、最後に見た場所まで行くと、そこでもう「見つけた」と言い、本当に見つけてしまうのだから、依頼者はさぞ驚くだろうが、界も何も分からないまま依頼は遂行されいつの間にか終わってしまっているのだ。界の父親、――博文は不思議な存在だった。今思えば、あれこそが魔法なのではないか? そしてそれが遺伝しているということだろうか、と。そうだとしても証拠としては不十分だ。いくら目の前で彼の仕事ぶりを見ていたとしても、分かるはずがない。その力というものは、本当に持っているのだとして、界自身に見せる時が果たしてくるだろうか?
「……ありえる、のか?」
「揺らいでいるわね。父の背中を追っていた貴方なら分かると思うけれど」
また心中を読んだのか、ララは界に尋ねた。「彼が魔法を使ったところ、見たことあるのでしょう?」
「いや……分からない」
――本当に分からない。あれが、魔法だと言うのか?
「魔法にはね、様々な種類があるの。属性と言うべきかしら、大きく分けて五種類ね。青、赤、黒、白、無。この五色」指を折りながら説明する。「まず、青。主に水や木などの自然物を操れる魔法が得意とされていて、見分け方はオーラの色。その魔法使い、または魔導士と呼ばれるのだけど、彼らは青いオーラを放つとされているの。ちなみに、私も青よ」
言われてみれば、先程攻撃を受けた際に彼女の指先は青白く光っていた。少しだけ納得した。
「次に赤ね。赤も自然物を操れるけれど、炎や雷のようなプラズマと呼ばれるものを操れるとされているわ。それと、物に残る記憶を辿ったり、人の記憶とか人の脳に干渉できる魔法が使えるとされているわ。要するに炎と電気に関わる魔法が得意なのね。これもオーラは赤よ」
「案外色で分かりやすく分類されているんだな」
「逆じゃないかしら。青属性だと呼ばれている理由が、水に関係しているから。赤属性と呼ばれている理由が、火に関係しているから……とか」
「なるほどね」
「あと三つ。次に無。これはほとんど弱い魔力の魔導士がこの属性だと言われていて、物を操るほどの魔法が得意だと言われているわ。人によっては、赤属性と同じような魔法も使える人もいるようだけれど、それは例外ってことね。オーラは無色透明でほとんど見えないわ」
「黒や白も、色に関係しているとすると……?」
「黒は青や赤と同じ自然物を操ったり、人の脳に干渉したりできる上に、闇にまで干渉できる強力な魔力を持っているとされているわ」
「闇?」
「ええ。人の影とか、夜闇とかに紛れる事が出来たり、逆にその影を操ったりね」
「黒属性はかなり強力なんだな」
「けれど、その上もあるわ。白属性……最強とでも言いましょうか。もっとも強力で、使いようによっては本当に世界なんて統一できてしまうかもしれないわね。でも、殆ど伝説よ。ちなみに、白は黒属性とほとんど一緒だけれど、違う個所は闇ではなく、光を操れる点、もう一つは、微粒子レベルに干渉できるということ」
「は? 微粒子、……って」
「なんなら蘇生だって出来るかもしれないわね」
感情のない表情で冗談を言うが、本当にそんな魔法使い存在するのだろうか。人間なんて敵うわけがない。
「まあ、さっきも言ったけれど伝説程の話で、書物に載っているだけ。見たことはないわ。青以外全部ね」
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