ララに連れられ、二階のララの自室へ移動した。ジカート姉妹はというと、ティータイムを堪能した後、各々の仕事場所に戻っていった。

 彼女の自室は、界の部屋と特に変わったところはなかった。


 「どうぞ、座って」


 部屋に一つしかない椅子に座るよう促すと、ララはベッドの縁に座り、界と向き合った。


 「……どこから話しましょうか」


 人形のような魔女は、淡白な声質で言うと、小首を傾げた。


 「あの」


 会話の材料を探し始め、熟考し始めたララを見兼ねて、界は小さく手を上げた。


 「何かしら」

 「思いつかないのなら、俺が質問してそれを答えてもらうっていうので、どうですか?」


 ララの深紅の瞳をじっと見つめた。


 「構わないわ、それでいきましょう」


 今しか聞けない、直感的にそう思った。


 「まず一つ目、魔女って何ですか? 魔法使いとの違いとか、教えてください」

 「魔女、……そうね。一応、魔女と呼ばれる魔法使いは現状六人いるの。それ以外の魔法使いは性別関係なく、“魔法使い”と呼ばれるのよ。ただ、魔女の存在は曖昧でね、私も魔女と名乗っているけれど、詳しい事は何も分からないわ。一つだけ違うとすれば、魔女は全員、と言われているの」

 「箱?」

 「そうよ」


 すると、ララは膝にまるで手の平を見せた。


 「きっとあなたには見えていないでしょう。ここには箱があるの」と、手の平を見つめながら話す。「魔女は各々違うものをこの箱に詰めるの。私の場合は、“感情”。ノーマルと呼ばれる魔法使いではない、一般的な人間から代償として受け取った感情の中の一つずつをこの中に入れているのよ」

 「いつからあったんですか? その箱って」

 「分からないわ。いつの間にかあったの。透明な箱、……【Witch's Box】と呼ばれているわ」

 「魔女の箱、か」


 そのままなんだな、と界は思った。


 「正直な話、私にも何が何だかわかっていないのよ。でもね、彼らから感情を一つ受け取ると、満たされていく感じがするの。きっと、この箱のせいなんだと思うわ」

 「箱にそれが入っていくから、満たされていく感じがする、ということですか?」

 「そうね」


 ララは箱をしまったのか、膝の上に手を添えていた。

 「ほかには?」とララは聞いた。


 「ええっと、そうですね。 ……あ、少し気になることが。魔法使い、または魔女って人の心が読めるんですか?」


 ララは少し考える素振りを見せた後顔を上げた。


 「私は読めるわ。他の人は知らない」


 そう言って首を振る。

 また、定型文のようにララは「ほかには?」と聞いてきた。


 「魔法の話から逸れますが、この屋敷のことについて聞かせてください。初めからこうだったのか、それともまた違うのか」

 「そうね、話しましょう。少し長くなるけれど」

 「構いません」

 


  *



 ララはゆっくりと話し出した。


 「私は、フランスとドイツの狭間にある、この山で生まれ育ったわ。父は威厳のあるフランス国籍の軍人、母はこの街・サントコキーの領地主である子爵の娘だった。

 父はよく家を空けていたわ。軍人で、なおかつ少将というお偉いさんだったから、きっと忙しったのね。けれど戦争は次第に激しくなって、父は少将として軍をまとめ上げ、そして戦死した。訃報が届いたのはそれからだいぶ後だったわ。当時は私が十歳の頃だったかしら。父がいなくなった家はそれまでよりも静かで、寂しげだった。母は夫という支えが無くなったことによって精神を病み、大人しかった母がだんだんと攻撃的になって、私に手を上げるようになった。


 そんな中、私は父の残した書斎でひたすら読書に耽っていたわ。食事もあまりとりたがらず、一日のほとんどをそこで過ごしていたの。母はそんな私に苛立ち、本をとり上げた。書斎に鍵をかけ、鍵を隠した。すると、幼い私は思い切り母を叩いて怒った。怒りに震える私に、母は魔法をかけた。母は魔法使いだったのよ。その時初めて知ったわ。魔法をかけられた私は次第に落ち着いたかと思うと、感情が無くなったように何にも興味を示さなくなっていたわ。母の言われたことだけをこなす、ただの人形のようになってしまっていたの。


 そうして数年経ち、母は自ら命を絶った。母がいなくなると、私は亡くなった母の部屋から鍵を取りだし、書斎の鍵を開けた。母が亡くなったことによって自由を取り戻したの。


 悲しみも寂しさも感じられなかった私はひとすら読書に没頭した。それまでよりも長い時間を有し、多くの知識を身につけた。


 私自身も魔法使いだったと気付いたのは、それから二十年という長い時間が経ってからだった。その姿は十代の時とまるで同じで、身長も止まれば老けることも無く、髪が抜け落ちることもなかった。老化現象の全てが私には現れなかったわ。


 それは不気味だったし、不思議だったわ。けれど、私は書斎にあった本を思い出した。そこには「魔法使いの伝説」という本があったの。書斎に行き、本棚の奥の方にしまわれていたそれを手に取ると読んでみたの。


 『──魔法使いは、不老不死。人間よりも特異な存在であり、神に近い神聖な”生き物”である……。』


 魔法使いは人間ではない、そういう捉え方をされていた本だった。そして、真偽不明なものもあれば、真っ赤な嘘の文言も書かれてあったの。


 【】。それは真っ赤な嘘だったわ。現に、母は自殺した。死ぬことは出来るのよ」


 界はじっとララを見つめていた。静かに己の出自を語るララの瞳は微かに揺れていた。


 「……思い込みや変な妄想で、魔法使いという特殊な存在が書かれた本。私は何か違和を感じて、手に力を込めた。すると、その本は瞬く間に手から出た炎によって灰と化した。私は他とは違う存在。この家は自分を守ってくれる大切なもの。 ──外は危険。そう直感的に思った私は、家に魔法をかけたの。母にかけられた魔法は弱まり、感情は薄らでも戻っていたわ。段々湧き上がる好奇心は私の魔法や自分への興味をかき立てていたの。


 魔法の粒子たちは屋敷の内部をみるみるうちに大きな図書館へと変貌させた。部屋は一つ一つ繋がり、天井も無くなったかと思えば、大きな階段を囲うように吹き抜けの天井が出来る。一番上の天井にはステンドグラスの天窓、ステンドグラスの間を太陽光が差し、幻想的な雰囲気を作り出していた。三階までの大きなその造りには、それぞれの階で巨大な本棚が立ち並び、書斎にあった本は自ら巨大な本棚の中へ入っていき、次々にしまわれていく。


 屋敷に装飾されていた調度品や絵画などもそれらにあわせて飾られていく。書斎の奥で眠っていた本たちも本棚やニケの彫刻の周りを浮遊していたわ。私は、あまりの光景に見とれてしまっていた。これが魔法かと心を打たれ、この図書館が出来上がったことの余韻に浸った……」


 暫しの沈黙が落ちる。界は頭の中で今の話を整理していた。


 魔法使いは不老だが不死ではない。自分の思うままに操ることはできても限度はある。そして、依頼にもあったように魔法でできたものでも脆い。そういうことだろう。しかし、まだ分からない。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る