第166話

「アンタたち、無事で、生きて戻って来たのか。」

「連絡する手段も無くってさ。長い事ミュエーの世話をさせて済まなかった。あいつらは元気にしてるかい?」

「え?あ、ああ勿論。裏の厩舎に居るよ。」

「じゃあ久しぶりに顔を見に行きましょうよ。私の事ちゃんと覚えてるかなー。」


 それなりに付き合いの長いミュエーたちだ。おれとアンちゃんに気づくと寄って来て頭を摺り寄せて来た。おーよしよし。長い事構ってやれなくてごめんよ。おれはミュエーの頭を撫でてやった。


 俺たちが久しぶりにミュエーとの触れ合いを楽しんでいると、その後ろで宿屋の大将が何か言いたそうにしている。ははぁ、これはきっと前金で渡した飼葉代が足りなかったんだな。


「何だよ大将。はっきり言ってくれれば良いのに。あと幾ら出せば良いんだい?」


 俺は財布代わりの巾着袋からお金を出そうとしたが、大将から出た言葉はまた違ったものだった。


「実はそのミュエーはもうアンタたちの物じゃ無いんだよ。売ってしまったんだ。今日が引取りの日で、ほら丁度やって来た。」


 何だって!見れば、ミュエーに乗った男が一人と他二名がこちらに向かって来る。あいつらが俺たちのミュエーを買い取った商人らしい。


「やあ大将。本日はお日柄も宜しく、実に良い日ですな。では早速そこのミュエーを引取りますぞ。」

「おい、ちょっと待った。こいつらはミュエーなんだ。勝手に売り買いされたら困る。」


 これから帰ろうって言うのに、ミュエー無しでどうすれば良いって言うんだ。


「おや、あなた方がですか。見たところ他所の国から来られた冒険者ですかな。ここの法律では、迷いの森から1か月出て来なかった者は死亡したと見做されるのです。」

「俺たちは生きているぞ。」

「生きているいないはともかく、ここモモットルではそう決まっているのです。我々はそれに従って正しく売買をしたまでですよ。そうですね、大将?」

「あ、ああ。」


 俺たちがとっくに死んだものと思った大将は、早々にミュエーを売り払ってしまったらしい。そこへ俺たちが帰って来たもんだから、冷や汗だらだらだ。


「これは正当な取引です。それに文句を付けるのなら、お役人に訴えますよ。」

「じゃあ、その役人の所へ行こうじゃないか。」


 だんだん腹が立ってきた俺は、商人達と一緒に役人の所へ行く事にした。お役所はモモットルの中心、タンカレー侯爵の居城に併設されているらしい。俺たちの可愛いミュエーのためだ。どこへでも乗り込んでやるさ。

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