界は二人に連れられ、個室に案内された。

 図書館の二階、本棚の前で立ち止まり、アルベリが何かしらの操作をすると本棚がスライドし、隠し扉が現れた。そこを開けると、ずらりと長い廊下が出現した。廊下には同じ扉が並んでいて、三つ目の扉の前で一行は立ち止まった。そこが界の部屋だった。隠し扉の先が、ララたちの居住スペースとなっているようだった。魔法と言うものを見た後だからか、界はそれほど驚くことはなかった。


 「ここです」


 アルベリが先導し、部屋の扉を開けて入るように促され、界はその部屋に入った。部屋はすべて同じ造りらしく、四十畳ほどの広さだった。家具など必要な物はすべて置かれてあり、やはり西欧貴族の部屋と言う風な豪奢な部屋。

 界は荷物を机の横に置き、さっさと部屋から出た。


 「では、仕事の説明をしますね」


 部屋から出るとアルベリがそう言って図書館の方へ歩き出した。

 ララ同様に、アルベリは賢そうではあるが感情表現が苦手なのかあまり表情を変えることがなく無表情と言う感じだった。フレジーアは姉の後ろから界のことをじっと見つめている。異国人が珍しいのだろう。


 一階まで下りた。下りた先には仕事をしていた途中だったのだろう、本棚の前に梯子がかかり、その横には本が山積みにされてあった。アルベリはそこで立ち止まると、説明を始めた。


 「私はここで本の整理整頓をしています。ここ一帯全部です。フレジアは本の場所が覚えられないので、本を運んでもらうだけの仕事をしています。司書ということですが、特に難しい仕事はしていません。接客はララがしてくれますし、その仕事についてはララから教えてもらってください。私が教えられるのは、こういった裏方の作業だけです」


 アルベリは梯子の方に目線を遣る。


 「こんなに多くの本棚や本の整理整頓をほぼ一人でやってるってことかい? すごいなあ……」

 「私は本のタイトルやジャンルでどの場所にしまうか分かるので、本棚の場所さえ覚えていれば簡単なんです。でも、覚える必要はないですよ、資料を見ながらでも良いと思うので」

 「だとしても大量すぎやしないか?」

 「そうですね、私も初めて見た時は驚きましたが、すぐに慣れますよ」


 どんな環境で育った少女だろう、と界は不思議に思った。そう思うほど、本の数は膨大だった。あの魔法使いだというララでも無理があるのではないかと。


 「そう言えば、私たちもちゃんと自己紹介していませんでしたね」

 「そうね!これから一緒に過ごすのだから自己紹介しましょ!」

 「良いのかい、仕事があるだろう」

 「良いですよ、お客様はあまり来ませんし」


 そういう問題だろうか。


 「ララに話して休憩にしましょう」とアルベリは、フレジーアにララに伝えるように話すと、フレジーアは元気よく返事をして応接室に走って行った。

 「彼女は、凄く元気が良いね」

 「はい、元気が取り柄なんです。素直で明るくて、でも仕事中よくドジを踏んで本を落としたりしてしまうんです」

 「はは、可愛らしいな」


 界がそう笑うと、アルベリは不思議そうに界の顔を見た。


 「なんだい?」

 「……いえ」


 目を合わすとすぐにアルベリは目線を外した。

 そんな会話をしていると、フレジーアが戻ってきた。


 「休憩にしましょうって! 二階のーえっと、リビングルームで待っててって言ってたわ!」

 「分かりました。じゃあ行きましょう、ルイさん」

 「ああ」


 再びアルベリの先導で、二階へ上がった。隠し扉を開けてすぐの部屋にリビングルームがあった。やはりこの邸宅は一つ一つの部屋が広い。調度品の数々、絵画も至る所に飾られてある。ララは元々貴族の娘なのだろうか。界はますます彼女に興味が湧いた。


 部屋で待つこと数分、ララがワゴンを押してやってきた。フレジーアは先に席に着き、アルベリはフレジーアが勝手をしないように隣に座った。界はアルベリの前の席に座る。


 ワゴンにはケーキスタンドやティーセットが載っていた。魔法で四人分のカップにコーヒーを淹れ、ケーキスタンドを置いた。フレジーアは嬉しそうに菓子を頬張り始めた。ララは界の隣に座り、行儀よくコーヒーを啜る。

 話を切り出したのはアルベリだった。


 「まずは私からですね。私はアルベリ・ジカートと申します。フレジアの双子の姉で、約五年前、ララに誘われてここの司書として働き始めました。今年で十八です。それと、私もフレジアも魔法使いです」

 「君たちも魔法使いなのか」


 ララから聞いていた、『“図書館を守る”という点では心許ないの』という言葉の意味がなんとなく分かった気がした。


 「はい。訳あって居候している形なんですが、前と違ってとても居心地が良いです」

 「私もね、姉様と一緒で今とっても幸せなのよ!」


 この少女たちは過去に何かがあって、問題を抱えている子供なのだろうと界は悟った。


 「あ、私はねフレジーア・ジカートって言うの!双子の妹で、あとね姉様とララ様より目が悪いの。ぼやぼやしてるのよ。でも仕事はちゃんとできるから大丈夫なのよ!」

 「目が悪い? なら矯正した方が良いんじゃ」

 「きょうせい?」

 「カイが着けている眼鏡のことでしょう」


 界はフレジーアほどではないが視力が悪かった。

 今はたまたま眼鏡をかけていたが、普段は仕事に支障が出なければ眼鏡を掛けることはない。


 「そう、フレジーアさんも着けてみたらどうかなって思うんだけど」

 「それでドジが減るならいいんじゃないかしら」とララは単調な声で言った。

 「うーん、どうだろう。でも怪我はしたくないなあ」

 「なら今度お医者様のところへ行きましょう。ルイさん、今度は貴方のことも教えてくださいますか?」


 フレジーアの頭を撫でると、アルベリは界の方を向いた。

 ララは依然として俯きがちにコーヒーを啜っている。


 「分かった。俺は薄墨界、フランス名……は、さっきララさんが紹介してくれたね。日本で何でも屋の手伝いをしていて、そこで依頼が来たから、遥々フランスまで渡航してきた、というわけだ」


 アルベリは日本と言う言葉に興味を示した。フレジーアも界の話に興味津々だった。


 「ニッポンというのは、どういうところなのでしょう?」


 表情はあまり変わらないが、少し上擦った声でアルベリは聞いてきた。


 「どういうところ……そうだな、最近だと西洋文化を見倣った建造物や服装が増えてきたかな。西洋の物は日本では人気が高いんじゃないかと思うよ」

 「それなら、ここフランスでも、ニッポンの文化は人気が高いわ」


 視線を落としながらララはそう呟いた。


 「やはり貴族とかに人気が?」

 「いいえ、貴族も平民もよ。日本の文化に惚れ込んだ画家とかが作品として世に出すの。博覧会にも、そう言ったものが多く展示されたらしいし」

 「詳しいんですね」

 「ええ」


 ララとの会話はまるで感情がないような一律な会話ばかり、ララにとってそれが普通なのか、ジカート姉妹は特に気にする風もなく菓子を堪能している。


 「気になるの?」


 ララがいきなりそう質問してきた。


 「え?」

 「私、魔女だって言ったでしょう?」


 会話が噛み合わない。


 「えっと、どういう意味でしょう?」

 「魔女だから、貴方の考えていることが分かるの。不思議なんでしょう、私のことが」


 カップを置き、界の方をじっと見つめた。

 その気迫に界は生唾を飲み込んだ。


 「教えてあげる。私のこと」

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