魔法。何でも出来る不可能などない万能な力。そう思っていたが、実際そうでもなさそうだ。やはり、限度はある。魔法使いでさえほとんど見ないし、聞いたことも無かった上に、「黒」や「白」の魔法使いなんて、ララが言う通りならば、果たして存在するのかどうか。どこまでが嘘で本当のことなのか。


 書物というのも気がかりだ。国の文献であれば多少は信頼できるだろうが、だとしてもそれほど強力なのであれば隠蔽されることも考えられる。


 「考えても、魔法使いのことなんて誰にも分からないわ。まして、貴方になんか分かるはずがないのよ。とは言え、ここまで説明したけれど、やっぱり分からないでしょう? 魔女のこと。魔法使いというのは、ただ魔法が使える人間というだけで、その魔力量によって属性が分類されるというだけの存在。果たして魔女とは、どこにいるのか、どういう存在なのか。人間ではないのかどうか……」


 「なあ、さっき言っていた二種類の魔法使いってなんだ?」


 「あら。説明し切れていなかったかしら? 二種類の魔法使いというのは、先天性と後天性。その二つよ。『先天性は生まれながらにして魔力を“魔法が使える程度”の魔力を持ち、魔力増幅の成長が早い人間を指す。後天性は、並の人間程度の魔力であったが成長過程において魔力が増幅されていき、その成長が止まるのが遅い人間を指す。』と、いう定義がされているけれど」


 つまりは、俺は本当に魔法使いなのだとすると「後天性」に分類されるわけか。


 「大体分かってもらえたかしら?」

 「……そういう魔法に関する事柄が伝わってきたのが、あの宗教ということかい?」

 「ええ。クルルッタ教ね。一番手っ取り早いのは、彼に会って直接話を聞く事かしらね」


 冗談を言うように軽口を叩いた。


 「魔法のことは追々使えるようになってくれればいいわ。私も勿論協力するし……」

 「……俺も、使えるように」


 手の平をぼんやりと眺める。何か念じてみるも、結局どうすればいいのか分からず、案の定何も起こることはない。


 「長々と立ち話をしてしまったわね。さて、仕事の前に腹ごしらえといきましょ」


 話題を断ち切るように手を叩くと、ララは踵を返して図書館の中へと入っていった。



  *



 「先生、どこかなぁ」


 トランクに膝を立てて座る少年がいた。そこは屋根の上だった。

 街を見渡す少年は、深いため息をついた。空はどんよりとした雲に覆われていた。


 「もう、どこ行っちゃったんだろ」


 黒外套が風に靡く。

 ゆっくりと立ち上がると、トランクを手に持ち、屋根から飛び降りた。



  *



 朝食を済ませた四人はそれぞれの持ち場へと移動した。界はララについていき、エントランスにあるサービスカウンターの内側へ入った。


 カウンターの裏側には多くの本が積まれてあり、山のようになっていた。


 「人が来るかも分からないから、今日はここら辺を整理しましょう」


 ララは指先で宙をなぞる。すると山積みになっていた本が軽々と持ち上がった。界は小さく「おお……」と声を漏らした。


 「貴方にはまだ無理かしら」

 「まだやり方が分からん」

 「そうよね。じゃあ普通に持ってきてちょうだい」


 そういうと奥の部屋へと入っていった。慌てて、界は山積みになっている本を一束抱えてララについていった。


 カウンターの奥にある扉の先は倉庫のようになっていて、多くの本棚が敷き詰められ、その中に本が収納されていた。同時に引き出しが点在していて、貯蔵する本の管理を引き出しの中に入っている書類でしているようだった。


 界は一度部屋に入るとすぐに積まれた本を床に置いた。分厚い本が多く、相当な重さで、鍛えてはいるものの流石に無理があったようだった。


 「あら。だらしないわね」


 出入り口付近に置いてあった椅子に座り込む界に、収納を終えたララが近づいてきた。


 「だらしないって、あんたね……」

 「ふふ。これなら早く魔法覚えた方が良いわね」


 そう言ってララは界が持ってきた本を軽々と魔法で持ち上げ、本棚の方へと運んでいった。

 その様子を前傾姿勢のまま界は眺めていた。


 「……魔法、か」


 ここに来て二日目。まだ現実味を感じられなかった。


 「なあ、ララ」

 「なあに?」


 書類を片しながらララは応えた。


 「どうすれば、魔法が使えるようになるんだ?」

 「そうね。今日は魔法の練習をする? どうせお客様も来ないだろうし、来てもあの二人に任せれば大丈夫だし」

 「良いのかい」

 「良いわよ。整理が終わったらにしましょうか」

 


 魔法が使えない界にとってはただの重労働だったが、三往復ほどしたところで界の仕事は終わった。ララは魔法で本を片しながら、管理書を書き留め、部屋を出た。


 アルベリとフレジーアに図書館を任せると、二人は図書館を出た。


 「この図書館、私の魔法で形を保っているのだけれど、ここら辺も一応私の家の敷地内だから、魔法は保っていられるわ」

 「それはどこまでだい?」

 「この山」

 「……随分広いな」

 「そうね。だから魔力の消耗は激しいわ。疲れやすいのよ」


 「労わってちょうだい」と最後につけ足すも、界は「へえ」と聞き流した。

 そんな会話をしつつ、二人は図書館から少し離れた場所で立ち止まった。ララは界から少し離れた場所まで歩いて立ち止まり、二人は向き合った。


 「まず、貴方の魔法は」そう呟き、朝方界に攻撃を仕掛けた時のように手を前に出し、その指先に念を込めた。青いオーラがララの周りを取り囲む。その瞳は赤く鈍く光っていた。


  指先に力を籠めると、界の周囲にオーラが漂うのが透けて見え始めた。まだ魔法が使えないからか、そのオーラは漂うばかりで安定しているようには見えなかった。そのオーラは赤く、鈍く光っているようにも見える。


 「赤ね。まあ、でも私とあまり変わらないわ。少し貴方の使える魔法が強力になるくらいかしら」

 「赤の方が強いのか」

 「使える魔法は使い方次第で強力になるものよ。大体そうでしょう?」


 ララのおかげでオーラが視認できるようになり、界は自分の手の平を見つめた。自分の周囲を漂う赤いオーラは、とても不気味に感じたが、自分から発せられていると思うと不思議と落ち着く事が出来た。


 「このオーラを安定させることが今後の目標ね。安定させるということは、魔法がある程度使えるようになるのと同じ意味合いなのだけれど、やるわよね?」


 有無を言わさぬ口ぶりに、界は頷く。「勿論だ。今更やらないなんて言うか」


 「ふふ。そうよね。貴方はそう言う人ね」

 「さっさと始めてくれよ。何をすればいい?」

 「簡単よ。魔法は念じるもの。イメージして頂戴。試しに、手から炎でも出してみたらどうかしら」

 「どうかしらって……」


 簡単に言ってくれるな……と呆れるも、やってみようと思い、ララの真似をして手を前に突き出した。手の平から炎を出すイメージをしつつ力を込めた。


 「ふッ……」

 「ダメ。もっとリラックス」


 一度手をおろし、肩を回して深呼吸をする。そしてまた手を前に突き出し、手の平から炎を出すイメージをする。


 「だめ」


 何度もララからダメ出しを受け、イメージするを繰り返すも何も進展することはなかった。


 「あらあら」


 界なりに集中して、真剣に取り組んでいたのか疲労した様子で地面に手をついていた。


 「だめね、カイ。イメージが足りないんじゃない?」

 「なあ。本当にイメージするだけで魔法が使えるのか?」

 「使えるわよ。私はそうやってできたんだもの」


 不貞腐れた様子で頬を膨らませるララは、少し苛立っているようだった。


 「何で苛ついているんだい」

 「貴方が出来ないからでしょう? だから出来ないの?」


 その口から思わず出た言葉は、とても差別的な言葉だった。


 「はあ?」

 「あ……」

 「……ふん。やってやる。、なんて二度と言われてたまるか」


 そう言って界は山の奥の方まで歩いて行った。


 「……カイ。ごめんなさい」


 俯きがちに、ララは小さく呟いた。



  *



 ――まさかあの女からあんな言葉を言われるとは思ってもみなかったな。それに、俺自身、「日本人だから」と言われて腹が立つとは、……。


 「日本人である」という自覚はある。ただ、ハーフであるという事実もあり、幼い頃は出自に関してはぼんやりとした認識で、はっきりと認識し出したのは学校に通い始めてからだった。しかし、それでも兄弟や親戚ほど強い愛国心、それに伴う責任感や協調性は欠けていた。父親がそうであったように。


 そういった自覚はあり、学生時代は周囲に合わせるのに徹していた。時代が変わりつつあって、周囲の団結力は怖いほどに出来上がっていた。恐怖を感じながらも自分なりに多くのことを学んでいた。大学へ通う頃には界にとってはそれが当たり前となり、界自身の思考や行動原理など、周囲と区別がつかなくなっていた。そうして弟や親戚からは、「猫被り」だと言われるようになっていた。



 日本は、世界と肩を並べようと必死だった。それなのに自分勝手に有意義な暮らしを続ける「戦わない華族たち」は、次々に崩落していった。


 段々とが近づいていた。

 個人主義はつまみ出されることだろう、と父は笑った。


 『界。俺らで革命でも起こすか』


 ある日、父はそんなことを言った。冗談など家では絶対に言わないような父が、界に笑った。


 『何を言っているんだ、父さん。世界で革命が起きた時のこと知ってるか? 最後は悲劇だよ』

 『そうかな。結局は誰かが犠牲になってしまうんだ。だったら、誰が何をしようが、未来が変わればその行動は意味を持つだろう?』

 『極論だよ』

 『そう言うもんさ。肩身が狭いこんな所よりさっさと世界に出たいもんだね』


 周囲に流されず、父だけは「自分」を持っていた。

 身内の中で一番愛国心が強いのは、祖父だった。祖父は古い人間で、新しい物を嫌っていた。しかし、日本の為に変わるのだと耳にしてからは、思考や発言をころころと変えて、今や陸軍としての威厳を以て、毎週父に会いに家に押しかけてくるようになった。それは勿論、「子爵としての自覚を持ち、国の為に尽くせ」という説教をする為だった。父は毎回祖父を追い返していた。界の弟は祖父に便乗するようになっていたので、父の中で余計に反骨精神が強くなっていった。



 時代に振り回される陸軍に所属する祖父や叔父、家族としてのプライドを守り続けようと必死になる叔母、教師として胸の内を言えずに板挟みとなる温和な叔父。


 家に押しかけてくる祖父に影響を受け、今や軍人を目指す次男、争い事は苦手で日本の為になるなら学者になって支えられるようになりたいと、ある日長男に呟いた心優しい三男。


 なかなか胸の内を晒せず、一人で家を背負い続ける個人主義の父。

 界の周囲には様々な人間がいた。

 そうして影響を受け、時には反面教師にしつつ、自分なりに生きてきた。

 ――……手に念を込める。

 赤いオーラがふわりと漂った。


 「!」


 マッチほどの大きさだが、手の平から出た。


 「これ、は……」


 その小さな赤い炎はすぐに消えてしまった。

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