幽霊父ちゃん
かずぺあ
幽霊父ちゃん
最愛の妻を失ってからの10年は生きてる実感がなかった。俺はこんなにも弱い人間だったのか。
今日まで一人息子のたけるを生きる理由にしてきたのだが、20歳を迎えるたけるは部屋に引きこもっている。
妻を失ってからは二人で頑張ろうと、たけるに言ってきた。当時のたけるは小学生ながら懸命に強く頑張っていた。そう思い、俺ももっと頼れる強い父親になろうと思っていたが、
現実は甘くは無かった。
同情の声は合ったがそれで仕事が上手くいくわけでもなく、それにもともと仕事ができるほうではなかった。
上手くいかない仕事、それと並行してたけるを気に掛ける時間も減っていった。
たけるが中学二年生になると同時に学校に行きたくないと言い始めた。
俺は休みたかったら休んでいいと、特に理由も聞かずにたけるに言った。
たけるは一週間学校を休んだが、それからは休むことなく学校に行き始めた。
勤務時間だけが増え、朝早くから終電近くまで働く毎日。
家でのたけるとの会話もろくにすることなく、月日は流れた。
それでも妻の命日には必ずたけると墓参りに行った。妻の命日はたけるの誕生日でもあるのだが、たけるは妻が亡くなってからは誕生日のことを口にすることは無かった。
それからは俺もたけるには、おめでとうと言ったことはなかった。ただ、毎年次の日の朝に、一年頑張ったなと一言添えた手紙と、好きな物を買いなさいと現金を置いて会社に行っていた。
それでいいと思っていた。
中学校を卒業し、高校に入学したたけるは部活に熱心に取り組んでいるみたいで、帰りも遅くなり、友人や部活仲間と夕飯を食べる機会も増え、会話どころか姿もあまりみることが無くなっていた。
たけるは強く生きてる。
俺は、今だに強くなれていなかった。
もしまだ妻が生きていたらと、毎日思っていた。
そうすれば、きっと仕事に打ち込む姿勢や、たけるの成長も妻と一緒に語ったり、もっと家族のつながりが深くなっていたはずだと。
俺は、ただ妻に生きていて欲しかった。
朝起きると味噌汁の匂いがする。
冷蔵庫には切らすことなく納豆が入ってる。
どんなに帰りが遅くなっても必ず起きて待っていて、たけるの話をしてくれる。
それがどれだけ幸せなことだったのだろう。
そう思えば思うほど妻の存在が大きくなり、現世にいるのが妻で、俺のほうが死んでいるとも思えた。
俺はたけるが成人したら死んでしまおうと、思うようになっていった。
たけるを、生きる希望ではなく、生きてる言い訳にしていた。
高校を卒業したたけるは就職し、会社の寮へと入った。
一年ほどたったとき、突然会社を辞め家に帰ってきた。
俺は特に理由も聞かずに、しばらく休んで落ち着いたらまた仕事を探せばいいと伝えた。
それからたけるは部屋に引きこもるようになった。
ちょうどそのころに俺はリストラ候補にあがっていた。
ただ、そのことはもうどうでもよくなっていた。
たけるには申し訳ないが、妻の命日に俺は死のうと思う。
というより妻が死んだ時にきっと俺も死んだのだ。
俺は、あの日から幽霊のようにたださまよっているだけだったのだと思う。
ついに、明日か、、、
覚悟を決めた夜は、10年ぶりに安心して眠れた気がした。
自然と目が覚めると、
味噌汁の匂いがした。
反射的に飛び起きると、下へと降りていく。
「おはよう 今日も遅くなりそう?」
「幸恵(さちえ)、、、どうして、、、」
妻が台所に立っていた。
「んっ どうしたの? ってなんで泣いてるの?!」
俺の頬に自然と涙が、流れていた。
「ちょっとー、どうしちゃったの?はははっ」
幸恵は笑っている。
「ははっ、なんでだろうな」
俺もつられて笑うと、二人でさらに大きく笑った。二人とも涙がでるほど。
俺は幸恵に、色々な話をした。仕事の愚痴やたけるのこと。何十分も何時間も、これまでの想いを。
笑顔ですべてを、頷きながら聞いてくれた。
「そうそう、今日はたけるの誕生日でしょ?私は買いに行けそうに無いからケーキ買ってきてね。毎年買ってるたけるの大好きなフルーツケーキだからね!」
俺はこの時間が続いてくれと思っていた。
「聞いてるの?私はもう買いに行けないんだから頼んだよ!それから、私の知っているあなたはかっこよくて強い人なんだから大丈夫!
それと、毎年私の好きな花をありがとうね
今年も期待してるからね!それじゃあね! 」
目が覚めた。味噌汁の匂いはしなかった。
俺は急いで下に降りると台所へ向かった。
いつもの台所だ。
そうだよな。
俺はいつものように朝食を食べようと冷蔵庫を開けると
納豆が入っているのに気が付いた。
「幸恵、、、」
俺は、ケーキを買いに走った。
プレートには
誕生日おめでとうと書いてもらった。
幽霊父ちゃん かずぺあ @kazupea748
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